FC2ブログ
2013年11月28日 (木) | Edit |
Evo ZXRのSurroundエフェクタを使うと、すこぶる良い具合にステレオソースを聴けるのですが、「離れた前方にあるスピーカ」から聞こえるように感じるわけではありません。左右が適度にミクスされて、自然なセパレーションで快適に音楽を聴けるようになるというだけであって、音はあくまでもヘッドフォンから聞こえます。いわゆる「アタカモメノマエニ」とか「アタカモソノバニ」といった「リンヂョカン」を求めない僕には、これで全く問題アリマセン。

ところで、人間はどのようにして音源(スピカ)との距離を判別するのでしょうか?

視覚の場合、両眼の視差によって物体の遠近を判別します。これを利用したのがステレオ写真とか、飛び出る映画です(いわゆるステレオスコープ)。また、遠近によってピント位置が異なるため(水晶体の厚みを変化させている)、片目でも遠近を判別できます。このように、視覚は方向と遠近を極めて正確に認識できます。さらに、幾何学的情報(遠くの物体ほど小さく見える)や、空気の不透明さ(遠くの物体ほどぼやけて見える)等も補助的に利用します。平面に描く絵画では、これらを利用して遠近感を表現していますし、騙し絵はこれを逆手に取ったトリックです。

視覚に比べると、聴覚の空間認識能力は遙かに劣ります。左右は比較的正確に知覚できますが、前後や上下の方向感覚はあまり頼りになりません。音源との距離を聴覚だけで直接的に判別する事は殆ど不可能であり、視覚や経験および補足的聴覚情報に頼って「距離感」を得ていると思われます。補足的聴覚情報としては、音の大小関係(特に環境騒音または反響音に対する対象からの直接音の大小関係)や、音の時間的遅れ(遠くからの音ほど視覚情報に対して遅れる、ホールが大きいほど反響音は遅れる)等が挙げられます。
例えば、僕の持っているベトベン全集の録音にはホールトーンが多く(僕にとっては過剰に)含まれているため、ステージがなんだか遙か遠くに感じられて僕にはもどかしく思えます(オンガクがよく聞こえへんやないか!ベトベン聞かせんかい!ベトベンを!オイラはアタカモその場に居たいなんて微塵も思わないんだからさ!。。とね )。

全く暗闇の無響室では(つまり視覚情報も補足的音響情報も皆無の環境では)、果たしてどの程度音源(スピカ)の遠近を知覚できるのでしょうか。頼れるとすれば、極端な大音量において頭部以外で感じられる空気の振動(音圧)くらいしかありません。裸になったり、極端な厚着をしてみたりして実験するとオモシロイかもしれませんね。

以上の事から、ヘッドフォンで距離感を表現しようとする場合、特定の広さと反響特性を想定した反響音を人工的に加えると良いでしょう。しかし、それでも、離れた前方のスピカから聞こえるようには感じられないと思います。何故ならば「自分はヘッドフォンでき聞いている」という事を自覚しているからです。

なんなら、前方に実際のスピカを置いておけば良いでしょう(空間認識において視覚情報の影響が圧倒的に大きい)。また、ヘッドフォンを装着しているという事を感じさせない装着感も重要でしょう(触覚情報の影響も大きい)。最終的には「自分はヘッドフォンではなく前方のスピーカの音を聞いているのだ。。」と自己暗示にかけるのが最も効果的でしょう(ヘッドフォンを装着しているという自覚の影響が最も大きい)。純粋な聴覚の空間認識なんて、その程度のもんです。所詮は。。

まあ、それでも、反響音を加えた方が多少の距離感は演出できるでしょう。反響音の加え方にはいくつか考えられます。
1つは、リバーブ等のDSPエフェクタを使って後から追加する方法です。これはFrieveAudioでも簡単にできます。
もう1つは、著名ヒヨロンカセンセご自慢のリスニングルームなり(可能であれば丹精込めた自分のリスニングルーム)で、ダミーヘッドをリスニング位置において、左右スピカ位置から左右耳へのインパルス応答を計測し、そのデータをDSPのコンボルバに適用する方法です。FrieveAudioにはコンボルバ機能が備わっているので、インパルス応答データさえ入手できれば簡単に試せます。さらにFoober 2000なら、そのようなデータを含むプラグインを実際に入手できるようです。お試しあれ。。(なお、後者の方法では、当然ですが部屋の定在波の影響もそのまま再現されます)

また、無響室でも同様のレイアウトでインパルス応答を計測しておけば、リスナの好みに応じて反響音の強度を調整できます。そもそも殆どのステレオソースにはホールトーンなり人工的リバーブが既に加えられているので、ワザワザ再生場(部屋)で反響音を追加する必要性はあまり無いように思いますし、逆に重要な情報(せっかくのホールトーンやディティール)を損なうようにも思えます。ヘッドフォンにどうしてもスピカと同等の距離感等を求める(ヘッドフォンをスピカの代替と考える)方々や響かせ好きの方々には喜ばれるかもしれません。

追記
どのように理想的にバイノラル録音しようが、所詮は聴覚情報しか記録/再生できません。ですから、バイノラルのリンヂョ感に過剰な期待を寄せるのは危険です。あくまでも、耳位置におけるスタジオでの音響現象を、再生場の影響を全く受けずに、リスナの耳位置で正確に再現できるというに過ぎません。バイノラル録音/再生の最大の利点は、制作時と鑑賞時の環境を容易に近付ける事ができるという点にあります(部屋やソーチの影響を完全または大幅に排除できる)。
マニア達が強く求める、いわゆる「リンヂョ感」というやつには聴覚情報以外の様々な主観的要素が含まれます(全く個人的な好みの問題)。どんな機械でもそうですが、出来ること(アルモン)と出来ない事(ナイモン)を明確に理解し、アルモンを存分に楽しみ、ナイモンを徒に追い求めない事が重要です。でないと永遠にグルグルです(それを自覚した上でソレ自体を趣味として楽しむ分にはもちろん問題アリマセン。マニアとはそいうものですから。しかし業界のクロートさん達が率先してグルグルしてはアキマセン)。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
関連記事
スポンサーサイト
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年11月15日 (金) | Edit |
今やヘッドフォンは家庭用音楽再生装置の主流を占めつつあると言って良いでしょう。新規参入するメーカーも後を絶ちませんし、老舗の高級オーディオ専業メーカー(B&W、JBL等)も自社ブランド ヘッドフォンの販売に熱心ですよね。

そのような中、JBLがDSPを内蔵した意欲的な製品(有線式)を発売しました。
intro.jpg
JBL S700 (製品ページ)
ヨドバで34,800YEN
独自のデジタル信号処理(DSP)機能"LiveStage™"シグナル・プロセッシング・テクノロジーを採用。ヘッドホン・ハウジングに内蔵された "LiveStage™"DSPをオンにすることで、目の前に広大なライブステージが広がったような臨場感を体験することができます。

DSP内蔵ヘッドフォンについてネットで調べていたところ、さる方のブログで下記のような気になるコメントを見つけました。

JBLのヘッドフォンS700は興味深いコンセプトのもとに作られています。ヘッドフォンに直接インストールされたバッテリー駆動の「LiveStage」DSPは、普通なら非現実なアイデアだと警笛を鳴らされるかもしれません。少なくとも良質な設計がなされたヘッドフォンを持っていれば、今さら必要のない技術かもしれません。なぜなら、左右それぞれの耳に対して厳密にミックスされたレコーディング音源は、精巧なヘッドフォンのイヤーカップ(あるいはスピーカーなど)を通して再生すれば三次元空間の効果を生み出すはずだから。

これは大いなる勘違いです。これが世間の標準的な認識であるとするならば、メーカーは正しい情報を提供する事に注力する必要があるでしょう。

一般に出回っているステレオソースは、前方に設置した2本のスピカで再生する事を前提に制作されています。つまり、左右のクロストークが盛大に発生する状態を前提としているという事です。左のスピカから出た音は右耳にもハッキリと聞こえますよね。でも、左耳の方が少しだけ大きく聞こえ、少しだけ早く音が届きます。ヒトはこの左右の聞こえ方の僅かな違いを頼りに空間を認識します。

ヘッドフォンの場合、左右耳のクロストークは一切発生しません。左チャンネルの音は右耳には絶対届かないという事です。このため、音場は完全に左右に拡がってしまい、全体的に散漫に聞こえるため、僕には「音楽」に集中し辛く感じられます。

例えば、僕がよく聴く60年代のジャズのスタジオ録音盤では、ベースが殆ど片方の耳だけでしか聞こえない場合が多くあり、これは非常に気になります。通常、低音は高音に比べて頭部を回り込んで反対側の耳にも届きやすい(回折現象が強く生じる)ので、低周波音ではほとんど方向感覚(定位感)が生じません。サブウーハは部屋の何処に置いてもよいと言われるのはそのためです。それなのに、ヘッドフォンではベースの低音が片側だけからはっきりと聞こえます。これでは、不自然に感じて当然でしょう。

これに対する最も原始的な対策として、左右の信号を適度に混ぜてクロストークを人為的に発生させるという方法があります。以前の記事では、自作の抵抗入りアダプタを紹介しましたよね(コチラ参照)。

DSPを使えば、さらに複雑な処理が可能です。
例えば、周波数に応じてクロストークの度合を変化させる事ができます。低音ほど反対側の耳に届きやすく、高音ほど届きにくいという現象を人工的に発生させるという事です。また、反対側の耳への音の到達を遅延させる事もできます。

さらには、理想的な広さと残響特性を持つリスニングルーム(モニタルーム)を想定して、擬似的な反響音を生成する事もできます(もちろん定在波はなし)。部屋の広さ、残響特性、スピカの左右の間隔、スピカとの距離等をパラメータ化して、ユーザが好みに合わせて調整できるようにしても構いません。お好みのバーチャル リスニングルームを作れるという事です。

しかし、「生の音場」を再現しようとすると、またまた幻影を追いかけてグルグルする事になります。あくまでも、スタジオ(モニタルーム)または理想的リスニングルームにおける2chステレオ スピカ再生の擬似的再現を目指すべきでしょう。なぜならば、「生」を再現しようとしても、ソースによって録音条件が千差万別だからです。ソースから「生」に遡る手立てが無いという事です。「生の音場」の再現を目指すのであれば、最初からバイノラル方式で録音すべきです。絶対に。。。

以上で述べたヘッドフォン用DSP処理は、早い話が、ステレオソースの擬似的バイノーラル化であると言えます。もちろん、ソースが最初からヘッドフォン再生を前提に制作されるようになれば理想的です。その場合、逆にスピカ再生時に多少のDSP処理を通せば良いでしょう。そもそもスピカによるステレオ再生の音場は、再三申しておるように、極めてエーカゲンです(グリコのオマケ)。あくまでもヘッドフォンを基準として制作し、スピカで再生する場合は多少処理を加える(あるいはモノラルでもOK)という方が理に適っているように僕には思えます。

DSPなら何でもできます。小さなヘッドホンにすら内蔵できます。コストも大してかかりません。上手に使い倒さない手はありません。ホンマニ。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2011年05月19日 (木) | Edit |
人間は主に視覚と聴覚の組み合わせによって空間を認識すると言われます。また、これら2つの感覚は互いに補い合って機能するとされます。

聴覚は視覚よりも時間認識分解能に優れると言われ(であるからこそ、このように複雑で高度な音楽を楽しめる)、また一般的に聴覚の刺激に対する反応の方が速いとされます。これは情報処理量の違いによるものかもしれません。また、視覚は視野の範囲しか知覚できませんが、聴覚は全方向の音を知覚できます。これに対し、視覚は空間認識分解能に優れると言われます。聴覚よりも細かく正確に位置(方向/距離)の違いを見分ける事ができるという事です。この点で、聴覚は視覚に対して大幅に劣ります。

私達はこれらの感覚を上手に組み合わせて使用しています。例えば、森の中を歩いていて不意にどこかでガサッと音がした時、人はまず聴覚によって素早く反応し、音の方向を大まかに認識してそちらに眼を向け、眼をこらして正確な位置(距離と方向)と音の原因が何なのか(危険なのかどうか)を知ろうとします。

オーディオのステレオフォニック方式もサラウンド方式も元々は映画館用に実用化されたものであり、音(聴覚)と映像(視覚)の組み合わせによる臨場感の「演出」を狙いとしています。これらは正確な「空間」を再現する事を目的とするものではなく、あくまでも映像のショーアップを目的とするものです。ステレオ方式が導入された当初、馬が画面を左から右に横切ると、パッパカ音も左から右に移動するという事で、客も単純に喜んだのでしょう。最近では3Dですか。これも3D TVによって一般家庭に浸透しつつあるようです。

さて音楽を生演奏で楽しむ場合、ヒトは聴覚だけではなくその他の感覚、主には視覚と併せて体験しています。例えば、フルオーケストラのバイオリンの音は、はっきりとバイオリン奏者が見える方向から聞こえるような気がするでしょう。しかし眼を閉じてしまうと、聴覚の空間認識分解能は視覚に比べて大きく劣るため、その方向感覚は極めてあやふやになります。実際に眼を閉じて試された方から全く方向を認識できなかったという体験談も聞いた事があります。

恐らく、生演奏と同じ音場をどのように正確に再現したとて、視覚情報を欠いた(というかむしろ全く異なる視覚情報/環境条件を伴う)体験は実体験とは全く別物として感じられるでしょう。バイノーラルで録音して自宅でそのまま聴いてもなんだかモノタリナイと感じるはずです。むしろ、家庭で楽しむ事を前提にある程度演出された現在のステレオソースの方がリアルっぽく聞こえるのではないでしょうか(ソースは単なる記録ではないということ)。これをさらに無理矢理、実体験の輝かしい記憶/印象に近付けようとすると、果てしのない徒労となるばかりでなく、(視覚)情報の欠落分を聴覚だけで補おうとするあまりに(無理矢理リアルっぽくライブっぽくしようとするあまりに)、過剰な演出によって、本来の音楽再生が疎かになりがちです。また、幸運にしてあるソースでイメージ通りの聞こえ方が得られたとしても、ソースによって録音条件がマチマチであるため(マイクの位置とか分離とか残響時間等について規格はない)、他のソースでも良好に聞こえるとは限りません。このように現在のオーヂオ装置は「生演奏疑似体験装置」あるいは「音場再現装置」などではなく単なる「蓄音機」と言っても良い程度のものに過ぎません。しかし、再三申しているように、それは生演奏体験に準ずる低級な代替体験手段でもありません(また空間再現性が音楽を楽しむ上でさして重要であるとも思えない)。生演奏体験とは端から異なる、さらに言えば生演奏よりも高度な表現が可能ですらある音楽体験/音楽表現手段として、その独自の良さを素直に受け入れた方が、せっかくソースに記録されている貴重この上ない音楽作品をより深く楽しむ事が出来るはずです。

以前にも数回にわたってさる演奏家のコメント「空間表現の追求など不可能を無理して求めているだけであって失うものの方がはるかに大きい、そもそも現代のオーディオは完全に間違った方向に走っている」を取り上げましたが、その趣旨は概ねハチマルが上に書いたような事ではないかと思います。また、オーディオマニア達が、音楽家は概して再生音楽の空間再現性に無頓着であるという点において自分達の指向するオーディオとは乖離していると結論付けたお話しもご紹介しました(これも不思議な話で、逆に音楽に関してはドシロートの自分達の音楽との接し方の方が乖離していると真摯に受け止めようとしないのか?)。僕の個人的見解でもありますが「音楽のイチバンオイシイところはそんなところにはナイ」というコトだと思います。音楽を聴いていて、いまだかつてソコが重要だと感じた事は一度もありません。というか意識に登った事すらありません。

オーティオ趣味のイチバンオモシロイところはソコにアルという方もいらっしゃるでしょう。楽しみ方はヒトそれぞれです。どの分野でもそうですが、それがマニア、それが趣味というものでしょう。しかし、一方で業界全体としてそれは実用的音楽鑑賞装置の本来の用途ではないという事をしっかりと認識する必要もあるのではないでしょうか。一部のマニアックな傾向によってオーディオ装置の正常進化が阻害されてはなりません(正常進化とは根本的な音楽再生性能(やたらコマケー音質やナンタラ感ではない)の向上、コンパクト化、低価格化、利便性の向上等)。例えば鉄道マニアは、例えばクラシックカーマニアは、そしてそれらの関連業界および一般ユーザーはそんな事はアタリマエとして認識しています。現在のオーディオ業界の動向を見るに付け、そのあたりの認識が疎かにされているような気がしてなりません。

追記
僕は今、全盲の方の再生音楽に関する考え方、感じ方に凄く興味があります。もともと実体験から視覚情報が全く欠落しているわけですから、音だけの再生でもリアルに感じる事ができるのだろうか? バイノーラル再生が凄くリアルに聞こえるのだろうか? ステレオ再生音はどのように感じるのだろうか? リアル感やライブ感を演出するために響かせた音が果たしてリアルに自然に聞こえるのだろうか?等々。。。

追記2
あたかも眼の前に居るような、口のカタチや大きさが、ミニチュアのステージが目の前に展開するような等、視覚情報の欠如を音から補おうとする意識が伺えますね。これはオーディオを「趣味」とされる方々の特徴のようにも思えます。そのように聞こえるように(あるいは聞こえるような気がするように)装置を調整するのが楽しいという事なのでしょうか。僕はいまだかつてそのような事を思っても見なかったので、ちょっと驚きました。ステレオで初めて聴いた時、ポールの声が左右に移動するので、なるほどこれがステレオか。。と納得した後、ドーッテコトナイヤンと、現在に至るまでほとんどステレオ感を意識していません。ケロの実験中に、左右スピーカー間の距離を拡げてゆくと、ほんとに何もない空間にポッカリと音像が浮かび上がる事がありました。こういうのがオモシロイのかなぁ。とも思いましたが、僕には気色悪く感じて音楽に集中できないので、結局あのように狭いスパンを選択しました。マイルスが目の前に浮かんだらコワイし。。。ス、スンマセンデシタ!って逃げ出したくなる?

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してますにほんブログ村
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2010年10月22日 (金) | Edit |
さて、何らかの方法でコンサートホール特等席の正確な音場を再現できたとして、果たしてそれで楽しくオウチで音楽が聴けるのでしょうか?

先に言っておきますが、僕個人は自分の部屋で再生音楽を鑑賞するに際して、音場感や臨場感を全くと言って良いほど重視しません。未だかつて、それが重要だと感じた事は一度もありません。逆に過剰に演出された音場感や臨場感には嫌悪すら感じます(だって、音楽が聴きにくくなるんだもん。。)。

3. 再生音楽における「音場感」について
そもそも僕は「再生音楽」を「生演奏の再現」を目的とするものとは全く考えていません。「再生音楽ソースとは自宅でスピーカーから発音して音楽を楽しむ事を前提とし、それに合わせて最適に録音された媒体である」というのが基本的な考え方です。原理的に無理なのを承知で何故ライブの音場(往々にして諸々の現実的制約から理想的な音響条件とは言えない状態)をわざわざ「再現」しなければならないのか全く理解できません。

演奏会場で聴いている場合は、目の前の絢爛豪華なオーケストラ、隣席の普段よりも入念に化粧して着飾った妻(息子が産まれて以来行ってないなぁぁ。。)、人々のざわめき、ご婦人方の香水の香り、休憩中に飲んだワインの心地よい酔い等々、聴覚だけでなく視覚や臭覚を含めて全身でその場の雰囲気を楽しむことができます(反面、だらしなくリラックスできないという欠点もあります。隣席の妻にチャントシナサイとしょっちゅう叱られた)。これに対し、再生音楽を聴く場合は専ら聴覚に頼らざるを得ません。また音響的な環境もコンサートホールとウサギ小屋では全く異なります。物理的、心理的、音響的に条件が余りにも異なり過ぎると言えます。演奏会ではホールの響きを心地よく感じたとしても、専ら聴覚に頼らざるを得ない再生音楽を、音響特性も全く異なり、雑多な物であふれかえる自分の部屋で聴く場合にも同じように心地よく感じるのでしょうか?。僕ならば再生音楽を聴く場合には、ライブの時よりも音楽そのものの音響クオリティの高さ(言いかえれば音楽の聴きやすさ)を重視します。だって「聴く」事しかできないんだもん。

例えば、臨場感とか音場感とかを重視するために、フルオーケストラをバイノーラル録音または2本マイク式ステレオ録音する場合について考えてみます。
この場合、たった2本のマイクで全ての楽器の音を明確に捉えなければならず、また個々の楽器音のバランスを調整する事もできません。ですから音響的に理想的なホールを選び、全ての楽器の音が最も理想的に聞こえる座席位置で録音する必要があります(果たしてそのような席は存在するのか?)。また、直接音に対して反響音の成分が増えるため、楽器音が相対的に聴きづらくなります。その場で生で聴く場合には、目の前にオーケストラが居て、視覚で指揮者なり興味のある楽器と奏者に意識の焦点を合わせる(演奏を目で追う)事ができますが、再生音楽では専ら聴覚に頼らざるを得ません。つまり、聴覚でしか楽しむ事ができない再生音楽では、その他の感覚も動員して体験するライブよりもトータルの情報量が少なくなります。これを補うために、反響音を控えめにして楽器音の細部を明瞭に録音した方が、オウチでは音楽をより楽しめるのではないかと思います(だからこそマルチトラック録音が多くの場合採用されるんですよね)。

録音時に近接配置した多数のマイクで収録して慎重にミクスダウンするという非常に手間がかかる手法を敢えて使用するのは、「オウチでスピーカーで再生した時により音楽が楽しめますように」という製作側のアリガターイ配慮です。「音場感」なり「音場再現性」を過剰に重視する余りに、再生音楽ならではの聴きやすさや生では得られない音響クオリティの高さを損なってしまうというのは、ハチマルとしては全く納得しかねますですネ。

で、ハチマル的結論としては
オウチで音楽聴くには、マルチトラックで録音して2chへミクスダウンする現在主流のステレオ録音方式で十分
というところですね。。。モノラルでもOKよ。
ただし
DSPでホールの反響とかの変なエコーを追加しないでネ
を付け加えたいと思います。

追記
もし現在もモノラル方式しかなかったとしたら。。。人々はオウチで音楽を聴くに際してそんなにホールの反響とか臨場感とかを重要だと思うんだろうか? そもそもステレオ方式はモノラル方式を2つ並べてテキトーに音を右と左に振り分けた程度のものに過ぎないワケで、たいして事情は変わらないと思うんだけど。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してますにほんブログ村
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2010年07月09日 (金) | Edit |
僕はステレオ再生をモノラル再生に対する「グリコのオマケ」程度にしか考えていません。この方式は原理的に「オウチで多少それっぽく音楽が楽しめるように」というレベルのものに過ぎないからです。もともと「音空間(音場)の再現」を目的としたものではありません。モノラル方式よりなんかちょっとエーンチャウ?という程度のものだと考えて良いと思います。僕なんか「ステレオ方式の最大のメリットは真正面にスピーカーを置かなくても良いというレイアウト上の利点にある」とすら考えています。

ところが、オーヂオ趣味に首を突っ込んでみて「コンサートホールを自分の部屋に再現」「ライブと同じ音圧で聴くのが理想」「あたかも目の前に奏者が浮かび上がるような」という音場の「再現」による「リアル感」「ライブ感」をこのステレオシステムに求めて拘泥している方々が多いという事に驚きました。まあ、このようなユーザのニーズに応えるためにメーカーはマルチチャンネル方式を開発したのだと思います。当然こちらの方が「音場の再現」という面ではステレオ方式より数段優れていると思いますが、再生場(部屋)の影響を受ける事に変わりはありません。恐らく最も現実的なのはバイノーラル方式だと思います。

それはさておき、
僕が常々不思議に思うのは『再生音楽を鑑賞する上で「臨場感」や「ライブ感」がそれほど重要なのか?』という事です。例えばマイルスの古い録音やフルトベングラはモノラルですが全く問題を感じません。別にモノラルでもエーンチャウ?というのが僕の率直な感想です。

たとえば映画を例にして考えてみましょうか。映画というのはリアル役者の演技をフィルムに記録して編集して2次元スクリーンに映し出される再生可能/複製可能な全くの虚構ですよね。人々はそれを虚構と受け入れた上で鑑賞する訳ですが、優れた映画は人々に大きな感動を与えてくれます。最近「臨場感」を出すために3Dなんてのが出てきましたが、これって「マァスゴイ!」ってちょっとしたエンターテインメント性が付け加わるだけで、映画本来の持つ本質的な表現内容にはゼンゼン重要じゃないですよね。しょせんは2次元の虚構なんだし、鑑賞者もそれを承知で見ているわけですから。。。映画=再生音楽、役者=奏者、演技=演奏、フィルム=CD、スクリーン=スピーカー、3D=ステレオ に置き換えてみてください。3D画像は「ステレオ」スコープと呼ばれ、ホログラムのように完全な3次元再生ではなく目の視差を利用した擬似的なものである点で、オーディオの「ステレオ」フォニックと原理的に似たようなものです。

現在主流のオーディオ装置は「録音した音を、再生場所の状態がどうであれ、そこに置かれたスピーカーで再生する」というだけの極めてシンプルなものです。ですから聴く側も「記録された音を自分のスピーカーで「余す事なくきっちり」と耳に届かせて素直に聴く」以外に何も求めようはありません。僕は音楽という芸術をオウチで鑑賞するにはそれで十分だと思います。「無い物」は求めずに「有る物」をできるだけ「余す事なくソノママ」受け止めれば良いのではないかと。もともとそのような意図で製作された媒体なのですから。

再生された音楽はリアル(現実)ではなくバーチャル(虚構)ですが、目の前のスピーカーから流れる音楽を聴いて感動しているその瞬間の体験そのものは、まごう事なき「現実」な訳ですから。その「現実」を大切にすれば良いわけで、端っからの「虚構」を無理矢理「本物っぽく」しなくても良いのでは無いのかなぁ。。。ヘンな事すると余計にヘンな事になると思うのですよね。ハチマルは。どでしょうか?

どうも「生演奏至上主義」的なあるいは「再生音楽を聴くという行為にまつわるコンプレックス」的な根深い信仰みたいなのが未だにあるのでしょうかねぇ。

ま、iPod世代にはそんな拘泥は全く無いでしょうから心配は無用だと思いますが。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます
にほんブログ村
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用