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2011年07月06日 (水) | Edit |
僕は事あるごとに「可聴帯域の下限近くまでフラットに位相遅れなく」を強調します。これはLEANAUDIOトライアルを通して「音楽の聴きやすさ」(違和感やフラストレーションなく音楽の全体構造と細部を自然に聴ける事)をアレコレ試した結果として得た結論です。今回は、このへんについて。。。シツコイけど。

僕もFrieve Audioを使い始めた当初は、耳元の特性を一端フラットに補正した上でイコライザをアレコレ弄りましたが、現在はフラットのまま殆ど弄りません。弄ると、弄った当初は良く聞こえるのですが、いろいろな曲を長時間聴いていると、結局なにがしかの不自然さを感じるためです。

結局素直にソノママ再生する(注: ヘンに響かせたりせず、源信号に近い波形が耳元に到達するようSPや部屋の特性を修正する、すなわち可聴帯域の下限近くまでフラットに位相遅れなく再生するという意味)のが一番「音楽」を聴きやすい。結局一番「音楽」が自然に聞こえる。結局一番「音」も自然に聞こえる(元の波形に近付くので当然、それに生音はそんなにヤタラ響かない)。結局一番美しく「音楽」がココロに響く(「音」が耳に響くのではナイ)。結局一番スムースに「音楽」が意識に流れ込む。結局一番「音楽」を深く楽しめる。という事です。「音」がツマルとかツマラナイとか言うのではなく、様々な「音」で複雑に構成された「音楽」をより深く楽しめるという事です。「音」ソノモノは「音楽」を伝達するための「媒体」または構成するための「素材」に過ぎません。

僕には、「音楽再生」(特に西洋音楽の再生)において「最も基本的で最も優先されるべき」この課題(可聴帯域の下限近くまでフラットに位相遅れなく)があまりにも軽視されているように思えてなりません。「(西洋)音楽」を真に楽しむ上でメッチャ重要だと思うのだが。。。ナンデヤネン? ヤタラコマケー事をアーダコーダする前に、ヤタラ勝手にアレコレ弄る前に、これって基本中の基本ちゃうの??どう考えても。。 やたら微視的な「音」のコマケー音質?よりも、「音楽」の全体的/総合的な音楽再生クオリティの方が、「音楽」を聴く上ではずーーーーーーーっと重要だと思うぞ。。

媒体に記録されている「音楽」は、音楽家が表現の結果として世に問うた「ほぼ可聴帯域全域に分布する音の時間変化」の記録です。普通、大好きな音楽家の作品を聴く時、できるだけ全ての音をできるだけ素直に再生したいと思うはずです。何故なら、そうする事によって彼の遺した「表現」の結果(ジョーカンとやらも全てココに含まれる。含まれないベタベタなジョーカンとやらをドシロートなオッチャンが勝手にムリヤリ創出する必要はナイ。全くナイ。断じてナイ)を聴き取りやすくなるからです。すなわち、より多くより深く「彼」を感じ取れるからです。といっても、いわゆるマニアックな「原音再生」の事ではアリマセン。今時、たかが100kHz以下の電気信号の増幅なんて廉価なアンプでも十分にこなします。

録音において、音楽家と録音エンジニアという「音楽の専門家」達は、音響特性が整えられた部屋で、周波数特性の「フラット」なモニタースピーカを使用して、録音された多チャンネルの生信号に様々な処理を施して2チャンネルにミクスダウンします。彼らが作り上げた「作品」をより良いカタチで僕達に「伝達」するために、「俺様の感じたコト伝えたいコトがより良くミンナに伝わりますように」という願いを込めて。。。。多分、「ココハコンナモンチャウ?」「イヤ、モーチョット」「ソウソウ、ソンナモンヤネ」「オ、イーネー!」てな具合に「音楽」を練り込んでゆくはずです。ちなみにジャコは、ベース演奏だけでなくコンソールでのミキシング作業にも尋常ではない集中力を見せたと聞きます。

オウチで素直に(すなわちフラットに)再生するという事は、彼ら専門家が「コンナモンヤネ」と最終的に承認した音を素直にそのまま聴くという事になります。で、僕がLEANAUDIOでアレコレやって最終的に思ったのは、結局、専門家が調整してくれたのをソノママ、フラットに耳元に再生して聴くのが概ね一番「聴きやすいネ」という事です。

注: ここで言う「ソノママ素直」にというのは、イコライザを通さずという意味ではありません。イコライザで修正して耳元で彼らが聴いた音に概ね近付けるという意味です。

多少好みに合わせて再生音をイヂルにしても、こと音楽に関しては我々よりも遙か高いレベルにある音楽の専門家達が「ドーヨ?」って世に問うた作品を、まずは尊重してスナオニ拝聴してみてはどうでしょうか。結局、大概の場合、それが一番聴きやすい、彼らの目指した表現を感じ取りやすい、すなわち、「音楽」をより深く楽しめると思います。

それでは「音」が「ツマラナイ」というのであれば、まずは、自分にとってそのように再生しても「ツマラナクナイ」と感じる「音楽」(「音」がツマルとかツマラナイとか気にせずに聴き込んでしまう本当に好きな「音楽」)を聴いてみてはどうでしょうか。

それがどんな音楽であっても構わない(サブチャンでもアキナちゃんでもなんだって構わない、あたしゃマエカワ先生(トーキョーサバックってね)とジュリー(片手にピストルッてね)のファンだぞ、オータヒロミチャンもよく聴くし(コッイビットヨーてね)、セーコチャンは真のプロだと思う、キャンディーズにはいまだに胸がキュンとするし(青春だー)、あの頃のキョンキョンは大好きだな(怪盗ナントカ最高だったな)、なによりもヒバリさんは世界レベルだぞ、ビリーホリデーにも負けないぞクソッ、マジ、ジャズ歌ってりゃアメリカでもダイセーコーダ、コノヤロー。アー。もー。10年後にはヒバリ全集買うぞ(なんで10年後?)。こらアッコ。バラエティばかり出てんじゃねー。天与の才を無駄にするな。バカヤロー。バチアタルゾ。あたしゃモッタイナクテ、泣けてくるぞ。ホンマニ)。

「真に自分が好きな音楽を聴く」それが音楽を本当の意味で楽しむたのめ第1歩だと思う。ゾ。と。そして「オーディオ装置」とは、本来、そのようにして音楽を楽しむヒトのための装置だと思うぞ。

さて本題に戻って、
優れた音楽家は、僕達ドシロートには想像を絶する極限的な状態で全生命を注ぎ込んで僕達のために作品を遺してくれたわけで、それに対して畏敬の念を持たずして、また真摯に素直に接せずして、「音楽」の凄さ(ひいてはモノゴトに真に帰依したニンゲンのみが成し遂げ得た行為の凄さ)を本当に楽しむ事はできないと思います。本来オーディオ装置とは、そのような「音楽」を家庭で日常的に楽しむための装置です。「音楽」をネタに「音」を出して弄って楽しむという「趣味」があっても一向構わないと思いますが、業界全体がソチラにばかり引きずられていては困ります。また、特に「音楽」の凄さにまだ目覚めていないまたは目覚め始めた若い子達には、そのように低音まで素直に再生された本当の意味での良質な「音楽再生音」で「音楽」に接して欲しいと思います。あの頃にケロみたいな装置があれば。。。こんなに遠回りしなくで済んだのに。。。クソ。

以上は、僕の「音楽再生装置」に対する極めて個人的な基本的理念です。オーディオ装置の開発に携わる者は、ひとりひとりが「音楽」とはナニなのか?「音楽」をどのように大衆に伝達すべきなのか?という事を、常に自分なりに真剣に掘り下げて考える必要があると思います。

ハヤイハナシ、音楽を楽しむ上でさして重要ではないやたらコマケー事はマニアに勝手にやらせておけばヨイので、大手メーカーは「音楽」を低音までキチントマトモに再生できるコンパクトで良質なオーディオ装置を、貧乏学生やギャルでも買えるリーズナブルな価格で広く世の中に普及させて欲しいのよ。。。こいつが技術屋としても最もチャレンジングでやり甲斐のある仕事だと思うよ。例えばホンダ(本田宗一郎)の最高傑作は絶対にスーパーカブです。。より良質な製品をより安価により多くのヒトビトのために。。。世の中のオーディオに対する認識を根底から是正するのも企業としての責務だね。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
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