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2011年01月21日 (金) | Edit |
A6Mにしてからブーストしても低音が破綻しないので、ボリュームもつい上げ気味になります。そうすると箱表面が手で触れてはっきりとわかるくらい振動します。どの程度音に影響しているのか分かりませんが、とにかく箱には鳴って欲しくないというハチマルなので制振とマス付加をかねて内部にパテか何か盛ろうかと思案中でした。

で、だいぶ以前にコイズミ無線さんで「ジルコンサンド」なる制振用の「砂」を5kgも購入したまま未使用だったので、これをなんとか活用しようというのが今回のアイデア。

昨晩ふと思い付いて、このジルコンサンドに普通の白い木工ボンドを少量加えてコネコネと。。。ちょうどそば粉に水を加えながら混ぜる感じかな。様子を見ながらボンドを少量ずつ加えて、ちょっとパサ付き気味のペースト状にしました。これを試しに端材の合板の上に5mmくらいの厚さになるよう盛りつけて放置したところ、一晩でしっかりと堅く固まりました。木から剥がれそうにもありません。これは使えそうかな。。という感触。。ポチ2型の補強作戦に採用してみたいと思います。1kgくらいはぶち込みたいなぁ。。まあ、そのうちに。。

<以下コイズミ無線さんの商品説明です>
666.jpg
【ジルコンサンド/5kg】
振動対策のポイントと言える「比重」「硬性」「内部損失」のバランスが良く、
音は抜群に良いジルコンサンド。
塩分と鉄分が極端に少なく、オーディオ用途に最適。
スピーカースタンドの充填材などに使用すると、低域も高域も分離がよくなり、
ワイドでダイナミックなサウンドに一変、我が耳を疑いたくなること間違いなし!
主成分………Zro₂…65%  Sio₂…約35%
1㍑あたり…約2.7kg
重量…………5kg

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2011年01月17日 (月) | Edit |
前記事に引き続いて、今回はオーディオ装置の本来の目的である「音楽再生」の理想状態について考えて見ます。

以前の記事に書いたステレオフォニック方式の原理的な問題により、ここでは「音場の再生」という観点を含めません(原理的に「理想的音場再生」を想定できないため)。

で、あくまでハチマル独自の見解としては、「記録されている全ての音の信号波形をそのまま正確に耳に届けられるに超した事はない」という事になります。当然と言えば当然。。。。ただしこれはあくまで「観念的理想」であって好みの問題はモチロン別です。

しかし、そのような再生音では「音がツマラナイのでは?」と思われる方が多いかな? ハチマルも当初はそう思っていました。が、LEANAUDIOトライアルを通して経験を深めるにつれ、結局それが最も「音楽が聴きやすく、楽器音/響きも自然に聞こえ、すなわち音楽を楽しめる」状態ではないかと確信するに至りました(再三書きましたが、普通に考えれば至極当然)。モチロン好みの問題を完全に排除するつもりはありません。しかし「好みの部分」を徒に追いかけ回す前に、まず理想状態にできるだけ近付けた上で、そこに適度な好みを反映するくらいのアプローチで良いのではないかなぁ。。と考えています(ハチマルはね)。ハチマルの経験では「好み」の部分は気分や楽曲その他外的影響によって結構フラフラと変動します(イヂリたくなる→イロイロカエル→堂々巡りして一巡→元の状態に、、キリが無いので最終的に気にしない事にする)。しかし上記の理想状態へ近付けるという根幹的部分は気分や条件が変わっても頑として揺るぎません。

よく言われるのが「音楽は芸術だから(数値的に正確にというのではなく)「芸術的?」に再生すべきだ」「アーチストの「情感」を熱く伝えられるのが良い音だ」という考え方です。

でもチョット待ってください。アーティストが命懸けで獲得した独自の「表現」(情感とかいうとベタベタだから。。)を記録した媒体は「芸術作品」であるわけですが(何を以てゲージツとするかは難しいが、ともあれ)、これを、こと音楽に関してはそのアーティストの足下にも及ばない我々鑑賞者が(だからこそ時間を割いて聴くわけですが)、上記のように正確に再生する以上に「芸術的?に」(何をもってゲージュツテキと言うか?)「情感たっぷりに」(アーティストの表現以上に切々と熱く?)再生するとはどういう事なのか?優れた音楽家が遺したこの上もなく貴重な「芸術」であるからこそ、正確に再生して素直に聴きたいなぁ。と思います。ハチマルは。というか、そうやって聴くのが一番楽しいし気持ち良いし音ソノモノも自然に聞こえるし長時間聴いても疲れないし何よりも音楽が聴きやすい。あくまでハチマルはね。

もし正確に素直に再生しただけではツマラナイと感じるのであれば、何もワザワザその作品を聴かなければ良いだけの事ではないのか(時間の無駄でしょうというか苦痛でしょう)?

心から尊敬するアーティストの、本当に「聴きたいと思う」音楽であれば、素直に聴いても十分に楽しめるどころか、逆に要らぬ事をせずに聴きたくなるのではないのか?(だって、正確に再生して要らぬ事をしない方がアーティストの表現/行為を労せず細部まで聴き取りやすいし)

もしかして「音楽聴くだけならラジオで十分」とは「本当に好きな音楽を聴く時はオイラだってラジオとかラジカセ的普通の音で聴くよ」という意味なのか? では、それ以外の場合にはイッタイ何を聴いているのか? あるいは何を成しているのか?

装置を調整して好みの音を創出するという一種の創造行為なのか? なるほど。先ほどの「ゲージュツテキ」とはそういう意味か?アーティストの表現に素直に耳を傾けるのではなく、自分勝手に熱くゲージツ的に「盛り上げる」という事か?

であるとするならば、素直に表現者の表現/行為を鑑賞する事を望む者のための装置と、そのように装置または音ソノモノを趣味とする者のための装置は全く別物と考えた方が良くはないか? そもそも目的が全く異なる。そのへんがしっかりと区別/認識されていないのではないか?

しかし現在「オーディオ」というと後者向けの物という考え方に偏りすぎていないだろうか? あるいは思い込まされてはいないだろうか?音楽とはそういう風に聴くもの。オーヂオとはそういう風に嗜むためのもの。。。と。どうも画一化され過ぎているような気がしてならない。何者かによって恣意的に操作されているのではないかと疑いたくもなる。

「音楽を聴く」という事において、後者の方がどちらかと言うとニッチだと思えるのだが(あくまでハチマルにはね)。

いや、根本的なところがつい気になってしまうのが僕の悪いクセ。ハチマルの疑問を素直に書いただけですので。。。。


追記1
もちろん、往々にして音楽が媒体に理想的な状態で記録されているとは言えない場合がある(というか真の理想状態はあり得ない)。何もガチガチに信号通りに聴かなければならないと考えているわけではない。あくまでも必要十分なレベルでということ。しかし、我々には媒体以上に「正」の状態を知る術はないというのは確か。

追記2
もちろん個人的に音楽をどう聴こうが個人の勝手である。しかし、目的の違いを業界全体として(製造側も消費者側も)きっちりと認識しておく必要があるのではないか?例えば「リスナーズ オーディオ」と「エンスージアスティック オーディオ」として。互いに悪影響を及ぼし合わないためにも。

追記3
もしかして「リスナーズ オーディオ」を望む人間の方が少数派なのだろうか? 見渡すと寂しい。まあしかし、以前からこの手のオーディオに対する根本的な疑問を投げかける記事を書くとテキメンにランキングのINPOINTが増加する。と言うことは少なくとも何名かは同じように感じている人々が存在するというのも確か。かな?

追記4
オーヂオイヂリをやってみて、好みの部分をイヂルのは「エンドレス」だと痛感した。「好みの部分」とは基本的な音楽再生クオリティの向上とは別の部分。単に「好み」に関係する部分のこと。「どっちでも良いけで、どっちかというとコッチかな」というやつ。気分や環境条件や楽曲によって「好み」の部分はコロコロ変動する。しかも基本クオリティの向上とは異なり、「絶対コレ」というのが無い。まあ、だから「好み」なのだが、こいつを追いかけ回すとキリが無い。同じところをぐるぐる回りだす(富士の樹海か?)。だからアクセサリはよく売れる?

追記5
ハチマルの場合、基本クオリティ部分の例としては「ニアフィールドリスニング」「密閉型」「吸音材タップリ」「デジイコによる30HzまでのF特/位相フラット」といったところか。これらは頑として揺るがない。これらは「好み」ではなく2年かけて「音ではなく音楽を聴いている時に半ば無意識に覚える違和感やフラストレーション」を排除してきた結果として得られたもの。
これに対して「好みの部分」は、「Icon vs TU-870」(最近ドッチデモ良いと思う)、「Alpair6 M vs P」(これもドッチデモ良い)あたりかな? 楽曲によってはコッチの方がチョット良いかな?と思う時もあるが、別にわざわざつなぎ換える程の事でもないなぁ。たぶん気分や体調によっても気が変わるし。音楽を楽しむ上でそんな違いは大して重要だとは思えないし。。なによりメンドクサイし。。。という程度のもの。

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2011年01月13日 (木) | Edit |
何でもそうですが、何かを良くしようとするときは、究極の理想状態を想定してみるのが役立ちます。思考実験というやつです。当然ですが、現実世界では完全な理想状態を実現する事は不可能であり、必ず妥協が必要になります。がんじがらめの制約条件の中で、重要な要因そうではない要因を見極めて、いかに上手に妥協点を見つけるかというのが大切だと思います。夢中でアレコレやっているとつい迷走しがちになりますが、常に理想状態(イッタイ何のためにやっているのか)を念頭に置く事によってそのような事態を避ける事ができます。

たとえば、アクセサリとして代表的なケーブルとインシュレータについて考えてみます。

1) ケーブル
ケーブルは無いに超した事はない。というやつですよね。LもCもRも全くゼロの状態が理想状態だと考えて良いと思います。ですから最も手っ取り早くて最も効果が直接的なのは、極限まで短くする事ではないでしょうか。長さに余裕がある1mのケーブルの無駄な長さを切り詰めて例えば50cmに短縮できたとして、1mのまま2倍の値段のケーブルに交換するのとどちらの方が効果が高いのかなぁ。。なんて考えてしまいます。まあでも、本当に効果を聞き分けられたとしての話ね。
例えば、モノラルのDAC内蔵アンプをスピーカーの直近に置くか内蔵するかして、デジタルソースとの接続には光ケーブルを使用する方法が考えられます。するとまた、光ケーブルのガラスの材質や透過率がアーダコーダというのが始まるのは眼に見えてますが、少なくともLCRの影響は極小にできます。なんだったら、モノラルにして信号ソースもSPの近くに置きますか? これでケーブルにアレコレ悩まされる事もなくなるのかな? それとも癖がなさ過ぎてツマラナイというやつかな?
スピーカーの振動がアンプに伝わるのを問題視される方も居られるでしょうね。そこで理想的なインシュレータが必要になります。

2) インシュレータ
機械的振動を一切周囲へ伝えずにしかも全く動かないに超した事はない。。。となりますね。これはスピーカが空間の一点に他と接する事なく完全にポッカリと浮かび、しかも押しても引いても微動だにしないという状態です。リニアカー用の強力なマグネットで四方八方(正確には三方六方?)から固定しちゃいますか?でも一方のマグネットを床や壁に固定したのでは意味ないしねぇ。。。それに強力な磁力はスピーカーにもろ影響するし。。。現実的なのは床下の基礎からゴツイコンクリート製のマウントを床をぶち抜いて立ち上げて、そこにスピーカーボックス(できればドライバを直接)マウントにガッチリと固定してしまう方法が考えられます。それともコンクリートで直接ハコ作っちまうか? 一部のマニアさん達が似たような事をやっていると思います。もう少し現実的にやるならば、振動遮断/吸収性の高い柔らかい材質でマウントし、ドライバまたはボックスに思いっきりマスを付加する方法が考えられます。例のタイムドメイン スピーカーはドライバに直接マスを付加してボックスからフローティングしていますよね。2倍重くすると移動量は単純に1/2に減ります。

理想のスピーカーってのはどうなんでしょうか?いろいろ考えてみると面白いかもしれません。
ダイナミック型に限定するならば、今までのハチマルのアプローチでは、
- 音は振動板の前面だけから出るに超した事はない
- できるだけ小さい振動板1つだけで全域の音を出せるに超した事はない
- 振動板は耳に近いに超した事はない
ということで、今のところイヤフォンが一番理想的と言うことになっちゃいます。。。。ね。
全く別の原理で(例えばレーザーで?)空気を直接振動させる方法とか無いでしょうか?

あ、それと電源ね。これはもうバッテリー以外考えられないですよね。ハイブリッドカーやEVのおかげでバッテリー技術は飛躍的に進化しています。自動車をバッテリだけで200kmも走らせる事ができるんですから、オーディオ用大容量バッテリがあっても良いんじゃない?もう市販されてる? ヒャクマンエンだったら買う人いるよね。

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2011年01月12日 (水) | Edit |
小杉英了著、シュタイナー入門、ちくま新書272 より抜粋

。。。。高級官僚と政界の重鎮、トップ企業のリーダーたちが、どのような思考をめぐらしたか、金融財政危機が現出した今日の状況を、考えて見るとよい。
また、「勝ち組」以外の大半の人々はどうかというと、あらゆる種類の「癒し」を求めて、思考力を萎えさせている。チャネリングからポジティブシンキング、アロマセラピからカウンセリングまで。
おおかたそこで流通する言説はここちよく(だって癒されたいんだもん)、誰にでも簡単に理解できるやさしい言葉で(だって癒されたいんだもん)、読んだり聞いたりするだけですぐに心から納得できる内容になっている。当たり前だ。彼・彼女らには、気前よく支払ってもらわなきゃならないんだから。
はたして、シュタイナーが思考を強調しすぎなのだろうか。それとも私たちが、人生のあらゆる局面において、真剣な思考を、なおざりにしすぎなのだろうか。


年末の大掃除で妻が古本屋に出そうとした中から本書を見つけた。え。この本、俺まだ読んでないよ、と譲り受けて帰省の新幹線の中で読んだが、骨太の内容で読み応えがあったし、自分なりのシュタイナーに関する理解と共感できる点も多かった。本書をいきなり読んでもアレだが、シュタイナーの著書を何冊か通読した後に読んでみるのは良いと思う。シュタイナーの主要な著作は今までに数回読み直した事があるが、まだ1/3も血肉として理解できていない(そりゃ当然、一生かかっても無理)。本書を読んだのをきっかけに、懲りずに再挑戦しているところ。

シュタイナーについては、そのうち何か書きたいと思うが、当分無理ムリむり。。。コチラを参照されたし。

追記1
シュタイナーが探求した分野は「オカルティズム」とされ、前の記事から「オカルト」繋がりになったが、この点においては他意はない。しかし上の抜粋記事の内容と当ブログの前記事の内容は密接に関連していると考えて掲載した。オーディオに限った事ではないが、昨今のやたら「癒し」を求める傾向には嫌悪すら感じる。ことに芸術は必ずしも肌(耳)触りが良く平明なものばかりではない。高みにある物になんとか近付こうと真摯に求めるのではなく、「癒し」にせよ過剰な「リンジョーカン」にせよ、分かりやすい卑近なレベルへ手っ取り早く引きずり下ろそうとする安易な傾向が見られないだろうか。また、装置の基本的な原理の解説/究明(理解するにはそれなりの努力を要する)をおろそかにし、やたら主観的/感覚的な麗句ばかりを並び立てる現在のオーヂオに通じるところがないだろうか?
なお、オカルト(occult)とは元来は「隠されたもの」という意味のラテン語に由来する表現であり、目で見たり、触れて感じたりすることのできないことである。そのような知識の探求とそれによって得られた知識体系は「オカルティズム」と呼ばれている。ただし何をもって「オカルト」とするのかについては時代や論者の立場等により見解が異なる(出典)。

追記2
使い方を誤りやすい表現「なおざり/おざなり」
「なおざり」は「おろそかにして放っておくこと」の意味。「おざなり」は「誠意のない、その場かぎりの間に合わせであること」の意味。どちらも「いい加減にする」という点では共通しているが、放ったままの「なおざり」に対して、「おざなり」はその場かぎりであっても何らかの対応を行うことを意味する点で使い分けに注意が必要(出典: ATOK)。
気を付けねば。。

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2011年01月10日 (月) | Edit |
現在のオーディオをとりまく状況に対して僕が抱く違和感を見事に代弁してくれる上記表題のコメントを見つけました。

詳しくは「オーディオ ~ なぜ、オカルトにお金を費やしてはいけないか?」をご覧ください。

以下抜粋
なぜ、オカルトにお金を費やしてはいけないか?それは、人を感動させる本当の技術革新が妨げられるからです。
もし、我々がアンプやCDプレイヤーで音質の向上がほとんどあり得ないと気づき、それらを購入しなくなったら、いやでも、発展途上なスピーカー(もしくはマイク)に開発が集中するのではないかと考えます。


同サイト内の「オーディオの部屋」も是非ご覧ください。ホームページは「楽譜の風景」です。

このブログでも再三述べたように、ハチマルはこの業界の下記の点に対して強い違和感を禁じ得ません。

● 明確な原理の説明やデータの開示も一切無く、ただ絶大な効果だけを高らかに謳う製品が目の玉が飛び出るほどの価格で売りに出され、それが商売として成り立っている事(すなわち一定数以上の購入者が存在する事)

● 業界全体(売り手も買い手も)がそれらに代表される極めて微細な(あるいは皆無とさえ思われる)効果ばかりを追い求め、未だ改善の余地の残された根本的な音楽再生クオリティの向上に極めて無頓着である事

● 業界全体がそのように極めて狂信的/近視眼的なマニアックな方向へ強く偏向され、家庭で真っ当に「音楽」を楽しむ事を望む本来最も重視されるべき一般リスナー向けのリーズナブルな価格の音楽再生装置が根本的に進化していない事(iPod、イヤフォン関連除く)

● プロフェッショナルな専門家として一歩高い見地に立ち、一般大衆の行き過ぎた傾向に対して警鐘を鳴らすべきジャーナリズムが、逆に先頭を切ってそのような傾向を促進しているとしか思えない事(売り手の謳い文句をそのまま伝えるのではなく、可能な限りの計測やブラインド評価を実施して、読者に公正で客観的な情報を提供すべきではないのかな?他の業界の雑誌はやれる範囲でアタリマエにやっている)

音楽をはじめとする芸術が人類にとって極めて重要であると認識するハチマルは、音楽芸術の大衆への伝達に大きな役目を担うオーディオ業界がもっと健全であって欲しいと切に願いますですよ。ホンマニ。

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