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2009年02月17日 (火) | Edit |
前の記事でバイノーラル録音の話が出たのでついでに。

僕の専門分野ではないのですが、以前仕事で間接的に関わった事のある自動車の室内音の評価について書きます。

<その前に>
バイノーラル録音とは、人間の鼓膜に届く音声をそのまま記録することによって、イヤフォンで再生したときにあたかもその場に居合わせたかのような臨場感を再現しようとする録音方式です。録音には人間の頭部形状を真似たダミーヘッドと、両耳の位置に取り付けたマイクロフォンを使用します。再生音からはその場に居るような臨場感や立体感を得る事ができるとされています。
両耳に届く音は頭部や上半身の形状に影響されます。人間はそれによって生じる左右の微妙な位相差や音圧差から音の方向を認識するわけですが、それをそのまま再現しようというのが狙いです。

通常の2チャンネル ステレオ方式はあくまでも自分の部屋で「それらしく」音楽を楽しむためのものであり、正確に生の音場を再現する事はできません。

最近の自動車は、室内音をただ静かにするだけでなく、積極的にそのモデルのイメージに合ったサウンドを創り出すといった事をやっています。耳障りで不快な音成分は徹底的に除去した後に、例えばスポーツカーであればスポーティーなサウンド、高級車であればラグジュアリーなサウンドを表現するのに必要な音成分だけを選択的に残したり強調したりするわけです。時にはエンジンの吸気音がドライバーの耳に届くように細工したり、性能を多少落としてでも吸排気系の形状を変更したりもします。これらの技術はサウンドエンジニアリングと呼ばれています。クルマの性能自体は各社横並びの状態にあるため、特に欧州メーカーを中心にサウンドキャラクターによる製品の差別化が重要視されつつあります。欧州のユーザはクルマを選ぶ際の選択基準として室内サウンドを重視する傾向にあると聞きます。

この分野では人の音の感じ方に基づく音質指標として心理音響パラメータを使用します。例えばラウドネス(音の大きさ)、シャープネス(甲高さ)、ラフネス(ざらつき感)、トナリティ(純音感)とかがあります。これらのパラメータの値は、信号解析によって定量的に数値化可能です。そして、これらの客観的なパラメータと、主観的なフィーリングである「スポーティ感」あるいは「パワフル感」がどのように相関付けられるかを、多数の被験者によるリスニング評価(一種のブラインドテスト)の統計的解析によって同定するといった事が行われます。

リスニング評価では、被験者にできるだけリアリティのある音を聴かせる必要があるため、バイノーラル方式で録音/再生を行います。すなわち助手席に設置したダミーヘッド(マネキンの耳にマイクロフォンを埋め込んだもの)を使用して録音し、被験者にはヘッドフォンを使用して試聴してもらいます。さらに被験者前方の床面にはサブウーハーを設置して、ヘッドフォンでは再現しきれない重低音を再生します(遅延は補正)。サブウーハーを使用するため、試験は無響室内で行い、サブウーハーからの音が聞こえるようにオープンエア タイプのヘッドフォンを使用します。

例えば、フェラーリ、ポルシェ、NSXといった内外の主要なスポーツカーのフル加速中の室内音を録音して、そのままの再生音やDSPで一部改変した再生音を被験者に聞かせ、その音からどの程度の「スポーティさ」が感じられるかを10点満点で主観的に評価してもらうわけです。当然被験者にはそれがどのモデルの音なのかは知らされません(ブラインドテスト)。

そのようにして集められた多数の結果と心理音響パラメータの値を統計的に照らし合わせて、最終的には顕著な相関性を示す数個の心理音響パラメータから「スポーティーさ」の点数を算出するための計算式を多重回帰法を用いて導き出します。その計算式を解析装置にプログラミングし、録音したデータを解析装置に流せば、「スポーティさ」の点数が出力されるといった具合になります。ちょうどカラオケの点数みたいなもんです。新型車の開発においては、このようなツールを駆使して様々な改造が行われます。

僕も被験者の一人として参加させてもらったのですが、世界中の有名スポーツカーの音が聞けてなかなか楽しい経験でした。ブラインドでしたがフェラーリはすぐに分かっちゃいました。ちなみに完全な主観評価にもかかわらず、被験者間の差は以外と少なかったです。ただし、同じ試験をヨーロッパ人と日本人でやると、はっきりとした傾向の差が現れます。基本的に欧州人はやや濁った迫力のある低音を好む傾向にあり、日本人はエンジン回転と連動した澄んだ高音(F1に代表されるレーシングサウンド)を好む傾向にあります。

以上は、プロフェッショナルなレベルで再生音のリアリティが求められる場合のバイノーラル方式の実施事例として紹介しました。

自分の部屋でコンサートホールを本当にリアルに再現したいのであれば、このような方式をとるのが最も現実的ではないかと思います。でなければ少なくとも2chステレオシステムではなくマルチチャンネルのサラウンドシステムを採用すべきでしょう。前の記事で書きましたが、僕個人は音楽を聴くにあたってそのへんのリアリティをあまり求めません。

オーディオ界でも以前一度バイノーラル ブームがあったように記憶しますが、その後すぐにすたれてしまったようです。最近はMP3プレーヤーの普及によってヘッドフォンなりイヤフォンが広く受け入れられ、それら機器の装着感や性能も大きく改善されているので、今一度バイノーラル録音を見直してみてもよいのでは、と思います。録音する側の技術においても、以前は外耳道までリアルに再現したダミーヘッドが一般的に使用されましたが、最近ではおむすび状のシンプルな形状のダミーヘッドが開発されています(実はこちらの方が自然に聞こえるらしい)。また信号処理技術も飛躍的に進歩しているはずです。

蛇足ですが、このような積極的なサウンドの創出による車の個性化あるいは差別化といった動きは、欧州の自動車メーカーが先行していました。それまで、日本の自動車メーカー各社は室内音を何dBまで下げられるかでしのぎを削っていたわけです。特に一時期のT社の車は気色悪いぐらい静かでした。しかし、そのような車では操作に対するフィードバックが得られないため、運転の楽しさが得られないばかりか、危険さえ感じる事がありました(知らない間にスピードが出ている、無駄にアクセルを踏んでしまう等)。

最近、オーディオ界においては個性的な外国製スピーカーが幅を効かせ、気真面目に作られた日本製スピーカーは苦戦している模様ですが、何となく関係のありそうな話ではありませんか?

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