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2012年12月21日 (金) | Edit |
スタジオ関係の最終回です。

ちょっと根本的なところに遡ります。

僕達は、アーチストさん達がスタジオで録音してコンソールで調整して最終的にリリースした媒体をオウチで再生して聴くわけですが、それって一体ナニを聴いておるのでしょうか?

以前の記事「理想のスピーカーって非ピストニックモーションなの? 」では、話を単純化するために、ホールの客席のどこかに置かれたマイクロフォンをモノラル再生する場合について考えました。そこでは、マイクロフォン位置で電気信号に変換された音圧変動(音の波形)をリスナの耳近傍まで伝達する事がスピーカの基本的役目であると書きました。しかし、これはマイクロフォンを1本だけ使う非常にシンプルな録音の場合にのみ成り立ちます。あるいは、バイノーラル録音では理論的にかなりの精度で成り立ちます。しかし、現実的に世の中に配布されている音楽媒体の殆どはそう単純ではありません。

実際の録音では、様々な効果を狙って多数のマイクロフォンを様々な位置/距離に設置します。また、全ての楽器を同時に演奏するのではなく、先に録音した音を聴きながら新たな楽器パートを付け加えたりもします。同時に演奏して録音する場合でも、各奏者を別々のブースに入れて他の楽器の音が混じり合わないようにして録音する場合もあります。このように生演奏とはプロセスが全く異なります。

マイクの位置も様々です。楽器の極近く(10cmとか)に設置する場合もありますし(直接音のみなので音が非常にクリア)、離して設置する場合もあります(スタジオは無響室ではないため、マイクを離す事により部屋の残響効果が得られる)。近くと遠くの両方に設置してミクスする場合もあります。エレキギターの場合、楽器からラインで直接録音する事もあれば、ギターアンプのスピーカの近くや遠くにマイクを設置する場合もあるようです。要は、彼らが媒体を通して我々にナニをドノヨウニ伝えたいのかによって、録音方法は千差万別だという事です。そして、そのように制作された媒体をオウチで聴くという事は、生演奏を聴く事とは全く異なる音楽体験であると言えます。

余談になりますが、何度か当ブログで採りあげたように、同年代にリーダー以外ほとんど同じメンバーで録音されたマイルスのアルバムとハビハンコックのアルバムでは、全体の雰囲気が全く異なります。マイルスの作品はひたすらシャープでクール。ロンさんのベースのレベルは全体に抑え気味で非常にタイトです。LEANAUDIOの1つの大きな目標は、このロンさんのベースをイヤフォン並に聴きやすくする事でした。対してハビさんのアルバムでは、ロンさんのレベルが比較的高く、低音がやや膨らみ気味でタイトさはマイルスほどではありません。マイルスの終止張り詰めた緊張感とは対照的に、全体的に暖かみのあるソフトな印象を受けます。このように、表現者の意図によって、同じ奏者、同じ楽器でも随分印象が異なって聞こえます。PAを通さぬ生演奏であれば、もちろん演奏そのものは異なっても、音の印象はそれほど異ならないでしょう。

話を戻します。
クラシックのオーケストラの録音では、2~4本のマイクを指揮者の3~5m後方、高さ3~4mあたりに設置するだけのシンプルな方法が使われる事もありますが、楽器パートごとに多数の近接マイクを使う事が多いようです。

下はネットで見つけたマイクの配置図です。
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これは1つのステージで録音しています。先ほど述べた指揮者後方のマイクで全体の音を拾い、パート別に近接マイクを使っています。

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この図では、一部の楽器を独立したブースに入れて録音しています。

で、どのようなジャンルにしろ、そのように多数のマイクで拾った、時には別の時間/別の場所で録音された音を、最終的に2chにミクスダウンするわけですが、単純にレベルを調整して混ぜるだけではなく、様々な効果が人工的に加えられます。クラシックでは楽器の音そのものをあからさまに変えてしまう事はないでしょうが、その他のジャンルでは様々なエフェクタを駆使してかなり手が加えられようです。例えばドラムスの音やエレキギターのカッティングの音などは、コンプレッサを通してアタック感を強めたりします(要は波形の立ち上がりや立ち下がりを実際とは変えてしまう)。それはそれは、様々な事をやっているはずです。

そして重要となるのが、ディレイやリバーブ等のいわゆる空間系と呼ばれるエフェクタです。これらによって録音した音に残響効果を加えて空間的な拡がりを演出します(たとえモノラルでも)。近接マイクの音には残響音が殆ど含まれないわけですが、人はそのような音を不自然で不快に感じます。無響室には何度も入った事がありますが、反響が全く無い空間では異様な圧迫感を覚えます。僕達は普段、何らかの反響がある環境に住み慣れているという事でしょう。例えば、スタジオ録音では、奏者はヘッドフォンで自分が出した音(と他の奏者の音)をモニタリングしながら演奏しますが、この際モニタ用の音に適度なリバーブをかけないと非常に演奏しずらいそうです。

クラシックでも同じで、最近の録音では大概DSPを使った人工的なホールトーンが加えられているそうです。確かに、最近買ったベトベン全集の録音には最初驚かされました。僕が持っているクラシックのCDの多くは親父のLPコレクションで気に入ったやつをCDで集めたものなので、殆どがアナログ時代の古い録音です。そのような録音を聴き慣れた僕の耳には、今世紀に入ってから録音された盤は響き過ぎて凄く異様に聞こえました。なにか遠くで鳴っているようでモドカシクて聴きにくく、「音楽」に(ベトさんに)アクセスし辛く感じたという事です。この上ソーチで響かせるなんてドナイヤッチューネン、ホンマニです。でも最近は慣れてしまったのか、余り気にならなくなりましたけどね。

いずれにせよ、そのように、媒体には我々が快適に音楽を楽しめるよう、適度な反響音が慎重に(時には過剰に)加えられています。このため、人々は部屋の反響の全く無いヘッドフォンやイヤフォンでも十分快適に音楽を楽しむ事ができます(であるからこそ、ヘッドフォンが今や主流になるかと思われるほど普及した)。もし空間系エフェクトが全く加えられていなかったら、ヘッドフォンや、LEANAUDIOのような超ニアフィールドでは聴くに堪えないでしょう。「オヂオ」ではなく「音楽」を専ら興味の対象とする場合、基本的にオウチの再生装置で余分な響き(付帯音)を敢えて加える必要性は無いように思えます。再生時に余分に加えられた音は基本的に信号に対するノイズであり、過剰であれば内容が聞きにくくなるだけです。日頃ヘッドフォンで音楽を聴き慣れた人達もそう感じるのではないでしょうか。

さて、そのような効果の全ては、適度に音響特性が整えられた(無響室ではない)コントロールルームで、カラーレーションが極力抑えられた(オンガクセー??とやらの極力無い)周波数特性がフラットなモニタスピーカを通して、彼らのプロフェッショナルとして鍛え上げられた聴覚と音楽センスでもって、彼らの一貫した表現意図の下に、我々が具合良く聴けるよう、彼らの表現意図が我々にできるだけ伝わるよう、慎重に調整されます。

我々がオウチで聴いているのは、そのように作られた媒体です。

通常の媒体を通して我々が聴いているのは、生の演奏を単純に「再現」する事を意図したものでは全くありません。生演奏がホンモノでジョートーであり、再生音楽はニセモノでヤスモノというのでも全く断じて絶対にアリマセン。別物です。生演奏を頻繁に聴いて耳を肥やさないと再生音楽を正しく楽しめないとうわけでも全く断じて絶対にありません。

例えば多数のマイクロフォンを使って最新のテクノロジを駆使して収録された交響曲の媒体は、ホールのとある席での体験を単純に「再現」するものではなく、テクノロジーと制作者の意図を通して、生で聴くのとはまた異なる、生では決して体験できない新たな体験を提供するものであると言えます。他のジャンルではもっと極端です。今さら言うまでもありませんが、ライブと録音では同じ曲でも全く表現が異なります。彼らは何も媒体を通してライブ演奏を伝えたいわけでは断じて全く全然ありません。録音でないとできない表現、ライブでないとできない表現があるわけですから、それを明確に使い分けるのは当然です。こんな事今さら言うのもハズカシイくらいですけどね。。

ですから媒体を再生するに際して「生演奏」は基準とはなり得ません。何をどうやろうが「生」の音や演奏に辿り付く事は絶対にできません。そもそも、それを目的に制作されたものではありませんし、疑似体験を目的としたものでもありません。媒体は、制作者の確たる表現意図の下に様々な調整や効果が加えられた一個の独立した「作品」であると言えます。例えクラシック作品であろうとも。

さて、という事で、音楽再生/伝達装置に求められる最も根本の命題は、表現者がスタジオで最終的に確認して俺様の作品であると承認した状態を鑑賞者に伝達する事にあります。この命題の達成には、過剰で不自然で身勝手なカラーレーションなく、音楽の重要帯域をフラットな周波数特性で鑑賞者の耳まで正確に伝達する事が基本中の基本である事に異論を挟む余地は無いでしょう。全くの基本中の基本、超ウルトラスーパーヘビー級に基本的な基本事項です。これが疎かにされては絶対になりません。世界中が同じ音質で聞けるようにするために。

オーディオを生業とするプロフェッショナルが、「ブツリトクセーなんか、シューハスートクセーなんか、オンガクをツマラナクするだけでジューヨーデハナイ」なんぞと、人前では口が裂けても言えるワケがありません。そんなの聞くと僕なんか腰を抜かしてしまいます。そのような態度は、僕に言わせれば、自動車工学の基礎を全く無視して改造した車でブイブイいわせている街のアンちゃん達と大して変わらぬように見えてしまいます。

と言うと、音楽はヘルツやデシベルで聴くものではナイ。。。。と来るわけですが、ソンナノ当たり前でしょ。僕に言わせれば、音楽はオクチノオーキサとかオンジョーノヒロガリとかオンガクセーとやらで聴くモンでも全く断じて絶対にアリマセン。表現と鑑賞にあたってデシベルとヘルツは全く関係アリマセン。ウルトラ超ヘビー級にアタリマエです。しかし、オーディオ装置は表現者と鑑賞者の間を媒介する厳然たる電気機械式情報伝達装置です。その伝達装置でやりたい放題好き放題にヒョウーゲンとやらしたらアカンでしょ。

もちろん、あくまでも民生用機械なので、多少の融通は必要でしょう。僕だって時々シンクーカンで聞きますしね。しかし、超ウルトラスーパーヘビー級の基本事項を軽んじては決してならぬという事です。走る曲がる止まるがマトモニ出来ない車にゴヂャスなシャンデリアを飾り立てて、色がドーダ、反射がドーダ、輝きがドーダとツイキューしても駄目でしょう。そういう事です。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
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