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2013年10月09日 (水) | Edit |
前記事の結びで、ジャズは「地」を指向すると書きました。

ここで言う「地」とは、「天国」に対する「地獄」の事ではありません。ここのところ重要です。決して勘違いしないでください。

芸術の永遠のテーマは「我々は何処から来て、何処へ行くのか」の探求だと言われます。

ここで言う「地」は我々の起源(何処から来たのか)、「天」は我々の向かうべき所(何処へ行くのか)に対応します。

さらに、「地」はハチマル用語の「ゲンショノキオク」に相当し、「天」はハチマル用語の「セカイノヒミツ」に相当すると言えるかも知れません。しかし、「セカイノヒミツ」は両方をひっくるめた意味合いが強いため、「天」は「ヒカリノホウコウ」と言い換えても良いかもしれません。

世界を探求するには、「天と地」は「生と死」と同様に不可分であるはずです。両方を見据えないと、正しい答えは得られないでしょう。プロジェクトだって同じです。元々ナンデ始まったのか?、今どのようなレベルにあるのか? どういう経緯で今の状態に到ったのか?何を目標(理想的状態)とするのか?を常に把握して行動しないと、泥沼に陥ります。オヂオも同じ。

といっても、100点満点ハナマルの答えは、お釈迦様やイエス様でもない限り望むべくもありません。我々凡人には赤点回避レベルすら遙か彼方の目標かもしれませんね。

お釈迦様は因果をひたすら遡って、苦(煩悩)の根源は無明(生への盲目的な渇望と僕は解釈する)にあると突き止めて悟りを開かれたそうです。生命の起源である単細胞生物レベル、いやさ無生物レベルまで遡ったのヂャァないのかな?と勝手に考えています。とことん「地」に遡ったのではないかと。東洋的アプローチですかね。

なお、原始キリスト教には東洋的要素がもっと含まれていたと聞きます。西洋を支配したのは、それらを異端として徹底的に排除しつくした「ローマカトリック」であるという点を忘れない事が必要だと思います(ダビンチコードにもそのへんの事は書かれていましたよね)。

ハナシが逸れました。

さて、
前の記事に書いたように、キリスト教(正確にはローマカトリック、イエス様直々の教えでは決してないのでご注意)を起源とする西洋音楽は、神の世界を強く指向します。またルネサンス以降、彼ら西洋人は「理性」を重んじ、アニミズム的要素を蔑視する、あるいは忌み嫌う傾向が強かったとも言えます。実際、ローマカトリックは、欧州各地に残る土着の自然宗教を「異端」として駆逐し、改宗を迫りました。その後、各地の植民地でも同じ事を繰り返しましたね。

そのような成り立ちを持ついわゆる「クラシック音楽」には、人間の根源にあるドロドロとした、混沌とした、畏怖や恐怖の入り交じった、生物として根源的な、自然宗教的な、アニミズム的な要素が非常に希薄であるのは半ば当然かもしれません。すなわち上記の「地」を指向する要素が希薄であるという事です。このため、僕には「クラシック音楽」が総じて物足りなく感じられます。食い足りないというか。。。。西洋文明というのは、ルネサンスで中世の教会による精神支配から抜け出したものの、今度は自らが高らかに掲げた「人間の理性」によって自らの精神を縛ちゃった。。。と見えなくもありません。まぁまぁソコソコとは行かんものですねぇ。。。

そんな中、僕が唯一ベトベンに強く惹かれるのは、彼が現代的アーチスト達と同様「人間、people」を見据え、あるいは寄りそったからかもしれません。自身を含めこの禄でもない人間に。ね。。
僕にはベトベンが同時代の音楽家達に比べてブットビ近代的な意識を持っていたように思えます。このへんは別の機会に考えてみたいと思います。

同様の理由で、僕は19世紀以前の西洋絵画にも物足りなさを感じますが、20世紀に入って「西洋的理性信仰」が揺らぎ始めた後の画家達の冒険には強く惹かれます。

ゴーギャンは僕の大好きな画家の一人ですが、彼は西洋を離れ、植民地であったタヒチに移り住んで創作活動を続けました。下は、彼の超大作として有名な『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』です。この永遠のテーマを探求するにおいて、彼は西洋的理性に限界を感じたのではないでしょうか。
Woher_kommen_wir_Wer_sind_wir_Wohin_gehen_wir.jpg

あ、、、、時間切れ。。。結局ジャズにたどり付きませんでした。

今回の重要点としては、
- 芸術の永遠のテーマは「我々は何処から来て、何処へ行くのか」であり、「地」と「天」の要素がある
- ローマカトリックを起源とし、理性主義のルネサンスを経た西洋音楽(クラシック)には「地」の要素が希薄であるように思える

という事です。先が見えて来ましたね。

次回こそ、ジャズに迫りたいと思います。オッタノシミニ!

追記
繰り返しますが、上に書いた事を決して鵜呑みにしないよう、お願いします。僕の体験と思考に基づく直感から思い付くままに書き殴っていますので。。。

また、やたら難しげな事を書いていますが、こんな事「考えながら」音楽や美術に触れたらアキマセン。
その時は、フニャーーーーと、Feel、don't Think です。
暇な時に考えましょう。お風呂とかベッドでね。

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テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
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