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2013年09月13日 (金) | Edit |
ツイータを追加して遊んでいるわけですが、結局、別にナシでもエーヤン。。。というところに落ち着きそうです。

ご存じのように、LEANAUDIOでは100Hz以下の低音再生のクオリティ改善に、ほぼ4年間かけて注力してきました。これは、携帯電話とカナル型イヤフォンでフルトベングラさんのベトベン交響曲を聞いて、その重要性を痛感した事に端を発します。当ブログのスピーカ関連の記事の恐らく80%は100Hz以下の低音再生に関するものだと思います。

そのような100Hz以下の低音再生の重要性に比べると、10kHzを超える(ましてや可聴帯域を超える)超高域再生は、少なくとも僕が「音楽」を聴くにおいて重要ではない。。という事を再確認した結果となりました。

もちろん、ツイータを追加する事で多少音がシャンシャンしたりキラキラしたりしますが、僕が「音楽」を聴くにおいて、10kHz以上の超高域はその他の帯域(40Hz~10kHz)に比べて決定的に重要であるとは思えません。コノミノモンダイの領域だという事です。今までの経験から、この領域を追いかけマーシテモ、その場その時の気分の問題やコノミノモンダイで永遠にグルグルするのが必至なので、深追いしない方が良かろうと判断します。

また、FrieveAudioで96kHzまでアップサンプリングし、音楽信号に超高域信号を擬似的に付加する事で、48kHzまでの超高域音を生成し、スーパーツイータをオデコに向けたりナンヤカンヤしてみましたが、結局何も感じませんでした。多少ナニカを感じたとしても、それが「音楽の内容」を楽しむ上で重要だとは全く思えません。

という事で、今回は音楽の中の10kHz以上という超高域の位置付けを、楽曲の信号を直接解析する事で明確にしたいと思います。

以前にも、「西洋音楽のピラミッドとカマボコ」で似たような事をやりましたよね。
聴覚感度
そこでは、楽曲のスペクトルをニンゲンの聴覚感度特性(A特性)で補正してプロットすると、500~700Hzを中心とする左右対称のカマボコ型になるという事を紹介しました。また、その分布形態から、「40万ヘルツの法則」という考え方は非常に理に適っているという事も書きました。
これらを基に、僕は音楽の帯域を下記のように分類しています。
- 超低域: 40Hzより下
- 低域: 40~100Hz
- 主要帯域: 100Hz~4kHz
- 高域: 4kHz~10kHz
- 超高域: 10kHzより上

この時は、FrieveAudioで全域フラットに補正してスピーカで再生し、マイクで拾った信号に標準的な「A」フィルタを適用してスペクトルを観察しました。この方法では、1曲中のごく短時間のスペクトルしか観察できず、暗騒音等によって再現性も良くないため、今回はフィルタ処理した信号を直接FFTで解析するという方法を採りました。

では本題です。

今回は、FrieveAudioでニンゲンの感度特性(ラウドネス曲線)を上下逆にしたフィルタを作成し、これを通して再生した出力信号を入力にリダイレクトして同じPC上のFFTソフトウェアで解析するという方法を採りました。従ってスピカもマイクも使いません。サウンドブラスタの新しいDACは再生リダイレクト機能を備えているので、このような試験には便利です。

下はFrieveAudioで設定したフィルタ特性とラウドネス曲線の比較です。
聴覚感度
ピンクがFrieveAudioで設定したフィルタを上下逆にてプロットした曲線です。75dBのラウドネス曲線を狙って作りました。超高域の特性曲線については、コチラで掲載した年齢別の感度曲線を参考にしました(上図の右下に重ねてプロットしています)。

では、各種楽曲のスペクトルをお見せします。

今回は、1曲全体を通して再生した時のピーク曲線(各周波数における最大値をプロットした曲線)を掲載します。ですから、1曲中のある一瞬のスペクトルではなく1曲全体を反映しています。下方のグレーのプロットは無信号状態のスペクトルです。
100Hz~4kHzの主要帯域を緑、40~100Hzの低域と4~10kHzの高域を黄の背景色で示しています。

ベトベン: 交響曲第5番 第1楽章
bet5_2013091209012663f.jpg

ベトベン: バイオリンソナタ第9番(クロイツェルソナタ)第1楽章
クロイツェル
どちらも綺麗なカマボコ型ですね。この時代(古典)の曲では10kH以上および40Hz以下の成分は非常に微弱です。FrieveAudioで10kHzの絶壁HPFを通すとツイータからは殆ど音が聞こえません。

ストラビンスキー: 春の祭典 第1部
春の祭典
基本的にカマボコ型なのですが、例の超絶バスドラによる強いピークが約40Hzに発生しています。この時代のオーケストラ曲のスペクトルは古典曲よりも広帯域になる傾向があります(バスドラの低音と金管楽器の高音が強くなる)。

マイルスデイビス: Hand Jive
hand jive
高域は主にシンバルとかハイハットおよびマイルスのペットが時々入ります。ツイータで10kHz以上のレベルを上げるとシャキシャキよく聞こえるようになりますが、ホドホドにしないと煩わしく感じます。低域の平らな部分は主にロンさんのベース。やはり50Hzまではビシットバシット再生しないとアキマセン。

マドンナ: Nothing False
nothing false
マドンナではさらに広帯域になります。高域はドラムスか打ち込みかわかりませんが、チキチキピシピシがかなり強く録音されています。これもツイータを効かせ過ぎると煩わしく感じます。ズンドコビートは40Hzまでキッチリ使い切っていますね。ヒップホップ系のズンズンビートを楽しもうと思うと、40Hzまでビシッバシッと再生したくなります。

以上のように音楽全体のスペクトル構造を見ると、10kHz以上の超高域は40Hz以下の超低域と同等の位置付けにあると言えます。僕の経験によれば、40Hz以下が-12dB/Octで自然に減衰する状態から敢えてフラットに補正しても殆ど効果を感じられないのと同様、10kHz以上が多少減衰していても音楽全体の聞こえ方には、さほど影響しないように感じられます。

昨今のハイレゾやスーパーツイータによる超音波領域にまで踏み込んだ広帯域化に血道を上げる前に、「音楽」の「内容成分」をしっかりと含む40Hzまで、周波数/時間ドメイン的にしっかりとリスナの耳に届ける事の方が、「音楽」を再生する上で(すなわち「音楽」をより良くより深く楽しむ上で)圧倒的に重要である事は、上の解析からも明らかでしょう。また、1周期の時間が極端に長くなる低域では、時間ドメイン的に正確な再生が重要です(ビシットバシット再生する事)。

再三申しているように、西洋音楽の構造において、土台となる低音は非常に重要です。全てはその上に構築されるからです。低域から主要帯域(40Hz~4kHz)にかけては、作曲家が楽譜に書き込む、あるいは音楽家の行為に直結する帯域であると言え、音楽の内容の骨格を成します。これに対し、4kHz以上の帯域は、音楽に表情を与えるディティールの帯域と言えるかも知れません。そして、10kHz以上の帯域は、オヂオマニア達の言うフンイキとかクーキカンとかシズルカンとかに影響する領域なのかも知れません。再生音楽を楽しむに際して、そのへんを全く求めない(従って意識がそこに向かわない)僕には、あまり深追いすべきではない帯域だと言えるでしょう。

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2013年08月06日 (火) | Edit |
当ブログで再三書きましたが、僕は常々、表現者側がもっと積極的に民生用オーディオに関わるべきだと考えています。表現者として、丹精込めて作り込んだ自分の作品が最終的に鑑賞者の耳に「正しく」伝わるまで責任を持つべきだし、僕がこんな事を偉そうに言うまでも無く、彼らはそれを強く望むのが当然だからです。アッタリマエの事です。

現状では、本来表現者から鑑賞者に音楽作品を伝達するための民生向け実用道具であるオーディオ装置および技術それ自体に特殊な愛着を持つ特殊なヒトビトが民生用オーディオに強い影響力を持ち続け、全く好き勝手にアーダコーダ言っているだけにしか僕には見えません。また、そのようなヒトビト以外の、一般人向けに作られたスピーカ方式オヂオは、音質(音楽再生クオリティ)面で余りに安直に作られているように僕には見えます。

僕がもしミュージシャンだったら、もう絶対にヘッドフォン・イヤフォン再生を前提に作品をリリースするだろうし、自分が制作時に使ったヘッドフォンの機種も明示するでしょう。だって、やっぱり、「イーネー!俺様って、やっぱ天才っしょ!フォー!皆の者、俺様の音楽を、俺様の音を聴きやガレ!」(表現者とは多かれ少なかれそういうモンです)とリリースした作品を、そのまんま産地直送で皆に聴いて欲しいですモン。アッタリマエですよね。アッタリマエ。ウルトラ超スーパー アッタリマエ。

ヘッドフォン・イヤフォン再生の利点を以下に挙げます。
1) 再生場における最大の不確定要素であり最大の障害である部屋の影響を全く受けない
2) 安価に、コンパクトに、鬱陶しいセッティングや専門的知識を必要とせずに、誰でも買ってポンと繋げば、一般的スピカシステムでは絶対に得られない最高レベルの音楽再生クオリティ(マニアの言うオンシツではない)が得られる
3) 制作時の音場をそのまま正確に再現できる(バイノラル)
4) オヂサン(オヂオ)臭くなくてクール

という事で、僕はヘッドホン再生を前提とした(バイノラル)音楽ソースの普及を強く待ち望んでいるわけです。

スピカ再生方式は、そのように作成されたソースを気楽に聞き流したい場合や、僕のように長時間仕事しながら聴きたい場合の代替システムとして使えば良いでしょう。そもそもLEANAUIDOは、ヘッドフォン・イヤフォンの代替方式として開発したそのようなシステム(非接触型ヘッドフォン)の一例です。

スピカ方式の場合、一般的に言って、周波数および時間ドメイン的にしっかりと正しく「リスナの耳」に届ける事が最重要であり、世の大多数のヒトビトにはモノラル再生で全く十分だと思います。2つのスピカの中央で聴かない限り正しく聞こえないのでは全く不自由ですし(普通、ヒトビトはセンターに陣取ってマンヂリともせずに音楽を楽しむわけでは断じてナイ)、部屋の影響を圧倒的に受けるステレオ式スピカ再生に正確なオンヂョ再生を求めるのはソモソモ酷です(というか、ソモソモ原理的に不可能)。

そんな僕にとってちょっと嬉しいニュースをご紹介。。。例によって、やっと本題です。

コチラの記事をご覧ください:
「サカナクション、バイノーラル録音をメンバー自ら 解説した最新トレーラー映像をYouTubeに公開」



以下抜粋
- 今回のトレーラー映像は通常の宣伝を主な目的としたトレーラー映像とは異なり、作品の正しい視聴方法を案内するという特殊なもの。
- TVやPCのスピーカーで視聴しているリスナーが多いと感じたメンバーが、リスナーに正しい視聴方法を改めて案内したいという思いで、このトレーラー映像を制作することを発案した。


制作サイド(音楽のクロートさん)からのこのような働きかけが絶対に必要であると思います。彼らは、今まで、余りに末端の再生環境に対して無関心過ぎたと言えるでしょう。その結果が現状のオヂオです。。。コラアカンでしょう。

これも再三申している事ですが、音楽再生において何が「正しい」かを定義できるのは、唯一表現者自身だけです。オヂオヒヨロンカでは断じ全く絶対にアリマセン。

今後、このような制作サイドから民生オーディオへの働きかけが急速に拡がる事を切に期待します。

追記
Bluetoothイヤフォンをオウチの中で使ってみましたが、ワイヤレス方式はオウチの中でも圧倒的に快適です。今後はインドア用高音質型にも無線化が進むのは明らかでしょう。バッテリ寿命(低消費電力化)、充電時の給電技術(非接触給電方式 → 完全なデンセンからの開放)、軽量化といった面での進化が望まれます。技術の進化に伴い、今後もますますヘッドフォン・イヤフォン方式が普及し続けるものと思われます。

絶対に音楽制作側の対応が必要です。
また、スピカ方式も根本的にマヂメに進化しないとアキマセン。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2011年12月18日 (日) | Edit |
シズル感(しずるかん)
-カルチャー&エンタテインメント-2002年8月21日 (出典コチラ)

もともとは広告業界のことばとして、広告クリエーターたちが使い始めた。テレビCMや広告写真に出てくる食品に生き生きとした実感があり、それを見るとすぐにでも食べたり飲んだりしたい気持ちにさせる状態であることを指している。本来の「シズル(sizzel)」という英語は肉がジュージューと焼けて肉汁がしたたり落ちているような状態を表し、それから発して見る人の食欲をそそるような状態の表現として使われている。このシズル感を表すために、広告写真では温かい料理からは湯気を出し、アイスクリームなどの冷たいものからは白い冷気を漂わせ、ビールジョッキの側面が水滴でぐっしょりと濡れるといった状態を、さまざまな工夫を凝らして再現している。


要は、ホンモノよりも「よりホンモノらしく」「より美味しそうに」見えるように演出されたのが「シズル感」だという事です。

エフェクターについて書く前に、今回はこの「シズル感」について書いてみます。

音楽製作現場でも、上記の映像製作現場と同様に、録音した音から媒体を製作する段階で様々な効果が加えられます。音声でも映像でも、デジタル化によって、それらの処理が極めて簡単に行えるようになりました。例えば音声の場合、ミクスダウンの際に使用される代表的なエフェクタとして、「リバーブ」と呼ばれる残響効果を加えるためのエフェクタがあります。アナログ時代は、特殊な部屋を使用したり、巨大な鉄板を振動させる装置(プレートと呼ばれる)を使用したそうですが、デジタル処理では多数のパラメータを調整しながら自由自在に残響効果を付加できます。これらによって、アナログ時代から、ソースにはある程度「シズル感」が既に演出されている事が多いかと思いますし、最近の録音やリマスタ盤にはヤリスギではないかと思われるものもあります。

多くのオーディオを趣味とするマニアと呼ばれる人達が、アノテコノテで音を響かせようとするのも、より「ホンモノの生演奏ポク」聞こえるように、「アタカモその場に居るヨウニ」聞こえるようにという「シズル感」を求めての結果ではないかと思われます。あるいは「シズル感」を自分なりに創出するプロセスそのものを楽しむという要素も確実に含まれているようにも思われます。

しかし、過剰な「シズル感」の演出は、本来の「情報伝達」のクオリティを確実に落とすという事にも留意が必要です。例えば、シズル感をバッチリ演出された焼き肉の写真には、そのお肉の実際の状態に関する情報が大幅に欠落しています。このような写真はホンモノ以上に「美味しソウ」なイメージを訴求する事が目的であり、別にそのお肉の「本質」に関する正確な「情報」を伝達する事が目的ではないからです。

風景写真にしろ、再生音楽にしろ、それらはホンモノの「その場」を再現するものでも、ホンモノの「生演奏」を再現するものでも決してありません。いずれも、ある者がある意図を持って、ホンモノノの一部の情報を、一部の断面で選択的に切り取ったものに過ぎず、多くの場合、配布される前に多くの手が加えられています。

そこのところを根本的に理解しておく事が重要だと思います。一般大衆のそのへんに関する理解が曖昧であるためにトラブルが多発するのか、最近の広告写真には「写真はイメージです」という写真発明以来あまりにも自明の事実が、しつこく記載されるようになりました。これは見るたびに暗澹たる気持ちにさせられます。メディアどぶ付け病。ヒトラーが出てきたらイチコロですよ。ホンマニ。。。そもそも明治時代に「photograph」(光の画像)が「写真」(真実を写しとるもの)と訳された事にも問題があるのかもしれません。

再生音楽とて、これと全く同じです。「写真」が被写体から独立して一個の作品として成り立つのと同様、再生音楽も生演奏とは独立した音楽表現手段/伝達媒体であり、それを「再現」するためのものでは根本的にないし、それはそもそも不可能だという事を血肉として理解しておく事が重要です。

ホンモノではないものを「ホンモノポク」しようとすればするほど、逆に「ホンモノ」からかけ離れてて不自然になってゆくように思えます。逆にもともとホンモノではないものを「ホンモノではない」と承知して、それはそういうものと受け入れた方が、そこに含まれているホンモノの「本質」がより良く見えてくるようにも思えます。

映画では、冷蔵庫のドアひとつを開け閉めするにも、ホンモノポイ効果音が挿入されます。しかし、実際の冷蔵庫があのような音を出すわけではありません。「リアルッポイ」のと「リアル」は端から異なるという事です。オーディオでよく言われる「リアルな」音というのは多くの場合「リアルぽく聞こえる」音であるように思えます。僕はこれを明確に嫌います。

そんな事をするよりも、僕には、トリアエズ素直に正確に再生した方がトリアエズ「自然」に「リアル」に聞こえるように思えます。肝心の「音楽」(アーチストさんのやらはった事)が「自然な」音で違和感なくより聴きやすくなるという事です。トリアエズを二度繰り返しましたが、あくまでも「トリアエズ」です。なぜならば、マイクで拾われた瞬間に既に異なり、さらに各種の手が施されているのですから、トリアエズ正確に再生する以外には「リアル」を求めようもないからです。

ということで、再生音楽にホンモノポイ「リアリティ」やアタカモその場にいるヨウナ「リンジョウカン」を過剰に求めても、かえって失うものの方が大きいようにハチマルには思えます(って、再三紹介した怒りの演奏家も言ってましたね)。

まあ、ナニゴトも、ホドホドにというコトでしょう。次回からは、Frieve Audioのデジタルエフェクタを使用して、ホドホドに音をイヂル方法についてご紹介します。

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