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2012年07月07日 (土) | Edit |
装置のコンセプトについては、うまく纏まらないので、もう暫くお待ちを。。かわりに、今回もなんか難しい事を書いてしまいます。ご容赦を。。

ハチマルが以前から、オヂオマニア達の言動で大きな違和感を覚えるのは、ブツリトクセーやシューハスートクセーをジューシしたのでは、音楽家のジョーカンとかタマシーとかが再現できない、オンガクがツマラナイというヤツです。これはよく見かける典型的論調です。

LEANAUDIOの結論「ソースの波形(つまり音)を必要十分に正確に「耳」に届ければ、即ち全く普通に再生すれば、「音楽」が自然に聴きやすくなり、それだけ楽に音楽家の表現を感じ取りやすくなる」とは、根本的に大きく異なります。また、オーディオ装置を単純に「機械」と考えた場合も、それを達成する事は、再生機械として全くアタリ前の最も基本的根幹的機能です。言わずもがなでしょう。

彼らマニアが言う音楽家のジョーカンとかタマシーとやらは、一体何なんでしょうか。どうして彼らには、遙か高みにぶっ飛んでしまってプッチンしてしまった音楽家のジョーカンとやらを、我々の日常的卑近な喜怒哀楽を超越した領域に深く突っ込んでいるような音楽家のタマシーとやらを、そのように自信満々に知り得ると言えるのでしょうか???

優れた音楽家がやっているのは、ハイ、ここはウレシー気持ちを表して元気ヨク! ソウソウ、ここはカナシー気持ちでゆっくりと!ってな我々凡人向け音楽教室レベルとは全く次元の異なる世界です。喜怒哀楽を遙か超越した不人情の世界であるとも言えます。喜怒哀楽が表現されているように見えたとしても、それはモチーフまたはトリガ(きっかけ)に過ぎません。ソモソモ人類の歴史に名を残すような真の天才達に比べれば、我々鑑賞者の感覚なぞ「ミジンコの屁」にも値しません(ハチマル用語で「ドシロート」)。であるからこそ、彼らの作品があのように尊ばれるわけで。。。であるからこそ、我々鑑賞者はその高みに向かってできるだけ素直にアクセスするしか術はないわけで。。それにあたって、泣いても笑ってもソースに記録されている情報以外には、例えそれが不完全であろうともそれ以外には、我々に頼るべき縁はありません。

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あの才能に溢れる千秋君もよく、それに思いを馳せると気が遠くなる、自分が音楽家として成功するかどうかなんて全くわからない、ただ一歩ずつそれに近付く努力を積み重ねるしかないと、言ってますよね。ハチマルはそんな千秋君が大好きで、20巻くらいまでは、野田メはたんなる狂言回し的役割であって、あくまでも千秋君が主人公だと思っていました。それが最後に立場が大逆転するとは。。ちょっと扱いが酷すぎないでしょうか???なんか無理矢理終わらせたんとチャウ? という気もしないではありません。
ハチマルも、音楽に限らず、優れた作品に触れる時、宇宙の大きさ不思議さに思いを馳せた時と似たような、目眩がしそうな感覚を覚えて気が遠くなります。なんでコンナモンがツクレルンヤ!??クソッ! と。。千年努力したとしても自分がそこに到達できるとは想像すらできません。クソッ。。

以前ハチマルは、オーディオ技術者は「自分は断じて音楽家ではない」という事を常に自覚すべきだと書きました。音楽と音楽家に対する敬意を失わず、傲慢になってはならないと言う事です。どのようにオーディオ技術に長けていようと、それはオーディオの専門家であるに過ぎません。特別な才能を授かってこの世に生まれ全生命を賭してそれに打ち込んだような音楽家に比べれば、自分は音楽のドシロートだ、ミジンコの屁にも値しない、という事を決して忘れてはならないという事です。

ナメタラアカンゼヨ。ゲージツを。。です。

高みにあるものを、分かりやすい卑近なレベルに引きずり降ろしては決してなりませぬ。。分からんモンは分からんママで良いのです。

追記
また極端な事を書いてしまいましたが、なにもガチガチにそのような考えに凝り固まる必要はありません。ハチマルだって、好みでチョイとイコライザを調整したり、シンクーカンバッファで味付けしたりしてますもん。スピーカだって好みで選ぶと思います。ただ、基本中の基本として、心のドコカで常にわきまえておくべきトッテモ大切な事だと思います。そのへんがちょっと疎かにされているのではないか?という気がしたもので、敢えて今回の記事を書きました。最近、音楽に限らず、世の中全体としてなにかにつけ、特にマスメディアにおいて、高みにあるもの分かりにくいものを手っ取り早く分かりやすい卑近なレベルに引きずりおろして、分かった気分にしてしまおう(させてしまおう)とする安易な傾向が目に付きます。視聴率稼げりゃ、版数稼げりゃ何でも良いという傾向です。凄く気になります。ジャーナリストに限らず、「仕事」に対する誇りがどんどん失われているようにも思えます。世の中に対するその「仕事」本来の役割が「利益」のためにどんどん疎かにされているような気がします。凄く気になります。。。。だいたい、そんな「仕事」のやり方じゃぁ、やってる本人がツマラナイと思うし。。だからストレスが溜まるし。。。だから「癒し、癒し」と。。悪循環。。音楽に慰みを求めるのも結構ですが、そもそもソンナモンやないと思います。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
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