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2013年03月31日 (日) | Edit |
今回はオヂオネタではありません。
ウォーキング用のポールを買ってみました。。。。というオハナシ。

最近、もう30年近い付き合いになる昔の自転車レースの仲間達に誘われて近場のハイキングに2回ほど出かけました。もちろんメインは帰ってからの飲み会ですけどね。昔(もう20年以上前)はアチコチの草レースに参加したり、荒川の土手や秩父のグリーンラインを集団を組んでかっ飛ばした中年不良暴走族も、最年長の方は60才、53才の僕でも若い方から2番目といったメンバー構成です。お酒の方は相変わらずですが、皆不摂生がたたってロードレーサーで徒党を組んでブイブイ言わせるような状態ではとてもアリマセン。ということで、今は近場でハイキング。なのですが、そこはそれ、元自転車乗りなので道具をしっかり揃えるところは変わらず、最近参加し始めた僕以外みんなトレッキング用のシューズやザックとポールを持っています。で、僕も、あんなポールが欲しいナァ。。。と思って買ってみました。

僕が買ったのは、見た目がスポーティーなノルディック ウォーキング用というやつです(やっぱり見た目が重要)。北欧のノルディックスキーの選手達が夏場のトレーニング用に使い始めたのが始まりだそうで、ポールで地面を後方に押しながら大股でグイグイ歩くというのが本来の使い方です。ですから地面を突く位置は身体の重心付近から後方となり、先端のゴムも後方へ突きやすいように特殊な形状をしています。別に楽に歩けるようになるわけではなく、運動強度を高めるトレーニング目的の道具であると言えます。歩行の補助を目的とするトレッキング用とは用途が全然異なりますが、どうせ棒は棒なので、まいっかと思って見た目がスポーティなノルディックタイプを選び、トレッキング用に普通の丸いゴムも買っておきました。

コチラで購入
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カーボン製で5,760YENナリ。近所のスポーツ店ではアルミ製でも1万円以上したので、ちょっと割高感がして購入を躊躇していたのですが、インターネットでは結構お安く出回っています。仲間達に「どうだイーだろ、でも貸してあげないよ」とイヂメられたので(昔からそういう気のおけない仲)、ここはカーボン製で見返してやろうという魂胆ですが、僕が買ったのと同じメーカのアルミ製であれば2000YEN台で購入できます。ブランド(DOPPELGANGER)は欧風ですが、製造は例によって中国です。道具の善し悪しが生命にかかわるような危険な山に登るわけではないので、ま、とりあえずコレで様子を見ようと思います。

近所で自分勝手に歩いてみたのですが使い方がよくわからず、昨日ポールウォーキングの無料講習会に参加してみました。ノルディック ウォーキングほど運動強度の高くない日本式のポールウォーキングの講習会でしたが、1時間弱の講習でも上半身を結構使ったようで、昨晩は肩胛骨付近の筋肉に適度な疲れを感じました。姿勢も良くなりますし、股関節も大きく使うので、体幹を中心とする基本的な身体機能を維持する上でナカナカ効率が良いかも知れません。最近は車もバイクも自転車も手放して往復10km以内ならジョグ+歩きで何処にでも出かけるため、いつもコレを携行しても良いかも知れません。これと例の5本指シューズを使えば完璧でしょう。

ランニングやウォーキングでは使う筋肉がどうしても下半身に偏りますが、棒を持って歩くだけでも肩胛骨近辺を中心に上半身を使う事ができます。僕のように1日中デスクワークしている人間には、ナカナカ宜しいかと思います。気候も良くなり20kmのジョギング(というよりはLSD)を再開したので、次回はポールを携行して、走るのに疲れたり飽きたりした時にポールを使って30km程度のラン&ウォークをしてみようと考えています。梅雨に入るまで精々楽しめそうです。梅雨に入ったら水泳を再開しないと。。。(極端に寒がりの僕は、室内プールといえども気候が暑くなるまで裸になって泳ぐ気がしないのです。)

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2013年03月30日 (土) | Edit |
前の記事からの続きです。

前の記事で、僕はソーチから出てくる音の諸々の現象ではなく、
媒体に記録されている「音楽」ソノモノをより良い状態で聴きたいのだ
と書きました。
「音楽ソノモノを聴く」とはどういう事でしょうか?
今回はそのへんについて書いてみたいと思います。

僕が言わんとしているのは何も難しい事ではありません。
オヂオ趣味に手を染める以前に、オヂオ雑誌やヒヨロンカや周囲のオヂオマニア達が言う事に強く影響を受けてしまう前に、ラジオであれ蓄音機であれラジカセであれ親父殿のステレオであれ、オンシツやオンジョーなんか微塵も気にせずに「自分が」本当に大好きなアーチストさんの大好きな曲を「自分なりの聴き方で」夢中になって繰り返し繰り返し聴いた経験のある方は、その頃の事を思い出せば分かるでしょう。たとえば、リアルタイムに強烈なビトルズ体験をした殆どのヒトビトはラジオや蓄音機で夢中になって聴いたはずです。そのように自発的で自然な「自分なりの」音楽体験を十分に積み重ねることなくオヂオ趣味の影響を強く受けてしまった方、あるいは音楽には元々強い興味はなく積極的に聞きたい音楽も特にない状態で全くの趣味としてオヂオイヂリを始めた方(ジョートな装置(趣味)にはジョートな音楽を。。と専らザッシやヒヨロンカの推奨盤を聴いている方)には、このへんの事は全く理解不能かも知れません。グルッと180°異なりますから。

何度も紹介した論文の抄録
音楽家の多くは高精度のハイファイ音を楽しむのではなく、音楽の本質を聴く。したがって、彼等は名演奏であれば、SPから再生されたCDでも満足して聴いていることが多い。
で言っている「音楽の本質」というのも全く同じ事です。ラジオや蓄音機でビトルズを夢中になって聴いている状態と、ここで言っている音楽家達がCDを聴いている状態は、本質的に同じでであると思います。ここでは「高精度のハイファイ音」と言っていますが、これは著者が最近のハイエンドオヂオの本質を知らないためでしょう。現在マニア達がやっているオヂオは高精度でもHiFi(高忠実度)でもありません。彼らがツイキューしているのは全く別の(180°異なる)ナニカです。それは、彼らが「音楽を聞くダケなら.......」という時の「ダケ」以外のマニアック領域であると言えるでしょう。

以前にLEANAUDIOの音は端的に言って「ラジオの音を広帯域/低歪み/低ノイズにしたダケの音」だと書きました。これは音楽を聴くダケのために(つまり音楽の聴きやすさを求めて)開発した結果です。着手した最初の頃は、マニア達が言うように、それダケではツマラナクて楽しく聴けないのだろうな。。と思っていたのですが、程なく彼らがツイキューしているのは全く別の事なのだと分かりました。

僕が求めるのは「ダケ」の部分を、もっと高いクオリティで、もっと手軽に、もっと安価に、もっとコンパクトに、もっとクールに楽しめる装置です。大層で立派な装置ではありません。オヂオにマニアックな興味を全く持たない、「音楽」を楽しみたいダケのヒトビトのための本来あるべき姿の本当のオーディオ装置です。現在の世の中の技術レベルからして、80年代以降も正常に進化し続けていれば今現在実現していたはずのオーディオ装置であるとも言えます。

とは言っても、最近はヘッドフォン・イヤフォンの音質が素晴らしく、着用感も随分改善され、iPod等の携帯音楽プレーヤも十分に高音質・コンパクト・クールであり、価格帯も十分にリーズナブルであるため、僕が求める本来のオーディオ装置はある程度既に実現しているとも言え、であるからこそ、世の多くの人々がソチラへ雪崩れ込むのだと言えなくもありません。マニアオヂオの単なる廉価版として全く安直に開発された一般向け旧来型オヂオ装置のレベルを考えれば、それは至極当然真っ当アッタリマエな現象だと僕には思えます。市場の反応は結局正直だという事です。僕だって、そもそも携帯電話+カナル型イヤフォンで聴いたフルトベングラさんのベトベン交響曲に感激し、安直極まりない旧来型オヂオのスピカに激怒して破壊し(それは根本的にコストの問題ではない)、イヤフォンサウンドをスピカに置き換えるべくLEANAUDIOに着手したわけですしね。

最近はベッドでiPod+モニタヘッドフォンを使ってフルさんのベトベン交響曲をよく聴きます。そいう周期が来たようです。2番と8番は録音状態がかなり酷いのですが、携帯で聴いていた頃のように、あまり気にせずに楽しんでいる事にふと気付きました。僕の中でオーディオ開発に向かう意識が完結したという事だと思います。これは好ましい状態であると言えましょう。

ハイエンドオヂオをヒエラルキの頂点とする従来型オヂオは完全に進化の袋小路にはまり込んでいるように思えます。根本的な部分で80年代から全く何も進化していないですよね。今後のスピーカ再生オーディオ技術は、そのような袋小路からではなく、新しく枝分かれしたヘッドフォン オーディオから派生した方が良かろうと思います。実際LEANAUDIOはそうです。また、ヘッドフォン オーディオも、最近ブログで書いているように、その良さを最大限に発揮できる再生方式あるいはソース制作方式での進化が強く望まれます。今のままでは本当にモッタイナイ。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年03月27日 (水) | Edit |
今回は、僕の実体験に基づいて「変わる変わらない」について書いてみます。

前記事に書いたように、僕は
そもそも「変わるか変わらないか」自体が争点となるような微細なオトの違いよりも、「音楽の伝達/再生において何が重要か」「どの音質要素がどの程度重要か」という議論の方が遙かに重要であろう」と考えます。
また、それにあたって、
音楽のドシロート達がオンガクセーだジョーカンだリンジョーカンだといくら議論しても全く始まらないので、音楽の玄人さん達(表現者達)の意見に耳を傾ける事が絶対に必要だ」とも考えています。

人間の行動は「目的」(または、何を重要と考えるか)によって大きく左右されます。僕は、装置から出てくる「音」の個性や臨場感等の付帯的効果/現象あるいは「装置ソノモノ」を愛でるのでは全く断じて全然なく、専ら媒体に記録されている音楽をより良い状態(記録されている音楽の細部と全体が本来の調和を保った自然な音で楽に聞き取れる「音楽を聴きやすい」状態)で楽しめる事を最重視します。聴きたいのは装置から出てくる表層的「音」現象やその個性ではなく、そこに記録されている「音楽」ソノモノですから、その「音楽」ソノモノをできるだけ聴きやすくしたいという、極めて当たり前の動機と行動であると言えます。

そして、これも極めて当然ですが、目的にさほど関係しない重要とは思えない現象に対しては、自ずと意識は向かいません。重要とは思えない類の「音」の微細な変化をワザワザ努めて集中や精進してまで、ましてや多額の投資や貴重な生活空間に犠牲を払ってまで聞き分けたり拘ったり追究したりしようという強い意志が働かないという事です。

反面、一般的に巷のマニア達がさほど拘らない現象に対して、僕は敏感に拘ります。その代表例が(特に小型の)スピーカの低音不足、バスレフ型やアナログフィルタ等による低音領域のタイムドメイン的問題、ポート/箱/部屋などの定在波による付帯音(吸音材、ニアフィールド)、等であると言えます。これらは、元々ソースには含まれていない音の要素(端的に言ってノイズ)を付加したり、ソースの音のバランスを狂わせる(端的に言って歪ませる)ため、全く当然ですが、元々のソースに記録されている「音楽の内容」が確実に聴こえにくくなります。これらはアンプのカタログに記載される装置単体のS/NやTHDの値よりも遙かに巨大です。。。。また、これらは「コノミノモンダイ」ではなく「音楽再生クオリティ」に直接影響する因子であり、音楽再生における超ウルトラスーパーアルチメットな基本事項であるとも言えます。

対してオヂオマニア達は、これらの要素を「ソーチの個性」として愛でる傾向にあるように僕には思われます。180°グルッというヤツですね。。

と、ここまで書いて時間切れ。。。相変わらず前置きが長い。。。

今日は徹夜でお仕事にナリソなので。。。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年03月25日 (月) | Edit |
ネタがありません。実験君は億劫だし。。

最早ソーチに不満な点は全く無く非常に快適に音楽を楽しめています。

という事で、今回は「変わる変わらない」論争についての続きを書いてみます。

聖者でもない限り、ヒトは「思い込み」や「先入観」の影響(プラセボ効果)から完全に逃れる事はできません。絶対に。。自分で何かを交換して「ナンタラ変えました!カンタラ感がドータラに変わりました!」という時、そこには多かれ少なかれ必ずプラセボ効果が付きまといます。変化が小さければ小さいほど(たぶん価格差が大きければ大きいほど)、その影響の度合は大きくなります。この世の誰一人として「自分に限ってそんな事はない」と言い逃れる事はできません。如何に論を尽くして声高に「変わる」と主張しようとも、プラセボ効果の影響を完全に否定する事はできないという事です。この影響を排除するには、入念に計画されたブラインドテストを実施する以外に方法はありません。ブラインドテスト抜きで「変わる変わらない」を互いに論じるのは全くの時間の無駄ですし不毛です。

「変わる」という事を「変わらない」と主張する者達に納得させたいのであれば、「変わる」と主張する者達自らがブラインドテストを受け入れる必要があります。でないと、いつまでたっても「変わるような気がするでぇ vs 変わるわけないやろぉ」という「言い合い」(水掛け論)のレベルを脱する事はできません。ギロンにもナランという事です。永遠に平行線を辿るでしょう。なので、趣味の素人さん達は「変わる」「変わらない」どちらを主張する立場にあっても、お互い、他方の意見は無視して気にせず好きにやれば良かろうと思います。「趣味道楽」ですからね。繰り返しますが、「議論」は全く無駄です。。。。(しかし、業界の玄人さん達、特にジャーナリズムはそれでは絶対に困ります)。

敢えてこの論争に決着を付けるためにブラインドテストを実施するならば、「変わらない」と主張する者達が被験者になっても意味がありません。何故ならば、彼らは「変わらない」という思い込みや先入観の影響から逃れる事はできないからです。「絶対に変わる」と主張する者達が被験者になる必要があります。巷のヒヨロンカ、業者、ヘビーマニア達が自ら進んで被験者になるのが最良でしょう。彼らは精進して鍛えたという耳とカンセーとビーシキを遺憾なく発揮して真剣に聞き分けようとするでしょうから。

また、「変わる」派のヒトビトは、「変わらない」という結果が出たブラインドテストに対して、必ず「被験者の耳が悪い」あるいは「試験条件が悪い」と反論します。その意味でも、ブラインドテストは「変わる」と主張する者達自らが被験者となる必要があります。また、彼ら自身が納得の行く方法で(といっても「見せて!」というのはモチロン駄目よ)、「変わらない」派の立ち会いの下に実施すべきでしょう。

僕はと言えば、「例え微小に変わったとてソレガドナイヤチューネン、他にもっと重要な事がアルヤロ」派ですから、そもそも「変わるか変わらないか」自体が争点となるような微細なオトの違いよりも、「音楽の伝達/再生において何が重要か」「どの音質要素がどの程度重要か」という議論の方が遙かに重要であろうと考えます。当然ですが、音楽のドシロート達がオンガクセーだジョーカンだリンジョーカンだといくら議論しても全く始まりませんので、音楽の玄人さん達(表現者達)の意見に耳を傾ける事が絶対に必要でしょう。これは、趣味の魔境から脱するために現在のオヂオ業界特にオヂオジャーナリズムが真っ先に取り組むべき課題であろうかと思います。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年03月15日 (金) | Edit |
あー実験君する気がしない。。。やっぱり開発の必要に迫られないと面倒くさくて。。。開発屋の性。。

という事で、今回もグダグダツラツラ書きます。

僕が数年前にオヂオイヂリを始めた頃、友人にその事を告げると、一様に「え?」という(一瞬引いたような)表情を浮かべ、次にニヤニヤしながら「ホンマニそんなんで音って変わるの?」と聞き返されました。まぁ、世間一般のオヂオに関する認識とはソンナところでしょう。ブットビ異常に高価なデンセンやソーチやなんやカンヤをトッカエヒッカエしながら異常に微小なオトの違いをキキワケルのがオヂオというヤツらしい。。と、一般には認知されているようです。アレで音楽がより良く聴けるだろうとは思っていない。。僕もそうでした。

しかし、これは本当にモッタイナイ。もし、オーディオ技術がバブル前から趣味の魔境に彷徨いこまずに正常に進化し続けていれば、趣味の道具としてではなく音楽を聴くためのTVと同様のアタリマエの実用家電製品として正常に進化し続けていれば、今現在、もっと多くの人がもっと良い状態で当たり前に音楽を聴けるようになっていたでしょうし、もっと多くの人が本当の意味で良い装置を求めて、それに適正な代価を払った事でしょう。音楽を愛聴する人口は別に減っているわけではないでしょうからね。

僕はKEROを作った時に、こんな装置があの多感な頃に僕の下宿の枕元にあったら。。とツクヅク思いましたよ。今さらこんなに音楽を聴き直している事も無かったでしょうね。今にして聞き落としていた重要な事がタクサンあったように思います。

まぁ、今の若い子達はヘッドフォン・イヤフォンで非常に良好な状態で音楽を聴けているので良いのですが、やはりオウチでリラックスして音楽を聴くにはスピーカ方式も必要でしょう。誰もが簡単に真の意味で良い状態で音楽を聴ける適正な価格のコンパクトでクールな装置が開発されればヘッドフォンと同様に普及するでしょう。ヘッドフォンばかりが普及するのは、それ以外に聴くに使うに所有するに代価を支払うに値するクールな装置が無いからに他なりません。であるからこそ僕はLEANAUDIOに着手する必要があったワケで。。。全くメンドクサイ。。

また、これだけヘッドフォンが普及したわけですから、もっとそれ専用に最適化したソースや再生方式が是非とも望まれます。やたらコマケー事をグルグルと追っかけマース以前に、やらにゃならぬ基本的で重要な事がタクサンあると思います。

スピーカが一気に何本も売れる美味しいサラウンド方式が思うように普及しないせいか、業界は最近やたらハイレゾを喧伝していますが、ソースなんてCDレベルあるいは高ビットレートの圧縮で十分なような気もします。果たして全く同じマスタリングで聴き比べた時、本当に有意な違いがあるのかどうか。以前の記事で紹介したマニア達のブラインド比較ではハイレゾ、CD、圧縮の評価(好み?)が三分した。。。なんてのがありましたよね。なんか変わったとしても精々コノミの領域という事ではないでしょうか。ソースの音質は殆どマスタリングで決まるでしょう。ハイレゾ盤を出すときに、ちょっとマスタリングに手を加えて「ホラ、やっぱりオトが違うでしょ!」って事はないのでしょうか。なにせ「変わる」事自体が異様に珍重される風潮が強いですからね。。。このへん、本当はジャーナリズムが全く同じマスタリングでブラインドテストを実施してしっかりと業界を監視し大衆に正確な情報を提供しないと駄目なんですけどね。

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