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2011年11月13日 (日) | Edit |
3回シリーズの最終回です。

僕の言う「音楽再生クオリティ」と「オンシツ」の区別はお分かり頂けたでしょうか。両者は往々にして無関係あるいは相反さえするものであると言えます。この業界を見ていて違和感を覚える一つの要因は、この2つが明確に区別されておらず、さらに極端に前者を軽視する傾向にあるという点です。

オーディオ装置で「音」ではなく「音楽」を本当に楽しもうとする場合、「音楽再生クオリティ」は非常に重要であると思います。「オンシツ」の前にまず「音楽再生クオリティ」ありき、と僕ははっきりと断言できます。これは別に理屈だけで言っているのではなく、LEANAUDIOの開発を通して実体験を基に得た結論です。何も知らなかった当初は、確たる理論的方向性も全く持たず、とりあえず普通のバスレフ型から始め、毎日仕事しながら長時間「音楽」を聞いている中で、「音楽」が快適に聴き取れるように、「音楽」が自然に聞こえるように、アレコレ迷走しながら手を尽くしてきた結果として、気が付いたら「耳」に届く音波波形がソース波形に近付づいていたという事です。後から考えれば、これは全くアタリマエの事です。何故ならば、僕はそこに記録されている「音楽」(アーチストさんのやらはった事)を聞きたかったからです。今にして言える事なのですが。。。それに、そもそも僕には、この方が主観による「オンシツ」的にもずっと良く聞こえます。「良い」とはすなわち「自然だ」という事です。それを無理矢理「変える」必要性は全く感じません。

僕は、アーチストさんが響きのある音を録音されはったのなら響きのある音を聴きたいですし、アーチストさんがササクレだった音を録音されはったのならササクレだった音を聴きたいですし、アーチストさんがとっても低い音を録音されはったのならその音をはっきりと聴き取りたいですし、アーチストさんが絶妙のノリで弾かはったビートはその絶妙なノリのままで聴きたいですし、アーチストさんが深く沈潜して感情を抑えて出さはった音には勝手なジョーカンとやらを一切追加されたくありません。アーチストさんがやらはった事を自然な音で素直に「よく」聴き取りたいと願います。また、そのように聞いてツマラナク感じられる音楽は敢えて聴こうとはしません。「音」をどうツマルように装置でイヂろうが、僕にとってツマラナイ「音楽」がツマルようになる事はありません。「音」そのものは主たる興味の対象ではないという事です。このため過剰に「オンシツ」が含まれた再生音は非常に鬱陶しく感じられます。

僕は、会社を辞めてフリーになってから、翻訳で生計を立てながら、もうひとつの夢であった写真表現に8年間ほど真剣に取り組み、幸い何度かかなり立派なところで作品を公にする機会も得ました(でも、そこからさらに先へ進む道が見えず、数年前に完全に休止)。その経験もふまえて思うのですが、もし僕が音楽家であって、丹精込めて録音した作品を媒体に載せて世に問うたとした場合、僕はやはり、できるだけ素直に、要らぬ事を考えずに、僕の感じ取ったナニカ伝えたかったナニカを、できるだけたくさん感じ取って欲しいと願うでしょう。静謐な精神状態で深く沈潜して出した音に勝手にジョーネンとやらをブチ込まれたのではたまったものではありません。そういう意味でも、これから音楽を真剣に聴こうと思っている若い人達には、まずはあまり「オンシツ」を深追いせずに、基本的に音楽再生クオリティがしっかりとした装置で素直に音楽に接して欲しいなぁと思います。。

ただ、そういう、本当の意味での真面目な(音や装置そのものを趣味とする者のためではなく、音楽をより良い状態で聴きたいと願う者のための)、リーズナブルな価格とサイズの、クオリティの高い音楽再生装置が市場に出回っていないのが残念で仕方ありません。つまり、「現実的な実用状態」を考えた場合、現在のオーディオ装置では誰もがアタリマエのように十分な「音楽再生クオリティ」を安価に楽しめる状態にはなっていないという事です。この本来最も重視されなければならない問題を放ったらかしにして、極めて趣味的/微視的な「オンシツ」の富士の樹海に彷徨い込んでいるのが、現在のオーヂオ業界の現状のように見えます。

再三申しているように、西洋音楽を真に楽しむ上で十分な低音再生能力は非常に重要です。しかし、そのような低音を再生しようとすると、巨大で高価な装置が必要となり、そのような装置を一般的サイズの何も対策していない部屋で使用する場合、今まで散々述べたように、十分な「音楽再生クオリティ」を得るのは容易な事ではありません(一般人の常識では不可能)。すなわち、マトモにオウチで再生音楽を楽しもうとした場合、部屋を含めて巨額な投資とそれなりの経験や知識および多大な努力が必要になるという事です。現在の世の中の技術レベルから見て、これはとんでもない業界の怠慢としか僕には見えません。犯罪と言っても良いと思います。

さて、「オンシツ」の領域ですが、これは「趣味」として楽しくもあるのでしょうが、行き過ぎると恐ろしい領域でもあります。一般人は余り深く踏み入れてはならないコアな領域(魔界)であると言えるでしょう。恐ろしいのは「良いモンは良いのです」と言ってしまえる点にあります。原理も分かりません、データもありません、でも良いんです。このステッカーをはると、ナンタラエネルギーの流れによってオンシツが良くなるんです。中身の機能部品は2万円の製品と同じですが、ケースが違うこの製品はオンシツが良いので200マンエンなんです。。。買って効果が感じられなくても、それはあなたの耳が悪いんです。。。。前の記事でも書きましたが、そもそも「オンシツ」は「クオリティ」とは無関係ですから高品質(高価)な物を使った方が良くなるというものでもありませんし、逆に特性的に低品質な方が珍重されたりもします。値段の付けようのない領域とも言えます。もちろん芸術は正にそういう領域ですが、一般人向け工業製品としては基本的に踏み入れてはならない領域です。また、一流と自認する雑誌が安易に取り上げて良い領域でもありません。例えばモーターファン誌が怪しげな馬力アップ アクセサリに対して言及しないのと同じです(広告は載せてますけどね)。そのへん用はそのへん用の雑誌が別にあります。

ただし、このような領域が、一般人には計り知れぬ一定の価値観を共有するコアな人々に限定され、彼ら自身もまた周囲も、それが一般的に普通とは言えないコアな領域である事を重々認識しており、そのようなコアな人々のコミュニティ的な(いわゆるニッチと言われる)マーケットが存在し、その分野を生業とする小規模業者が居ても全く問題ありません。これはだいたいどこの業界もそうです。しかし、業界全体が「それがオーディオなんです」と居直った瞬間に、オーディオとは一般人にはとても近寄れない魔界となります。実際、僕の音楽好きの友人達は今の「オーディオ」には近付こうとしません。

例えば自動車業界でも、旧車マニア、スーパーカーマニア等が居て、それぞれニッチなマーケットを形成し、それぞれのコミュニティーで楽しんでいます。それが文化というものです。しかし、一般の人にとっての「自動車」とは異なる、興味がなければ全く関わりのない特殊な領域である事は、どちらの立場に居る人もアタリマエとして認識しています。そのようなコア人達が普通人に「クルマとはこうでなくてはならない」と高言する事はまずありません。半ば自嘲気味なニュアンスさえ含めて、とんだ道楽ですが好きだからやってるんです、と言うでしょう。

これに対し、オーディオ業界で問題なのは、当事者も周囲も、専門家も末端ユーザも、そのようなコアなオーディオおよびマニアがオーディオの頂点であり(なんかやたら偉そうにしているように見える)、そこから一般人用の安価なものほどグレードが落ちるというヒエラルキに囚われている点にあります。このような考え方は専門家、ユーザを問わず、この分野の人々の発言に如実に見られます。だから「マトモニオンガクキクナラサイテーヒャクマンエン」などという発言が一般人に対して吐かれ、一般人はキモを潰して立ち去る事になります。本来、別にマニアのオーヂオがイチバン偉いわけでなく、それは特殊な美意識を持つ、それ自体を趣味とする、本来の用途から逸脱したかなり特殊な人々のオーディオであり、オーディオにはそういう楽しみ方の一面もあるというに過ぎません。僕が思うに、現在そのようなオーディオをやっている人でも、元々は音楽をよりよく聴くために上等のオーディオ装置を買ったのに、雑誌等の情報がかなり偏っているために、また周囲のベテランと称する「オーヂオ道?」のお師匠サマ?にキミ、コレジャーゼンゼンダメダヨとか言われ、「オーディオとはそういうもの」と端から思い込まされ、本当に自分はそのように音楽を聴きたいのかどうか、自分自身定かではないという方も少なからず居られるのではないでしょうか。

「音」ではなく「音楽」を真っ当に楽しみたい人々向けの、本当の意味でクオリティの高い、生活に自然に溶け込む家庭用電化製品としての「音楽再生装置」がしっかりと進化し、普通の人々が何も拘らなくても交響曲の低音の唸りやジャズの絶妙なビートのグルーブを存分に楽しめるようになって欲しいと僕は願います。それがこの業界のホンマの使命ちゃうのん?

これはマニアックなオーディオとは全く別の普通に真っ当に「音楽」を楽しみたい人々のための領域です。この領域のクオリティを真面目に高めないと駄目でしょ、それが業界の社会的責務でしょ、道楽向けのお下がりみたいなのじゃ困りますよ、と言っているのです。従って、そのような領域の動向に対し、コアなマニア様がご高言を吐いてはなりませぬ。それは例えばクラシックカー マニアがハイブリッド車に対してアーダコーダ言うようなもんです。しかし、自動車が全て電動になろうとも、例えF1がモータで戦われるような時代になろうとも、クラシックカー趣味は永きにわたり存続し、さらにピュアでコアな領域となるでしょう。ですから、現在マニアックなオーディオを趣味として楽しんでおられる方も、何も心配はいりません。それが真に自分にとって楽しいのであれば堂々とやれば良いと思います。それが趣味というものです。しかし業界全体がソッチばかり向いていて本来の使命を疎かにしては困るという事です。チョートクさんだってオシゴトにはデジカメ使います。そういうもんです。

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2011年11月10日 (木) | Edit |
今回は、電線と並ぶ代表的アクセサリであるインシュレータと音質について考えてみたいと思います。ここでは、スピーカ用のインシュレータだけを考えます。

「音楽再生クオリティ」の観点からは、下記の2点を満たすインシュレータが理想的であると言えます。
1) スピーカボックスの振動を支持体(床またはスタンド)に一切伝達しない事(機械的振動の完全な遮断)
2) スピーカを完全に固定できる事(ドライバの反動でボックスが運動しない事)

1)はスタンドや床の振動による付帯音を除去するためです。2)は柔らかいインシュレータでフローティングした場合に、振動板の運動が箱の運動によって相殺されないようにするためです。現実的に2)がどの程度音質に影響するのかは不明です。振動板に対して箱が十分に重ければ無視可能だと思われます(Alpair6Mの等価振動系質量は約3gであるのに対し、ポチ型ボックスは約2500gですから質量比で約800倍あります。さらに箱に重しを載せると改善されます。どなんすかね?要検討です)。

今回は1)に関してのみ考えます。

オーディオ用に出回っているインシュレータの多くは、金属製のスパイクや木または陶磁器でできた比較的堅いブロックです。これらは、柔らかいゴムや樹脂とは異なり、振動の吸収または遮断を主目的としたものとは思えません。特に、このような堅い材質では、振幅の大きな低周波振動を殆ど吸収/遮断する事はできないでしょう。

以前の記事でも紹介しましたが、「逸品館」さんのサイトに掲載されている興味深いコメントを下に再掲します。

インシュレーターに求められるのは「振動を抑制する能力」ではなく「響きを調和させる能力」なのです。響きを抑制するためだけなら、ブチルゴムやソルボセインなどの響きを完全に吸収するゴム系のインシュレーターが最適だということになりますが、振動を殺すだけでは音の生気が殺がれ鬱々としたおもしろみのない音になるというのは前述したとおりです。

つまり、スピーカボックスの振動を適度または積極的に支持体(スタンド、床)に伝達する事によって、そいつらまで振動させてしまおうというのが狙いのようです。また、スピーカボックスの底面をぺったりと支持体に置くよりも、ボックスが自由に振動できるという効果もあるのでしょう。形状や材質によって振動の伝達特性(周波数-伝達率特性)は明確に変わる事から、トッカエヒッカエすると如実に「オンシツ」も変わるため、アクセサリとして人気があるという事だと思います。インシュレータ自体の表面積は小さいため、インシュレータ自体が発する音の影響は小さいと思われます。

そのような振動の伝達を柔らかめの材質で遮断した方が明らかに付帯音が減る(すなわち「音楽再生クオリティ」は向上する)と思われますが、それでは耳に届く付帯的「響き」が減少するため耳寂しく聞こえるので、一般的に敬遠されるようです。この「響かせ好き」傾向は、オーディオを「趣味」とされる人々に典型的に見られる傾向のように思えます。僕にはある種「響き」の中毒症状のように思えなくもありませんが。。。

僕はスピーカをデスクに置いていたのでよくわかるのですが、木製の円錐ブロックをインシュに使うと、デスク板が振動して音が濁るだけでなく、低音振動がもろにデスク板から手に伝わって気色悪く感じました。このため、オーディオテクニカ製の柔らかいインシュを追加して対策していました。これにより音の濁りは改善されましたが、それでも低音部で微妙に振動を手に感じました。現在はスピーカを窓枠にガッチリ固定して、デスクへの直接的振動伝達を完全に遮断する事により、非常に良好な結果を得ています。しかし、この状態ですら、特定の低音で、おそらく機械的な振動伝達ではなく音響波の伝達によって(すなわち空気を媒介とする伝達で)デスク板が時々微妙に振動します。部屋の床と大型サイズ スピーカの関係は、このデスクトップでの現象をスケールアップした状態であると言えます。

余談ですが、円錐スパイクとスパイク受けによる支持方法は、大型の排ガス分析計の脚に使用されていた記憶があります。このような構造による垂直方向および水平方向の振動伝達率の周波数特性をネットで探しているのですが、見つかりません。どの程度の周波数から効果が出るのか興味があるのですが。。インシュメーカにはこのへんのデータを提供して欲しいものです。

インシュレータに関する宣伝文句やレビュー記事には注意が必要です。このようなインシュレータの効果は、専ら主観的「オンシツ」に関わるものであり(クオリティとは無関係なヒトスキズキな現象であり)、周辺条件に大きく依存する現象(すなわち、その時使ったスピーカ、その時使ったスタンド、部屋の床や壁の構造等によって大きく影響される現象)であるからです。そこに書かれている効果と同じ効果が自分の環境でも得られるかどうかの保証は全くありません。

すなわち振動の様相は、インシュレータを挟む両側の物理的状態によって千差万別だという事です。従って、基本的に高価な材質を使った方が音が「良く」なる(自分の好きなオンシツになる)というものではなかろうと思われます。それこそ、コインや木片や布やゴムやビール瓶の王冠やナンヤカンヤ、堅いの柔らかいの三角や四角や、片っ端に組み合わせて試してみれば良いのではないでしょうか(もしプラシボ効果を完全に排除できるならね)。何故ならば、そこに普遍的な理想状態があろうはずもないからです(他方、冒頭で述べたように、「クオリティ」という観点の理想状態は明らかであり、それは完全に振動を遮断する事です)。

以下ではスピーカの設置方法と周囲の振動について、具体的な例を挙げて考えて見たいと思います。

例として、タンノイの古典的大型スピーカ(オートグラフ等の箪笥みたいなやつ)を想定します。これらのスピーカは、箱を積極的に振動させて(鳴かせて)音づくりをしているとされ、一般的にセッティングが非常に微妙だと言われています。つまり、部屋の中の設置場所または設置方法で音が大きく変わるという事です。

これは置き場所によって床や壁の振動形態が大きく変わるためだと考えられます。例えば床ですが、多くの場合、床は全面がべったりと均質に支持されているわけではなく、何本かの支柱で支持された下地床、または、支柱に差し渡した構造材(根太)の上に張られているため、どの位置に振動を入力するかによって、床の振動形態(周波数、振幅)は大きく変化するはずです。

また、壁に近付けるにつれて、床から壁に機械的に伝わる振動だけでなく、振動するボックスの表面と壁の間に形成される空間も音響特性に大きく影響するはずです(ボックス表面から壁に音響振動が効率良く伝達されやすくなる、とにかく面積が大きいので影響も大きい、平行であれば定在波も影響するかもしれない、コーナー型は2面が影響)。

箱がシッカリ制振されたスピーカであれば、音響波は開かれた空間(すなわち部屋の中央)に向けてのみ直接放射されるため幾分ましでしょうが、このように箱全体を積極的に振動させている巨大スピーカを普通の部屋に設置する場合、部屋の影響には特に注意が必要だと考えられます。せっかく精妙に作り込まれた箱なのに、このような部屋では自分の部屋の鳴りを盛大に聞かされる事になりかねません。本当の箱の鳴りを聴こうとするならば、設置場所近くの床の補強と制振および壁の制振を施した上で、床への振動入力を極力遮断するために、振動遮断性の高いインシュレータを使用する必要があるかもしれません。ただ、重量が重量なだけに、十分な振動遮断効果を得るのは簡単ではないかもしれません。出来るならば、床下からスピーカ設置用のコンクリート基礎を床面まで立ち上げたいところです。これにより、僕がスピーカを窓枠にガッチリ固定して、デスクトップから振動的に完全に分離したのと同じ効果が得られます。

部屋が鳴らなくなると「響き」が減って、最初は耳寂しく感じるかもしれませんが、それがそのスピーカ本来の響きだという事です。歴史に残る名機であればこそ、精妙に作り込まれた鳴りを伏して拝聴してみるのも悪くないでしょう。この種のスピーカはある種それ自体が貴重な「作品」であるわけですから、音楽を「作品」として鑑賞するのと同様に、その時代の技術屋と職人の「表現」を素直に鑑賞してみるのも素敵かもしれません。

50年代のイギリスまたはアメリカでそのような超高級スピーカを購入するような顧客層の住環境は、きっと本物の暖炉があって(床には虎の毛皮?)、壁には勲章なんか付けたお髭のエライご先祖様の肖像画の1枚や2枚は掛かっていそうな邸宅ではないかと思われます。我々の現在の標準的住環境からは、広さおよび構造ともにあまりにかけ離れているのではないでしょうか。そのスピーカの本当の音を愛でたいのであれば、相当な対策を覚悟する必要があるかもしれません。むしろ、畳敷き塗り壁の純和風家屋の方が、このようなスピーカの響きに耳を傾けるには向いているのかもしれません。特注サイズの畳インシュレータシートなんかどうでしょうか。畳屋さんのサイドビジネスとして。。。

しかし部屋というのは厄介です。大型SPを狭い部屋でそれなりの音量で使用する場合、音響面(吸音、反射等)だけでなく機械的振動面での対策も重要となるでしょう。その1つの対策として、インシュレータによる振動遮断が重要となるはずです。

次回はシリーズ最終回として「音楽再生クオリティ」と「オンシツ」に関してまとめてみたいと思います。

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以下参考資料です(出典)
マンションの場合
マンションの床の構造には、大きく分けて「直貼り」と「2重床」の2種類があります。

「直貼り」は、建物の構造体である鉄筋コンクリート床スラブの上に、モルタルを塗り、その上に直接、フローリングを貼る方法です。

「2重床」は、文字通り2重になる床です。鉄筋コンクリート床スラブの上に、束という支柱を立てパーティクルボードなどで床下地をつくり、その上にフローリングを施工する方法です。スラブと下地の間は空間ができるので、遮音性や断熱性が向上するといわれています。また、この空間に給水給湯配管や電気配線を通すことができ、配管のメンテナンスも容易になります。

戸建ての場合
戸建住宅のフローリングの張り方は、主に「根太貼り工法」「捨て貼り工法」の2種類があります。

「根太貼り工法」とは、根太の上に接着剤と釘でフローリングを張って仕上げる方法です。

「捨て貼り工法」とは、根太の上に合板などを下貼りし、その上にフローリングを施工する方法です。床の構造を安定させ、床下からの湿気を防止するために施工されます


テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2011年11月08日 (火) | Edit |
もうお気づきかと思いますが、僕は音楽再生にまつわる「音質」を「音楽再生クオリティ」と「オンシツ」に分けて考えています。前者については今まで繰り返し説明してきたので、ここでは詳しく述べませんが、簡単に言えば音楽の総合的な再生品質を表します(ソースの信号を時間ドメインおよび周波数ドメイン的にどれだけ正確にリスナーの「耳」に届けられるか)。従って、この指標は客観的に表す事ができる指標です(とはいえ、僕はかなり大ざっぱに捉えていますが。。)。

さて、もう一方の「オンシツ」ですが、これは専ら主観(好みや感覚)に依存します。従って、この場合の「音質」の「質」は「品質」(クオリティ)というよりは「性質」(キャラクタ)の「質」に相当します。「音調」と言って良いかもしれません。数回に分けてこちらの「オンシツ」について考えてみたいと思います。

今回は、アクセサリの代表格である「電線」を例に考えてみます。

さて、電線で音は変わると人は言います。海外のオーディオ雑誌は、日本とは異なり、ジャーナリズムとしての役割を認識しているのでしょう。一時期、高価な電線の効果について海の向こうでも話題なった際に、各所で様々なブラインドテストが実施され、僕の知る限り、有意な差が出たという結果を見た事がありません。それでも多くの人々が絶対に音が「変わる」と言うのですから、実際に変わっているのだろうと、僕は素直に考えています。

僕も一応、FOSTEX製のスピーカ用電線とホームセンタで買った普通の電線を比較したり、信号ラインの電線を2000円のと700円ので比較したりしてみたのですが、つなぎ変えている間に前の状態を忘れてしまうので、違いはよく分かりませんでした。けど一応気分の問題として、そこそこ見栄えの良い電線を使っています(信号ラインにオーディオテクニカ製、スピーカ用にベルデン製)。そこまで微小な音の違いをワザワザ聞き分けようとする執念がソモソモ僕には欠落しているようで、安物の電線でも「音楽」を聞いている時に違和感や不快感を別段覚えません。。。電線をトッカエヒッカエしながら、微細な音の違いが分かるというのは、それはもう見上げた執念だと思います。

ここから本題です。
信号を伝達する電線の理想状態は「無い」状態(すなわち長さが限りなくゼロに近い状態、つまりLもCもRもその他何らかの物理特性もゼロの状態)です。例えば、電線の長さを半分にした場合、確実にLもCもRも半減し、それだけ理想状態に近付きます。これは電線としての信号伝送「クオリティ」が改善された状態であると言えます。ただし、果たして現実的な状況で、その違いを音質として感知できるのかどうかは、また別の問題です。。。

しかし、ともあれ、電線を交換する事によって、それほど多くの人が、そこまで断定的に「変わる」と言える程に明確に音が変わっているとするならば、それは電線によってLなり、Cなり、Rなり何らかのブツリ特性が、それなりの大きさで変化していると考えざるを得ません。そこで疑問となるのが、音が「良く」なるとされる高級な電線ほど、LもCもRも何らかの不純的ブツリ特性も減少して、信号伝送体として理想的状態に近付いているのか(すなわちクオリティが向上しているのか)?という事です。電線の長さを半分にしたら、各種物理特性は確実に半減するのですが、音が凄く良くなりました!という報告を聞いた事がありません(半減というのは決定的変化です)。

ある程度のレベルのオーディオ用電線(例えばプロがスタジオで愛用する電線)のレベルまでは、物理特性もそれなりに向上していると思うのですが、それ以上の超高価格電線というのは、「音」を変えるために、あるいはなんらかの「音調」を付加するために、恣意的に何らかの物理特性を「追加」している(すなわち「クオリティ」を恣意的に落としている)のではないかと僕は考えています。

仮にそうだとして、そのような電線によって「音」が変わった場合、それは「変わった」というだけであって「信号伝達クオリティ」が、すなわち最終的に「信号再生クオリティ」が向上したわけではありません。つまり、それで音が「良く」なったと感じるかかどうかは、全くその人の「好み」の問題だという事になります。これを僕は「オンシツ」と呼びます。

同様の事は、アンプ等で珍重されるコンデンサについても言えます。オーディオの世界で「音が良くなる」と言われるコンデンサの多くは、純粋な電気的特性としては落第品だという事を聞いた事があります。すなわち、コンデンサとしての純粋なCの成分以外に、付帯的な物理特性を多く含んでおり、例えば厳しい精度や特性が要求される精密電子回路での使用には適さないという事です。このようなコンデンサをアンプ回路内で使用するという事は、増幅信号の「クオリティ」を恣意的に落としているという事になります。これも「オンシツ」の範疇の現象であると言え、さらに言えば、半導体アンプに比べて特性が明らかに劣る真空管アンプや動的性能に明らかに劣るビンテージ ドライバが珍重されるのも同様に「オンシツ」の領域です。

人間はある程度雑味があった方が美味しく感じる場合があるというのは確かだと思います。ただ、「音楽」(アーチストさんのやらはった事)を素直に聴こうとする場合、味付けが過剰だと非常に鬱陶しく感じられます。これは肝心の「音楽」の味が分かりにくくなるからだと思います。酷い場合、バッハの無伴奏チェロが僕にはムード歌謡のイントロのように聞こえる事があり、これには堪えられません。カラオケ化現象? まあ、何事もホドホドにという事でしょう。

僕は電線の違いを聞きわける事はできませんが(あるいは敢えて努力して聞き分けようとはしませんが)、スピーカ開発を完全に終結したら、とりあえず安心のためにプロの世界で実績のある電線に交換してみようかなぁ。。と考えています。プロは無駄な事にはビタ一文出しませんが、必要な事には湯水のようにお金をつぎ込みます。そういうプロが使っている電線なら間違いないだろう。。という素人考えですけどね。コチラ(オーディオケーブル市場さん)では、プロ用の電線にコネクタを付けて売ってくれます。プロ用はアホみたいに高価ではありませんし。

これらの「オンシツ」は全く個々人の「好み」に依存するものであり、実は驚いた事に、往々にして「音が変わる」というその事自体が珍重される傾向にあるようにも見受けられます。

この領域は物理特性として表す事ができず(本当はある程度可能なはずだが、その努力は全く払われていない)、効果も極めて主観的であるため、売る側は「音が良くなるんです」と言いたい放題であり(本人が実際そう信じているのだとは思うが、それは全くの彼の「主観」である場合が多い)、価格も「良いから高いんです」となる傾向もなきにしもあらずであるため、ユーザには冷静な判断が求められます。やはり、ジャーナリズムができる範囲で定量的評価なり、ブラインド評価なりを行って、ユーザに正確な情報を提供する事が必要ではないかと思います。市場が健全でない限り、その市場の発展は望めません。

そもそも「オンシツ」は「クオリティ」とは基本的に無関係であり、「上等な」(高価な)素材や構造を使ったから「好きなオンシツになる」というわけでもないため、逆に「とんでもない低級品を使ってみたら「好きな」オンシツになりました」という可能性すらあると考えて良いと思います(逆プラシボ効果を完全に排除できるならね)。それこそ、ブラインドで評価したらクリーニング屋のハンガーの方が10万円の電線より「オンシツが良い」と感じる人が居ても全く不思議ではありません(実際に海外ではそういうブラインドテストが行われたらしい)。

また、ユーザ自身、オーヂオ装置をイヂル場合、今自分がやっている事が「クオリティ」の領域なのか、それとも「オンシツ」の領域なのか、さらに言えば「変わった」または「変わったように感じられる」事を喜んでいるだけなのか、をはっきりと区別して認識する事も重要だと思います。僕の経験では「オンシツ」の領域は楽曲、気分、環境条件、飽き等でフラフラ変動し、深追いするとキリがありません。これを僕は「富士の樹海」と呼びます。結局どれも決定的ではないため、富士山の麓をグルっと回って元に戻る事が多いように思います。そこで止めないと、何周でも同じトコロをグルグル回りだします(正に富士の樹海だね)。目指すべきは高度(=ほんとのクオリティ)を上げる事、すなわち、螺旋を描きながらでも良いから頂上(=理想)を目指して登る事です。頂上の方向を見失わない事が重要です。何事も。。。

僕が最近スピーカ開発の終結を考えているのは、当初漠然と思い描いた目標高度に達したためです。また、これ以上高度を稼ぐ必要性を今のところさして感じないためです。

次回は、電線に並ぶ人気アクセサリであるインシュレータを例に考えてみたいと思います。

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2011年11月05日 (土) | Edit |
ぼくは「音楽再生クオリティ」と「音楽の聴きやすさ」を強調します。要は、ソースの波形をある程度正確に「耳」に届ける事ができれば、「音楽」の内容(アーチストさんがやらはった事、言わはった事)を聞き取りやすくなるという事です。最終目的は「音」ではなく「音」で表現された「音楽」をより良いクオリティでリスナーの「耳」に伝達する事にあります。

オーディオ分野で一般的に言われる狂信的「原音再生」とは下記の点で異なります。

1) あくまでも「耳」に届く(すなわちリスニング位置)での音を基準とし、いたずらに微細なあるいは近視眼的な「音」そのもの(オンシツ)にこだわるよりも、まずは総合的な「音楽」の聞こえ方としての再生クオリティを求める
要は、可聴帯域(少なくとも40Hz~10kHz)の耳に実際に届く音が「概ね」ソースの波形およびスペクトルに一致すれば(すなわち周波数ドメインと時間ドメインで「概ね」正しく再生されていれば) OKチャウ?という事。これがある程度十分に達成されていれば、後の細かいオンシツはお好み次第。例として、好みの「オンシツ」に合わせてスピーカや真空管アンプを選べば良い。

2) 「原音」すなわち楽器から直接発せられた「生」の音を求めず、あくまでも「ソース」に記録された信号の正確な再生を求める
「原音」を求めても詮ないこと。マイクロフォンで電気信号に変換された時点で既に異なり、さらに様々な処理が加えられて最終的な媒体として我々の手元に届くわけですから、そこから「生」の音を求めるのは、幻影を追いかけるのに近い行為となるでしょう(我々にそれを正しく遡る手立てはありません)。というか、Alpairのような良質な最新ドライバを使用してソースを正確に再生すれば「必要十分に」生の音に近い自然な音を聞けるように思います(録音が悪けりゃしようがないけど、それは受け入れて聴くしかない)。輝かしい記憶音をたよりに、苦労して装置をアレコレしても、録音時に使用したマイクも、その後の信号加工プロセスもソースごとに異なるため、結局は富士の樹海を彷徨う事になるでしょう。これは以前の記事でさんざん書いたステレオによる「音場再現」の追究と同じ事です。そんな事に意識と労力を消耗するよりは、媒体そのものを一個の作品ととらえ(実際アーチストさんはそれを自分の作品として承認した上でリリースしている)、ソースに記録されている音楽を素直に受け入れて聴いた方が、せっかくソースに含まれているイチバン美味しいところ(アーチストさんがやらはった事)を楽しめると思います。

僕の求める「音楽再生クオリティ」とは、音楽再生における基本中の基本です。大きかろうが小さかろうが、高価だろうが安価だろうが、少なくとも「音楽再生装置」と称する装置が最低限満たすべき条件であると言えます。例えばアイスクリームの場合、乳脂肪が8%以上ないと「アイスクリーム」と呼べないのと同様に、トータルシステムまたはスピーカシステムにも、業界として一定の「音楽再生用装置」としての基準(例えばX0Hz~X0kHzのレスポンスが±XXdB以内、位相遅れがXX°以内等)を設けても良いのではないかとすら思います。あるいは、いくつかのグレードを設けても良いかもしれません。

この条件を満たすのに、なにもアホみたいに高額/巨大なハイエンド装置を狭いお部屋にブチ込む必要はありません。当ブログで紹介してきた方法を適用すれば、ミニコンポレベルの価格とサイズでも最低限の目標を達成可能です。ケロがその良い例と言えるでしょう。十分な低音クオリティを確保しながら部屋のサイズ/リスニング距離/音量に見合った最適なサイズを選択できるため、部屋の影響を含めた実用状態での総合的な音楽再生クオリティを飛躍的に高める事ができます。装置を身近に置けば、大層なリスニングルームを必要とせずに、極めて高いクオリティで音楽を楽しめます。

やたら感覚的な言句を並べるだけでなく、正確な情報をユーザに提供する事が重要です。この業界ではスペックは重要ではないと声高に言われますが、少なくともスピーカを選ぶ上で基本的スペックは極めて重要です(アンプ等は十分なレベルに達しているので大して重要ではないが)。スピーカ製品の周波数特性グラフと性能値の表記方法を統一し、表記を義務付けるべきでしょう。

業界が発展するには、ユーザに正しい情報と基礎知識を提供する事が重要です。他の業界では、雑誌等がそれに努めているおかげで、一般ユーザの基礎知識のレベルは十分に正しく高いように見受けられます(ジャーナリズムはそれなりに役目を果たしている)。しかしこの業界では、本当に重要な基本的な知識や情報がユーザに行き渡っているのか、極めて疑問に感じます。やたら感覚的な言句でユーザを惑わしていないでしょうか?本懐を忘れ宣伝媒体になってはいないでしょうか? 僕が記憶する限り、昔(30~40年前?中高生の頃)のオーディオ雑誌では、そのあたりも極めて真っ当であったように思うのですが。。。

一般的常識を持つ人間から見て魑魅魍魎が跋扈する魔界のように感じられるようでは発展は望めません。

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2011年11月02日 (水) | Edit |
今回はマークオーディオのAlpairについて、思うところを書いてみたいと思います。

僕は基本的に「オンシツ?」ではなく「音楽再生クオリティ」を求めると書きました。そうすると、キツイ音、死んだ音、楽しくない音、ジョーカン?とやらの伝わらない音、ウツウツとした音、ゲージツ的?ではない音、カラダに良くない音?癒されない音を、やせ我慢して聴いているのではないか?と思われるかもしれません。しかし、僕が主観的に感じるオンシツでは、付帯音等を徹底的に除去して素直に再生した音の方がずっと自然で美しく響くように聞こえますし、長時間聴いても疲れません。逆に、装置で響かせた場合、様々なジャンルの曲を聴いているうちに、なにがしか不自然さや不快感を覚えて耐えられなくなります。

ただ、最近になって、LEANAUDIOのアプローチを振り返ってみると、付帯音の徹底除去にせよ、馬鹿ブーストにせよ、Alpairを使用したからこそ可能であったのではないかという気がしないでもありません。例えば、以前の記事に書いたように、F80では吸音材を入れる事を嫌いましたし、恐らくF80でもブーストを試みたはずなのですがAlpair5のように深追いはしていません (よく覚えていないが、自分の性格上一度はぜったい試したと思う)。果たしてAlpair以外のドライバでもLEANAUDIO方式でこのように良好な結果が得られるのかどうか。。。もしかしたらAlpairというドライバが非常に特殊なのではないか?という気が最近しています。

実は、開発者のMark Fenlon氏(以下「マークさん」)には、来日された際にお会いした事があり、実に楽しい時間を過ごす事ができました。僕の技術屋としてのキャリアも既にご存じでしたので、お会いした瞬間からお別れする瞬間まで、僕にとってはほんとに久しぶりのテクニカルなディスカッションを存分に楽しむことができ、時間はあっという間に過ぎてしまいました。

マークさんは一言で言って、純粋熱血系一直線技術屋です。食事中でも突然なにか思い付くと、ナプキンにスケッチを殴り書きしてこれどう思う?といった調子で、24時間スピーカの事ばかり考えているという感じでした。僕も現役時代は同様でしたので、すっかり意気投合してしまいました。

で、Alpairの開発について。。。。お互い技術屋同士の会話という事もあったのでしょうが、マークさんからは感覚的な発言は記憶する限りほとんどなく、全く透徹した技術的アプローチをされているように見受けられました。特に「F1エンジンの開発と全く同じだよ」と強調されていたのが印象的でした。必要な剛性を維持しながら運動系を徹底的に軽量化し、運動のロスを徹底的に低減しつつ(コンプライアンスを徹底的に高めつつ)付帯的な好ましくない運動や振動を徹底的に抑え込み、そのために各所の構造と材料を徹底的に吟味し、さらにフレームが発する付帯音まで除去する(プラスチック製フレームを使うのはこのため)。そして、これらを高いレベルで達成するために、共通部品を一切使用せずに全ての部品を専用設計する。

要は、電気信号を音響波に変換するトランスデューサとしての性能を、偏執狂的とも言える執念でもって、徹頭徹尾理想に近付けようとした結果がAlpairであると、僕には感じられました。もちろん、最終的には音楽を再生して耳で評価するのは言うまでもありませんが、そこに至るアプローチが技術的に極めて透徹しているという事です。まさにF1エンジンの開発と同じです。マークさんならきっと優秀な(すなわちクレージーな) F1エンジン開発者にもなれたと思いますよ(お父上はジャガーのV12の開発に携われたとのこと)。

特に最近のAlpairモデル(6以降だったと思う)では、部品が非常に繊細であるため、1個ずつ日本人技術者が組み上げているとの事。特にスパイダは、マークさんが突きつける無理難題に答えて日本人技術者(Mさんにもお会いできました)が開発した、マークさんご自慢の逸品のようです。あまりに薄すぎて従来の工法では固定できず大変苦労されたそうです。こんな生産体制で、よくあの価格で提供できるものだと驚かされます。

僕はAlpair以外の最新高性能ドライバを実際に使ってみた事がないため確たる事は言えませんが、マークさんにお会いして以来、Alpairは市場に現存するドライバの中で間違いなくOutstandingな存在であろうという確信を益々強めました。尋常ならぬ純粋な熱意とお人柄から、フィデリテムのナカジマ氏はじめ、日本人技術者が集結してマークさんのために尽力しているというのもよく分かります(マークさんの要求に応えるのはほんと大変だろうなぁと思いますよ)。技術的に突っ走るマークさんをコントロールするナカジマ氏のご苦労も(と同時にお喜びも)ヒシヒシと感じられました。そもそも僕は、Alpair5デビューの頃のカタログ写真を見た瞬間に、こいつはタダモンじゃねぇ!と直感したわけですが、その技術屋的直感が正しかったという事ですよ。うん。

追記1
日本のFeastrexもタダモンじゃねぇ!と思うのだが、コーンが紙である事と、あの凄まじい磁気回路のお値段のせいで手が伸びない。ただ、純粋な興味として、メタルコーンAlpairの運動系とFeastrexの磁気系を組み合わせたら、一体どんな事になるのか興味がある。マイルスとジャコの共演みたいな。。夢の競演だね。

追記2
そもそも、ソースを正確に再生する以上に「ウツクシク」聞こえるというのは、どう考えても眉唾だ。箱を響かせたりして付帯音を加えるという事は、ソース本来の音を人工的に「補う」という事だが、あの精妙極まりない形状をした様々な楽器から発せられる複雑多様極まりない音を再生装置で人工的に補おうとて、そいつぁ無理な相談ですぜダンナ。ではないのか? たとえ一部の楽器の一部の帯域をタマタマ良い具合に付帯音で補えたとて、その他の音では邪魔になるだけではないのか?。それは楽曲や環境条件や気分によって如何様にも左右される富士の樹海というやつではないのか? そんな誤魔化しではなく、ドライバのセンシティビティ(運動系の軽量化とコンプライアンス(動きやすさ)の改善)を徹頭徹尾進める事が重要なのではないだろうか?

F80とAlpair5の経験から考えるに、付帯音を消すと音がウツウツとしたり死んだりするのは、ドライバがきちんと信号を音に変換できていないからではないのか?どう考えても、録音された音そのものがウツウツとしてたり死んでたりするはずは無かろうと思うのだが。。。

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