FC2ブログ
2011年11月15日 (火) | Edit |
「音」ではなく「音楽」を聴くとはどういう事なのか、難しいけど考えて見たいと思います。

「音楽」を聴くには「音楽再生クオリティ」が重要であり、それは例えば最新のハイテク ドライバ'(Alpair等)やデジタル信号処理(Frieve Audio等)により大きく改善できると、今まで再三述べてきました。もちろん、何も狂信的「原音再生」を求めるわけではありませんから、それなりに好みのオンシツを選ぶ余地はあると思いますが、まずは「再生クオリティ」を優先するという事です。

さて、そのようなアプローチに対して、マニアの間でよく言われるのは「オンガクは「ゲージツ」だから「カンセー」が重要であり、そのような「データ」とかリクツでアプローチしたのでは「ジョーカン」が伝わらない。云々。。。」というやつです。これは典型的に見られる論調です。

彼らが言うジョーカンなりゲージツとやらがアーチストさんの表現なり作品の芸術性 (芸術性なんてコトバを気軽には使いたくないですが、ともあれ) を指すとするならば、それらはソースに、すなわちアーチストさんが記録しはった事にしか残されていないわけで、泣いても笑ってもそれを正確に素直に聴く以上に本当のソレをよりよく聴く方法はないはずです。でしょ?

従って彼らが言うところのジョーカンなりゲージツとやらは、彼らが勝手に思い描く、あるいは彼ら自身が「好きな」ジョーカンなりゲージツであり、それはアーチストさんがやらはった事とは無関係なはずです。要するに彼らが言いたいのは「上記のようなオーディオでは、「音」をあまり好きにイヂられなくなるため、「趣味」としてはツマラナイ、あるいは「音」そのものにオモシロミがない」という事だと思われます。

素直にオーディオ趣味を楽しんで居られる方には「装置やセッティングによって生じる微妙な音の変化を楽しむのがオーディオ趣味だ」と明言される方もおられます。それならば問題無く納得できます。しかし、そこに本来アーチストの側にあるべきゲージツセーやジョーカンとやらを気安く持ち出されると、ハチマルは非常に混乱してしまいます。嫌悪すら覚えます。

「音楽を聴くためのオーディオ」は「音」やそれ自体を「趣味」とするマニアックなオーディオとは基本的に異なるため、それ自体に趣味性を求める人にはオモシロミが無くて当然です。ゲージツだカンセーだとかを持ち出す問題ではなく、そもそも目的が異なるだけの話だと思います。

本当に「音楽」を楽しもうと思うのなら、「音楽」を分かりやすい卑近な事象(例えばオンシツとか臨場感とかナンチャラ感とか)に引きずり下ろすのではなく、自分の側から高みにあるアーチストの行為の結果に素直に真摯にアプローチする事が大切だと思います。そのように素直に音楽を聴こうとした場合、過剰にジョーカンや臨場感を演出されたゲージツ的?な「音」や、「音」そのもの(オンシツ)および「臨場感」に過剰に意識を消耗する事は、かえって邪魔となるでしょう。

音楽家に限らずアーチストとは、全く自由で全く独立した精神をよりどころに、全世界を相手にたったヒトリで喧嘩を売るような輩です。ほんま命を削るようなシンドイ仕事だと思います。僕もほんのちょっとだけ写真表現でまねごとをしてみましたが、そんなオママゴトでもほんとに悩んでシンドかったです。正解というのは全くなく、ここで完成というキリもありません。荒野の真ん中にたったヒトリで立って、己の感性ひとつを頼りに、全く新しい道を切り開くというのは、シンドイ事だと思います。

そのような輩の言い分に素直に耳を傾けてみよう、まずは彼の言うように世界を感じてみよう見てみよう、という事だと思います。彼の「作品」を鑑賞するという事は。その際、鑑賞者としては真っ白な素直さで全てを受け入れる事が大切ではないでしょうか。。だから僕は「モードチェーンジ」する。

素直に「受容」してこそ彼のメッセージをより多く感じ取る事ができるはずです。しかし言葉なり理性で解釈できるわけではありません。「理性」で「理解」できない(ワカラナイ)からこそ、彼らはシンドイ目してやっているわけですから、そこで始めて我々の側にも本当の意味での「感性」というやつが必要となります。

人間の理性では理解できない領域に、鍛え抜かれた「感性」ひとつを武器にして、身を挺して挑んでいるのがアーチストです。彼らとて確たる事は「わかろう」はずもありません。彼らにできるのは、我々よりもソレに「近付く」事だけです。それを我々が「わかろう」としても端から「わかる」はずなどありません。我々も我々なりの「感性」でもって、彼が彼の冒険から持ち帰ったソレ(すなわち作品)に素直にアプローチするしかないという事です。

といっても1曲聴き終わった後に、さあ「感性さん」どうぞ!というのではなく、リアルタイムで同時進行ですよ、モチロン。そんなの誰でも無意識にやってる事です。

これは受容する以前の、「音」そのものや「臨場感」に対して、「カンセー」とやらで徒に意識を消耗するのとは全く異なります。「音」ではなく「音楽」を聴くとは、そういう事だと思います。

LEANAUDIOでは、そのように「音楽」を聴いている時に、不自然に感じる要素、違和感を覚える要素、聴きにくく感じる要素を素直に取り除いて来たと言う事です。

話が難しくなってしまいました。

音楽を再生する装置というものを考えるために、「音楽」あるいは「音楽を聴く」という事について掘り下げて考えてみようかなと思って書き始めたのですが、うまくまとまりませんでしたね。

普段別にそんな難しい事を考えながら聴いているわけでは決してありませんよ。モチロン。
ただただ素直に「スッゲー」とか「カッコイー」と恐れ入ったり憧れたり、なんでこんか凄い作品が作れるんだ、クソ!と嫉妬にもだえたり、という感じで聴いているだけですどね。。。でも、音楽って凄いと思う。クソ。若い子タチ、いろんな音楽をたくさん素直に聴いてみてね!

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してますにほんブログ村
関連記事
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック