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2013年10月29日 (火) | Edit |
「Jazzを考える」の最終回は、なかなか筆が進まないので、今回は番外編です。

モダンジャズって、他のジャンルに比べて難解なので、とても取っつきにくいと思います。という事で、今回はモダンジャズの鍵をガチャコンとこじ開ける方法について、僕の経験に基づいて独断的に書いて見ますね。

特に若い子達に聴いて欲しいですね。過去の音楽界には、こんなに凄まじくもクールで高度なアートムーブメントがあったという事を是非知って欲しいと思います。ウン。。ロックも含めてね。。。

まず、「鍵をガチャコンと開ける」とはどういう事か?

下の絵を見てください。
Scan10076.jpg
この絵は、「若い女性」にも「老婆」にも見える事で有名ですが、皆さんはどちらに見えますか?
「老婆」に見えた方は、「若い女性」に見えるよう頭の中で見方をイロイロ変えてみてください。
「若い女性」に見えた方は、「老婆」に見えるよう努力してください。

見ているうちに、突然、今までとは全く違った見え方がするはずです。その瞬間、ちょっと目まいに似た感じを受けるかもしれません。一度見方が分かると、後は両方の見方を楽に切り換える事ができるでしょう。

僕が中3の時に、マイルスの Kind of Blue を「ヨクワカラナイ」けど、とりあえずオベンキョしながらラジカセで繰り返し聴いているうちに、突然ジャズの鍵がガチャコンと開いた時も、丁度そんな感じでした。全く突然です。一度鍵が開くと後は楽なモンです。それこそ片っ端、手当たり次第にジャズを聴くようになりました。

MD2.jpg

ここで重要な事は、「ナガラ」で「繰り返し」聴いたという事だと思います。あ、それと、ジャズやマイルスに関する予備知識がほとんど皆無であったという事も良かったと思います。

なにも、シューチュしてマンヂリともせずに、オンヂョとかコマケーオンシツに意識を消耗して聴くのが偉くて上等な音楽の聴き方ではありません。世間で上等だと言われるヨクワカラナイ音楽を分かろうとか理解しようとして、ヒヨロンカのご本を読んだり、ヒヨロンカのように分析したりして、頑張って集中して聴いたって、本当に美味しいホンマのトコロは絶対に味わえないでしょう。

「ナガラ」で聴く事の利点は、音楽に向かう余計な意識(分かろうとか、理解しようとか、ヒヨロンカがどうのこうの言ってるとか、ヒヨロンカのように分析しようとかする意識)から解放されるという点にあります。音楽のみならずアートに触れる際は、余計な意識や理性や予備知識は邪魔にしかなりません。文学だってそうです。ガッコで習ったような「そこで作者はどう考えたか?」とか「行間を読む」とか「教養を付けたいから読む」なんて読み方をしたら、文学の一番オイシーところは決して楽しめないでしょう。そんな事したらもうダイダイダイのダイナッシです。ホンマニ。

よく、音楽に限らず上等なオゲージツを鑑賞して「難しくてヨクワカラナイ」と言いますが、そもそも、オゲージツはワカランもんです。作った本人ですら良くワカランのがオゲージツです。鑑賞しても分かるわけがアリマセン。もう、とにかくスッゲー!スッゲー!スッゲー!、超カッコイー!、超キモチイー(キモチワリー)!、ナンジャコリャー!、ドナイナットンネン!という世界です。Feel! Don't Think が、特に初期の段階では絶対に重要だと思います。

さて、僕はタマタマFMでエアチェックした Kind of Blue で鍵を開く事ができたわけですが、これは非常にラッキーであったと思えてなりません。僕がもしタマタマ Kind of Blue ではなく、E.S.P(1965)やNefertiti(1967)をエアチェックして聴いてみたとしたら、果たしてジャズの鍵が開いたかどうか甚だ疑問です(だって、もっとヨクワカラナイと思う)。これからモダンジャズの世界を探検してみたいとお考えの方には、鍵を開くための取っかかりとして、Kind of Blue が絶好の1枚ではないかと思います。適度にオーソドックスで(聴きやすく)、適度に洗練されている(古臭かったり、粗野であったりしない)からです。

一般的にジャズでは、即興といってもやりたい放題ではなく、各奏者は一定のルールに則ってアドリブを展開するわけですが、1940年代に始まったビバップ以降、モダンジャズの奏者達はアドリブ演奏に関する各種の手法や理論を発展させて行きます。大学時代にジャズの理論書をちょっとだけ読んでみた事があるのですが、僕には全くティンプンカンプンでした。とっても難しい。。。僕は絶対にジャズプレーヤにはなれないと思いました。

で、彼らは1950年代後半に「モード」と呼ばれる手法に行き付きます(注: モードは別にジャズ特有の考え方ではない)。それまでのアドリブは、コード進行やコードの分解に基づいて展開されたの対し、モード法ではコード進行をシンプルにしてモード(旋法、音階みたいなもの)に基づいてアドリブを展開するのだそうです。なんだかイマイチよく分かりませんが、ロックのアドリブに近いと言うハナシも聞いた事があります。コード(和声)に忠実に従うと誰が演奏しても似たようなソロになってしまう傾向があったのに対し、モード法ではソロをより自由に展開できるようになったそうです。フムフム。。。

で、モードの最たる成功例が1959年にリリースされたマイルスの Kind of Blue であるというのが定説のようです。ですが、Kind of Blueでは、まだビバップ的な要素も結構残っているように僕には聞こえます。僕が大好きなE.S.P (1965)以降の作品になると、もう全くビバップ的ではありません。Kind of Blue はビバップ形式の、ソロを順番ずっこに回して各奏者がアドリブを応酬するという形態の完成と脱却の両面を持った転換期的作品であったと言えるのかも知れません。かな?

アドリブのルールをもっと緩やかに(フリーに)したのがフリージャズです。Kind of Blueと同年(1959)に、オーネットコールマンが The Shape of Jazz to Come をリリースして旋風を巻き起こします。1959年というのは僕が生まれた年でもありますが、モダンジャズの大転換期であったのかも知れません。ちなみに、マイルスはフリージャズが嫌いだったそうです。なんとなく分かるような気もします。フリーを突き詰めると(進化の先は)どん詰まりになるからです。

という事で、Kind of Blue をBGM的にリピートして何度も何度も聴いて鍵が開いたら、50年代へ遡るもよし、60年代へ進むもよしです。また、豪華なメンバーが参加していますから、その中から好きなプレーヤーの作品を追いかけるもヨシです。あのコルトレーンも参加していますからね。。。
<参加メンバー>
ジョン・コルトレーン - テナー・サックス
キャノンボール・アダレイ - アルト・サックス
ビル・エヴァンス - ピアノ
ウィントン・ケリー - ピアノ
ポール・チェンバース - ベース
ジミー・コブ - ドラム
僕は先鋭化と多様化が進んだ60年代を好み、さらに70年代のウェザーリポート/ジャコをリアルタイムに追っかける事になります。

Kind of Blueの後、コルトレーンは独立して自分のバンドを組みます。60年代に最もモード法を極めたのがコルトレーンだと言われ、その後彼はマイルスとは対照的にフリー化へと進みます。

ジャズを30年以上にわたってイロイロと聴いてきましたが、マイルスとコルトレーンは、好き嫌いを超越した文句なしダントツに最強の東西横綱だと思います。絵画におけるピカソ、ロックにおけるビトルズ、クラシックにおけるベトベン、漫画家で言えば手塚治虫、野球ならば王・長嶋といった存在でしょうかね。悪く言えば巨人大鵬卵焼き的ですが、やはり時代を超越してホンマノホンマににメジャーな存在はホンマノホンマに偉大です。絶対に。。面倒臭かったら、この2人の主要な作品だけを聴けば十分にモダンジャズを堪能できるのではないかと思います。彼ら2人を軸にして聴く範囲を拡げて行くと良いかもしれません。あ、でも、もう1本の軸がありました。オーネット コールマンは是非聴いてみてください。2人だけを聴けば十分と書きましたが、3人ですね。3人に訂正します。3人です。3人

コルトレーンだったら、鍵開け用の1枚として My Favorite Things(1960) が良いのではないかと思います。どでしょうかね?
JC1.jpg

とにかく収集欲を発揮せずに、1枚をエンドレスで繰り返し繰り返し繰り返しナガラでGBM的に聴くとよろしいかと思います。余計な予備知識も一切不要です。ヒヨロンカの本なんか絶対に読まない事。ラナーノーツも読む必要はありません。何も知らない方がかえって良いでしょう。もちろん大層な装置も大音量も不要です。オンヂョやナンタラカンなんか気にする必要は一切全くゼンゼンアリマセン。そいうのに適した本当に高品位な装置が無いのですよねぇ。。。ヘッドフォンだと長時間は辛いし。。。車をよく運転される方は、その点有利です。運転しナガラ繰り返し聞いてみて下さい。

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テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
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