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2014年01月03日 (金) | Edit |
あけましておめでとうございます。

前の記事に頂いた今井様からのコメントに関連して、以前から気になっていた「追究」という言葉についてちょっと書いて見ますね。

オーディオを「趣味」として楽しみたいのであれば、「追究」とか大層な事を言う必要はないような気がします。また、それこそが事をヤヤコシクしている元凶でもあるように見えなくもありません。オンガクセーとかオンガクカノジョーネンとかと似たような違和感を覚えます。

「趣味」なのですから、「自分」にとって「音楽」から「より善き楽しみ」が得られればよいわけですから、「自分」が楽しく心を遊ばせる事ができれば、それで善いのではないでしょうか。全く束縛されない自由な趣味くらい、一切のしがらみなく「自分」を通せば良いと思います。オヂオ趣味が「自己表現」だと言うならば尚更の事です。「表現」とは荒野のまっただ中に傲然とヒトリ立って、全く独自の(俺様の)道を進むという全く孤独な全く勇気の要る行為だからです。良いも悪いもゼンブ「自分」で決める事です。ダッレも教えてくれません。ダッレも頼りにデキマセン。「表現」なんて生半可な事ではデキマセン。

しかし、敢えてソレを「追究」と言うならば、あくまでも自分の好みの全く個人的な「追究」であって、実用機械としてのオーディオ装置にとっての普遍的な「追究」ではないと、よく心得る必要があると思います。ソレハソレコレハコレをワキマエル必要があるという事です。

「追究」すると「オーディオ装置とは表現者から鑑賞者への単方向情報伝達装置である」に行き着きます。オーディオ装置とは、スタジオで表現者が自分の「耳」で確認しながら作り込んだ媒体(作品)に記録されているアルモンをデキルだけ「表現者が望む状態のまま」で鑑賞者の耳まで届けるための機械に過ぎません。それ以外の部分は全くの「個人的好みの問題」「個人的好みの領域」です。それらは普遍的な「追究」の対象にはなり得ないという事です。「追究」はまず表現者のオッシゴトであり、ドッシロートには到底及ばぬ非常にハイレベルな彼らの「追究」の結果を万人に「正しく」届ける事こそがオーディオ装置の本来のオッシゴトです。チャイマスカ?

媒体に記録されたストラディバリの音は既に本当の生のストラディバリの音とは微妙に異なるでしょうし、各種エフェクトが加えられている場合もあるでしょう。また、マイクロフォンの配置によっても記録される音場は全く異なりますし、ステレオスピカ再生の場合、再生場の音響特性はコンサートホールとは全く異なります。ですから、媒体から遡ってコンサートホールにおける生のストラディバリに到達する事は絶対にできません。エンドユーザがいくら「追究」しようが、それは「自分」が勝手にイメージするストラディバリの音でありホールの音場に過ぎません。普遍的な「追究」のしようが無いという事です。ですから、「それ以上」(ナイモン)を求めるなら、「ソレは無い」という事を重々認識した上で好きにやれば良いという事です。本当にストラディバリの音を聞きたいのであれば、コンサートホールに行くしかアリマセン。機械(再生音楽)にはできる事とできない事がある。つまり「追究」しようの無い事がある。。と言うヤツです。

「追究」するならば、ヘッドフォン オーディオが最も実用的で現実的な答えでしょう(ただし、制作段階からヘッドフォンを前提とする必要がある)。スピカ方式では、再生場を無響室にしてスピカを多数並べるマルチCHしか方法はないでしょう。「場の再現」を求めるには、ステレオスピカ方式は余りに幼稚です。その程度のモンだという事です(グリコのオマケ)。しかし、ソレ(ナイモン)を徒に求めないのであれば、1950年代後半以降のステレオ媒体には音楽家達が目指した表現を楽しむに全く十分な情報がタップリと十分なクオリティで収められているように僕には思えます。ナイモンを徒に求めずアルモンを存分に楽しめば良い。せっかくソコには我々にとって貴重この上ない彼らの行為の結果が記録されているのですからね。。。と僕は想います。「追究」するならば、まず、デキル事(アルモン)をチャンと真面目に万人の耳までお安くお届けする事を追究するのが何よりも先決でしょう。せっかく「アル」のですから。。。

僕がうるさく苦言を呈しているのは、あくまでも業界のプロフェッショナル達に対してです。「機械」として「道具」として、本当の基本中の基本のところをもっと真面目にやってチョウダイという事です(まぁ、それ以前に、もっと命懸けのグサッと来る音楽を造ってちょうだいと言いたいが。。)。趣味は全く個人の自由です。しかし、ソレは「趣味」であるという事(ソレハソレコレハコレノソレであるという事)が広く世間で認識される必要があります。他の業界のように。。その認識を世間に定着させるのも、プロ(ヂャナリズム)のオシゴトだと思うのだが。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
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