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2012年08月21日 (火) | Edit |
以前の記事では、レビューにおける計測データの必要性について書きましたが、今回はブラインドテストの必要性について考えて見ます。雑誌のレビュー記事については、今回が最終回になると思います。

人間の感覚に頼った評価を感応評価と呼びます。例えば、以前の記事で紹介した自動車の室内音の評価(参考記事)では、バイノーラル方式で多数の室内音サンプルを収録し、多数の評価者がヘッドフォンで再生音を聞きながら感応評価(ブラインドテスト)を行い、得られた膨大なデータから統計的手法に基づいて主観的感応値と客観的物理値の間の相関性を導出しています。

身近な感応評価の例としては「利き酒」やワインのテイスティングが挙げられます。これも、一般的にブラインド方式で行われます。このように、学術的な目的や、結果を公にする事を目的に行われる感応評価では、正確さと公正さを期すために、ブラインドテストを実施するのが常識です。これは、評者の先入観や思い込みによる影響(バイアス)を排除するためと、コンテスト等においては出品者と評価者間の利害関係がからんだ不正を防ぐ必要があるためです。感応評価において、公明正大な結果を得るには、ブラインドテストを実施する以外に方法はありません。オーディオ装置の感応評価においても当然です。

オヂオ分野では、先入観や思い込みによる影響を「プラセボ効果」とか「プラシーボ効果」と呼ぶ事が多いようですが、これは元々医療分野で使われる専門用語であり、「偽薬効果」を意味します。医者が何の薬効もない偽薬を「よく効くから」と偽って患者に投薬すると、患者には自覚症状だけでなく客観的に測定可能な症状の改善が現れる場合があると言われます。人間とは、それほど「思い込み」に左右されやすいという事です。偽薬効果の検証では、二重盲検法と呼ばれるブラインドテストが行われるのが普通です。これは患者だけでなく投薬する医者自身にも、それが偽薬かどうかを知らせないという方法です。現在のオヂオ趣味は、それはそれは、もう常識的にどう考えても超微妙なチガイに拘泥しておるわけですから、常識的にどう考えてもプラセボ効果が相当に影響しているはずです。この効果を排除して評価するには、ブラインドテストを実施するしかありません。

さて今回は、明治時代から開催されている全国新酒鑑評会(独立行政法人酒類総合研究所主催)について、ちょいと調べてみました。酒類総合研究所は国税庁醸造研究所の後進機関だそうです。お酒は貴重な税収源なので、国税庁が関係するんですね! 知りませんでした。
参考:
ウィキペディア「利き酒」
独立行政法人種ル総合研究所のホームページ

気付いた点をいくつか上げて見ます。

この鑑評会は歴史も長く、国の公的機関により全国規模で開催される唯一の日本酒鑑評会であるとの事です。このため、審査員には、地方公設醸造技術指導機関職員、国税庁鑑定企画官、国税局鑑定官室職員、酒類総合研究所職員というそうそうたるプロフェッショナルが名を連ねています。また、酒類総合研究所では、清酒に関する感応評価の専門家(清酒専門評価者)の育成と認定も行っています(コチラ)。清酒専門評価者とは「感覚の感受性が高く、清酒の香りや味の多様な特徴を評価するのに一貫して反復可能な能力を有している評価者で、清酒の官能評価の経験があるとともに、清酒の製造方法や貯蔵・熟成に関する知識を有している専門家」と規定しています。

この種の非常に繊細な感応評価においては、評価者のクオリティが何よりも重要となるのは当然です。上記の自動車室内音の評価でも、本格的な解析に進む前に、評価者の適性を統計的に評価しています。その結果、評価の反復性に問題のある者や、他から全くかけ離れた傾向を見せる者が数名見つかり、そのような評価者の結果はその後の本格的な解析作業から除外しています。。。やるたびに評価結果が異なる気まぐれな人や、他の人達から感覚や嗜好が極端に逸脱した個性的すぎる人は評価者として不適合だという事です。僕も評価に参加したのですが、僕自身の結果の反復性は非常に優秀で、傾向も極めて中庸でした。エヘン!。。。巷の自称オヂオ評論家達はどうなのでしょうか?一体誰によって適性が確認されているのでしょうか?全体どの程度信用して良いのでしょうかねぇ?

この鑑評会では、酸味、香味等、計測可能な客観的データも参考にしているようです。評価はあくまでも感応評価によるようですが、サンプルの並び順を決める(グループ分けする)ための参考にするとともに、製造者へのフィードバックとして活用しているとの事です。また、予備審査では、下のようなテンプレートを使って、評価項目を明確に統一しています。
sake.jpg
さすがに、国が自国の大切な文化である「酒」の振興を図るために開催しているだけあって、結構しっかりと運営されているのではないでしょうか。

さて、オーディオですが、客観的計測データとブラインドテストを異常なまでに忌み嫌う体質は、一体全体どうしてなのでしょうか? 僕には全く理解できません。何か正当な理由でもあるのでしょうか? 少なくともどちらかは真面目にやるべきでしょう。両方ともヤダッ!て、そらアカンでしょう。だだっ子ですか?。。現在の状況は、好き勝手言いたい放題やりたい放題でプラセボまみれの全くの魔境のように見えてしまいます(ナンタラ変えました!カンタラが変わりました!スゴイです!と言うだけ。。やたら高額だし)。これでは技術的にも市場的にも健全な発展を望めるわけがアリマセン。世間一般の人々が近寄らぬのも当然です。

また、今回は利き酒を例として取り上げましたが、玄人さんがオーディオ装置を評価するに際して、決して忘れてはならない、常に「ワキマエル」べき大前提があります。それは、「酒」はオリジナルの創造物であるのに対し、オーディオ装置は「オリジナルの創造物たる媒体に記録された音楽作品」を「再生」または「伝達」するための装置であるという事です。この根本的な相違点は、何時如何なる場合も、決して疎かにしてはならないはずです(玄人さんはね)。

またまた繰り返しますが、個人個人のオヂオマニアは、どう好き勝手してもOKです。それは個人的な「趣味」だからです。しかし、公に情報を発信し、一応権威として世の中の多くの人々に影響を与えるジャーナリズムがそうであっては決してならぬはずです。楽しければ何でも良いとは口が裂けても言えぬのが玄人さんの玄人さんたる所以であり責任ではないでしょうか。巷のオヂオマニアが個人のブログで「ナンタラ変えました!カンタラが変わりました!これはもうスゴイです!」と何の裏付けも何の検証も何の責任もなく発言するのとは立場が全く異なります。玄人さんは世の中に対して責任を負わなければなりません。少なくとも、その責任を認識していなければなりません。僕が小学生の頃、自動車雑誌を読み始めた頃、当然ですが、メーターがずらっと並んだスポーツタイプのモデルが大好きで(ギャランGTOとかセリカ1600GTね!)、それに対して玄人さんってのはツマラナクテ地味な事ばかりを繰り返しシツコク言う人達だと思いましたもん。

以上、ネタ切れたかな?

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2011年09月04日 (日) | Edit |
ネットラジオを聴いていると、128kbpsの局でも、特にクラシック曲で、時どき高音に違和感を覚える事があります。例えばピアノの高音のアタックがビビッタ感じに聞こえるとか(得にベトベン専門局を聴いている時)。逆に低ビットレート(64kbps)の局でも、同様のアタック音が気にならない場合もあります。局側のデータ処理方法によって音質が異なる可能性もあります。

そこでケロに使っていたTU-870をガマに使用したところ、なかなか具合良さそうです。低ビットレートでささくれだったところを適当に丸めてくれるという事でしょうか?しばらくこの組み合わせで聴いてみたいと思います。ケロ君にはKA-S10で我慢してもらいましょう。TU-870、も一個買うかな?

847.jpg
ほこりだらけのTU-870。トランスが大きいので、横いっぱいにはり出しています。

僕のTU-870はプチ改造しています。回路自体は3結等を試した後オリジナル状態に戻しましたが、出力トランスを大きめの物に交換しています。また、カプリングコンデンサを定番の「ビタミンQ」に交換しています。このビタミンQですが、最初は「なんじゃこりゃ」という感じの音でした(ダルい音)。エージングに時間がかかるとは聞いていたので、とりあえず音質にあまり影響しない部分(NFB回路)に取り付けて約半年間使用した後に、再びカプリング用に使用したところ今度はGOOD。標準のコンデンサより確かに素敵な音がするような気がするようなそんなような気がしました。少なくとも新品の音は標準コンデンサに比べて明らかにダルかったので、エージングによって音が変わったというのは確かなようです。コンデンサにしろコイルにしろ機械的構造を持ち、交流が流れると微小に振動するため、エージング効果というのは確かにあるようです。ですからアンプ等電気回路のエージングというのには納得です。スピーカーは全くの電気/機械部品ですのでエージングが重要なのは自明です。デンセンはよくわかりません。

ちなみに、オーディオ用として珍重されるコンデンサの多くは、コンデンサとしての純粋な電気的特性という観点では落第品だそうです。人間って、音に適度な雑味が加わった方が気持ち良く感じるという事でしょう。真空管アンプが好まれるのも、同じ理由だと思います。やり過ぎると音楽が聴きにくくなりますが、基本的音楽再生性能(可聴帯域の下限近くまでフラットに位相遅れなく)をしっかりと確保し(これは音楽再生装置として最優先されるべき大前提)、付帯音を徹底的に除去した上で、ほんのりと好みの雑味を効かせるのは乙なものかもしれません。そういう意味で、LEANAUDIO(デジタル ニアフィールド)+真空管アンプは相性が良いと思います。部屋で響かせーの、箱で響かせーの、アンプで響かせーのというのは制御不能(富士の樹海)なような気がします。今時はソースまでDSPで響かせーのですからエライこってす。ホンマニ。。。

片方の真空管が駄目になりかけていた(時々ブチバチ音がする)ので、片方だけ新品に交換しました。同じEH製なので、ペアリングは気にしない事にしています。人間の耳って、左右で結構特性が異なります。イヤフォンの片方を右耳と左耳で聴き比べて見るとよく分かりますよ。。だもんで、細かい事は気にしない事に。 ちなみに体調(たぶん血圧)や鼓膜前後の圧力差の状態等によっても、耳の特性は結構変化するように思います。ダイビングの時にやる「耳抜き」をすると、高音の聞こえ方が明らかに変化する場合があります。音質をチェックする時は、必ず耳抜きをして鼓膜の前後圧を均等にしましょう? てか。

装置の微小な変化に対して人体および環境側の物理的/心理的変動幅が非常に大きいような気がします。つまり、その時の肉体的/精神的状態(上記の耳の状態、気分、直前の出来事)、環境(周囲の騒音、明るさ、気温、湿度)による物理的および心理的影響、とどめは例のプラシボ(だっけ?)も主観的「音質?」に影響します。なので、「音質?」を気にせずに長時間「音楽」を聴いてみないと(つまり本来の目的で長時間使用してみないと)、装置の音質評価はできない。。。というのが、LEANAUDIOでイロイロやった上でのハチマルの結論でもあります。例えば、吸音材ぎゅう詰めは今やLEANAUDIOの標準仕様となりましたが、ポチ2型の吸音材が箱イッパイになるまでに半年以上もしかしたら丸1年はかかっています(年がら年中、仕事しながら目の前のSPで様々なジャンルの音楽聴いた上での結果です)。

そのようにして最終的に生き残ったのがAlpar6M馬鹿ブー(この瞬間「ZAP(ザップ)」君と命名!)とケロ君です。さてさて、今回のガマ君は生き残れるのでしょうか?

追記1
出典: 英辞朗
zap
【間投】
バシッ、ビュッ、ビュン
【名】
〈米話〉攻撃
〈米話〉活力、元気、情熱、活気
〈米俗〉《コ》消去
【自動】
サッと動く、素早く動く
【他動】
強打{きょうだ}する、打ち負かす、攻撃{こうげき}する、感動{かんどう}させる、撃つ、口でやっつける、砕く、殺す、負かす、素早く動く、驚かす
電子レンジでチンする

追記2
そんなオーディオで楽しいのか?と思われる方も居られるでしょう。言っておきますが、ハチマルは別にいわゆる「オーディオ趣味」を「楽しむ」つもりは毛頭ありません。「音楽」をより楽しみたいだけです。そして、LEANAUDIOのおかげで、未だかつてなく「音楽」をより楽しめるようになりました。学生時代にケロが欲しかったとつくづく思います。クソ。。。逆に、マニアックなオーディオを見ていて、やたら微細な音の違いを聞き分ける事がそんなに「楽しい」のかなぁ?もっと他に重要なファクタがいっぱいあるのになぁ。。と僕には不思議に感じられます。ハチマルは「自分の部屋」で「音楽」をより快適により深くより自然により明瞭に聴き取れる装置が欲しいので自分で作っているだけです。面倒臭いけど。。。「音楽」に対する確固たる嗜好というのはしっかりと持っているつもりですが、「確固たる自分の音」とやらには執着しません。再生音には「正確/自然/明瞭」であって欲しいと願います。。だって、基本的に「確固たる自分の音」を持つべきは表現者の側であって、「音に対する確固たる嗜好あるいは表現意図」を持つ「音楽家」が鍛え抜かれた感性でもって選びぬいて決めて世に問うた音をできるだけ素直に聞きたいわけですから。それがその音楽家および音楽作品の表現/個性であるわけで。。。。そのへんが真逆というか。。。そもそも「音」は音楽を構成/伝達するための素材/媒体であり、その「音」でもって記録されている「音楽」の全体と細部を正確/明確に再生/伝達してくれる事を第一に望みます。そんなもの(計測で評価できる音質の改善)は簡単にできる、計測には表れないビミョーな「音質?」の追究こそが難しくて重要なんだてな事を言われますが、その「簡単な事」をきちんと現実的な実用環境で提供してくれる装置が果たしてあるでしょうか?バスレフポート、アナログフィルタ、一般ユーザの住環境に対して馬鹿デカ過ぎるサイズ、アホみたいな価格。。。僕の部屋で僕のデスクトップで僕のベッドサイドでの実用状態で僕の満足できるレベルの音楽再生クオリティを提供してくれる現実的なサイズ/価格の実用装置は、僕の知る限り市場に存在しません(これに対し携帯プレーヤー、イヤフォン/ヘッドフォン関係は性能/価格/デザイン的によく頑張っていると思う)。ヒャクマンエンする大層な装置をぶち込んでも駄目な事は明白です。売ってりゃ買ってますがな。面倒くさい。。どうもこのへんは永遠に平行線をたどると思います。因って立つトコロが180度異なるわけですから。以前に書いたオーディオ装置を「音楽」を聴くための道具とするリスナーズ オーディオと、オーディオそのものあるいは「音」そのものを趣味とするエンスージアスティック オーディオという事でしょう。雑誌等のメディアは後者ばかりを取り上げ、オーヂオとはそう言うものと固定観念を持たされている可能性もあります。それこそメディアや周囲にまどわされず、「自分」は音楽をどう聴きたいのかという「確固たる自分のスタンス」を持つ事が大切だと思います。よ。。。

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