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2013年09月24日 (火) | Edit |
オヂオマニア達の言動や行動を観察していると、彼らの多くは「音楽」そのものに強い興味があるわけではなく、ヒヨロンカのようにソーチの音の微妙なチガイをキキワケル事自体や、装置から出てくる「音響現象」で気持ちの良い雰囲気とかフィールド(場)を創出する事(ヨイオトの創出?)にやたらとご執心のように見受けられます。また、「音楽」はそのような「チガイのキキワケ」なり「場」や「雰囲気」の創出のためのあくまでも「ネタ」(音源)として興味の対象となっているようにも見えます。

しかし、これは普通に「音楽」を楽しむという行為とは意識の置き所が大きく異なるでしょうし、「オーディオ主体」ではなく「音楽主体」に考えれば、広く一般に(特に青少年少女に)薦められるような類の音楽との接し方であるとは僕には到底思えません。意識の置き所が180°異なれば、装置に求めるものも180°異なって当然です。何が重要で何が無視可能かという判断基準がグルッと異なるわけですからね。その結果、僕は当ブログで同じような事を繰り返し繰り返し主張するはめになるワケです。ホンマシツコイと思います。スンマセン。

別に、誰がどう音楽を聴こうが、それは全く個人の勝手ですが、業界全体が特に高品位クラスがあまりにソッチ方向に向きすぎてるのとチャウ? もっと真面目なホンマの家庭用音楽再生装置が必要でしょ?適正価格の「音楽を聴くためダケ」の装置がさ。と思うワケですよ。でないと、アーチストさん達が浮かばれない。

マニアの中には、オヂオ(機械)自体への興味が発端で音楽を意識して聴き始めたという方も多かろうと思います。僕も中2の時にその轍を踏みかけた事があるので分かります。そうすると、「自分」なりの音楽との接し方や「自分」が本当に聴きたい音楽の見極めをしっかりと確立する前に、いきなりオヂオ雑誌やヒヨロンカの影響を強く受けて、オヂオ装置を「鳴らす」ために(オヂオ主体的に)音楽を聴いてしまうわけですが、オヂオ雑誌やヒヨロンカは、そのような聴き方がまるで上等な音楽の聴き方であるかのように、読者にとんだ勘違いをさせているように思えます。「音楽を聴くとはそういう事で、オヂオ装置とはそゆうふうに使うものであって、オヂオ道に日々精進してサイテーヒャクマンエン出さないと音楽はマトモに聴けぬぞよ」とね(なんかこうなると新興宗教ですね。あ、それで「鰯の頭」なわけね)。

今までオヂオ雑誌やオヂオヒヨロンカの影響でソレが当然と思わされてオヂオ道に精進されてこられた方も、今一度ヨック考え直して見てください。オヂオメディアの情報は「オヂオ主体側」に余りにも偏っています。自分は一体全体ナニをやっておるのか?一体全体ナニをやりたいのか?一体全体ナニを聴きたいのかと。で、結局自分がやりたいのがやっぱり「ソレ」であれば、「ソレ」を続ければ良いだけのハナシです。考えてみて損はアリマセン。お金もかかりませんしね。

それはさておき、そんなにフンイキとリンヂョカンとかが重要だというのなら、また、そのために付帯的/瑣末的音現象にそれほどまでに多大な意識を消耗し、それほどまでに多額の投資と労力を割くのであれば、いっその事、自分が気持ち良いと感じる「場」の環境音をツイキュするなり、それらを積極的に音楽の再生音に混ぜてみたらドナイヨ? と思うワケです。そっちの方が直接的でテットリバヤクね?

元々ナイモンを無い物ねだりしておるわけで、しかし「何が無いのか」を明確にしないまま、トッカエヒッカエしてタマタマ現出する音(+心理)現象に反応して場当たり的に行動するからグルグルするわけで、よく分からんから価格や物量やメディアに惑わされるわけで、何が無いのかを明確にして、それを直接追加してやればエーントチャウ? という事です。

例えば、話し声や食器の音が入ったジャズクラブの環境音や、コンサートホールの開演前の静まりかえった状態(何百人も居るので、シーンとしていていも無音ではない)の環境音を、音楽ソースにミクスするなり、別の装置で(それこそサラウンドで)再生するなりすれば宜しかろうと思います。あるいは、自然界の音とか、色々な音を混ぜてツイキュしてみてもオモシロイのではないかな?また、LPを好まれる方も多いようですが、であればLPに含まれる典型的な暗騒音をミクスしてみても良いかも知れません。で、そのノイズ成分とか混ぜ具合をイロイロ変更して、LPよりももっと気持ちよくするとかね。。。LPのノイズはタマタマ入っているだけなので、もっと「良い」ノイズだってアルでしょうよ。

「趣味」としてやるなら、またそれだけの「熱心さ」があるのなら、デンセンやデンゲンや高額装置をトッカエヒッカエするだけでなく、もっと自由な発想でもっとイロイロな、もっと直接的な、もっと決定的な、もっと論理的な試行錯誤をしてみた方が、ずっと楽しいしクリエイティブだと思いますよ。きっとね。こんな事を書いていると、僕もなんかやってみたくなってきましたよ。。。え?ソレヂャ物欲が満たせない?やっぱり骨董趣味?

またグダグダ書いてしまいましたが、今回の結論です。
オヂオマニア達の言動や行動を観察するに、彼らが追い求めているのはそのようなソースには含まれない「環境騒音」成分ではないかという気がしてなりません。「場」の音って事です。そして、ソースに欠落した「場」の音をなんとか補おうとしてグルグルしているという事ではないでしょうか。以前の記事に書いたように、これは特に爆音再生時に強く感じられるはずです。なぜならば、自然な暗騒音レベルの生活空間で、それにバランスした快適音量で音楽を聴く限り、ソースにおける暗騒音の欠落はそれほど深刻ではなかろうと思われるからです。

という事で、そういう騒音付加ソースとか付加装置って、新しい商売にならないかな?そいえば、超高域音を人工的に付加するハーモネータって、この類の装置ですよね。このノイズプロファイルを工夫して可聴帯域までノイズを付加するわけよ。気持ち良くなるノイズってあるのじゃないかな。音響心理学の分野ですね。オモシロソ。。。

如何でしょうか?

追記
僕のマンションの閉め切った部屋でも、計測してみると時間帯によって暗騒音は結構変化します。あまりコマケー事をツイキュしても、例えば、昨晩徹底的に追い込んだセッティングが、今朝聴くとイマイチなんていっくらでも有り得るでしょう。暗騒音も明るさも室温も湿度も周囲の街のフンイキも、何よりも自分の身体/精神の状態が、昨晩と今朝では大きく異なって当然だからです。そりゃもう、コマケーセッティングのチガイなんかぶっ飛ぶくらいデカイ変化があるはずです。何事もホドホドにしないと。。。一方、媒体の中の最も肝心要の「音楽の内容」は不変です。こいつは変わりません。コイツをキッチリとお耳まで届けて聴きましょうや。アーチストさんが全責任を負うコイツをさ。。。。でしょ?

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
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