FC2ブログ
2011年11月13日 (日) | Edit |
3回シリーズの最終回です。

僕の言う「音楽再生クオリティ」と「オンシツ」の区別はお分かり頂けたでしょうか。両者は往々にして無関係あるいは相反さえするものであると言えます。この業界を見ていて違和感を覚える一つの要因は、この2つが明確に区別されておらず、さらに極端に前者を軽視する傾向にあるという点です。

オーディオ装置で「音」ではなく「音楽」を本当に楽しもうとする場合、「音楽再生クオリティ」は非常に重要であると思います。「オンシツ」の前にまず「音楽再生クオリティ」ありき、と僕ははっきりと断言できます。これは別に理屈だけで言っているのではなく、LEANAUDIOの開発を通して実体験を基に得た結論です。何も知らなかった当初は、確たる理論的方向性も全く持たず、とりあえず普通のバスレフ型から始め、毎日仕事しながら長時間「音楽」を聞いている中で、「音楽」が快適に聴き取れるように、「音楽」が自然に聞こえるように、アレコレ迷走しながら手を尽くしてきた結果として、気が付いたら「耳」に届く音波波形がソース波形に近付づいていたという事です。後から考えれば、これは全くアタリマエの事です。何故ならば、僕はそこに記録されている「音楽」(アーチストさんのやらはった事)を聞きたかったからです。今にして言える事なのですが。。。それに、そもそも僕には、この方が主観による「オンシツ」的にもずっと良く聞こえます。「良い」とはすなわち「自然だ」という事です。それを無理矢理「変える」必要性は全く感じません。

僕は、アーチストさんが響きのある音を録音されはったのなら響きのある音を聴きたいですし、アーチストさんがササクレだった音を録音されはったのならササクレだった音を聴きたいですし、アーチストさんがとっても低い音を録音されはったのならその音をはっきりと聴き取りたいですし、アーチストさんが絶妙のノリで弾かはったビートはその絶妙なノリのままで聴きたいですし、アーチストさんが深く沈潜して感情を抑えて出さはった音には勝手なジョーカンとやらを一切追加されたくありません。アーチストさんがやらはった事を自然な音で素直に「よく」聴き取りたいと願います。また、そのように聞いてツマラナク感じられる音楽は敢えて聴こうとはしません。「音」をどうツマルように装置でイヂろうが、僕にとってツマラナイ「音楽」がツマルようになる事はありません。「音」そのものは主たる興味の対象ではないという事です。このため過剰に「オンシツ」が含まれた再生音は非常に鬱陶しく感じられます。

僕は、会社を辞めてフリーになってから、翻訳で生計を立てながら、もうひとつの夢であった写真表現に8年間ほど真剣に取り組み、幸い何度かかなり立派なところで作品を公にする機会も得ました(でも、そこからさらに先へ進む道が見えず、数年前に完全に休止)。その経験もふまえて思うのですが、もし僕が音楽家であって、丹精込めて録音した作品を媒体に載せて世に問うたとした場合、僕はやはり、できるだけ素直に、要らぬ事を考えずに、僕の感じ取ったナニカ伝えたかったナニカを、できるだけたくさん感じ取って欲しいと願うでしょう。静謐な精神状態で深く沈潜して出した音に勝手にジョーネンとやらをブチ込まれたのではたまったものではありません。そういう意味でも、これから音楽を真剣に聴こうと思っている若い人達には、まずはあまり「オンシツ」を深追いせずに、基本的に音楽再生クオリティがしっかりとした装置で素直に音楽に接して欲しいなぁと思います。。

ただ、そういう、本当の意味での真面目な(音や装置そのものを趣味とする者のためではなく、音楽をより良い状態で聴きたいと願う者のための)、リーズナブルな価格とサイズの、クオリティの高い音楽再生装置が市場に出回っていないのが残念で仕方ありません。つまり、「現実的な実用状態」を考えた場合、現在のオーディオ装置では誰もがアタリマエのように十分な「音楽再生クオリティ」を安価に楽しめる状態にはなっていないという事です。この本来最も重視されなければならない問題を放ったらかしにして、極めて趣味的/微視的な「オンシツ」の富士の樹海に彷徨い込んでいるのが、現在のオーヂオ業界の現状のように見えます。

再三申しているように、西洋音楽を真に楽しむ上で十分な低音再生能力は非常に重要です。しかし、そのような低音を再生しようとすると、巨大で高価な装置が必要となり、そのような装置を一般的サイズの何も対策していない部屋で使用する場合、今まで散々述べたように、十分な「音楽再生クオリティ」を得るのは容易な事ではありません(一般人の常識では不可能)。すなわち、マトモにオウチで再生音楽を楽しもうとした場合、部屋を含めて巨額な投資とそれなりの経験や知識および多大な努力が必要になるという事です。現在の世の中の技術レベルから見て、これはとんでもない業界の怠慢としか僕には見えません。犯罪と言っても良いと思います。

さて、「オンシツ」の領域ですが、これは「趣味」として楽しくもあるのでしょうが、行き過ぎると恐ろしい領域でもあります。一般人は余り深く踏み入れてはならないコアな領域(魔界)であると言えるでしょう。恐ろしいのは「良いモンは良いのです」と言ってしまえる点にあります。原理も分かりません、データもありません、でも良いんです。このステッカーをはると、ナンタラエネルギーの流れによってオンシツが良くなるんです。中身の機能部品は2万円の製品と同じですが、ケースが違うこの製品はオンシツが良いので200マンエンなんです。。。買って効果が感じられなくても、それはあなたの耳が悪いんです。。。。前の記事でも書きましたが、そもそも「オンシツ」は「クオリティ」とは無関係ですから高品質(高価)な物を使った方が良くなるというものでもありませんし、逆に特性的に低品質な方が珍重されたりもします。値段の付けようのない領域とも言えます。もちろん芸術は正にそういう領域ですが、一般人向け工業製品としては基本的に踏み入れてはならない領域です。また、一流と自認する雑誌が安易に取り上げて良い領域でもありません。例えばモーターファン誌が怪しげな馬力アップ アクセサリに対して言及しないのと同じです(広告は載せてますけどね)。そのへん用はそのへん用の雑誌が別にあります。

ただし、このような領域が、一般人には計り知れぬ一定の価値観を共有するコアな人々に限定され、彼ら自身もまた周囲も、それが一般的に普通とは言えないコアな領域である事を重々認識しており、そのようなコアな人々のコミュニティ的な(いわゆるニッチと言われる)マーケットが存在し、その分野を生業とする小規模業者が居ても全く問題ありません。これはだいたいどこの業界もそうです。しかし、業界全体が「それがオーディオなんです」と居直った瞬間に、オーディオとは一般人にはとても近寄れない魔界となります。実際、僕の音楽好きの友人達は今の「オーディオ」には近付こうとしません。

例えば自動車業界でも、旧車マニア、スーパーカーマニア等が居て、それぞれニッチなマーケットを形成し、それぞれのコミュニティーで楽しんでいます。それが文化というものです。しかし、一般の人にとっての「自動車」とは異なる、興味がなければ全く関わりのない特殊な領域である事は、どちらの立場に居る人もアタリマエとして認識しています。そのようなコア人達が普通人に「クルマとはこうでなくてはならない」と高言する事はまずありません。半ば自嘲気味なニュアンスさえ含めて、とんだ道楽ですが好きだからやってるんです、と言うでしょう。

これに対し、オーディオ業界で問題なのは、当事者も周囲も、専門家も末端ユーザも、そのようなコアなオーディオおよびマニアがオーディオの頂点であり(なんかやたら偉そうにしているように見える)、そこから一般人用の安価なものほどグレードが落ちるというヒエラルキに囚われている点にあります。このような考え方は専門家、ユーザを問わず、この分野の人々の発言に如実に見られます。だから「マトモニオンガクキクナラサイテーヒャクマンエン」などという発言が一般人に対して吐かれ、一般人はキモを潰して立ち去る事になります。本来、別にマニアのオーヂオがイチバン偉いわけでなく、それは特殊な美意識を持つ、それ自体を趣味とする、本来の用途から逸脱したかなり特殊な人々のオーディオであり、オーディオにはそういう楽しみ方の一面もあるというに過ぎません。僕が思うに、現在そのようなオーディオをやっている人でも、元々は音楽をよりよく聴くために上等のオーディオ装置を買ったのに、雑誌等の情報がかなり偏っているために、また周囲のベテランと称する「オーヂオ道?」のお師匠サマ?にキミ、コレジャーゼンゼンダメダヨとか言われ、「オーディオとはそういうもの」と端から思い込まされ、本当に自分はそのように音楽を聴きたいのかどうか、自分自身定かではないという方も少なからず居られるのではないでしょうか。

「音」ではなく「音楽」を真っ当に楽しみたい人々向けの、本当の意味でクオリティの高い、生活に自然に溶け込む家庭用電化製品としての「音楽再生装置」がしっかりと進化し、普通の人々が何も拘らなくても交響曲の低音の唸りやジャズの絶妙なビートのグルーブを存分に楽しめるようになって欲しいと僕は願います。それがこの業界のホンマの使命ちゃうのん?

これはマニアックなオーディオとは全く別の普通に真っ当に「音楽」を楽しみたい人々のための領域です。この領域のクオリティを真面目に高めないと駄目でしょ、それが業界の社会的責務でしょ、道楽向けのお下がりみたいなのじゃ困りますよ、と言っているのです。従って、そのような領域の動向に対し、コアなマニア様がご高言を吐いてはなりませぬ。それは例えばクラシックカー マニアがハイブリッド車に対してアーダコーダ言うようなもんです。しかし、自動車が全て電動になろうとも、例えF1がモータで戦われるような時代になろうとも、クラシックカー趣味は永きにわたり存続し、さらにピュアでコアな領域となるでしょう。ですから、現在マニアックなオーディオを趣味として楽しんでおられる方も、何も心配はいりません。それが真に自分にとって楽しいのであれば堂々とやれば良いと思います。それが趣味というものです。しかし業界全体がソッチばかり向いていて本来の使命を疎かにしては困るという事です。チョートクさんだってオシゴトにはデジカメ使います。そういうもんです。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してますにほんブログ村
関連記事
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック