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2011年05月22日 (日) | Edit |
重要な事を思い出したので。。。

ケロの実験中に左右のスパンを拡げると音像が空間にポッカリ浮かんで気色悪く思ったと書きました。また、音の出所が視覚的にある程度一致した方が音楽に集中できると感じたため、左右のスパンを狭くしたとも書きました。

これは恐らく、したくもない聴覚による空間認識が強要されるのを嫌ったという事だと思います。聴覚には専ら音の時間変化(音楽)を追跡させたいのにイラン事させるなボケ!気ぃ散るやないケ!と僕の脳が怒ったと言う事です(僕の脳は河内弁で怒りっぽい)。

要は、音場が過剰に演出されると、したくもないのに聴覚による空間認識が強要され、しかもそれが視覚による空間認識と一致しないと、僕の脳が混乱してあるいは情報処理負荷が増えて「お前が音楽をよう聴きたいゆうからワシも精一杯がんばって音追いかけとんのにヤヤコシイコトさせんな!このクソガキ!わしゃ忙しいねん」と嫌ったという事だと思います。そこを想像力で補って。。。なんて糞面倒くさい事(ソモソモそこに何の意味があるというのか?)に意思のエネルギを消耗したくもないという事です。だからソースがDSP等で変に処理されたりしていると「要らんコトすな!音楽聴かせんかい!」と僕の下品な脳が怒りまくるようです。

このように過剰な音場演出は聴覚に空間認識を強要するため、あるいは視覚との混乱を招くため、それを望まぬ人間(音の時間変化を専らの興味対象とする人間、はやいハナシ「音楽」そのものを聴きたい人間、今回のシリーズで例えれば音楽家や一般音楽愛聴者)には邪魔にしかならないような気がします。音楽を本当に聴きたいのであれば、なんとなく音が左右に拡がっていると感じられる程度のステレオ効果で十分ではないでしょうか。

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