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2011年07月30日 (土) | Edit |
ベト5のスペクトルをニンゲンの等ラウドネス特性で大まかに補正してプロットしてみました。大ざっぱに言えば、ニンゲンの耳には低音が聞こえ難いという特性を補正して、実際に耳で知覚しているスペクトルがどのような形になるのかを極簡単に求めてみたという事です。
ベートーベン交響曲第5番第1楽章(ブロムシュテッド盤のみ)
bet5 copy
緑が40Hzを基準に補正した特性です。ホール中央席付近で聴いても、CDを真っ当にフラット再生しても、ニンゲンの耳にはこのように聞こえるという事です。40Hzと10kHzの間でカマボコ型になっている事がわかります。例の「40万ヘルツの法則」に従って40Hzから10kHzまでフラットに再生できれば、このカマボコを低音/高音バランス良く再生できると言えます。

他のジャンルの曲も調べてみました。

マイルスのRiot
Miles Riot copy copy
ベト5と同じように、40Hzと10kHzがほぼ同じレベルに聞こえ、やや右下がりですが約60Hz~約8kHzがほぼフラットです。

マドンナのBad Girl
Madonna Bad Gir copy
補正しても40Hzの方が10kHzよりも6dB以上高くなっています。流石ズンドコ。。40Hz~約10kHzを直線で結ぶと、右下がりながらもほぼ直線的である事がわかります。この帯域をほぼいっぱいに使っているという事です。欲を言えば30Hz~13kHzの再生帯域が欲しくなります(青の直線)。時代が進むにつれて音楽が広帯域化していると見えなくもないですね(電子楽器はいくらでも帯域を延ばせる)。。もっとサンプル数を増やさないと定かな事は言えませんが。。

サンプルは少ないですが、今回の結果を見る限り、西洋音楽は「耳」で聴いた時に低音と高音がバランス良く聞こえるように、左上がりの(低音が大きい)スペクトルになっていると考えられなくもありません。また、ジャンルを問わず、40~10kHzというのが主要帯域であると考えても良さそうです。このバンドをビシッと位相の乱れなく正確に再生する事が、音楽再生における第一の基本課題であると言えるのではないでしょうか。

フラットに再生するというのは「ドン・シャリ」に再生するのとは全く異なります。低音を持ち上げるのではく、低域限界を下にフラットに伸ばしても決して「ドン」にはなりません。効果は意外と地味なのよ。シアター用の馬鹿低音とは全く別モノです。本来聞こえるべき音が聞こえるようになる、本来の音楽のフォルム(バランス、調和)が正しく耳に届くようになるというだけの事です。ソノヘン努々誤解なきよう。。。「ドン」にしようと思えば200Hz前後を持ち上げるヨロシ。

また、無響室で計測して40Hzまでフラットに再生する立派な特性の古典的大型スピーカーを何も対策していない普通の住居サイズのお部屋にぶち込んでも、定在波の影響でブーミーに聞こえる事が多いと思います。ましてや、とてつもない大音量で鳴らせば、ニンゲンのラウドネス特性もフラットに近付くため、さらに低音過多に聞こえるかもしれません。以前の記事に書きましたが、ホール中央席で聴くベトベン交響曲の最大音圧レベルは80dBAを大きくは超えません。装置単体の周波数特性だけでなく、部屋のサイズに見合った適度なリスニング距離(すなわち適度なSPサイズと低音増強)と適度な耳位置音量も音楽再生には重要なファクタであると言えます。

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2011年07月20日 (水) | Edit |
このブログで再三書いたように、僕がLEANAUDIOを始めたのは、携帯電話にフルトベングラのベトベン交響曲全集(とジャコ全コレクション)をコピーして、6000円くらいの低音がしっかりと出るカナル型イヤフォンで聴いた事が、そもそもの発端です。なにせ携帯電話ですし、圧縮データですし、録音も古いので「音質」的にはお世辞にも良い状態とは言えませんが、低音までキッチリと再生した交響曲を電車の中で聴いて、僕はしょっちゅう鳥肌を立てていました。それまでベトベンは、ピアノソナタとチェロソナタを聴く事が多く、交響曲はそれほど聴きませんでした。低音がしっかり再生できないと交響曲はそれこそ「ツマラナイ」からだと思います。低音までしっかりと聴くと、その楽しさが一気に増し、一時期は交響曲ばかりを聴いていました。

その後、まともなプレーヤーと1マンエンくらいのもう少し上等なカナル型イヤフォンを購入して、ジャズの全コレクションも聴き直してみて、低音再生の重要性を痛感し、今まで自分はマトモに音楽を聴けていなかった事を悟りました。ビシッと正確なタイミングの低音が聞こえるとタノシサが段違いなのよ。。。。(参考記事)。。

その頃所有していたのは、定価6マンエンくらいのDENON製CD/MDコンポ(13cm 2Way バスレフ)でしたが、それではカナル型イヤフォンで聴くような明瞭な低音が聞こえず、頭に来てSPを破壊したのがLEANAUDIOの始まりです。量販店のオーヂオコーナーで試聴させてもらったりもしたのですが、どうも僕が望む聞こえ方がしないのと、低音が出るヤツはやたらデカクて高価だし。。で、「可聴帯域の下限近くまで位相遅れなくフラットな周波数特性で」というやつの始まりですね。

今回は、ベトベン交響曲のデータを基に、そのへんについて考察してみます。

下は前の記事で紹介したCDデータと鎌倉のとあるホールの中央席で実測されたデータの比較です。
704_20110720064652.jpg
共にベトベン交響曲第5番第一楽章(CDはブロムシュテッド盤)ですが、楽団もホールも全く異なるにも関わらず、スペクトル形状は驚くほどよく一致しています(参考記事)。

下は、僕が所有する5枚のベト5第1楽章のCDデータのスペクトル分布です。
818.jpg
50年代に録音されたフルトベングラ盤から、今世紀に入って録音されたものまで、ライブ盤も含めて、非常に良く一致しています。つまり、誰がどこで演奏しようと、またCDを聴こうが(ただし真っ当なフラット再生が必要)ホール中央席で聴こうが、これがあの偉大なるオヤヂが書き上げた交響曲第5番第1楽章の全体的/基本的なカタチ「フォルム」だという事です。さすがにクラシック界はキッチリとした仕事してますね!

この「フォルム」全体を低域までキッチリと、そのカタチのまま耳に届ける事によって、交響曲を聴くタノシサが一気に高まるという事を、僕は携帯電話とカナル型イヤフォンを通して、齢50手前にして遅ればせながら劇的に体感したという事です。で、音楽を夢中で聴いた学生時代にせめてケロが欲しかったなぁ。。。となるわけです。

さて、以下、やや蛇足になりますが、なかなか興味深い事に気付きました。
上の図のピンクの太線は、ベト5-Iの平均的な基本フォルムを表しており、赤の直線は40Hz~10kHzの領域を表しています。この図から、40Hzの音の大きさは10kHzの音の大きさよりも30dB弱高い事が見て取れます。

下図のA特性(つまり人間の等ラウドネス特性)を見ると、40Hzと10kHzの感度差も約30dB弱である事が分かります。すなわち、ベト5-Iを聴いた時、ヒトの耳には40Hzと10kHzの音がほぼ同じ大きさで含まれているように聞こえるという事です。楽曲のスペクトル全体をラウドネス特性で補正すると、40Hzと10kHzの間でカマボコ型になるはずです。つまり、ニンゲンの耳にはそのように聞こえているという事です。というと、また勘違いされるかもしれませんが、「だから装置の特性もカマボコ型で良いのだ」というのでは決してありませんよ。フラットに再生して始めて「ホンモノ」のカマボコ型に聞こえるという事ですからね。そこのところ努々勘違いせぬようお願いします。フラットに再生したら「ドンシャリ」になるってな考え方は全くの根本的大間違いですからね。

698_20110720070814.jpg

これは、奇しくもオーディオ界でよく言われる「40万ヘルツの法則」(再生装置の下限周波数と上限周波数の積が40万であると、「音楽」がバランス良く聞こえるという説)に対応しているようにも思えます。単なる偶然かもしれませんが興味深いですね。

そこで、ブロムシュテット盤の第1から第9の第一楽章のスペクトルも調べてみました。
上から順番に1番、2番、、、、9番です。
LvB 1
LvB 2
LvB 3
LvB 4
LvB 5 copy
LvB 6
LvB 7
LvB 8
LvB 9

曲によって全体的な「フォルム」は結構異なりますが、40Hzと10kHzのバランスは、どの曲でも概ね近いと言えるのではないでしょうか。40Hzから10kHzまでフラットに再生できる装置であれば、ベトベン交響曲の「フォルム」の全体像あるいは全体構造を概ねバランス良く聴き取れると言えそうです。この説に従えば、もう少し裾野を両側に拡げて30Hz~13kHzが再生できればほぼ完璧と言えるかもしれません(僕には、いずれにせよ15kHzから上が全く聞こえないし)。根拠不明のヘンテコリンな「定説?」が多い中、この「法則」は本物かもしれません。これがベトベン以外の交響曲にも当てはまるのかどうか、興味深いところではあります。交響曲あるいはクラシックに限らず、ジャズでもロックでも、西洋音楽の全体構造(スペクトル)の重心は、我々がイメージしているよりも随分低周波数側にあります。。それだけ低域再生が重要だということです(参考記事)。この事からも、件の「法則」は妥当なように思えます。そのうち、イロイロな曲で検証してみますね。。。

さて、音楽に限らず、ゲージツ作品において、その全体的な「フォルム」あるいは「バランス」あるいは「調和」は非常に重要です。例えば、彫刻「ダビデ像」や「ミロのビーナス像」では、身長に対するオヘソの高さの比がほぼ黄金比に一致するというのは有名なハナシですね。作者が「黄金比」を知っていて意図的にそうしたのか、美を追究した結果タマタマそうなったのかは知りませんが、「美」にはそのような神秘的といっても良い「ヒミツの法則」が隠されていると言えます。日本語の五七調や、ブルースのコード進行、ソナタ形式などもその類ですね。理屈ではなく、ヒト(あるいは特定民族)が普遍的に「具合エーヤン」と感じるヒミツの法則があるという事です。ゲージツカは、時には意識的にそれを利用し、時には無意識にそのようなバランスを選択しています。それは「セカイノヒミツノカケラ」に通じるイチバン手前のドアだとも言えます。「音楽」は様々な「音」の要素で構築された、時間軸方向の変化によって表現される極めて複雑で高度な構造体です。そして優れた音楽作品の中にも、そのようなヒミツがふんだんに隠されているはずです。

davide.jpg
ダビデ像

miro 0 miro 1
ミロのビーナス像; 右側はちょっとオヘソの位置を下げてみました。こちらの方が民族的に親しみが持てるカナ?

monariza copy monariza 2
モナリザ: 右のは現代風に小顔にして、ちょっとお化粧してみました。お付き合いするならこっちかなぁ。。

上の例のように末端のユーザーが「音楽」をどう弄ってどう再生しようが全く個人の勝手ですが、例えばこれらの彫刻のプロフェッショナルなレプリカを作成するに際して、全体的フォルムが歪んだのでは、ディティールがどのように素晴らしかろうが、ゲージツ作品の伝達機能としては全く失格です。

極めて基本的な論として、オーディオ装置の本来の機能は「音声発生装置」(Sound Generator)ではなく「音楽再生(伝達)装置」(Music Reproducer)であるとハチマルは考えます。それをどう使おうがユーザの勝手ですが、少なくともプロフェッショナルとしてオーディオ装置の開発/製造に携わる人間は、そこのところを努々疎かにしてはならないと思います。また、「オーディオ技術者は音楽家では断じてない」という事もキモに命じ、身勝手に音楽を解釈せず、「音楽」あるいは「芸術」に対する敬意を忘れてはならないと、ハチマルはそう思います。。。

音楽を聴くに際して、リスナーが上記のようなヒミツを知識として持つ事は重要ではありません(逆に、かえって邪魔になる事も多々あります)。ただ、そのヒミツの調和をしっかりと含んだ全体が、何も意識する事なく自然に耳に届いて、その全体を感じ取れれば良いのです。「素直」に音楽に接するならば、ココロがそれを感じ取ります(アタマでリカイするのではありません、ミミでキクのでもありません)。
であるからこそ、何も知らずともアタリマエのように、可聴帯域の下限近くまで位相の乱れなくフラットに音楽を聴くことができる、コンパクトでリーズナブルな価格のオシャレで真っ当な音楽再生装置が世に広まると良いなと思うのですよ。。ハチマルはね。。

はやいはなしが、オッチャン向けオトナの高級玩具みたいなのバカリでなく、もっと広く大衆一般に音楽芸術を高品位に伝達するための実用機械としてのオーディオが進化しないと駄目じゃん。。。と言いたいのよ。ハチマルは。それが大人の仕事ってもんでしょう。。。

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