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2016年11月24日 (木) | Edit |
(一度掲載した記事を加筆して複数の記事に分割しました)
私は「音質」という言葉を滅多に使わず「音楽再生クオリティ」という言葉を多用します。「音質」という表現には「クオリティ」(音楽再生の品質)と「キャラクタ」(出てくる音の個性)という2つの意味が曖昧に含まれるからです。

「クオリティ」とは、ソースの信号をどれだけ正確にリスナの耳まで届けられるかという指標です。その第1の指標が周波数特性です。なぜなら、音楽に含まれる低い音から高い音までリスナに正しいバランスで届ける事がまず重要だからです。少なくとも、アーチストさんが表現の意図を持って出さはった音は、低い音から高い音まで全てリスナの耳に正しく聞こえる必要があります。まず、聞こえるか聞こえへんかが重要だという事です。そして、聞こえる音のクオリティを示す指標として歪み、S/N、位相等があります。

これらは全て計測可能であり、客観的に評価可能です。「クオリティ」が高ければ、確実に音楽の内容が聞きやすくなります。アーチストさんのやらはった事の全部が、苦労しなくても正しく良く聞こえるようになるのですから当然です。クオリティが高ければ、一部の音が聞こえ難くて余計な集中が要求されたり、不自然に聞こえてイライラさせられたりしないという事です。また、音楽が本来持つ構造的バランス(黄金バランス)が正しく保たれるため、音楽を心地良く感じる事ができます。興味の対象がオヂオ装置から出てくる音の「キャラクタ」ではなく、「音楽」すなわちアーチストさんの「やらはった事」である場合、「音楽再生クオリティ」を向上させる事が第1に重要です。

しかし、完全な機械は存在しません。所詮は人間が造るモノですからね。様々な点で技術的妥協が強いられ、どう妥協するかは技術者の考え方によって異なります。ですから、装置によって微妙な個性が生じます。それが「キャラクタ」です。これを私は「好みの問題領域」と呼びます。クオリティが同等であれば、どちらを選ぶかは全く主観的な好みの問題だからです。クオリティが自分の求める基準を満たしていれば、キャラクタの微妙なチガイは気にしなければ気にしなくて済む事ですし、トッカエヒッカエの比較シチョーをしない限り、普通に音楽を楽しんでいればそのような微妙なチガイは意識にのぼらないでしょう。多くの一般ユーザにとっては、微妙なキャラクタのチガイよりもデザインや色や価格やサイズの方が重要でしょう。

マニア達は、主にこのキャラクタの非常に微細なチガイを聞き分ける事を趣味とします。人間の習性として、比較に没頭すればするほど、本来の大目的を見失い、際限なく微細なチガイが気になり出します。その内、どちらが好きか嫌いかすら重要ではなくなり、「違い」を聞き分けるという事自体が目的となる、あるいは「違って」聞こえる事自体を喜ぶ傾向が明らかに見受けられます。

次回はその「キャラクタ」について詳しく考えます。
オッタノシミニ!
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