FC2ブログ
2014年03月15日 (土) | Edit |
今回は、僕が音楽を聴く時の傾向について、とりとめなく書いてみます。どうなることか。

曲

クラシックの場合、基本的に(A)と(B)は分離されています。そして、僕の(B)の領域に向かう意識は比較的希薄です。誰が演奏しても不変の部分、つまり作曲者自身にアプローチしようとする傾向が強いという事です。

クラシックの場合、僕はほとんどベトベンしか聞かないわけですが、例えば、グレングルドさんのピアノソナタは聴き辛く感じて敬遠気味です。なんかベトベンさんにアクセスし辛いと言うか。。。僕のコレクションの中では、ポリーニさんのが一番ベトベンにアクセスしやすく感じます。交響曲だと、フルトベングラさんのが好きですが(僕のイメージする大好きなベトベン オヂサンさんにアクセスしやすい)、録音が古く特に2番と8番は聴き辛いので、ブロムシュテットさんのも良く聴きます。これも聴きやすいです。

以前にも書いたように、ドロドロとした地の要素が希薄なクラシックには余り興味が向かわない僕ですが、ベトベンだけは例外です。中3の僕はビトルズをきっかけに音楽への興味を一気に深め、ジャズの鍵も開き、親父のクラシックレコードも片っ端に聴いてみたわけですが、ベトベンだけは他とは違う、ベトベンだけはクラシックぽくない、ベトベンだけはカッコイー、ベトベンだけはチャラチャラしていない、ベトベンだけはオゲージツっぽくない、ベトベンだけは音楽を造ってイナイ。。。と感じました。

「音楽を造っていない」というのは、説明が難しいのですが、当時の僕風に言えば「チャラッ」としていない(音に必然性があって装飾性が少ない、って事かな?)、あるいは「音楽のために音楽を造っているのではない」と言えるかもしれません。つまり、彼の深奥にある全く独立した一個の人間としての確固たる一貫した揺らぎ無いナニカ(信念とか思想とか世界感とか理想とかをひっくるめたヤツ、あまり宗教的ではない)を人々に「俺様には世界がこう見える」「俺様は世界がこうあって欲しいと願う」ドヤ?と問いかける、投げかける、開示する、主張するための手段(あるいはインターフェイス)として「音楽」という表現手段を徹底的に使い倒した、そのような音楽の可能性を切り開いた。。。というように感じるという事です。

そして、僕は、ベトベンがドヤ!と問いたかったであろうナニカに強く惹かれるので、彼の音楽をつい好んで聴いてしまうという事なのでしょう。もっと簡単に言えば、僕はベトベンというオヂサンが大好きなのだと思います。ボンの安酒場で酔っぱらって「人間」の自由、平等、博愛や芸術やナンヤカンヤを大声で議論しているベトベンを聴いてみたい。できれば、全く畏れ多い事ですが、一緒に酔っぱらって徹夜でナンヤカンヤ議論して騒ぎたい。。。そいう事です。

さて、僕が最も好むジャズの場合、特にジャムセッションでは(A)と(B)は渾然一体でありリアルタイムにどんどん進行します。曲自体は最初と最後の旋律(テーマ)とコード進行を決める程度のごく緩いモチーフに過ぎません。しかし僕は余りジャムセッションやライブ盤を好みません。ジャズでも、僕の場合、個々の奏者の演奏自体に向かう興味は希薄であるように思えます。このへんが、僕が50年代よりもコンセプトが多様化/深化した60年代以降を好む1つの理由なのかもしれません。

50年代で僕が好んで聴くのは、モンクさんとミンガスさんくらいです。ロリンズさんは最近アルバムを何枚か購入して聴いてみましたが、サキコロ以外はやはりイマイチ。学生時代にSONYビッグスペシャルでエアチェックしたロリンズ集を他の50年代作品と一緒にその後躊躇無く大量破棄してしまったのも頷けます。50年代にはスタープレーヤーが星の数ほど居ますが、彼らには興味がありません。ですから、ミンガスやモンクのアルバムに参加している個々の演奏メンバーが誰であるのかにも、とんと興味がありませんし、全然知りません。僕は、モンクやミンガスという強烈な主張を持ったアーチストが強烈なリーダーシップを発揮して作り上げた作品に惹かれるという事なのでしょう。

そういう意味で、僕にとっては60年代が最高です。マイルス、コルトレーン、オーネットコールマン、ジミヘンドリックス(僕の中ではジャズのヒト)、ちょっと格が落ちてウェスモンゴメリ、セシルテイラー、ドンチェリー、ヘイデン等々。。。最近、聴く範囲を拡げようと、ネットやラジオで気に入ったのをCDで購入してみたのですが、今のところ当たり無し。アキマセン。。1曲だけ良くても、アルバムとしてはツマランというのが多いです。30年かけて淘汰してきたコレクションなので、これに食い込めるアーチストさんはなかなか見つかりません。新しいヒト、新しい音楽、出てきてクレー-!と叫びたい。

優れた一流のジャズ演奏家は星の数ほど居ますが、強烈な探求心、コンセプト、集中力、リーダーシップを発揮してジャズの歴史の中で1本の太い幹を押っ立てた真のアーチストさんはそうそう居ません。ハビハンコックやウェインショータやロンカータですら、アーチストとしては、とてもその域に達したとは言えないでしょう。あのマイルスの60年代の優れた作品群は、マイルスの強烈なコンセプトとリーダーシップがあったればこそだという事です。リーダーとして、毎回コンセプトを進化および深化させながら、一貫して高いレベルでコンセプトの明確な一連の作品群を作り続け得たアーチストさんは十指どころか五指にも満たないでしょう。そして、僕はそのようなアーチストさんと作品群に惹かれる傾向が強いと言えます。

ついでに、ロックに関しても、僕の演奏自体に対する興味は希薄でした。当時の音楽好きの同級生達は、ビトルズは演奏が下手だと下に見る傾向が強く、クラプトンやツェッペリンとかにご執心でした。確かにビトルズの演奏はポールのベースを除けば悲しいほどに下手くそだと思いますが、ビトルズ以外のロックはどれを聴いても、演奏は高度で洗練されてはいても内容的にはビトルズを超えない(あるいはその範疇にある)ように聞こえて、大して興味がわきませんでした。今でも、ビトルズだけは違う、ビトルズだけは凄い、ビトルズだけは特別だと思います。

話はまた、ジャズに戻りますが、ジャズ好きの村上春樹さんによると、80年代初頭に「ジャズの救世主」と騒がれたウィントンマルサリス(tp)に比べると、マイルスの演奏は随分下手くそなのだそうです。しかし、僕はマルサリスのオボッチャマンな演奏からはナーーーーーーーニモ感じる事ができず、随分がっかりした記憶があります。要は、その演奏を通して、何処にもアクセスできなかったという事です。「音楽」に過ぎない。。どこが救世主やねん!と。。

80年代初頭と言えば、ジャコこそがジャズの救世主であったと思うのですが、品行方正とはとても言えぬパンクなジャコ君では、スノッブでお上品なジャズファン達にはとても受け入れられなかったのでしょうねぇ。ジャコの評価は、一部の間では(特にミュージシャンの間では)非常に高いですが、もっと一般的に(ベース奏者としてだけでなく)高く評価されるべきだと僕は勝手にプンプンしています。プンプンプン。

書き殴ってたら長くなってしまいました。
トリトメナクてスミマセン。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
スポンサーサイト



テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2014年02月08日 (土) | Edit |
とんだ大騒ぎですね。

僕は聞いた事がない(聞いたかもしれないけど記憶に残っていない)ので、YouTubeで少し聞いてみました。全くのクラシック風クラシックですね。HIROSHIMAというタイトルからは、タケミツ的というか、もっと現代音楽的な内容を勝手に想像していました。表現としては別に新しくもなんともなく、映画音楽みたいダナ。というのが僕の最初の印象です。僕は映画STAR WARSが大好きで(ハリウッドが遺した最良の功績とすら思う)、組曲のCDもよく聞きます。そういった類の音楽であるかのように聞こえたという事です。そういえば、息子がニンテンドDSでやっているポケモンの音楽も随分立派なクラシック風なので驚きました。

作曲者である新垣氏の本来の作品はもっと現代的です。


新垣氏にとっては、アルバイトのような気楽に引き受けたオシゴトだったのかも知れません。新垣氏のような形態で楽曲を提供している音楽家は他にもたくさん居られるはずです。ところが、相手が悪かった。やたらハッタリの効いた、大衆に非常に分かりやすい似非オゲーヂツカを、マスコミ(と大衆)がよってたかって巨大な虚構(怪物)にまで膨れ上がらせてしまったという事でしょう。サムラゴーチは非常にテットリバヤク大衆に訴求しやすい素材ですからね。恰好の餌食ですよエヂキ。。新垣氏だけでなくサムラゴーチの方も、どんどんニッチモサッチモ行かぬ深みに追いやられてしまったのではないでしょうか。マスコミと大衆ほど恐ろしい存在はアリマセン。オーーーコワ。。クワバラクワバラ。

何度も書いたように、僕はアートに興味を持ちだした高校生の頃から、極力予備知識を仕入れずに作品に接するよう心掛けてきました。特にヒヨロンカの書いたものは一般的に毛嫌いします。ヒヨロンカという人種を基本的に信用しないという事です。そして例の「フニャーーーーーーーー」と意識を弛緩させてニュートラル状態にするために、モードチェーーーンジします。シューーーーっとね。

そもそも、アートを鑑賞するにおいて作品をどう鑑賞し、どう解釈し、どう評価しようが全く「自分」の勝手であり、全く「自分」の自由です。「自分」だけが頼り。「自分」は何が好きか?何を良いと思うか?なんて誰かに教わる事など絶対にできません。その点において「鑑賞」する行為は「表現」する行為と全く同じです。だいたい、この不自由な世の中、全く「自分」の自由になる事くらい、全く「自分」の自由にやれば良かろうと思います。本当に「自分」が惹かれる聞きたい音楽を誰に憚る事なく楽しめば良いという事です。

欧州でヒヨロンカという職業が生まれた経緯を読んだ事があります。
いわゆる「クラシック」音楽や古典絵画等、現在では「芸術」と呼ばれる作品群は、貴族達の依頼によって貴族達のために作られました。貴族達はオーナー(出資者)なわけですから、誰にはばかる事なく、誰におもねる事なく、全く「自分」勝手に「自分」の鑑識眼に沿って作品を評価しました。しかし時代が進み、アートが大衆に親しまれるようになると、大衆は専門家による評価や解説を望むようになり、それに応えるために、それを職業とするヒヨロンカがマスメディア(当時は新聞)で活躍するようになったと言われます。大衆としては世間で「良い」とか「コーショー」とされる「ジョートー」な作品を聞いていれば「安心」できるという事なのでしょうが。。。アーチストはマスメディア(ヒヨロンカ)+大衆といった「化け物」を相手に作品を作らねばならなくなりました。そして、現代、この化け物はケーザイという別の化け物と合体して手の付けられない恐ろしい魔物となってしまいました。

ゲーヂツカの天敵はヒヨロンカ(マスメディア)とそれを盲信する大衆だと、僕は常々想います。クワバラクワバラ。。。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年11月09日 (土) | Edit |
さて、最終回です。

以前の記事で、主にアメリカ大陸における西洋音楽と黒人音楽の出会いによって最強のフュージョンが達成されたのではないか?と書きました。科学と同根である西洋音楽が、科学と同様に民族や文化を超えて全人類的に受け入れられやすい普遍的な要素を持つ事は容易に理解できます。では、黒人音楽の要素が何故このように全世界的に受け入れられるのでしょうか。

例えば、アンデスの伝統音楽とスペイン系の音楽的伝統がフュージョンして生まれたのがフォルクローレです。「コンドルは飛んで行く」が有名ですね。日本の演歌も、土着の民謡と西洋音楽のフュージョンですよね。世界各地には、そのような地域的なフュージョン音楽が多数存在するはずですが、黒人的要素ほど普遍的であるとは言えません。

主に北米で生まれた黒人系西洋音楽が何故にこのように世界中で普遍的に受け入れられるのか。。理由は、いくつか考えられます。人種のるつぼであり、あらゆる面で世界的に強大な影響力を持つ「アメリカ」という土地で発祥したという点も大きいでしょうし、無理矢理故郷から引き離され奴隷という屈辱的な状況に置かれた人々の母なる大地に対する望郷や悲しみや怒りの念が強いエネルギーを発したという点もあるでしょう。

しかし僕は「アフリカは人類発祥の地であり、全人類の故郷である」という事が、黒人的要素に普遍性をもたらす1つの大きな要因ではないかと考えています。全人類的土着性(ゲンショノキオク)を持つという事です。ゲンショノキオクをさらに遡れば、全生物的故郷である「海」に辿り付くでしょうが、アフリカは海よりもずっと身近な故郷であると言えます。

「すべての人類は、遠い遠い昔にアフリカに居たたった一人の女性からはじまった」というオハナシが話題になりましたよね。しかし、これは正しい解釈ではありません。創世記のイブのように、彼女1人から全人類が枝分かれしたわけではないという事です。

このオハナシの元になった学説は、「ミトコンドリアのDNAは必ず母親から子に受け継がれ、父親から受け継がれることはない」という事実に基づき、世界各地の人間のミトコンドリアDNAを分析した結果から、「すべての人類の母方の家系をたどると、約16±4万年前にアフリカに生存した一人の女性にたどりつく」という結論を導き出しました。つまり、自分のお母さんのお母さんのお母さんのお母さんの。。。。と、母系だけをひたすら遡って行くと、人間なら誰でも1人のアフリカ女性に辿り付くという事です。彼女は「ミトコンドリア イブ」と呼ばれます。

ミトコンドリアのDNAは女性にしか引き継がれないため、男の子ばかりで女の子が生まれなかったり、女の子が生まれても、その子が子を産む前に亡くなったり、男の子しか産まなかった場合、その母系のミトコンドリアDNAは途絶えてしまいます。これを全人類的に考えると、ミトコンドリアDNAの系統は世代とともに減少の一途をたどり、1つの系統に収斂するそうです。ですから、ミトコンドリアイブは、長い歴史にわたって女系が決して絶えることの無かった幸運な母という意味で、ラッキーマザーとも呼ばれます。

下は単純化した系統図です。
tree1.jpg
が女性、が男性を表します。2-Bがミトコンドリアイブです。
娘が生まれないと、ミトコンドリアDNAは次世代に引き継がれずに途絶えます。このため、系統の数は世代が進むと共に減少し、図では最終的に2-B(ミトコンドリアイブ)の系統だけが残っています。

例えば6-Dが自分だと考えてください。
tree2.jpgtree3.jpg
左図のように母系だけをたどると、2-B(イブ)に辿り付きます。6-Dだけでなく世代6のどこから遡っても必ず2-Bに辿り付きますね。これがミトコンドリアイブです。右図では、6-Dの全てのご先祖様に緑のマークを付けました。すると、世代2の全員が遠い親戚になります。つまり、何らかのDNA的繋がりを持つという事です。このように見ると、ミトコンドリアイブは統計的にラッキーであっただけで、それ以外に特別な意味を持たない、遠い遠い昔の親戚のオバチャンの1人に過ぎない事がわかります。

父系は、Y染色体を使って同様に遡る事ができ、やはりアフリカのオッサンに辿り着くようです。このオッサンは「Y染色体アダム」と呼ばれます。なお、ミトコンドリアイブとY染色体アダムが夫婦であったという事では全くアリマセンのでご注意を。。。

と言う事で、年代的には諸説あるものの、人類発祥の地はアフリカであるというのは、現在の学会でほぼ一致した見解であるようです。

下は、ミトコンドリアDNAの分析に基づく人類移動の図です。
800px-Migraciones_humanas_en_haplogrupos_mitocondriales copy

Y染色体で辿っても同じような結果になるようです。
image66 copy
人類はアフリカで生まれ、最終的に南米大陸の南端にたどり着きます。長い長い旅をしたのですねぇ。。


と。。。ジャズからは大脱線してしまいましたが、アフリカが全人類共通の故郷であるらしいという事がお分かり頂けたかと思います。

天を指向する傾向が強く理性的で人工的な西洋音楽と、地(ゲンショノキオク)の要素(全人類的土着性)を強く持つ黒人音楽という全く方向の異なる、しかしどちらも全人類的な普遍性を持ち得る2つの要素がフュージョンした結果生まれたのがジャズを始めとする黒人系モダンミュージックであり、さらに、そのような普遍性を持つが故に、黒人的音楽要素は現在世界中で親しまれているほとんどのロックやポピュラー音楽に少なからず含まれているというのが僕の結論です。

お疲れさんでした!

追記
ミトコンドリアイブとY染色体アダムに関しては、コチラコチラを参照してください。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月29日 (火) | Edit |
「Jazzを考える」の最終回は、なかなか筆が進まないので、今回は番外編です。

モダンジャズって、他のジャンルに比べて難解なので、とても取っつきにくいと思います。という事で、今回はモダンジャズの鍵をガチャコンとこじ開ける方法について、僕の経験に基づいて独断的に書いて見ますね。

特に若い子達に聴いて欲しいですね。過去の音楽界には、こんなに凄まじくもクールで高度なアートムーブメントがあったという事を是非知って欲しいと思います。ウン。。ロックも含めてね。。。

まず、「鍵をガチャコンと開ける」とはどういう事か?

下の絵を見てください。
Scan10076.jpg
この絵は、「若い女性」にも「老婆」にも見える事で有名ですが、皆さんはどちらに見えますか?
「老婆」に見えた方は、「若い女性」に見えるよう頭の中で見方をイロイロ変えてみてください。
「若い女性」に見えた方は、「老婆」に見えるよう努力してください。

見ているうちに、突然、今までとは全く違った見え方がするはずです。その瞬間、ちょっと目まいに似た感じを受けるかもしれません。一度見方が分かると、後は両方の見方を楽に切り換える事ができるでしょう。

僕が中3の時に、マイルスの Kind of Blue を「ヨクワカラナイ」けど、とりあえずオベンキョしながらラジカセで繰り返し聴いているうちに、突然ジャズの鍵がガチャコンと開いた時も、丁度そんな感じでした。全く突然です。一度鍵が開くと後は楽なモンです。それこそ片っ端、手当たり次第にジャズを聴くようになりました。

MD2.jpg

ここで重要な事は、「ナガラ」で「繰り返し」聴いたという事だと思います。あ、それと、ジャズやマイルスに関する予備知識がほとんど皆無であったという事も良かったと思います。

なにも、シューチュしてマンヂリともせずに、オンヂョとかコマケーオンシツに意識を消耗して聴くのが偉くて上等な音楽の聴き方ではありません。世間で上等だと言われるヨクワカラナイ音楽を分かろうとか理解しようとして、ヒヨロンカのご本を読んだり、ヒヨロンカのように分析したりして、頑張って集中して聴いたって、本当に美味しいホンマのトコロは絶対に味わえないでしょう。

「ナガラ」で聴く事の利点は、音楽に向かう余計な意識(分かろうとか、理解しようとか、ヒヨロンカがどうのこうの言ってるとか、ヒヨロンカのように分析しようとかする意識)から解放されるという点にあります。音楽のみならずアートに触れる際は、余計な意識や理性や予備知識は邪魔にしかなりません。文学だってそうです。ガッコで習ったような「そこで作者はどう考えたか?」とか「行間を読む」とか「教養を付けたいから読む」なんて読み方をしたら、文学の一番オイシーところは決して楽しめないでしょう。そんな事したらもうダイダイダイのダイナッシです。ホンマニ。

よく、音楽に限らず上等なオゲージツを鑑賞して「難しくてヨクワカラナイ」と言いますが、そもそも、オゲージツはワカランもんです。作った本人ですら良くワカランのがオゲージツです。鑑賞しても分かるわけがアリマセン。もう、とにかくスッゲー!スッゲー!スッゲー!、超カッコイー!、超キモチイー(キモチワリー)!、ナンジャコリャー!、ドナイナットンネン!という世界です。Feel! Don't Think が、特に初期の段階では絶対に重要だと思います。

さて、僕はタマタマFMでエアチェックした Kind of Blue で鍵を開く事ができたわけですが、これは非常にラッキーであったと思えてなりません。僕がもしタマタマ Kind of Blue ではなく、E.S.P(1965)やNefertiti(1967)をエアチェックして聴いてみたとしたら、果たしてジャズの鍵が開いたかどうか甚だ疑問です(だって、もっとヨクワカラナイと思う)。これからモダンジャズの世界を探検してみたいとお考えの方には、鍵を開くための取っかかりとして、Kind of Blue が絶好の1枚ではないかと思います。適度にオーソドックスで(聴きやすく)、適度に洗練されている(古臭かったり、粗野であったりしない)からです。

一般的にジャズでは、即興といってもやりたい放題ではなく、各奏者は一定のルールに則ってアドリブを展開するわけですが、1940年代に始まったビバップ以降、モダンジャズの奏者達はアドリブ演奏に関する各種の手法や理論を発展させて行きます。大学時代にジャズの理論書をちょっとだけ読んでみた事があるのですが、僕には全くティンプンカンプンでした。とっても難しい。。。僕は絶対にジャズプレーヤにはなれないと思いました。

で、彼らは1950年代後半に「モード」と呼ばれる手法に行き付きます(注: モードは別にジャズ特有の考え方ではない)。それまでのアドリブは、コード進行やコードの分解に基づいて展開されたの対し、モード法ではコード進行をシンプルにしてモード(旋法、音階みたいなもの)に基づいてアドリブを展開するのだそうです。なんだかイマイチよく分かりませんが、ロックのアドリブに近いと言うハナシも聞いた事があります。コード(和声)に忠実に従うと誰が演奏しても似たようなソロになってしまう傾向があったのに対し、モード法ではソロをより自由に展開できるようになったそうです。フムフム。。。

で、モードの最たる成功例が1959年にリリースされたマイルスの Kind of Blue であるというのが定説のようです。ですが、Kind of Blueでは、まだビバップ的な要素も結構残っているように僕には聞こえます。僕が大好きなE.S.P (1965)以降の作品になると、もう全くビバップ的ではありません。Kind of Blue はビバップ形式の、ソロを順番ずっこに回して各奏者がアドリブを応酬するという形態の完成と脱却の両面を持った転換期的作品であったと言えるのかも知れません。かな?

アドリブのルールをもっと緩やかに(フリーに)したのがフリージャズです。Kind of Blueと同年(1959)に、オーネットコールマンが The Shape of Jazz to Come をリリースして旋風を巻き起こします。1959年というのは僕が生まれた年でもありますが、モダンジャズの大転換期であったのかも知れません。ちなみに、マイルスはフリージャズが嫌いだったそうです。なんとなく分かるような気もします。フリーを突き詰めると(進化の先は)どん詰まりになるからです。

という事で、Kind of Blue をBGM的にリピートして何度も何度も聴いて鍵が開いたら、50年代へ遡るもよし、60年代へ進むもよしです。また、豪華なメンバーが参加していますから、その中から好きなプレーヤーの作品を追いかけるもヨシです。あのコルトレーンも参加していますからね。。。
<参加メンバー>
ジョン・コルトレーン - テナー・サックス
キャノンボール・アダレイ - アルト・サックス
ビル・エヴァンス - ピアノ
ウィントン・ケリー - ピアノ
ポール・チェンバース - ベース
ジミー・コブ - ドラム
僕は先鋭化と多様化が進んだ60年代を好み、さらに70年代のウェザーリポート/ジャコをリアルタイムに追っかける事になります。

Kind of Blueの後、コルトレーンは独立して自分のバンドを組みます。60年代に最もモード法を極めたのがコルトレーンだと言われ、その後彼はマイルスとは対照的にフリー化へと進みます。

ジャズを30年以上にわたってイロイロと聴いてきましたが、マイルスとコルトレーンは、好き嫌いを超越した文句なしダントツに最強の東西横綱だと思います。絵画におけるピカソ、ロックにおけるビトルズ、クラシックにおけるベトベン、漫画家で言えば手塚治虫、野球ならば王・長嶋といった存在でしょうかね。悪く言えば巨人大鵬卵焼き的ですが、やはり時代を超越してホンマノホンマににメジャーな存在はホンマノホンマに偉大です。絶対に。。面倒臭かったら、この2人の主要な作品だけを聴けば十分にモダンジャズを堪能できるのではないかと思います。彼ら2人を軸にして聴く範囲を拡げて行くと良いかもしれません。あ、でも、もう1本の軸がありました。オーネット コールマンは是非聴いてみてください。2人だけを聴けば十分と書きましたが、3人ですね。3人に訂正します。3人です。3人

コルトレーンだったら、鍵開け用の1枚として My Favorite Things(1960) が良いのではないかと思います。どでしょうかね?
JC1.jpg

とにかく収集欲を発揮せずに、1枚をエンドレスで繰り返し繰り返し繰り返しナガラでGBM的に聴くとよろしいかと思います。余計な予備知識も一切不要です。ヒヨロンカの本なんか絶対に読まない事。ラナーノーツも読む必要はありません。何も知らない方がかえって良いでしょう。もちろん大層な装置も大音量も不要です。オンヂョやナンタラカンなんか気にする必要は一切全くゼンゼンアリマセン。そいうのに適した本当に高品位な装置が無いのですよねぇ。。。ヘッドフォンだと長時間は辛いし。。。車をよく運転される方は、その点有利です。運転しナガラ繰り返し聞いてみて下さい。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中


テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月19日 (土) | Edit |
昨日は、元自転車暴走族仲間で本格的山男でもある友人に、岩上り(フリークライミング)に連れて行って貰いました(飯能にある天覧山)。ボルダリング ジムは何度か行った事があるのですが、ジムの人工的な壁とは異なり、ホンモノノ岩はやはり格別でしたよ。大地というか「地球」にしがみ付いている感があって。母ちゃんの腕にしがみつく赤ん坊かもしれません。。。ほんとに素晴らしい体験をさせて貰いました。高さは10m近くあったと思いますが、ベテランにロープでしっかり確保してもらいながら登るので、昔やっていた自転車レースよりもずっと安全ではないかと思います。ちなみに、友人は自転車で2度大きな怪我をしています。昨晩は年甲斐もなくすっかり興奮してしまって、なかなか寝付けませんでした。今度は専用の靴を買って挑戦したいと思います。


さて、本題です。
アメリカの黒人達は、身近にあった西洋人の楽器を使って音楽を奏で始めるわけですが、彼らの深奥にあるアフリカの音階とは当然異なります。無理矢理引き離された恋い焦がれる本当の母ちゃん(アフリカの大地の)旋律を求めて、この違和感をなんとか埋めるべく、様々なコードを複雑に駆使するあのモダンジャズの「探求」が始まったのではないのか?と僕は勝手に考えています。

という事で、今回は僕達が最も身近に親しんでいる西洋音楽の音階について書いて見ますね。

僕達にお馴染みの音階は「12平均律」と呼ばれています。1オクターブを全く数学的に12等分(対数的に等分)した音律です(詳しくはコチラ参照)。ピアノの鍵盤も1オクターブの間に白黒合わせて12個ありますよね。F特でお馴染みの横軸対数のグラフに各音階の周波数をプロットすると、完全に等間隔に並びます。この音律はギリシャ時代に既に提唱されていたらしく、17世紀頃に西洋で広く定着したようです。

ただし、平均律では各音階の周波数の相互関係が正確に整数比にならないという問題があるため、古くから否定的な意見もあったようです。2つの音の周波数が整数比を成さない場合、理想的な和音にならない(モジュレーションが発生する)ためです。

このような問題はあるものの、平均律では全ての音階が全く一定の間隔で並ぶため(音階間の相対的関係は一定であるため)、移調や転調が極めて容易であるという大きな利点が得られます。つまり、どの音階をキーにしても、全く同じ旋律を奏でる事ができるという事です。平均律以外の音律では、この点で問題が生じます。

整数比をとる純正音程に対する12平均律の周波数誤差は、全音階でほぼ1%以内(最大1.02%)に収まっており、実用的にはあまり問題がなく、とても便利なので、広く使われるようになったという事でしょう。ですから、平均律の成り立ちはサイエンティフィックであると同時にエンジニアリング的(実用を鑑みたマァマァソコソコの妥協点)であると言え、一言で言えば人工的であるとも言えるでしょう。

しかし、通常は12の音階を全て均等に使うわけではありません(一部の現代音楽を除く)。
各地の民族音楽の音階は、我々人間の深いところに根ざす自然発生的な音階であり、人工的な平均率の音階とは当然異なります。西洋人も例外ではなく、元々は森にうごめき闇や獣の恐怖におびえた原始人であったわけで、12の音を均等に使った旋律では、心の琴線に触れる事はできません(なんかエーグアイには聞こえない)。ですから、自然と特定の音階を中心に使って旋律が作られます。

それがいわゆる「長調」と「短調」というやつですね。

長調は明るい感じ、短調は暗い感じ、と教わりましたよね(コチラ参照。音が聞けます)。
ピアノで「ド」から白鍵だけでミファソラシドと使うのが「ハ長調」と教わりました。一番オナジミのやつですね。
ピアノで「ラ」から白鍵だけでシドレミファソと使うのが「イ短調」です。「ド」から始める場合(ハ短調)は黒鍵を使う必要があります(ミとラとシを半音下げる)。
注: 上の単純な短調ではイロイロと不都合が生じるらしく、他に2つのバリエーションが存在します。

これが西洋土着の自然発生的音階に近いものなのでしょうか?。しかし、日頃すっかり聴き慣れているせいか、他の民族音楽の音階のように土の臭いが感じられないような気がします(泥臭くない)。西洋音楽というのは、土着性が大幅にそぎ落とされたがために、全人類的に受け入れられやすい普遍性を獲得したと言えるのかもしれません。その反面、失ったものもあるでしょう。それが僕の言う「地」の要素なのかもしれません。

次回は、アフリカ音楽とのフュージョンによって、西洋音楽に全人類的に普遍の「土着的要素」(つまり「地」の要素)が加わったのではないか?というオッハナシになる予定です。大詰めですね。オッタノシミニ!


お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月12日 (土) | Edit |
今回は、ローマカトリックとルネサンスに由来する西洋音楽と、奴隷としてアメリカ大陸に連れてこられたアフリカ人の子孫達を媒介とする黒人音楽とのフュージョンは、ゴテンクスに匹敵する最強の音楽形態を生み出したのではないか?というオッハナシです。

ゴテンクス9969148
フューーーーージョン! 知ってる?

前の記事で、現代の我々がTVやラジオやCDで日常的に聞いている大部分の音楽には、黒人音楽の要素が含まれていると書きました。このフュージョン現象は20世紀初頭に始まり、第二次大戦後のメディアの爆発的な普及によって一気に全世界に広まりました。特に60年代に入ると、黒人音楽に強く影響を受けたビトルズらによる白人ロックが、この現象を大きく促進したと言えるでしょう。これらの音楽は、地域や民族や主義や宗教の境界を乗り越えて、例え国家が禁止しようとも、若者達に熱狂的に受け入れられました。もし、黒人音楽とのフュージョンがなかったら、あのように熱狂的であったビトルズ現象やロックムーブメントも生じず、現在の音楽をとりまく状況は全く異なっていたでしょう。

より黒人色が強くて難解なモダンジャズは、ロックのように幅広く大衆に浸透しませんでしたが、やはり世界中で主に大学生等インテリ層を中心に熱心に愛聴され、アメリカの白人を始めとする非黒人の優れたジャズマンも多数現れました。70年代以降のモダンジャズの進化をけん引したWRのザビヌルは生粋のウィーンっ子(ウィーンで生まれ育ち、ウィーン音楽院で学ぶもクラシックに限界を感じてジャズに転向)ですし、ジャコは非WASP系白人(母は北欧系、父はアイルランド系のジャズドラマー)です。

以前の記事で、我々非黒人リスナーにとってジャズという音楽は取っつきにくく(ヨーワカラン)、オイシートコロを血肉として楽しめるようになるには、ジャズの「鍵」をガチャと開けるキッカケが必要だと書きました。
これは演奏する側にも言えるようで、非黒人がジャズ演奏を習得するには、幼少の頃から身近に親しんでいない限り相当な努力の積み重ねを要するのではないでしょうか(生半可ではないオベンキョが必要)。例えば非ジャズ系の歌手がライブで余興的にジャズナンバーを披露したりすると、僕は激しい違和感に襲われます(黒板を爪でひっかかれるような。。は言い過ぎか?)。TVドラマで、大阪(少なくとも関西)出身ではない役者の大阪弁を聞かされるのに近いかも知れません。これは気色悪くてカナイマヘン。

あ、、、と、もう出かける準備をしないとアキマセン。

次回は、西洋音楽とアフリカ音楽の普遍性のヒミツに迫りたいと思います。オッタノシミニ!

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月10日 (木) | Edit |
ジャズは西洋音楽とアフリカ音楽の組み合わせによって発生した音楽であるとされます。

これぞ正にフュージョンであると言え、これは西洋音楽の歴史の中で画期的なターニングポイントであったと言えるでしょう。現代の僕達がCDやラジオやTVで普段聴いている純クラシック系以外の音楽は、ジャズに限らずポップスであれロックであれヒップホップであれ歌謡曲であれ演歌であれ、事実上全て、程度の差こそあれ、黒人音楽の影響を受けているからです。

エルビスプレスリーは黒人のように歌える白人と呼ばれたそうです。その後、白人ロックが60年代に主にイギリスで大きく発展しますが、ビトルズもストーンズも、黒人達のロックンロールやR&Bに憧れて強く影響を受けたと言うのは周知の事実です。現代のロックやポップスでアッタリマエのように使われているドラムセットも、ジャズドラマー達によって軍楽隊用のシンプルなものから改良されたものだそうです。また、ドラムスとピチカートベースでビートを刻むという今日普遍的な演奏形態も、おそらく黒人音楽に端を発するはずです。ラップも黒人特有の語り口がルーツであるとされます。ジャマイカのレゲエも黒人由来ですし、ブラジルのサンバもそうです。さらにボサノバはサンバを母体とすると言われます。また、南北両米大陸ともネイティブ民族由来ではなくアフリカ大陸から強制的に連れてこられた黒人由来である事が非常に興味深く思われます。

前の記事で、僕は「地」の要素が希薄なクラシック音楽に物足りなさを感じると書きました。西洋音楽に黒人音楽がフュージョンする事で、この「地」の要素が加わったと言えるでしょう。西洋音楽は、その成り立ちからして、科学と同様に極めて強い不変性を持つ事は理解できますが、なぜ黒人(アフリカ)由来の音楽要素がこのように民族や人種や地域を越えて普遍的に愛聴されるのでしょうか? これはもしかして最強のコンビネーションなのでしょうか?
これについては今回は深追いせず、ここらで「ジャズ」の方に話題を向けますね。やっと「ジャズ」です。

黒人色の強い音楽ジャンルには、ジャズ以外にもソウル、R&B、ブルース、ゴスペル、ラップ等がありますね。
ではジャズを特徴付ける要素って何なんでしょうか?

ジャズの起源を調べてみると、20世紀に入ってアメリカの黒人達が白人に混じって、あるいは黒人だけのバンドで演奏するようになり、1930年代に主に都市部に移住した黒人ミュージシャンによってソロ演奏が重要視される「ジャズ」としての進化を遂げたと言われています。1940年代になると、マンネリ化したスウィングジャズに飽きたりずに即興演奏を強く指向する演奏家達がジャムセッションを行うようになり、その結果「ビバップ」と呼ばれるスタイルが発生したとされます。このビバップによって、ソロを順番ずっこに回し、コード構成を守りながらテーマの原型をとどめないくらい旋律をデフォルメするという、僕達にもお馴染みの「モダンジャズ」のスタイルが確立されたようです。フムフム。。。

「ジャズ」を他の黒人系音楽から際立たせる要素のひとつは「ソロ演奏」、もうひとつは「アドリブ」と言って良いでしょう。

では「モダンジャズ」とはどのように定義されるのでしょうか。
一般的に「モダンジャズ」とは、1940年代のビバップから1960年代末(マイルスの電化あたり)までを指すようです。

これに対し、僕の考える「モダンジャズ」はこれよりも10年ほど後にシフトしています(ビバップを含まない)。つまり、1950年台に役者が揃って大きく進化を遂げ、1960年台に洗練/先鋭/多様化して絶頂期を迎えるも後半にはロックに圧され始め、1970年代になるとウェザーリポートやジャコを中心に小数のミュージシャン達がなんとかジャズの探求を継承し、1980年代にジャコの死をもって事実上終焉した一連のアートムーブメントを「モダンジャズ」と勝手に定義します。これは全く独断的なハチマル流定義ですので、ご注意を。。。。

僕の興味が、他の黒人系音楽ジャンルではなく専ら「ジャズ」、とりわけハチマル定義の「モダンジャズ」(1950~1985年)に向かう最大の要因は、おそらく彼らの「探求」という行為にあります。彼らは、マイルスは、コルトレーンは、黒人特有のギョロ目をあのように血走らせ、汗と涎とアルコールとドラッグにまみれて、あのように命懸けで、一体全体ナニを探求したのでしょうか?

ハイ、時間切れ。。。。

今回は問題提起のような形になりました。
次回からは「黒人(アフリカ)由来の音楽要素を含む現代的西洋音楽が何故このように普遍的に愛聴されるのか?」「モダンジャズの時代を駆け抜けたジャズマン達は一体全体ナニを探求しようとしたのか?」といったオハナシになると思います。オッタノシミニ!

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月09日 (水) | Edit |
前記事の結びで、ジャズは「地」を指向すると書きました。

ここで言う「地」とは、「天国」に対する「地獄」の事ではありません。ここのところ重要です。決して勘違いしないでください。

芸術の永遠のテーマは「我々は何処から来て、何処へ行くのか」の探求だと言われます。

ここで言う「地」は我々の起源(何処から来たのか)、「天」は我々の向かうべき所(何処へ行くのか)に対応します。

さらに、「地」はハチマル用語の「ゲンショノキオク」に相当し、「天」はハチマル用語の「セカイノヒミツ」に相当すると言えるかも知れません。しかし、「セカイノヒミツ」は両方をひっくるめた意味合いが強いため、「天」は「ヒカリノホウコウ」と言い換えても良いかもしれません。

世界を探求するには、「天と地」は「生と死」と同様に不可分であるはずです。両方を見据えないと、正しい答えは得られないでしょう。プロジェクトだって同じです。元々ナンデ始まったのか?、今どのようなレベルにあるのか? どういう経緯で今の状態に到ったのか?何を目標(理想的状態)とするのか?を常に把握して行動しないと、泥沼に陥ります。オヂオも同じ。

といっても、100点満点ハナマルの答えは、お釈迦様やイエス様でもない限り望むべくもありません。我々凡人には赤点回避レベルすら遙か彼方の目標かもしれませんね。

お釈迦様は因果をひたすら遡って、苦(煩悩)の根源は無明(生への盲目的な渇望と僕は解釈する)にあると突き止めて悟りを開かれたそうです。生命の起源である単細胞生物レベル、いやさ無生物レベルまで遡ったのヂャァないのかな?と勝手に考えています。とことん「地」に遡ったのではないかと。東洋的アプローチですかね。

なお、原始キリスト教には東洋的要素がもっと含まれていたと聞きます。西洋を支配したのは、それらを異端として徹底的に排除しつくした「ローマカトリック」であるという点を忘れない事が必要だと思います(ダビンチコードにもそのへんの事は書かれていましたよね)。

ハナシが逸れました。

さて、
前の記事に書いたように、キリスト教(正確にはローマカトリック、イエス様直々の教えでは決してないのでご注意)を起源とする西洋音楽は、神の世界を強く指向します。またルネサンス以降、彼ら西洋人は「理性」を重んじ、アニミズム的要素を蔑視する、あるいは忌み嫌う傾向が強かったとも言えます。実際、ローマカトリックは、欧州各地に残る土着の自然宗教を「異端」として駆逐し、改宗を迫りました。その後、各地の植民地でも同じ事を繰り返しましたね。

そのような成り立ちを持ついわゆる「クラシック音楽」には、人間の根源にあるドロドロとした、混沌とした、畏怖や恐怖の入り交じった、生物として根源的な、自然宗教的な、アニミズム的な要素が非常に希薄であるのは半ば当然かもしれません。すなわち上記の「地」を指向する要素が希薄であるという事です。このため、僕には「クラシック音楽」が総じて物足りなく感じられます。食い足りないというか。。。。西洋文明というのは、ルネサンスで中世の教会による精神支配から抜け出したものの、今度は自らが高らかに掲げた「人間の理性」によって自らの精神を縛ちゃった。。。と見えなくもありません。まぁまぁソコソコとは行かんものですねぇ。。。

そんな中、僕が唯一ベトベンに強く惹かれるのは、彼が現代的アーチスト達と同様「人間、people」を見据え、あるいは寄りそったからかもしれません。自身を含めこの禄でもない人間に。ね。。
僕にはベトベンが同時代の音楽家達に比べてブットビ近代的な意識を持っていたように思えます。このへんは別の機会に考えてみたいと思います。

同様の理由で、僕は19世紀以前の西洋絵画にも物足りなさを感じますが、20世紀に入って「西洋的理性信仰」が揺らぎ始めた後の画家達の冒険には強く惹かれます。

ゴーギャンは僕の大好きな画家の一人ですが、彼は西洋を離れ、植民地であったタヒチに移り住んで創作活動を続けました。下は、彼の超大作として有名な『われわれはどこから来たのか われわれは何者か われわれはどこへ行くのか』です。この永遠のテーマを探求するにおいて、彼は西洋的理性に限界を感じたのではないでしょうか。
Woher_kommen_wir_Wer_sind_wir_Wohin_gehen_wir.jpg

あ、、、、時間切れ。。。結局ジャズにたどり付きませんでした。

今回の重要点としては、
- 芸術の永遠のテーマは「我々は何処から来て、何処へ行くのか」であり、「地」と「天」の要素がある
- ローマカトリックを起源とし、理性主義のルネサンスを経た西洋音楽(クラシック)には「地」の要素が希薄であるように思える

という事です。先が見えて来ましたね。

次回こそ、ジャズに迫りたいと思います。オッタノシミニ!

追記
繰り返しますが、上に書いた事を決して鵜呑みにしないよう、お願いします。僕の体験と思考に基づく直感から思い付くままに書き殴っていますので。。。

また、やたら難しげな事を書いていますが、こんな事「考えながら」音楽や美術に触れたらアキマセン。
その時は、フニャーーーーと、Feel、don't Think です。
暇な時に考えましょう。お風呂とかベッドでね。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月08日 (火) | Edit |
さて、今回から、ジャズについて掘り下げて考えてゆきたいと思います。といっても、全く先は見えません。どうなる事か?

まず、西洋音楽について。。。
ここで言う西洋とは、ローマカトリックの支配権にあった地域を指します。ルネサンス以前の中世では、世界観や思想は教会によって厳しく規制されており、これに反する考えは異端とみなされて悉く罰せられました。コペルニクスさんの「地動説」もそうでしたよね。個人が自由勝手にこの世界を探索する事ができなかった時代です。そして、全ての知的/精神的活動は修道院で営まれました。これは後に僕達のよく知る「科学」や「芸術」に発展する1つの母体となりました。一方、もう1つの母体となるべき輝かしいギリシャ時代の知的遺産は教会によって異端とみなされ、当時の西洋からは放逐されていました。しかし幸いな事に、この遺産はイスラム圏で大切に大切に本当に大切に継承されていたのです。当時、西洋よりもイスラム圏の方が遙かに文化的に進んでいたようです。

そんな西洋も16世紀になると、「神さん(教会)の言わはる通り」ではなくて「自分達で(人間が)」「ホンマの事を(世界の仕組みを)」「知りたい」という衝動を教会が抑えきれなくなります。素直に世界を見てみると、教会の言う事に色々と矛盾がある事がわかってきたのでしょうね。地動説が良い例です。これが「ルネッサンス!」です。「ホンマの事を自分で知りたい!」という「知への渇望」がルネッサンスの基本的原動力だと言われます。

そして西洋の人々はイスラム圏に教えを請うてギリシャの知的遺産をオベンキョしなおし、「人間の理性」でもってこの世界を読み解こうとし始めます。イスラム圏はキリスト教圏よりも異教に対してずっと寛容であったようです。これが「科学」(Science)の起源です。「キリスト教 + ギリシャ文明 = 僕達の知る西洋文明」と言えるかもしれません。

ここで、コミック「のだめカンタービレ」の千秋が常任指揮者を務めるマルレオケのコンマス(シモンさんだっけ?)が団員達に語った言葉を再掲します。

「アンサンブルの神髄はハーモニー。要するに『調和』だ」
「この調和は古代ギリシャ時代の『ハルモニー』と呼ばれ、キリスト教社会になった時『神の作りたもうた世界は素晴らしい調和によって創造されている。その調和の根本原理は数の関係によって成り立つ』」
「それを探求することによって、調和の謎が解明でき、神の世界をより詳しく知る手がかりを得ると考えた」
「音楽の本質は『調和』にあるのだ。それを表現するのが真の『音楽家』なんだ」


実は、これを盗み聞きしたノッダメちゃんが、帰宅してから千秋にこの事を伝えます。これに対し、千秋は下のように解説します。

「それってポエティウスや、グイード・ダレッツォが言ってたことだと思うけど」
「1500年くらい前は、神の作った世界の調和を知るための学問が、天文学、幾何学、数論、音楽だったんだ」
「本来、音楽(ムジカ)とは、調和の根本原理そのものを指していて、理論的に調和の心理を研究することが『音楽』だった」
『理性の力によって作品全体に対し入念に音楽を判断できる人』を『音楽家(ムジクス)』といって、ただ音を歌ったり、演奏する人を『歌い手(カントル)』と言った」「『カンタービレ』の語源だよ」


西洋音楽は、神が創造したもうた世界の調和を「理性の力で」知るための学問として発祥し、天文学や数学と同じように扱われた。つまり「科学」(Science)と同根であるという事です。

ルネッサンスの原動力は「知りたい!」ですが、そのアプローチにおいては「人間の理性」の可能性に絶大な信頼が置かれました。いわゆる「ヒューマニズム」(人間中心主義)です。それまでの「神さん一辺倒」に対する反動かも知れません。人間の理性だけで世界の全てを知り得ると信じたという事です。今で言う科学万能主義に近いでしょうか。日本の歴史のように「神さんも人間も、分からん事も分かる事も、まぁまぁエーグアイに」と穏やかには事が進みませんねぇ。。。

しっかし、20世紀になると、まず芸術家達が「理性だけで世界を探求するのは無理とちゃう?」と気付いて行動を興します。ヨーロッパを主戦場とした人類初の世界大戦を経て、「人間の理性」を信じきれなくなったという面もあるでしょう。例えば、ピカソら画家達はアフリカの芸術(アニミズム)に強い影響を受けました。これは実は画期的な事で、それまで西洋人はアニミズム的土着文化を低く見る(蔑視する)傾向が強かったからです。さらに、芸術家達は、理性を解放した無意識の世界を探求しようとする一大ムーブメント「シュールリアリズム」を興します。音楽では、「原始主義」と呼ばれたストラビンスキーの「春の祭典」が初演され、楽壇をセンセーショナルな賛否両論の渦に巻き込みます。ルネッサンス以来の「理性信仰」への挑戦あるいは否定ですからね。この反響は凄かったらしいです。僕達にもっと身近なところでは、ビトルズでもお馴染みの、東洋哲学への傾倒やドラッグの利用によるサイケデリック ムーブメントがありましたよね。

第二次大戦を経て、ちったぁ賢くなった?僕達現代人は、科学で全てを知り得るあるいは解決できるとは誰も信じていませんよね。科学はとっても分かりやすくて強力だけど、この世界を極めて「限られた」観点または断面でしか見れない限定的専用ツール群に過ぎません。あ、と脱線しそう。。。。今回はジャズまで辿り付けそうにありませんね。

今回の結論として、
- 西洋音楽はキリスト教に深く根付く「天」を指向する音楽である事
- 「天」へのアプローチにおいて「理性」に重きが置かれたという事(Scienceと同根)
の2点が重要かと思います。

さて、次回はいよいよジャズにアプローチを試みます。
西洋音楽が「天」を指向するのに対し、ジャズは「地」を指向する。というオハナシになる予定です。オッタノシミに!

追記
ここに書いてある事は、まず何よりもビトルズ以来様々なジャンルの音楽を聴いてきた僕自身の実体験に基づき、「キリスト教」「西洋史」「芸術史」に関する僕の広くボンヤリとした頼りない知識から総合的に(半ばファジーに、直感的に)導きだした洞察です。正確性を期していません(学術的な裏を取っていない)。鵜呑みにせぬよう、お願い致します。クレグレモね。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月07日 (月) | Edit |
今回からシリーズで、ジャズについて僕の思うところを全く独断的に書いてゆきたいと思います。

JAZZって、「取っつきにくい」ジャンルですよね。

大学生の頃、ジャコの参入で次作が注目されていたウェザーリポート(以下WR)が、いきなり Heavy Weather (1977)の1曲目 Bird Land でジャズ曲としては異例の大ヒットを飛ばしました。ジャコ得意のハーモニクス奏法によるポップな導入部が印象的なこの曲は、後にマンハッタントランスファーによるカバーが再び大ヒットした事から、ご存じの方も多いと思います。

当時流行中のいわゆる「ヒュージョン」をよく聴いていた友人が Bird Land を聴いて、WRをヒュージョンバンドだと勘違いし、聴いてみたいというのでテープを数本貸してあげた事があります。その友人の感想は「Bird Land 以外はヨーワカラン。。」でした。「ヨクワカラナイ」はジャズを聴き慣れていない人達の典型的な感想だと思います。同じフレーズがひたすら繰り返され、アフリカ人が槍を持ってピョンピョンしてるみたいな音楽やねぇ。。というのが彼の感想。

(余談: WRやジャコの作品をフュージョンとかクロスオーバーのコーナーに置いているレコード店がよくありました。しかし、僕に言わせれば、WRはマイルスの探求を継承する真正ど真ん中の「ジャズ」に他なりません。僕は何を以て「ジャズ」と呼んでいるのか。。。このへんも、今回のシリーズで追究してゆきたいと思います)

その他にも、僕の下宿に来た友人達にジャズを聴かせてみると、やはり「ヨーワカラン」を筆頭に、「なんかネクラ」「繰り返しばっかり」「トムとジェリーのドタバタシーンの音楽みたい」等、全く芳しくありませんでした。

かくいう僕だって、中3の時にビトルズ以外にスンゲー音楽はないものかと、とりあえずエアチェックしたマイルスの Kind of Blue を聴いてみたわけですが、最初の印象はやはり「ヨーワカラン」でした。その頃既にベトベンを中心にクラシックも聴き始めていたのですが、ジャズは聴き所が全く違うように思えました。

しかし、「ヨーワカランけどナンカアリソー」という気がしたので、オベンキョ中にラジカセで繰り返し繰り返し聴いているうちに、ジャズの「鍵」が突然ガチャと開いて、以後ジャズが最もお気に入りのジャンルになったという経緯は、当ブログで再三ご紹介した通りです。

ジャズというのは、僕達が子供の頃からTVで慣れ親しんだ音楽や、学校の音楽の授業で歌ったり演奏したり鑑賞させられてきた音楽とは、根本的に何かが違います。コイツを根っこから血肉として楽しむには、何か別の「鍵」が必要だという事です。

さて、何が「違う」のでしょうか?

次回に続く。。。オッタノシミニ!

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月06日 (日) | Edit |
高校時代からの愛聴盤シリーズ最終回として、今回はビリー ハーパーさんの Loverhood というナイスな作品をご紹介します。全曲ガッツリ聴かせてくれる充実した作品ですが、特にB面に1曲だけ収められた「ソーラン節」が最高にイケテマス。

Loverhood (Soran-Bushi, B.H.) (1977)
SoranBushi.jpg

ビリーさんはポスト コルトレーンの硬派サックス奏者として当時期待されていました。ジョンさんに負けず劣らずとても真面目で誠実なビリーさんは特に日本で人気があり、本国よりも先に日本で注目されたと記憶しています(例によって頼りない記憶ですが)。このアルバムも日本の DENON レーベルからリリースされています。

そのように日本に縁の深いビリーさんならではの「ソーラン節」です。例によってFMで聴いて、レコード屋さんに駆けつけました。日本のジャズファンなら、このソーラン節は必聴ですよ。ビリーさんの「ヤサエーエンヤー、ドッコイショ」のかけ声も微笑ましい。

このように非常に貴重な作品なのですが、なかなかCD化されず、この1枚のためだけにレコードプレーヤを買おうかと考えた程です(でも邪魔だし。。)。当ブログのコチラの記事(2009年6月)でも、この事をぼやいています。これが奏功したのか? 同年11月に日本コロムビアからHigh Quality CDの形態で発売され、僕は2010年12月にHMVで購入しています。あーなんと長年にわたって待ち望んだ事か。。。。しかし、このCDも現在は販売されておらず、入手は困難かもしれません。ナンデヤネンと言いたい。

ソレヂャァあんまりだと調べてみたところ、iTunes Storeからダウンロードできる事が分かりました(1,500YEN)。「ラヴァーフッド」で検索してください。試聴もできますよ。どこぞのハイレゾ屋でも扱っているかも知れません。オンシツを気になさる方は探してみてください。

amazonでは高値でCDが取り引きされているようです


という事で、ハチマル愛聴盤ご紹介シリーズは今回をもってオッシマイ。相変わらずオヂオネタは無いし。。。ドシタモノカ。。。

追記
今後の音楽配信はCD販売からダウンロードへと急激に移行して行くのでしょうが、その際、このアルバムのような貴重な作品が抜け落ちたりせぬよう切に願います。これからの配信会社には、殆ど売れないようなマイナーな作品でも提供し続けるという態度が望まれます。商業主義の前に音楽文化への敬意と愛情が疎かにされてはナリマセヌ。それが企業としての社会的責務というものでしょう。

全人類にとっての宝物であるアーチストさん達の貴重な行為の記録を、営利主義の下に雲散霧消させてはナリマセヌ。レコードが発明されて以来世に出された膨大な音楽作品を、国際的な非営利団体が系統立ててアーカイブ化する事が必要な時期に来ているのかもしれません。まぁ、僕なんかが心配するまでもなく、既にそのようなプロジェクトが始まっているのかも知れません。そうであって欲しいと願います。


お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月05日 (土) | Edit |
今回のハチマル推奨盤は、あのジョン コルトレーンさんの作品です。

ウルトラ級の名盤がずらっと並ぶジョンさんの作品群の中では目立たない存在かと思いますが、とても味わい深い一枚としてお薦めします。

Duke Ellington & John Coltrane (1964)
Duke Ellington John Coltrane
デューク エリントン(65才)とジョン コルトレーン(38才)の共演作です。

エリントンさんは当時の多くのジャズマンから偉大なる先達として深く尊敬され敬愛されていたようです。プロ野球界の王・長嶋のような存在であったのかもしれません。そしてジョンさんもただならぬ尊敬の念をお持ちであったのでしょう。

緊張と嬉しさでジョンさん昨晩は一睡もできなかったんじゃないの?と想像してしまうほど直立不動最敬礼の粛々としたジョンさんの演奏からは、彼のエリントンさん(すなわちジャズそのもの)に対するどこまでも真摯な態度と微笑ましい師弟関係のようなものが強く感じられます。うまく言えませんが、師弟のプライベートな会合を、遠目にそっと覗かせてもらって、エーモン見せてもらいましたぁ。。。的な感じ。。かな。

最近は、今まで敬遠しがちであったジョンさん最晩年のアッバンギャルドなヤツを集中的に聴き直していますが、たまにこのアルバムを聴くと、なんだかホコホコして自然と微笑んでしまいます。良い作品です。

このアルバムも高校時代に購入しました。
当時からヒヨロンカの推奨盤というのにあまり頼らず、通常はFMでエアチェックして本当に良いと思ったレコードだけをポチポチと買い集め始めていました。まだ2枚かそこらしか持っていなかった頃の事だと思います。たまたま臨時収入があり、特にそのようなお目当てもなくレコード屋さんへ行って、当時の僕でも聞き知っていた2つのビッグネームが並んでいるという全く幼稚なお買い得感でこのアルバムを選んだ事を覚えています。僕にとっては、これが最初のコルトレーン作品でした。

マイルスのKind of Blueでジャズを聴き始めたばかりの僕でしたが、コルトレーンという名前からは相当にガッツリ来る演奏をなんとなく期待していました。ですから、オウチに帰ってホッコリホンワカなこのアルバムを聴いてみて随分ガッカリ。やっぱり少しはジャズ雑誌で情報を仕入れないと駄目かと、その後本屋で立ち読みして、次のお小遣いで「至上の愛」を買ったのを覚えています。こいつはガッツリですからね。

しかし、その後様々なジャズを聴いて歳を重ねるにつれ、この作品を好んで聴くようになりました。今では大の愛聴盤です。ジャズを一通り聴き込んだアッダルトな貴兄に如何でしょうか?

amazonでおっ買い物


追記
社会人になってから、それほど多くないLPと莫大なテープコレクションのCDへの移行を進めたわけですが、その際にコレクションを大幅に絞り込みました。それが現在のコレクションの母体です。今までにご紹介した推奨盤はどれも最初期にCDへ移行した物ばかりです。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月04日 (金) | Edit |
今回はチャーリーヘイデンさん(ベース)の Closeness という、とびっきり素敵なアルバムをご紹介します。これも高校時代からの愛聴盤です。

Closeness (1976)
Closeness 1
このアルバムは、僕のお気に入りベーシストの一人であるチャーリー ヘイデンさんが、親交の深かった4人のジャズプレーヤを招いて録音した4つの珠玉のデュオ曲が収められています。ヘイデンさんはオーネット コールマンさんの作品にも参加していたフリージャズ系のベーシストです。

1曲目がキースジャレット(ピアノ)、2曲目がオーネット コールマン(アルトサックス)、3曲目がアリス コルトレーン(ハープ、あのジョンさんの奥さん)、4曲目がポール モチアン(パーカッション)とのデュオ。

どの曲も、フリーなジャズを通してお互いに深く打ち解け、理解しあい、心を開いた本当に素敵な会話のように聞こえます。このアルバムを聴くたびに、僕も楽器を演奏できたらナァ。。。と思ってしまいますよ。クソ。

2曲目以外は、全体的に静かでしっとりとした対話です。ジャズには聞こえないかもしれません。素敵な音楽。。。イージーリスニングあるいはBGM的に聴く事もできますので、ジャズが苦手な方にも是非聴いて欲しいですね。

2曲目のコールマンさんとの対話は、あの怒濤の60年代を共に駆け抜けたジャズ仲間同士が久しぶりに顔を合わせて、ジャズ談義に花を咲かせているといった感じで、ジャズ(特にフリージャズ)を聴き慣れていないと辛いかもしれません。僕にとってはこの曲が一番聴きごたえがあります。

高校生の時に、FMでA面の2曲(だったと思う)がオンエアされたのを聴いてすっかり気に入ってしまった僕は、翌日学校の帰りに阿倍野から心斎橋へと大きなレコード屋さんを巡って、やっと輸入盤を見付けたという、思い出深いアルバムです。ラジオで名前をよく聞き取れなかったので苦労しましたが、ジャケを見た瞬間にきっとコレだ!と分かりました。

オリジナル盤のジャケットは、雰囲気が内容と良く一致しており、A day in the lifeに次ぐ僕のお気に入りデザインだったのですが(上の写真)、CD盤にはガッカリさせられます(下のamazonリンク)。LP好きの方はLP盤を探してみてください。ジャケも含めて本当に素敵なアルバムです。これからの季節、静かな夜に、控えめの音量で楽しむのも味わい深いと思いますよ。久しく合っていない旧友に合いたくなるかもしれません。

amazonでおっ買い物


追記
当時、レコードを買ったら親父のスッテレオからカセットにダビングして、大概は自室の語学学習用ラジカセで聴いていたわけですが、今から思うと、よくそれでベースラインを聴き取れたものだと我ながら感心します。本当に夢中になって、本当に「音楽」(オトではない)に集中すれば、オンシツや周波数特性なんて大した問題では無いのかもしれません。脳内イコライザかな。

ツベコベ抜かさず、そこに「アルモン」を相当な集中力で一生懸命に聴き取ろうとしていたんでしょう。若いって素晴らしいなぁ。。中2の頃にあんなに欲しかったオヂオコンポにも全く興味が向かわず、とにかく世の中に出回ってるスンゲー奴らの作ったスンゲー音楽をできるだけタクサン見付けて聴いてみたかったんだよね。

でもね、あの当時の僕の机の上にケロ君がチョコンと居てくれたら、どんなにか良かっただろう。。。と思います。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月03日 (木) | Edit |
ハチマルお薦め盤の第2弾はジョージベンソンさんの作品です。これも高校時代からの愛聴盤。

前記事で紹介したウェスさんのA day in the Lifeと同じくCTIレーベルのイージーリスニング シリーズです。
ウェスさんのシリーズは好評だったみたいで、CTIは大いに期待していたようですが、1968年6月にウェスさんが急逝し、そのピンチヒッターとして起用されたのがジョージベンソンさん。。。というのが僕の頼りない記憶です。

ベンソンさんは前年にマイルス初の電化作品 Miles in the Skyに参加しています。ベンソンさんといえば、あの大ヒット作 Breezin (1976)のソフト&メロー路線のイメージが強いですが、元は真正ジャズ畑のギタリストさんです。

The Other Side of Abbey Road (1969)
51HLmyR0DpL__SL500_AA300_.jpg
このアルバムは1969年にリリースされたビトルズのAbbey Roadをアルバムごとカバーしています(ただし全曲ではなく曲順も異なる)。ジャケ写真もさりげなくカバーしてますね。

A day in the lifeもサージェントペパーのリリース直後に制作されましたが、このアルバムもオリジナルのリリース後極めて短期間で制作されたようです(なんと1月後のリリースという情報もある)。オリジナルがヒットチャートでホットなうちにカバーしてしまうというA&Mの戦略でしょうかね。。。

内容はA day in the lifeと同様に、とってもハイクオリティで洗練されています。超一流ドコロを集めたゴジャスなバックと、ハイセンスなアレンジ。。。手抜きは一切アリマセヌ。真正プロフェッショナルなオシゴトです。惜しむらくは、全曲でたった32分しかない事。ベンソンさんのギターとボーカルそして最強のバックを夢中になって楽しんでいると、あっという間に終わってしまいます。エ? これでオシマイ?という感じ。とにかくリリースを急いだのかもしれませんが、この点は惜しまれます。オリジナルを完全にカバーして欲しかったナァ。。。とツクヅク思いますよ。

ベンソンさんと言えば、ギターとボーカル(スキャット)のユニゾンが超エー感じなわけですが、このアルバムでは I Want You でしか聴けません(しかもスキャットではない)。元々オリジナルでジョン君がギターとユニゾンで歌っており、それをカバーしたのがきっかけで、後のベンソン スタイルに発展したのではないか?と勝手に想像しています。どでしょうかね? ベンソンさんがボーカルを吹き込んだのもこのアルバムが初めてという情報もあります。その後のベンソンさんに大きく影響した作品と言えるかもしれません。

ボーカル入りのベンソンさんのギターは大好きなのですが、どうも作品に恵まれないように思います。良いプロヂューサに巡り会えなかったのでしょうかね。惜しい。。。結局、このアルバムが僕にとってのベンソンさんベスト作品です。

前記事のA day in the Lifeと同様、ジャズに馴染みがない方にも聴きやすいと思います。特にビトルズファンにはお薦めします。高度に洗練されたジャズの真髄をビトルズ ナンバーでたっぷりとお楽しみくださいませ。

amazonでおっ買い物


お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月02日 (水) | Edit |
オヂオねたも尽きそうなので、僕のCDコレクションの中からお気に入りをピックアップして紹介してゆこうと思います。
誰もが知っている名盤を紹介してもツマラナイので、あまり知られていないかもしれない盤を中心にご紹介できればと思います。

第1弾はウェス モンゴメリーさんの
A day in the life」(1967)です。
552.jpg

これは高校時代からの愛聴盤。結婚式の披露宴でのBGMにも使いました。
僕が自信をもってオススメする名盤中の名盤です(って結局名盤やん)。

ストリングの入ったいわゆる「イージーリスニング」風の作品ですが、素晴らしく洗練された編曲と演奏をバックに、最初から最後までウェスさんの超カッチョイー オクターブ奏法を堪能できます。僕なんか、お気に入りのフレーズのところでは、相変わらず毎回ウヒョヒョヒョーとなりますもん(30年以上ずっと)。

ウェスさんの普通のジャズ盤だと、ソロはお決まりの順番ずっこでしか聴けないので、ちょっと物足りなく感じるのですが、このアルバムでは最初から最後まで堪能し尽くす事ができます。バックには当時マイルス黄金Qで大活躍中のロンさん(EB)とハビさん(EPf)も参加しています。

タイトル曲はご存じビトルズの名曲ですが、サージェントペパーのリリースが1967年6月ですから、速攻でカバーしたという事でしょうね。他に Eleanor Rigby もカバーしています。

そして、ジャケ写真!
僕がベスト レコードジャケット賞を選ぶなら、間違いなくコイツがグランプリです。これはLPで欲しいかも。もちろん最初に買ったLP盤もオウチのドコカに大切に保管?してます(どこだっけ?)。

ジャズファンにもジャズファンでない方にも楽しめるのではないでしょうか。
また、これからジャズを聴いてみたいなと思われる方にも良いかもしれません。イージーリスニング風で聴きやすいですが、僕に言わせれば正真正銘真正のジャズです。ジャズのオイシーところをタップリと堪能して、ジャズへの扉をガチャっと開けてくださいな。

amazonでおっ買いモノ


お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年02月28日 (木) | Edit |
前の記事からの続きです。

70年代に入ると、とたんに僕のジャズ コレクションは寂しくなってしまいます。ウェザーリポートとジャコが中心。他にはキースジャレットしか居ません。

history 3 copy
1970~1981:
'70、4月にビートルズが解散。華の60年代もオッシマイ。ジミさんは新バンドBand of Gypsysを結成するもすぐに解散(僕はこのバンドが好き)。この年9月に急死。デビューしてたったの4年でした。ギルエバンスやマイルスとの共演の計画もあったそうで、本当に惜しまれます。ジミさんを真に高く評価したのはジャズ ミュージシャン達でしょう。僕の中でもジミさんはロックではなく「ジャズ」に分類されます。この年、サンタナのAbraxasが大ヒット。

'71、ウェザーリポートが1stアルバムをリリース。以後'70代のジャズ界をリードし続けます。僕には、マイルス自身の電化作品よりも、ウェザーリポートの方がマイルスがNefertiti(1967)までに成し遂げた事を正当に継承しているように思えます。ドン・チェリーの作品が2枚。70年代に入ると、僕のライブラリからオーネット・コールマンが全く消えてしまいます。

'72、チックコリアのReturn to Forever。これはヒットしましたね。当時のFMでも盛んにチックコリアを流していましたが、僕には全くピンと来ず、この1枚しか持っていません。ヒュージョンとかクロスオーバーとかがもてはやされた時代でした。しかし、僕に言わせれば、ウェザーリポートは断じてフュージョンではなく、マイルスを継承する真正ど真ん中のJAZZ以外のナニモノでもありません。

'73、ピンクフロイドの大ヒット作「狂気」がリリースされています。

'75、ジャコが衝撃のデビュー!!!自身のデビューアルバムよりも先にパット・メセニーのデビューアルバムに参加しています。キース・ジャレットのケルンもこの年。
'76、ジャコがウェザーリポートBlack Marketの一部の曲に参加!デビュー後すぐに当時最強最高のバンドにいきなり加入です。実力からして全く当然ですが。。。この年、ジャコはヨーロッパのジャズフェスにも出演しています。世の注目が一気にジャコに集まりました。ジョージ・ベンソンのBreezinが大ヒット。ソフト&メローがもてはやされました。
'77、ウェザーリポートのHeavy Weatherが大ヒット。ジャコのベースに酔いしれました。イェイ、ジャコ!ウェザーリポートの新譜がもう待ち遠しくて待ち遠しくて。。。
'78、ウェザーリポートのライブ盤8:30。ジャコの参画によって、ウェザーのライブに来る観客層が一気に広がったそうです。
'79、ジャコはジョニ・ミッチェルのMingusに参加します。トニさん、マクラフリンといったマイルスゆかりの大御所との共演も録音されています。

ウェザー+ジャコ一色の70年代が終わり、80年代はさらに寂しく。。。

'81、ジャコが2ndアルバム、悪魔の傑作と言われたWord of Mouthをリリース。エレキ/アコースティック、ジャズ/ロック/クラシックが混然一体となったホンマのヒュージョン(融合)です。僕が最後に買った新譜LPでもあります。当時僕は、いきなりコンナモン作ってしもたら、この後ドナイスンネン、ジャコ?と一抹の不安を覚えました。

History 4 copy
History 5 copy

'82、僕の心配を他所に、ジャコが超ゴージャスなビッグバンドを引き連れて来日。未だに1曲目Invitationのエンディングと聴衆の大歓声には鳥肌が立ちます。この瞬間、ジャコはやりたかった事を全部やってしまったのじゃぁないかと。。。日本ツアー中にジャコの挙動がおかしくなり、結局ジャコが残した正式な作品はこのライブ盤を入れて3作品のみ。この後悲惨な破滅に向かいます。

'86、ジャコの死。死後、海賊版的な音質劣悪(ステレオ ウォークマンで録音とか)ライブ録音が多数出回ります。僕も沢山持っています。このへんはジミさんと同様ですね。僕は'85年に就職し、音楽どころではなくなり、世は大バブル時代に突入。。。

ジャコの死によって、僕にとってのジャズはオッシマイ。以降、ジャズは全くツマラナクなります。全くツマラナイ。ホンマニツマラン。。一時期、スティング、U2、トーキングヘッズあたりを良く聴きましたが、今さら聴き直す気は余りしません。バブル以降、音楽全体が全くツマラナクなったような気がする。

最近は、唯一、マドンナだけをリアルタイムで追いかけています。彼女は本当によく頑張っていると思う。僕よりも1才年上。最後まで応援するぞ。オイラもまだまだ頑張らないとね。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年02月27日 (水) | Edit |
今回はライブラリを時系列にざっと並べてみました。

アルバムによってリリース年のもあれば録音年のもありますし、死後にリリースされたベスト盤や発掘盤もありますので正確ではありませんが、時代の流れをざっと掴むには十分だと思います。

history1 copy
1950~54:
50'の「クールの誕生」から'69のBitches Brewまで、まるまる20年間マイルスは常にジャズ界の中心的存在であったように思えます。正に帝王!モンクはやはり50年代まででしょう。

1955~1959:
50年代後半から僕のライブラリが一気に増えます。モンク、マイルス、ミンガスが中心ですがロリンズのSaxophone ColossusとチェンバースのBass on Topもお気に入り。そして僕が生まれた1959年にはマイルスのKind of BlueとコルトレーンのJiant Stepsが発表されます。僕はこれ以前のコルトレーンには興味がありません。そしてオーネット・コールマンとウェス・モンゴメリがデビュー!いよいよ華の60年代の到来です。

1960~1964:
僕のコレクションではマイルスとコルトレーンを中心に、オーネット・コールマンが重要な位置を占めています。'60にセシル・テイラーが早くも過激なフリージャズをリリースし、ドン・チェリーとコルトレーンによるその名もThe Abant-Gardeもこの年です。ジャズ界はかなり過激に進んでいたようです。ロック界では、やっと'62になってBeatlesが拙いLove Me Doでデビュー!その後の進化は凄いですが、ジャズ界に比べるとロック界の文明開化は随分遅れていたように見えます。'64年にはコルトレーンがA Love Suprime、マイルス黄金5がライブ盤を2枚リリース。

history2 copy
1965~1969:
'65年、マイルス黄金5が初のスタジオ録音盤E.S.Pをリリース。僕的マイルス絶頂期の始まり。コルトレーンはアバンギャルドなAscessionをリリースしてフリー化を強める。この年、どちらも大きな転機となるアルバムをリリースしたワケですが、片やフリージャズへと進み、片やより統制/ソフィスティケートさたスタジオ録音へと進みます。方向性が全く対照的なのが興味深いですね。フリーの大御所オーネット・コールマンのGolden Circleもこの年。

'66には、ビートルズがRevolverをリリースし、この年の夏を最後にライブ活動を止めてスタジオで実験的な作品を作り始めます。僕的ビトルズ黄金時代の到来です。アバンギャルドの旗手セシル・テーラーが代表作Unit Structureをリリース。コルトレーンが来日。

'67年、マイルス黄金5は最後の非電化作品Nefertitiをリリース(これがマイルスの最高傑作だと思う)。コルトレーンがこの世を去る。ビトルズがあのSgt.Pepper's をリリース、ジミさんがデビュー!ピンクフロイドもこの年に1stアルバムをリリース!ロック界が一気に凄い事になり、ジャズ界がリードしてきた先進/尖鋭化の流れはロックへと向かうかのように。。ジャズ界はあせり始め電化へと。。。僕の大好きなウェス・モンゴメリA Day In The Lifeもこの年。Stg.Pepperがリリースされた同年にその中の曲をカバーしています。

'68年にビトルズの白、ジミさんのElectric LadyLand、そしてマイルス初の電化作品Miles in the Sky。マイルスは以後ロックに対抗すべく電化を強力に推し進める事に。。。ドン・チェリーが意欲作Muを発表。ウェス・モンゴメリが急死。コルトレン、モンゴメリと続けて失ったジャズ界はさぞショックだったでしょうね。なんか、ジャズの衰退/ロックの隆盛を象徴しているようにも見えます。

'69にマイルスは2つの電化作品In A Silent WayとBitches Brewをリリース。僕にとってのマイルスはここでオッシマイ。ビトルズはAbbey Roadをリリースして破滅へと向かう。この年、ジャコのプロバンドでのパフォーマンスが記録されています。当時18才。トニさんは18才でマイルス黄金5に加入しています。ジャコがマイルスの電化作品に参加していれば。。。。ジャコの若いエキスをジュルジュルと吸って若返ったマイルスが70年代もリードしてたりして。。。。なんて思ってしまうのは僕だけでしょうか。マイルスが求めた答えの半分は、ジャコにこそあったと思うのデスヨね。

疲れたので今日はここまで。

いやぁ、しかし60年代はジャズもロックも本当に充実していますね。これじゃぁ、レコード代がいくらあっても足りません。新譜、新人、新コンセプトの嵐。変化、進化、激化のルツボ。かなり難解でアバンギャルドな作品でもマーケットで受け入れられていたのですから、聴衆が求めるレベルも相当に高かったのでしょう。今の状況からは考えられません。その頃アバンギャルドやサイケに狂った人達は、今何を聴いておられるのでしょうか??それとも、あれは単なる時代の雰囲気だったのでしょうか?僕はまだ小学生。あと10年早く産まれたかったとツクヅク思います(団塊世代が羨ましい!)。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年02月26日 (火) | Edit |
iTuneライブラリがやっと完成しました!

結局全てAppleロスレスで圧縮しました。WAVに比べてサイズが約1/2+α程度に縮小されるため、iPodクラシック(実質140数GB)に全コレクションを納める事が出来ました。将来64GB程度のメモリ式iPodを使う場合は、同期の時に圧縮できます。

今回は我が家のアチコチに散在していたCDコレクションをかき集めて再チェックし、何枚かは追加でリッピングしました。コルトレーンのライブ盤が1枚見つかったのが何よりの収穫。あとはスティング、U2、トーキングヘッズ等ジャコの死後JAZZがあまりにツマラナイので80年代後半から90年代前半にかけてよく聴いたロック系のCDも一応追加しておきました。ジミさんを聴き始めたのもその頃です。

ビトルズを聴き始めたのが15才頃ですから、もうすぐ40年。ジャズを主に聴いてきましたが、大学時代の片っ端に聴いたテープコレクションからCDへの変換期に好みのアーチストさんが大幅に絞り込まれました。その後も引っ越しのたびにツマラナイCDを何度か捨てたりもしました(ジャケとかケースがボロボロなので売る事ができない)。そんなこんなで僕のCDコレクションは現在下図のような状態です。一部ツタヤさんでレンタルしたのもありますし、もう捨てよかな?と思ったツマラナイのも残っています。
itune1_20130226040732.jpg
itune2_20130226040736.jpg
itune3_20130226040740.jpg
itune4_20130226040744.jpg
itune5_20130226040749.jpg
なんだか嬉しいアートワーク。。
下の方は数少ないクラシックのCDです。その中でもベトベンのチェロソナタとバッハの無伴奏チェロ組曲が多くを占めています。その他ブラームスとかチャイコフスキーとかなんだかんだ定番物は持っているのですが(モーツアルトが一枚も無いのには驚く)、クラシックはタグのデータベース化が面倒クサイので止めました。まず聴かないと思います。
そして最後尾にベトベンのお顔がずらっと並びます。ベトベン全集を除くと269枚/10.4日/76.59GB(Appleロスレス)でした。ベトベン全集を含めた全容量は約90GBです。

以下、主立ったアーチストさん(ジャズ・ロック)をアルファベット順に挙げてみます(カッコ内はCD枚数)。

ビートルズ(8):全ての始まり、リボルバ~白が好き
ビル・エバンス(1):Walts for..がやたら人気なので買ってみた、普通のジャズ
ビリー・ハーパー(2):「ソーラン節」は長年の愛聴盤
セシル・テイラー(4):激アバンギャルドだけど聴いてしまう
チャールス・ミンガス(3):「直立猿人」だけでヨイカナ
チャーリー・ヘイデン(4):長年の愛聴盤「Closeness」だけでヨイカナ
ドン・チェリー(5):これもアバンギャルドだけど最近トッテモはまっている
ジョージ・ベンソン(3):好きなのだが良い盤が出ていない
ハービー・ハンコック(9):なんとなくタクサン持ってる
ジャコ・パストリアス(23):僕の永遠のヒーロー!
ジミ・ヘンドリックス(9):ジャコに次ぐヒーロー
ジョン・コルトレーン(9):どの盤を聴いてもズシッと充実!いや、サスガ
キース・ジャレット(8):今はケルンとバッハ以外あまり聴かない
マドンナ(8):今リアルタイムで追いかけている唯一のアーチスト
マリア・カラス(3):マドンナとカラスは僕のヒロイン
マイルス・デイビス(23):いやもう、黄金5時代はJAZZ全史中サイコー!
オーネット・コールマン(8):どの盤も満遍なくよく聴く
オスカー・ピーターソン(4):ツタヤに沢山あったので借りてみた、普通のジャズ
ピンク・フロイド(10):ロックでは一番聴き応えアリ
ポール・チェンバース(3):Bas on Topダケデヨイ
ロン・カーター(3):バッハしか聴かない
サンタナ(5):全部ツタヤ、Abraxasダケデヨイ
ソニー・ロリンズ(1):Saxophone Colossusしかないけど良く聴く
スティング(4):JACOの死後しばらく良く聴いた
トーキングヘッズ(2):同上
セロニアス・モンク(7):どの盤も良く聴く
U2 (4):Jacoの死後しばらく良く聴いた
ウェイン・ショータ-(5):なんとなく持っている
ウェザーリポート(14):文句なし70年代最強ジャズバンド(ヒュージョンじゃナイヨ)
ウェス・モンゴメリ(5):ジャズギタリストで一番好き!
ウィントン・ケリー(2):ツタヤで借りてみた、普通のジャズ
山下洋輔(3):トリオ時代のLPをデジタル化したいなぁ。。

酒場で聴くようなムーディーで瀟洒なジャズはCD化の際に除外されて殆ど残っていません。それと50年代のアドリブバトル系の多くも落ちてしまいました。残ったのは命削るような血マミレのドロドロだけど知的に洗練された60年代以降の俺様探求系という傾向でしょうか。女性ジャズボーカルは何枚か持っていますが殆ど聴きません。なんかエロくて脂っこくて取って喰われそうで嫌い。唯一例外はビリーホリデーのベスト盤。これは良く聴く。エロくないし大好き。

iPodのCover Flow画面
ipod.jpg
ボリュームのスライダをクルクルするとアルバムイメージがパタパタと変わります。レコード屋さんでジャケを見ながらLPを選ぶような気分。

絵(アイコン)で直感的に選べるアルバム アートワークは、見た目の楽しさだけでなく、予想以上に実用的効果が高い事を実感しました。単なるリストだとつい見落としがちなアルバムにも手が伸びて再認識したり、新しい発見があったりします。おかげでFrieveAudioは全くは使わなくなってしまいました。これからのオーディオシステムを考える上で、このようなソフトウェア(ヒューマン インターフェイス)面が非常に重要だと思います。もちろん基本中の基本の真面目な音楽再生クオリティがまず第一に重要なのは当然ですが、やたらコマケー表層的オンシツを追いかけマースよりも遙かに重要でしょう(それと、シツコイですが小型化とデザイン、価格もね)。音楽を楽しむための道具として、まだまだ洗練されるべきトコロは山ほどあると思います。

追記
さて、実験君を再開しないとね。。。腰が重い。。。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
2010年05月24日 (月) | Edit |
最近やたらと「癒し」という言葉が使われますが、ものすごーく違和感を覚えます。
あんまり「癒し癒し」と聞くとなんか「卑しく(賤しく)」と聞こえます。

「音楽を聴いて癒される」というのもよく聞きますが、これには腹立ちすら感じます。

天才達が命懸けで作り上げた作品を我々凡人が「ナグサミモノ」にするみたいで嫌いです。

人々が「癒し」をあまり必要としない世の中になって欲しいと思います。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます
にほんブログ村
テーマ:音楽的ひとりごと
ジャンル:音楽
2010年01月23日 (土) | Edit |
昨夕風呂に入っている時にぼーっと考えたこと。

例えば、生きているうちに帰れないかもしれない宇宙探査の旅に出るとして、厳しい持ち込み制限のためにCD10枚分の音楽しか持って行けないとしたら。。。。どれ選ぼう。。

まずベトベン様の交響曲全集で5枚。これは即決。指揮者とか誰でも良いけど、録音が良くて、ひたすら真面目にベトベン様を演奏しているやつ。。ブロムシュテット盤も良いけど、出航までに他のも探してみよ。。

マイルスからの3枚は外せないなぁ。E.S.P、Miles Smiles、Nefertiti。

あと2枚はジャコだよな。Word of Mouthと、あと1枚は悩むところ。。。。お誕生日ライブにするか、故郷のクラブでふらっと演奏したやつにするか、オーレックス ジャズフェス盤か。。

これだけあれば退屈はしない。ビートルズは脳内プレーバックすればよいし。。

皆さんなら何を選ぶかな?

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます
にほんブログ村
テーマ:音楽的ひとりごと
ジャンル:音楽
2009年02月15日 (日) | Edit |
プロフィールに敬愛する音楽家として、ジャコパストリアス、ベートーベン、ビートルズ、マイルスデイビスと書いてあるんですけど、ジャコを除いてはどれも各ジャンルのキョジンタイホータマゴヤキ的超メジャーなのに今更気がつきました。

ことジャコパストリアスに関して僕は冷静に語る事ができないので置いておくとして、クラシックのベートーベン、ロックのビートルズ、ジャズのマイルスデイビスて、めちゃベタのメジャーど真ん中ですね。いやはや。

でもこれが音楽を聞き始めてから30年以上経った今現在の僕的な格付けの結果です。好きとか嫌いとかを超越して横綱的にダントツ凄いと思う音楽家達です。その他あまたの音楽家達は僕の中では大関クラス以下に格付けされます。

そういう人たちの名前を出しといてちょっとおこがましいですが、僕も写真という媒体を通して世に作品を出すという行為を、まあレベルはどうあれ四苦八苦しながらやっています。そこで思うのですが、自分の内奥へ深く沈潜してゆく行為と、そこから汲み取ったモノを外界へ向かってオープンに伝える行為(すなわちコミュニケーション)の両方を高いレベルでバランスさせる事ができれば、優れた作品ができるんだろうな、と。簡単に言えば深い精神的営みとポップさの両立という事でしょうか。

前者だけでは難解過ぎて広く受け入れられず忘れ去られるでしょうし、後者だけでは単なる流行で終わってしまうでしょう。人類に与えるポジティブな影響の総量(歴史的な積分量)は両者のレベルと絶妙なバランスによって決まり、その総量がすなわちそのアーチストの偉大さすなわちメジャー度に対応するという考え方になるでしょうか。

マイルスというよりはジャズというジャンル自体が歴史的永きにわたって真にメジャーたり得るか、にはやや疑問を感じますが、ベートーベンとビートルズに関しては僕は確信しています。

現代アートとか現代音楽を見るにつけ、やはり真のポップさ (見かけポップをうたう風潮はありましたが) の欠如ではないかと感じます。僕が生きている間に真に偉大でポップなアーチストあるいはムーブメントの到来が再びあるのでしょうか。それとも、その末期だけでもリアルタイムで体験できた幸運をただただ喜ぶべきなのでしょうか。

にほんブログ村 PC家電ブログ ピュアオーディオへ
にほんブログ村
テーマ:音楽的ひとりごと
ジャンル:音楽
2009年02月05日 (木) | Edit |
今までどんな音楽をどんな風に聴いてきたのか、ちょっと自己紹介させてください。

基本的にオーディオ マニアではありません。
中学生の頃から「トランジスタラジオで聞いてもベトベンはベトベン、JBLパラゴンで聞いてもヒロミ○”ーはヒロミ○”ー」がモットーです。必要以上には音質にこだわらず、いつでも聞きたいときに快適に音楽が聴ける状態であれば良いかなと思います。演奏者なり作曲家なりの極限的な精神状態 (きっとその瞬間天国とつながっていたであろう極めて精妙で幸福な状態) とシンクロできた時に大きな喜びを感じますが、音質が良い方がより多く感じ取れるか?といえば僕の場合はそうではありません。逆に完璧なリスニングルームの真ん中に置かれたソファに座ってコンサートホールと同じ音量で超リアルな再生音を聴かされても全然トリップできないでしょう。

さて「どんな音楽を聴いてきたのか?」ですが、
音楽を真剣に聴き始めたきっかけはご多分に漏れずビートルズです(中3の頃)。それまでエンジニア志望のゴリゴリ理系少年だった僕に全く違う方向の世界の見方を教えてくれました。ビートルズは本当に集中的に聞きました。僕の世界観を2倍に拡げてくれた大きな存在です。その後その他のロックには大した興味が持てず、マイルス→ウェザーリポート→ジャコパストリアスという僕的メインストリームを中心にジャズを多く聞きました。マイルスは当時既に休止状態だったと思いますが、ジャコ参入の頃のウェザーからはリアルタイムで追いかける事ができました。ウェザーの大阪公演で生ジャコを聴く事ができたのが何よりの思い出です。
父親がクラシック好きだったのでクラシックのレコードも片っ端から聴きましたが、その頃からベトベンが圧倒的に好きでした。ベトベンて最高にエエオトコだったのではないかと思います。どういう訳かモツァルトは全然感応できなくて今でも1枚も持ってません。

音楽の嗜好はその頃からほとんど変わらず、今でもその頃聞いていた音楽を繰り返し聞いている状態です。ジャコの死後ジャズは全くつまらなくなったし(ジャズってもはや死語?)、ロックなんか相変わらずビートルズ以外真剣に聞く気がしないし、誰か命懸けの音楽を聴かせてくれ!!と叫びたいです。

学生の頃の音源は専らFMのエアチェック (これは確実に死語) と親父のレコードでした。余程気に入らない限りレコードは買いませんでしたし、レコードを買っても実家のしょぼい4CH!ステレオでカセットに録音してラジカセで聞いていました。下宿の枕元においたステレオラジカセを寝ながら聞いていた時がイチバン音楽でトリップしていたと思います。

社会人になってからはパイオニア製のシステムコンポ(両親が就職祝いに買ってくれた)、SONY製のスピーカー一体型CDプレーヤ、そしてDENON製のミニコンポと、まあ聴ければ良いという程度のものでした。SONYの一体型が一番愛用したかな。このモデルは定価の半額くらいで買ったのですが、生産終了後に人気が出てプレミアが付いてた、とかプロがスタジオでモニタに使用していたらしいとか最近知りました。よくある話ですよね。ホンダのFTR250みたいなもんですか。

にほんブログ村
にほんブログ村 PC家電ブログ ピュアオーディオへ

ランキング参加中
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用