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2013年12月09日 (月) | Edit |
ネタ切れ。今日は手短に。

音は人なり」と、さも大層に偉そうに言われますが、再三申して居るように、マニア達がやっておるのはソモソモ、モトモト「ナイモン」を求めて永遠にグルグルする「全く個人的コノミノモンダイ」なわけですから、「人好き好き」であって全く当然です。目にするたびに、例のオンガクセーとかオンガクカノヂョーカンとかレコードエンソーカとかと同様に、違和感を拭いきれません。

「音楽は表現者なり」であって、「表現者なりの音楽」を「鑑賞者」に「表現者が望むより良い状態」(表現者以外の何者でもなく、ましてやオヂオ技術者でもオヂオマニヤでも断じてナイ)で「伝達する事」がオーディオ装置の本来の目的です。そのような装置を、より高いクオリティで、より簡単に、より安価に、より多くの人々に提供する事こそが、オーディオ技術者の責務です。オーディオ装置とは音楽に(世の音楽表現者と音楽愛聴者に)貢献すべきものであり、音楽の下部(しもべ)でなくてはナリマセヌ。それが[道具」というものです。音楽がオーディオ装置に貢献するのではありません。アッタシマエですが。。。

もちろん、民生用機械ですから、そこに趣味嗜好の要素がある程度含まれても構いませんし、それ自体に尋常ならぬ愛着を示すマニア(オタク)層が存在するのも自然です。しかし、それはあくまでもソレハソレコレハコレのソレであるという事が世の中全体で認識されていなければなりません。他の民生機器分野のように。鉄道マニアが鉄道利用者の頂点では断じて無く、それはマニア達自身も一般利用者もアッタリマエとして認識していますよね。

でなければ、道具として健全な発展は望めません。世の中にとって、人々にとって(マニヤにとってでは断じてナイ)根本的で重要な課題を放ったらかしにして、趣味のコノミノモンダイ的微細な違いの泥沼から抜け出せなくなるという事です。

オヂオの問題の一面は、過去に多大な影響を及ぼしたヂャナリズム(とヒヨロンカセンセ)が単なるマニヤ(オタク)代表に過ぎず、余りにソレ方面に偏り、ドシロート(ナイーブ)であり過ぎた点にあるでしょう。未だに、その影響から抜け切れていないように見えます。

追記
現在のところ、カタログ等を眺める限りでは、メタルコーンAlpair以上に僕のお眼鏡に適いそうなドライバは無さそうです。明らかに抜きん出た存在であるように思えます。
マークさんには何度もお会いしましたが、いわゆる「ナンタラカン」的な発言を聞いた事がありません。時々、OEM等から、どうしてこのようにクオリティの高い音が出せるのか?と質問されるそうですが、「メカニカルエンジニアとして振動系の運動性を追究しているから」としか答えようがないそうです。僕には、極めて健全真っ当真っ正直なアプローチであるように思えますが、オヂオ界においては希有な存在なのかもしれません。表層的チャンチャラカンを追いかけても、グルグルするだけで行き着くトコロはありません。山の麓の同一高度のまわりを、超微小な違いに拘泥して永遠に彷徨うダケでしょう。頂上に向かって高度を稼ぐには、マークさんのように根っこの部分から真正直にアプローチするしかありません。これに、システム全体を考えたアプローチ、つまりメカトロ化をコンバインすれば無敵でしょう。コンバトラーVです。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
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