FC2ブログ
--年--月--日 (--) | Edit |
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2013年10月19日 (土) | Edit |
昨日は、元自転車暴走族仲間で本格的山男でもある友人に、岩上り(フリークライミング)に連れて行って貰いました(飯能にある天覧山)。ボルダリング ジムは何度か行った事があるのですが、ジムの人工的な壁とは異なり、ホンモノノ岩はやはり格別でしたよ。大地というか「地球」にしがみ付いている感があって。母ちゃんの腕にしがみつく赤ん坊かもしれません。。。ほんとに素晴らしい体験をさせて貰いました。高さは10m近くあったと思いますが、ベテランにロープでしっかり確保してもらいながら登るので、昔やっていた自転車レースよりもずっと安全ではないかと思います。ちなみに、友人は自転車で2度大きな怪我をしています。昨晩は年甲斐もなくすっかり興奮してしまって、なかなか寝付けませんでした。今度は専用の靴を買って挑戦したいと思います。


さて、本題です。
アメリカの黒人達は、身近にあった西洋人の楽器を使って音楽を奏で始めるわけですが、彼らの深奥にあるアフリカの音階とは当然異なります。無理矢理引き離された恋い焦がれる本当の母ちゃん(アフリカの大地の)旋律を求めて、この違和感をなんとか埋めるべく、様々なコードを複雑に駆使するあのモダンジャズの「探求」が始まったのではないのか?と僕は勝手に考えています。

という事で、今回は僕達が最も身近に親しんでいる西洋音楽の音階について書いて見ますね。

僕達にお馴染みの音階は「12平均律」と呼ばれています。1オクターブを全く数学的に12等分(対数的に等分)した音律です(詳しくはコチラ参照)。ピアノの鍵盤も1オクターブの間に白黒合わせて12個ありますよね。F特でお馴染みの横軸対数のグラフに各音階の周波数をプロットすると、完全に等間隔に並びます。この音律はギリシャ時代に既に提唱されていたらしく、17世紀頃に西洋で広く定着したようです。

ただし、平均律では各音階の周波数の相互関係が正確に整数比にならないという問題があるため、古くから否定的な意見もあったようです。2つの音の周波数が整数比を成さない場合、理想的な和音にならない(モジュレーションが発生する)ためです。

このような問題はあるものの、平均律では全ての音階が全く一定の間隔で並ぶため(音階間の相対的関係は一定であるため)、移調や転調が極めて容易であるという大きな利点が得られます。つまり、どの音階をキーにしても、全く同じ旋律を奏でる事ができるという事です。平均律以外の音律では、この点で問題が生じます。

整数比をとる純正音程に対する12平均律の周波数誤差は、全音階でほぼ1%以内(最大1.02%)に収まっており、実用的にはあまり問題がなく、とても便利なので、広く使われるようになったという事でしょう。ですから、平均律の成り立ちはサイエンティフィックであると同時にエンジニアリング的(実用を鑑みたマァマァソコソコの妥協点)であると言え、一言で言えば人工的であるとも言えるでしょう。

しかし、通常は12の音階を全て均等に使うわけではありません(一部の現代音楽を除く)。
各地の民族音楽の音階は、我々人間の深いところに根ざす自然発生的な音階であり、人工的な平均率の音階とは当然異なります。西洋人も例外ではなく、元々は森にうごめき闇や獣の恐怖におびえた原始人であったわけで、12の音を均等に使った旋律では、心の琴線に触れる事はできません(なんかエーグアイには聞こえない)。ですから、自然と特定の音階を中心に使って旋律が作られます。

それがいわゆる「長調」と「短調」というやつですね。

長調は明るい感じ、短調は暗い感じ、と教わりましたよね(コチラ参照。音が聞けます)。
ピアノで「ド」から白鍵だけでミファソラシドと使うのが「ハ長調」と教わりました。一番オナジミのやつですね。
ピアノで「ラ」から白鍵だけでシドレミファソと使うのが「イ短調」です。「ド」から始める場合(ハ短調)は黒鍵を使う必要があります(ミとラとシを半音下げる)。
注: 上の単純な短調ではイロイロと不都合が生じるらしく、他に2つのバリエーションが存在します。

これが西洋土着の自然発生的音階に近いものなのでしょうか?。しかし、日頃すっかり聴き慣れているせいか、他の民族音楽の音階のように土の臭いが感じられないような気がします(泥臭くない)。西洋音楽というのは、土着性が大幅にそぎ落とされたがために、全人類的に受け入れられやすい普遍性を獲得したと言えるのかもしれません。その反面、失ったものもあるでしょう。それが僕の言う「地」の要素なのかもしれません。

次回は、アフリカ音楽とのフュージョンによって、西洋音楽に全人類的に普遍の「土着的要素」(つまり「地」の要素)が加わったのではないか?というオッハナシになる予定です。大詰めですね。オッタノシミニ!


お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
関連記事
スポンサーサイト
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月12日 (土) | Edit |
今回は、ローマカトリックとルネサンスに由来する西洋音楽と、奴隷としてアメリカ大陸に連れてこられたアフリカ人の子孫達を媒介とする黒人音楽とのフュージョンは、ゴテンクスに匹敵する最強の音楽形態を生み出したのではないか?というオッハナシです。

ゴテンクス9969148
フューーーーージョン! 知ってる?

前の記事で、現代の我々がTVやラジオやCDで日常的に聞いている大部分の音楽には、黒人音楽の要素が含まれていると書きました。このフュージョン現象は20世紀初頭に始まり、第二次大戦後のメディアの爆発的な普及によって一気に全世界に広まりました。特に60年代に入ると、黒人音楽に強く影響を受けたビトルズらによる白人ロックが、この現象を大きく促進したと言えるでしょう。これらの音楽は、地域や民族や主義や宗教の境界を乗り越えて、例え国家が禁止しようとも、若者達に熱狂的に受け入れられました。もし、黒人音楽とのフュージョンがなかったら、あのように熱狂的であったビトルズ現象やロックムーブメントも生じず、現在の音楽をとりまく状況は全く異なっていたでしょう。

より黒人色が強くて難解なモダンジャズは、ロックのように幅広く大衆に浸透しませんでしたが、やはり世界中で主に大学生等インテリ層を中心に熱心に愛聴され、アメリカの白人を始めとする非黒人の優れたジャズマンも多数現れました。70年代以降のモダンジャズの進化をけん引したWRのザビヌルは生粋のウィーンっ子(ウィーンで生まれ育ち、ウィーン音楽院で学ぶもクラシックに限界を感じてジャズに転向)ですし、ジャコは非WASP系白人(母は北欧系、父はアイルランド系のジャズドラマー)です。

以前の記事で、我々非黒人リスナーにとってジャズという音楽は取っつきにくく(ヨーワカラン)、オイシートコロを血肉として楽しめるようになるには、ジャズの「鍵」をガチャと開けるキッカケが必要だと書きました。
これは演奏する側にも言えるようで、非黒人がジャズ演奏を習得するには、幼少の頃から身近に親しんでいない限り相当な努力の積み重ねを要するのではないでしょうか(生半可ではないオベンキョが必要)。例えば非ジャズ系の歌手がライブで余興的にジャズナンバーを披露したりすると、僕は激しい違和感に襲われます(黒板を爪でひっかかれるような。。は言い過ぎか?)。TVドラマで、大阪(少なくとも関西)出身ではない役者の大阪弁を聞かされるのに近いかも知れません。これは気色悪くてカナイマヘン。

あ、、、と、もう出かける準備をしないとアキマセン。

次回は、西洋音楽とアフリカ音楽の普遍性のヒミツに迫りたいと思います。オッタノシミニ!

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月10日 (木) | Edit |
ジャズは西洋音楽とアフリカ音楽の組み合わせによって発生した音楽であるとされます。

これぞ正にフュージョンであると言え、これは西洋音楽の歴史の中で画期的なターニングポイントであったと言えるでしょう。現代の僕達がCDやラジオやTVで普段聴いている純クラシック系以外の音楽は、ジャズに限らずポップスであれロックであれヒップホップであれ歌謡曲であれ演歌であれ、事実上全て、程度の差こそあれ、黒人音楽の影響を受けているからです。

エルビスプレスリーは黒人のように歌える白人と呼ばれたそうです。その後、白人ロックが60年代に主にイギリスで大きく発展しますが、ビトルズもストーンズも、黒人達のロックンロールやR&Bに憧れて強く影響を受けたと言うのは周知の事実です。現代のロックやポップスでアッタリマエのように使われているドラムセットも、ジャズドラマー達によって軍楽隊用のシンプルなものから改良されたものだそうです。また、ドラムスとピチカートベースでビートを刻むという今日普遍的な演奏形態も、おそらく黒人音楽に端を発するはずです。ラップも黒人特有の語り口がルーツであるとされます。ジャマイカのレゲエも黒人由来ですし、ブラジルのサンバもそうです。さらにボサノバはサンバを母体とすると言われます。また、南北両米大陸ともネイティブ民族由来ではなくアフリカ大陸から強制的に連れてこられた黒人由来である事が非常に興味深く思われます。

前の記事で、僕は「地」の要素が希薄なクラシック音楽に物足りなさを感じると書きました。西洋音楽に黒人音楽がフュージョンする事で、この「地」の要素が加わったと言えるでしょう。西洋音楽は、その成り立ちからして、科学と同様に極めて強い不変性を持つ事は理解できますが、なぜ黒人(アフリカ)由来の音楽要素がこのように民族や人種や地域を越えて普遍的に愛聴されるのでしょうか? これはもしかして最強のコンビネーションなのでしょうか?
これについては今回は深追いせず、ここらで「ジャズ」の方に話題を向けますね。やっと「ジャズ」です。

黒人色の強い音楽ジャンルには、ジャズ以外にもソウル、R&B、ブルース、ゴスペル、ラップ等がありますね。
ではジャズを特徴付ける要素って何なんでしょうか?

ジャズの起源を調べてみると、20世紀に入ってアメリカの黒人達が白人に混じって、あるいは黒人だけのバンドで演奏するようになり、1930年代に主に都市部に移住した黒人ミュージシャンによってソロ演奏が重要視される「ジャズ」としての進化を遂げたと言われています。1940年代になると、マンネリ化したスウィングジャズに飽きたりずに即興演奏を強く指向する演奏家達がジャムセッションを行うようになり、その結果「ビバップ」と呼ばれるスタイルが発生したとされます。このビバップによって、ソロを順番ずっこに回し、コード構成を守りながらテーマの原型をとどめないくらい旋律をデフォルメするという、僕達にもお馴染みの「モダンジャズ」のスタイルが確立されたようです。フムフム。。。

「ジャズ」を他の黒人系音楽から際立たせる要素のひとつは「ソロ演奏」、もうひとつは「アドリブ」と言って良いでしょう。

では「モダンジャズ」とはどのように定義されるのでしょうか。
一般的に「モダンジャズ」とは、1940年代のビバップから1960年代末(マイルスの電化あたり)までを指すようです。

これに対し、僕の考える「モダンジャズ」はこれよりも10年ほど後にシフトしています(ビバップを含まない)。つまり、1950年台に役者が揃って大きく進化を遂げ、1960年台に洗練/先鋭/多様化して絶頂期を迎えるも後半にはロックに圧され始め、1970年代になるとウェザーリポートやジャコを中心に小数のミュージシャン達がなんとかジャズの探求を継承し、1980年代にジャコの死をもって事実上終焉した一連のアートムーブメントを「モダンジャズ」と勝手に定義します。これは全く独断的なハチマル流定義ですので、ご注意を。。。。

僕の興味が、他の黒人系音楽ジャンルではなく専ら「ジャズ」、とりわけハチマル定義の「モダンジャズ」(1950~1985年)に向かう最大の要因は、おそらく彼らの「探求」という行為にあります。彼らは、マイルスは、コルトレーンは、黒人特有のギョロ目をあのように血走らせ、汗と涎とアルコールとドラッグにまみれて、あのように命懸けで、一体全体ナニを探求したのでしょうか?

ハイ、時間切れ。。。。

今回は問題提起のような形になりました。
次回からは「黒人(アフリカ)由来の音楽要素を含む現代的西洋音楽が何故このように普遍的に愛聴されるのか?」「モダンジャズの時代を駆け抜けたジャズマン達は一体全体ナニを探求しようとしたのか?」といったオハナシになると思います。オッタノシミニ!

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2013年10月08日 (火) | Edit |
さて、今回から、ジャズについて掘り下げて考えてゆきたいと思います。といっても、全く先は見えません。どうなる事か?

まず、西洋音楽について。。。
ここで言う西洋とは、ローマカトリックの支配権にあった地域を指します。ルネサンス以前の中世では、世界観や思想は教会によって厳しく規制されており、これに反する考えは異端とみなされて悉く罰せられました。コペルニクスさんの「地動説」もそうでしたよね。個人が自由勝手にこの世界を探索する事ができなかった時代です。そして、全ての知的/精神的活動は修道院で営まれました。これは後に僕達のよく知る「科学」や「芸術」に発展する1つの母体となりました。一方、もう1つの母体となるべき輝かしいギリシャ時代の知的遺産は教会によって異端とみなされ、当時の西洋からは放逐されていました。しかし幸いな事に、この遺産はイスラム圏で大切に大切に本当に大切に継承されていたのです。当時、西洋よりもイスラム圏の方が遙かに文化的に進んでいたようです。

そんな西洋も16世紀になると、「神さん(教会)の言わはる通り」ではなくて「自分達で(人間が)」「ホンマの事を(世界の仕組みを)」「知りたい」という衝動を教会が抑えきれなくなります。素直に世界を見てみると、教会の言う事に色々と矛盾がある事がわかってきたのでしょうね。地動説が良い例です。これが「ルネッサンス!」です。「ホンマの事を自分で知りたい!」という「知への渇望」がルネッサンスの基本的原動力だと言われます。

そして西洋の人々はイスラム圏に教えを請うてギリシャの知的遺産をオベンキョしなおし、「人間の理性」でもってこの世界を読み解こうとし始めます。イスラム圏はキリスト教圏よりも異教に対してずっと寛容であったようです。これが「科学」(Science)の起源です。「キリスト教 + ギリシャ文明 = 僕達の知る西洋文明」と言えるかもしれません。

ここで、コミック「のだめカンタービレ」の千秋が常任指揮者を務めるマルレオケのコンマス(シモンさんだっけ?)が団員達に語った言葉を再掲します。

「アンサンブルの神髄はハーモニー。要するに『調和』だ」
「この調和は古代ギリシャ時代の『ハルモニー』と呼ばれ、キリスト教社会になった時『神の作りたもうた世界は素晴らしい調和によって創造されている。その調和の根本原理は数の関係によって成り立つ』」
「それを探求することによって、調和の謎が解明でき、神の世界をより詳しく知る手がかりを得ると考えた」
「音楽の本質は『調和』にあるのだ。それを表現するのが真の『音楽家』なんだ」


実は、これを盗み聞きしたノッダメちゃんが、帰宅してから千秋にこの事を伝えます。これに対し、千秋は下のように解説します。

「それってポエティウスや、グイード・ダレッツォが言ってたことだと思うけど」
「1500年くらい前は、神の作った世界の調和を知るための学問が、天文学、幾何学、数論、音楽だったんだ」
「本来、音楽(ムジカ)とは、調和の根本原理そのものを指していて、理論的に調和の心理を研究することが『音楽』だった」
『理性の力によって作品全体に対し入念に音楽を判断できる人』を『音楽家(ムジクス)』といって、ただ音を歌ったり、演奏する人を『歌い手(カントル)』と言った」「『カンタービレ』の語源だよ」


西洋音楽は、神が創造したもうた世界の調和を「理性の力で」知るための学問として発祥し、天文学や数学と同じように扱われた。つまり「科学」(Science)と同根であるという事です。

ルネッサンスの原動力は「知りたい!」ですが、そのアプローチにおいては「人間の理性」の可能性に絶大な信頼が置かれました。いわゆる「ヒューマニズム」(人間中心主義)です。それまでの「神さん一辺倒」に対する反動かも知れません。人間の理性だけで世界の全てを知り得ると信じたという事です。今で言う科学万能主義に近いでしょうか。日本の歴史のように「神さんも人間も、分からん事も分かる事も、まぁまぁエーグアイに」と穏やかには事が進みませんねぇ。。。

しっかし、20世紀になると、まず芸術家達が「理性だけで世界を探求するのは無理とちゃう?」と気付いて行動を興します。ヨーロッパを主戦場とした人類初の世界大戦を経て、「人間の理性」を信じきれなくなったという面もあるでしょう。例えば、ピカソら画家達はアフリカの芸術(アニミズム)に強い影響を受けました。これは実は画期的な事で、それまで西洋人はアニミズム的土着文化を低く見る(蔑視する)傾向が強かったからです。さらに、芸術家達は、理性を解放した無意識の世界を探求しようとする一大ムーブメント「シュールリアリズム」を興します。音楽では、「原始主義」と呼ばれたストラビンスキーの「春の祭典」が初演され、楽壇をセンセーショナルな賛否両論の渦に巻き込みます。ルネッサンス以来の「理性信仰」への挑戦あるいは否定ですからね。この反響は凄かったらしいです。僕達にもっと身近なところでは、ビトルズでもお馴染みの、東洋哲学への傾倒やドラッグの利用によるサイケデリック ムーブメントがありましたよね。

第二次大戦を経て、ちったぁ賢くなった?僕達現代人は、科学で全てを知り得るあるいは解決できるとは誰も信じていませんよね。科学はとっても分かりやすくて強力だけど、この世界を極めて「限られた」観点または断面でしか見れない限定的専用ツール群に過ぎません。あ、と脱線しそう。。。。今回はジャズまで辿り付けそうにありませんね。

今回の結論として、
- 西洋音楽はキリスト教に深く根付く「天」を指向する音楽である事
- 「天」へのアプローチにおいて「理性」に重きが置かれたという事(Scienceと同根)
の2点が重要かと思います。

さて、次回はいよいよジャズにアプローチを試みます。
西洋音楽が「天」を指向するのに対し、ジャズは「地」を指向する。というオハナシになる予定です。オッタノシミに!

追記
ここに書いてある事は、まず何よりもビトルズ以来様々なジャンルの音楽を聴いてきた僕自身の実体験に基づき、「キリスト教」「西洋史」「芸術史」に関する僕の広くボンヤリとした頼りない知識から総合的に(半ばファジーに、直感的に)導きだした洞察です。正確性を期していません(学術的な裏を取っていない)。鵜呑みにせぬよう、お願い致します。クレグレモね。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してます にほんブログ村ランキング参加中
テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2010年12月21日 (火) | Edit |
これも何度も書きましたが、ハチマルはそこそこ上等のカナル型イヤフォンの低音の聴きやすさに感動し、そのような低音がスピーカーでも聴けるようにとアレコレやってきたワケです。この歳にして、十分な低音まで明瞭に聞こえると音楽を聴く楽しみが倍増するコト、今までそのような低音を聴いていなかったというコトに遅ればせながら気付いたという次第です。

このためLEANAUDIOを振り返ると、低音再生(主に100Hz以下)の事ばかり書いてきたような気がします。100Hz以上であれば、現在の技術レベルでなんら苦労なく普通に再生できる(例えば8cmフルレンジ1本で十分に再生できる)ため、この領域は専ら「好みの問題」と考えて細かい事は敢えて書かなかったという面もあります。しかし100Hz以下の正確な再生となると、前の記事で書いたようなスピーカー本体の問題のみならず部屋の音響特性も含めて様々な困難が伴う事、そして何よりも、カナル型イヤフォンで聴いて100Hz以下の正確な再生が音楽を楽しむ上で決定的に重要だと気付いた事から、このブログの首題も自ずと「低音」寄りになったと言う次第です。

今回は、様々なジャンルの楽曲の周波数分布(スペクトル)から低音再生の重要性をあらためて考えてみます。

まずはCDのトラックのスペクトル解析結果をざっとご覧ください。

以下のグラフでは100Hz~40Hz帯域を黄色、40Hz~25Hz帯域を緑で示しています。

1)ベートーベン交響曲(全てブロムシュテッド指揮)
No.4 第1楽章
bet4.jpg

No.5 第1楽章
bet5.jpg

No.7 第1楽章
bet7.jpg

2)アコースティックJAZZ
マイルス/RIOT
Miles Riot copy

コルトレーン/至上の愛-1
 Coltrane A love supreme 1

3)エレキJAZZ
ウェザーリポート/Volcane for Hire
WR Volcano for Hire

ジャコパストリアス/Invitation(Japanライブ)
Jaco Invitation

4)ロック/ポップ
マドンナ/Bad Girl
Madonna Bad Gir

ピンクフロイド/吹けよ風、呼べよ嵐
PF One of These Days

いずれのジャンルでも、40Hzまでの黄色の帯域には明瞭なピークが見られ、重要な音楽情報が含まれている事が分かります。この帯域まではしっかりと再生したいものです。

ちなみに下記はオーケストラの低音楽器の最低音階です。
コントラバス E1 (41.2 Hz)
ベースクラリネット D2 (73.4 Hz)
バスーン Bb1 (58.3 Hz)
コントラバスーン Bb0 (29.1Hz)
ベーストロンボーン B1 (61.7 Hz)
40Hzまで再生できれば、コントラバスーンを除く低音楽器の最低音階をカバーできると言えます。
ジャズのウッドベースはもちろんエレキベースの最低音階もコントラバスと同じです。

打楽器の場合、ティンパニは F2 (87.3 Hz)、バスドラムは30~80Hzとされています。ハチマル所有の「春の祭典」には35Hzの強烈なバスドラが録音されています。ピアノの最低音階は27.5Hz、パイプオルガンになると20Hz以下なんてのもあるそうです。ベトベン最晩年のピアノソナタでは32Hz(C1)まで使っています。まあ、パイプオルガンはともかく、30Hzまで確かなレスポンスを確保できればほぼ理想的と言えるかもしれません。というか、それ以下の周波数では聴覚だけで知覚する事は難しく、大型装置で部屋全体の空気を揺るがさないと感じないと思う。

以上は全て西洋音楽ですが、日本古来の音楽ではどうでしょうか?

5)雅楽
ツタヤで雅楽のCDを借りてきました。雅楽は中国から伝来した音楽で、日本音楽の中では珍しいとされる多種楽器の合奏形態をとり、CDのサブタイトルには「平安のオーケストラ」と書かれています。その中から比較的長い「喜春楽」序と破のスペクトルを下に示します。
喜春楽」序
gagaku.jpg
「喜春楽」破
gagaku2.jpg

これらと比べると、西洋音楽のスペクトルはどのジャンルでも随分左上がり(低音寄り)である事が分かります。よく言われるように「西洋音楽は低音を土台として、様々な音域の楽器のハーモニーを積み重ねる事によってピラミッドのように構築されている」というのがよく分かりますね。ハチマルがカナル型イヤフォンで過去に聞き込んだ音楽をもう一度聴き直してみて気が付いたのもこの点です。この構造を土台の低音までしっかりと正確に耳に届けて聴く事ができれば、今までよりももっともっと音楽を楽しめると。。。

低音再生において、周波数ドメインのみならずタイムドメイン的クオリティ(位相、トランジェント特性)も重要なのは言うまでもありません。ジャズを聴く場合は特にそうだと思います。ジャズではスイング感とかグルーブ感とか言われる絶妙なビートのユラギが非常に重要です。例えば4ビートの場合、均等に四分音符を刻むのではなく、絶妙かつダイナミックにタイミングをゆるがしています。そして、その重要な役目を担うのがベースとドラムスです。ベースとドラムスがヘボなジャズバンドはとても聴けたモノではありません。例として、ジャコは16ビートの超高速ベースでバンドをグリングリン加速します。加速といってもペースそのものは一定なのですが、まるでエッシャーの騙し絵の階段を駆け上るように、無限に加速していくかのような錯覚にとらわれる事があります(このグルーブ感というかドライブ感がジャコの真骨頂だと思うぞ)。エンディングに向かって大編成のビッグバンドをベース1本で無限に加速し続けるジャコのベースを聴く時、僕は未だに鳥肌が立ちます。このようなジャズの醍醐味を味わうには、タイムドメイン的に正確な低音がとても重要だと感じます(これがバスレフ型を受け入れられない主要因だと思う)。クラシックの場合、交響曲ではそれほどタイムドメイン的重要性は感じません。しかし、ベトベン最晩年のピアノソナタの低音部にゾクゾクっとする時に、その重要性をつくづく感じる事があります。

まあ、ハヤイハナシが西洋音楽を楽しむには「可聴帯域の下限近くまで位相を乱さずに十分なレスポンスで耳に届かせる事が重要」という事です。これがハチマルの言う「微視的な音質以前に最優先で達成せらるべき総合的音楽再生クオリティ」です。別にそれが観念論的にあるいは技術論的に理想だからそうあるべきだと言っているのではありません。記録されている音楽の聴きやすさを求めれば、より良く聴こうと求めれば、より深く楽しもうと求めれば、自然とそうなるという事です。それがLEANAUDIOトライアルを通してハチマルが得た結論でもあります。

次回に続く。。。

お役に立てたらクリックしてください。ランキングに参加してますにほんブログ村
テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。