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2014年03月31日 (月) | Edit |
もうネタないです。。。

今年に入ってから、今まで書き足りないと感じていた事も書く事ができました。あとはベトベンとジャコについてもっと書いてみたかったのですが、想い入れが強すぎて書けそうにありません。

そういえば、2月には、目標にしていた開設5周年を迎えたんですね。忘れてました。

更新のペースが落ちたため、もう1つの目標である100万ヒットに未だ達しませんが、まぁ、そのうち辿り付くでしょう。目標と言えば、ランキングもとうとう11位まで落ちてしまいました。まぁ、5周年までは、一応目標にしていた10位以内をキープしていたのでヨシとしましょう。

開設以来5年間にわたって、ほぼコンスタントに10位以内をキープして来れました。その間にブログ村上位陣の顔ぶれも目まぐるしく入れ代わりました。LEANAUDIO、地道によく頑張ったと思いますよ。ウン。これも読者の皆様の応援のおかげです。これまでの応援、本当にありがとうございました。そういえば一ヶ月ほど1位に居座った事もありましたね。一位は絶対に無理だと思っていました。ホンマニ。

基本的にブログLEANAUDIOはこれにてオッシマイという事にして、過去記事の整理に入りたいと思います。読み返している内に何かネタができたら、追加の記事を書くかもしれません。その節には読んでやってくださいな。また、過去記事の訂正や加筆も予定しているので、たまには古い記事も読み返してみてください。

次の新しいブログを始めようかと考え中です。テーマは「日本」かな? 「オヂオ」を取り巻く不可思議な現象(人々の行動)をイロイロと観察して考察した事は、次のブログにも確実に生かせると思います。良い練習になったかもしれません。

とりあえず、ソレデハ。。。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2014年03月22日 (土) | Edit |
どのような機械を設計/開発する場合でも、まず最初に目的(何のために、どのように使われるのか)を明確にしないと、スットコドッコイな代物ができあがります。そして、目的がグルッと180°異なれば、求められる機械もグルっと大きく異なって当然です。

(A)なんかM (B)なんかA

以下は、4年間のLEANAUDIOトライアルにおける僕の実体験に基づく結論です。

「音」ではなく「音楽」を楽しむための装置で重要な事
☆ ベトベンであろうがマドンナであろうが、西洋音楽の重要帯域は40Hz~10kHzであり、この帯域の音をリスナの「耳」まで周波数/時間ドメイン的に正確に、低歪み/低ノイズで届ける事が、家庭用オーディオ装置に求められる最も基本的な命題である(あくまでも実用的に必要十分なレベルでね)。

☆ 特に、西洋音楽で重要となる100Hz以下の周波数/時間ドメイン的に正確な再生をコンパクトで安価な機器でアッタリマエに提供できるようにする事がスピカシステムにとっての最大の技術課題である。

☆ 家庭における音楽再生では、部屋の音響特性が最大の影響因子となる。この点においてニアフィールド リスニングとデジタルイコライザによる音場補正は決定的に有利であり、さらに言えばヘッドフォン/イヤフォン再生が理想的である(究極のニアフィールド)。

- 装置由来の音の癖(個性、付帯的な音等)が過剰だと音楽の内容は確実に聴き辛くなる。マニヤ達の言う「原音再生」たら「高忠実度再生」たらナンタラカンタラといった大層な事では全くなく、装置は記録されている重要帯域(40Hz~10kHz)の信号を必要十分なレベルで素直に自然に正確に明瞭にリスナの「耳」に届けてくれればそれで良い。SP時代の録音や劣悪な海賊版ライブでも無い限り、それで全く十分に「良い」音で音楽を楽しめる(そのためには素直に作られた高品位なドライバが最重要)。

- 最重要基本命題(☆)を疎かにして装置の微細な個性を追い求めるのは全くの本末転倒であり、全くの趣味/道楽の領域である。

- 臨場感(仮想体験、アタカモ。。。)を徒に求めた過剰な空間表現はかえって音楽を聴き辛くする。また、一般の音楽愛聴者(音楽家を含む)のオンヂョに向かう意識は極めて希薄であり(仮想体験を求めない、スピカから音出るのはアッタリマエ)、必ずしも2本のスピカの中央に陣取ってじっと聴くわけではないし、マニヤのような聞き方がエライわけでもジョートなわけでもナンデモナイ。

- 最重要基本命題(☆)を疎かにして過剰に空間表現を求めるのは本末転倒であり、全くの趣味/道楽の領域である。

補足
諸々の点でヘッドフォン/イヤフォン再生はスピカ再生よりも圧倒的に有利である。ただし、スピカ再生を前提に制作された媒体を自然なセパレーションで再生するための信号処理面での改善が求められる。制作段階からヘッドフォン再生を基準に制作されるようになれば理想的である。

シツコク再再掲
「ぼくたち指揮者は一生懸命音を混ぜようとしているのに、どうして君たちオーディオマニアはそれを分解して聴こうとするんだい?」(小澤征爾さんの発言らしい)

「空間表現の追求など不可能を無理して求めているだけであって失うものの方がはるかに大きい、そもそも現代のオーディオは完全に間違った方向に走っている。」(とある演奏家の発言らしい)

「良いスピーカーでゴージャスサウンド聴くのはオーディオマニアだから自分はこれで十分」(矢野顕子さんの発言らしい)

「みんな仲良く、世界中が同じ音質で聞けるようにしてくれー」(とある日本のミュージシャンの発言)

「音楽家の多くは高精度のハイファイ音を楽しむのではなく、音楽の本質を聴く。したがって、彼等は名演奏であれば、SPから再生されたCDでも満足して聴いていることが多い。」(論文「音楽演奏現場における楽音の実態と音楽家のオーディオに対する感覚について」(南 弘明、東京藝術大学音楽学部、電子情報通信学会技術研究報告. EA, 応用音響 98(157), 45, 1998-06-29)の抄録より抜粋)


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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2014年03月18日 (火) | Edit |
前の記事で紹介した「頭立ち」のコツについて、僕の実体験に基づいてちょっと書いて見ます。

僕の持っている本によると、
頭立ちのポーズは「アーサナ」(ポーズのこと)の王様ともよばれ、身体的にも精神的にも優れた効果があるポーズです。頭はさまざまな神経をつかさどる場所。頭頂部を床につけて逆転することで、能にたくさんの酸素が供給され、脳細胞が活性化されます。また、ホルモンや内臓のバランスを調整して、心身をよい状態に整えるといった効果が期待できます。
とのこと。フムフム。

こちらのサイトに詳しいやり方が書いてあります。参考にしてください。こちらでは効果として下記を挙げています。
脳を休める。ストレスおよび軽いうつの軽減・下垂体と松果体の活性化・腕、脚、背骨の強化・肺の強化・腹部組織を整える・消化の改善・更年期障害の症状緩和・ぜんそく、不妊症、不眠症、副鼻腔炎の治癒

「王様」と呼ばれるように、頭立ちはヨガでは重要なポーズとして扱われるようです。最初にやってみた時にはナカナカ上手にできず、さっさと諦めました。それから数ヶ月たって身体(特に前屈)がある程度柔軟になってから再挑戦してみると、今度はいとも簡単にできてしまいました。頭立ちに挑戦する前に、前屈の柔軟性を十分に高めておく事が重要みたいです。そういう事って、本とかには書いていないんですよ。。。

yoga1_20140318100011a2a.jpg

ヨガでは、足で地面を蹴った勢いで下半身を持ち上げるのではなく、上図のように①→②→③と、終止バランスを保った状態でゆっくりと下半身を持ち上げて倒立状態に移行します。僕が最初に上手にできなかったのは、柔軟性が不足していたために、上図の①の状態で地面に着いた足を顔の方へ十分に引き付けてお尻を高く持ち上げる事ができなかったためです。①の状態でお尻を十分に高く持ち上げる事ができれば、②への移行は簡単です。最初は、できるだけ足を引き付けた①の状態から片足ずつ②の位置に持ち上げると良いと思います。今では、両足を揃えて顔に近付けてゆくだけで足が自然にふわっと浮き上がります。

という事で、頭立ちを上手にできない方は、まず前屈の柔軟性を高めると効果的だと思います。
yoga1.jpg

手の平が床にほぼペタッとくっつく位に柔らかくなると、頭立ちの②の状態は楽勝でできるはずですよ。

以前にも書いたように、難しいポーズは、それをひたすら繰り返し練習してもナカナカできるようになりません。逆に、必要な柔軟性やバランス感覚が身に付いた後で再挑戦すると、以前の苦労は何だったの?というくらい簡単にできてしまう事が多くあります。「焦らず地道に」やっていれば、何でもいつかはできるようになるようです。

お試しあれ!。
あ、と、最初は壁に向かってやりましょう。ジムのフロアとかでやる時は、周囲に人が居ない空いている時にやってくださいね。

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テーマ:ヨガ
ジャンル:ヘルス・ダイエット
2014年03月17日 (月) | Edit |
久しぶりにヨガのオハナシ。

相変わらず、週に3~4回ほどジムのフロアでのたうち回っています。スムースにポーズを取れるようになってきたので、1回の時間は以前よりも短めの1.5時間程度です。

柔軟性も確実に向上し(ホントに着実に向上します)、今では大きく足を開いて立った状態から前屈し、頭頂を完全に床に置く事ができます。
kaikyaku.jpg

さらに、先週は、この状態から3点倒立に持って行けるようになりました。

倒立は非常に気持ちが良いです。特に頭立ち(肘を床に付く倒立)は数多あるヨガのアーサナ(ポーズ)の中でも「王様」と呼ばれる重要なポーズだそうです。僕にとっては三点倒立よりもコチラの方が簡単でした。
逆立ち


倒立した状態でバランスを保つには体幹を上手に使う必要があります。倒立に限らず、ヨガの様々なポーズでは体幹を使って上手にバランスを取る必要があるため、ランニングを始めとするあらゆる運動にも良いトレーニングになるはずです。例えば、ランニングは正に片足立ちの連続であり、着地した脚に対して常に正しく重心を置かないと効率良く走れません。

昨日は天気が良かったので、ジムで軽くヨガをやった後に、思い切って外へ走り出てみました。今年の初走りです。外を走るのは実に5ヶ月ぶり(寒がりなので)。いつものように、野川公園の雑木林の中を大きく一周する約16kmのコース(公園までの往復8km、公園内8km)を走りましたが、梅の花がたくさん咲いており、春の香りも満喫できました。ジムでは時々30分/5kmほど走っていましたが、外で長い距離を走るのは本当に久しぶりです。ヘタレルかな?と様子を見ながら走りだしたのですが、そんな事は全くなく、むしろ以前よりも楽に速いペースで走れる事に驚きました。ヨガの効果でしょうか。例年の春の初走りでは、かなりヘタレたのですが。。。

マラソン大会に出場していた頃は、むやみに距離を走って脚のアチコチを傷めましたが、ヨガやピラティス等の体幹を鍛える(上手に使う方法を身に付ける)トレーニングを適度に取り入れた方が、効率が良かったかもしれません。
この調子だと、またウルトラマラソンに挑戦してみても良いかなぁ。。とフト思ったのですが。。。

それよりも、こんなに効果のあるヨガを身近な人達に正しく教えてあげられるよう、インストラクタのコースを受講してみようと思い立ち、さっそく新宿のスクールに見学の申込をしました。男性でも受講できるかどうか電話で確認したところ、男性受講者も数名いるとの事で、ひとまず安心。

60才までしっかり働いた後は、何かボランティアをできないだろうかと最近よく考えます。ヨガを正しく人々(特に高齢者とオヂサン)に伝える事ができると良いナァ。。頑張ってみるカナ?イッチョウ。ウン。

追記
ヨガを始めて暫くたった頃に、ウェイトトレーニングでもその効果は体感できました。多くの部位で10回上げられる重量が大きく増加したからです。特にスクワットの場合、50kg以上は怖くて上げられなかったのですが、今では80kgで12回できます。これも、筋力が向上したわけではなく、体幹を上手に使えるようになったためだと思われます。

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テーマ:ヨガ
ジャンル:ヘルス・ダイエット
2014年03月15日 (土) | Edit |
今回は、僕が音楽を聴く時の傾向について、とりとめなく書いてみます。どうなることか。

曲

クラシックの場合、基本的に(A)と(B)は分離されています。そして、僕の(B)の領域に向かう意識は比較的希薄です。誰が演奏しても不変の部分、つまり作曲者自身にアプローチしようとする傾向が強いという事です。

クラシックの場合、僕はほとんどベトベンしか聞かないわけですが、例えば、グレングルドさんのピアノソナタは聴き辛く感じて敬遠気味です。なんかベトベンさんにアクセスし辛いと言うか。。。僕のコレクションの中では、ポリーニさんのが一番ベトベンにアクセスしやすく感じます。交響曲だと、フルトベングラさんのが好きですが(僕のイメージする大好きなベトベン オヂサンさんにアクセスしやすい)、録音が古く特に2番と8番は聴き辛いので、ブロムシュテットさんのも良く聴きます。これも聴きやすいです。

以前にも書いたように、ドロドロとした地の要素が希薄なクラシックには余り興味が向かわない僕ですが、ベトベンだけは例外です。中3の僕はビトルズをきっかけに音楽への興味を一気に深め、ジャズの鍵も開き、親父のクラシックレコードも片っ端に聴いてみたわけですが、ベトベンだけは他とは違う、ベトベンだけはクラシックぽくない、ベトベンだけはカッコイー、ベトベンだけはチャラチャラしていない、ベトベンだけはオゲージツっぽくない、ベトベンだけは音楽を造ってイナイ。。。と感じました。

「音楽を造っていない」というのは、説明が難しいのですが、当時の僕風に言えば「チャラッ」としていない(音に必然性があって装飾性が少ない、って事かな?)、あるいは「音楽のために音楽を造っているのではない」と言えるかもしれません。つまり、彼の深奥にある全く独立した一個の人間としての確固たる一貫した揺らぎ無いナニカ(信念とか思想とか世界感とか理想とかをひっくるめたヤツ、あまり宗教的ではない)を人々に「俺様には世界がこう見える」「俺様は世界がこうあって欲しいと願う」ドヤ?と問いかける、投げかける、開示する、主張するための手段(あるいはインターフェイス)として「音楽」という表現手段を徹底的に使い倒した、そのような音楽の可能性を切り開いた。。。というように感じるという事です。

そして、僕は、ベトベンがドヤ!と問いたかったであろうナニカに強く惹かれるので、彼の音楽をつい好んで聴いてしまうという事なのでしょう。もっと簡単に言えば、僕はベトベンというオヂサンが大好きなのだと思います。ボンの安酒場で酔っぱらって「人間」の自由、平等、博愛や芸術やナンヤカンヤを大声で議論しているベトベンを聴いてみたい。できれば、全く畏れ多い事ですが、一緒に酔っぱらって徹夜でナンヤカンヤ議論して騒ぎたい。。。そいう事です。

さて、僕が最も好むジャズの場合、特にジャムセッションでは(A)と(B)は渾然一体でありリアルタイムにどんどん進行します。曲自体は最初と最後の旋律(テーマ)とコード進行を決める程度のごく緩いモチーフに過ぎません。しかし僕は余りジャムセッションやライブ盤を好みません。ジャズでも、僕の場合、個々の奏者の演奏自体に向かう興味は希薄であるように思えます。このへんが、僕が50年代よりもコンセプトが多様化/深化した60年代以降を好む1つの理由なのかもしれません。

50年代で僕が好んで聴くのは、モンクさんとミンガスさんくらいです。ロリンズさんは最近アルバムを何枚か購入して聴いてみましたが、サキコロ以外はやはりイマイチ。学生時代にSONYビッグスペシャルでエアチェックしたロリンズ集を他の50年代作品と一緒にその後躊躇無く大量破棄してしまったのも頷けます。50年代にはスタープレーヤーが星の数ほど居ますが、彼らには興味がありません。ですから、ミンガスやモンクのアルバムに参加している個々の演奏メンバーが誰であるのかにも、とんと興味がありませんし、全然知りません。僕は、モンクやミンガスという強烈な主張を持ったアーチストが強烈なリーダーシップを発揮して作り上げた作品に惹かれるという事なのでしょう。

そういう意味で、僕にとっては60年代が最高です。マイルス、コルトレーン、オーネットコールマン、ジミヘンドリックス(僕の中ではジャズのヒト)、ちょっと格が落ちてウェスモンゴメリ、セシルテイラー、ドンチェリー、ヘイデン等々。。。最近、聴く範囲を拡げようと、ネットやラジオで気に入ったのをCDで購入してみたのですが、今のところ当たり無し。アキマセン。。1曲だけ良くても、アルバムとしてはツマランというのが多いです。30年かけて淘汰してきたコレクションなので、これに食い込めるアーチストさんはなかなか見つかりません。新しいヒト、新しい音楽、出てきてクレー-!と叫びたい。

優れた一流のジャズ演奏家は星の数ほど居ますが、強烈な探求心、コンセプト、集中力、リーダーシップを発揮してジャズの歴史の中で1本の太い幹を押っ立てた真のアーチストさんはそうそう居ません。ハビハンコックやウェインショータやロンカータですら、アーチストとしては、とてもその域に達したとは言えないでしょう。あのマイルスの60年代の優れた作品群は、マイルスの強烈なコンセプトとリーダーシップがあったればこそだという事です。リーダーとして、毎回コンセプトを進化および深化させながら、一貫して高いレベルでコンセプトの明確な一連の作品群を作り続け得たアーチストさんは十指どころか五指にも満たないでしょう。そして、僕はそのようなアーチストさんと作品群に惹かれる傾向が強いと言えます。

ついでに、ロックに関しても、僕の演奏自体に対する興味は希薄でした。当時の音楽好きの同級生達は、ビトルズは演奏が下手だと下に見る傾向が強く、クラプトンやツェッペリンとかにご執心でした。確かにビトルズの演奏はポールのベースを除けば悲しいほどに下手くそだと思いますが、ビトルズ以外のロックはどれを聴いても、演奏は高度で洗練されてはいても内容的にはビトルズを超えない(あるいはその範疇にある)ように聞こえて、大して興味がわきませんでした。今でも、ビトルズだけは違う、ビトルズだけは凄い、ビトルズだけは特別だと思います。

話はまた、ジャズに戻りますが、ジャズ好きの村上春樹さんによると、80年代初頭に「ジャズの救世主」と騒がれたウィントンマルサリス(tp)に比べると、マイルスの演奏は随分下手くそなのだそうです。しかし、僕はマルサリスのオボッチャマンな演奏からはナーーーーーーーニモ感じる事ができず、随分がっかりした記憶があります。要は、その演奏を通して、何処にもアクセスできなかったという事です。「音楽」に過ぎない。。どこが救世主やねん!と。。

80年代初頭と言えば、ジャコこそがジャズの救世主であったと思うのですが、品行方正とはとても言えぬパンクなジャコ君では、スノッブでお上品なジャズファン達にはとても受け入れられなかったのでしょうねぇ。ジャコの評価は、一部の間では(特にミュージシャンの間では)非常に高いですが、もっと一般的に(ベース奏者としてだけでなく)高く評価されるべきだと僕は勝手にプンプンしています。プンプンプン。

書き殴ってたら長くなってしまいました。
トリトメナクてスミマセン。

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