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2013年03月13日 (水) | Edit |
「科学的に考たら、そんなモンで音なんか変わるわけないやろ」
「いんや、音は絶対に変わる。アンタの耳が悪いダケや。変わらんと決めつける態度こそ非科学的やろ」

と、まぁ、相変わらずそのような論争が絶えないようですね。この議論はしっかりと系統立てたブラインドテストを実施しない限り永久に平行線を辿るでしょう。でも、「変わる」と主張するヒトほどブラインドを嫌がるんだよね。。。ドシテ?

僕としては
「ウーーーーーーーーーーーーンと精進とやらしてウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンと集中とやらすれば、もしかするとウルトラ微小な音の違いを感知できるのかもしれんけど、そんな微小な音の違いがドナイヤッチューネン。気分や環境や体調の変化に埋もれてしまうだろうし、そんなもん追っかけマーしたらグルグル回ってキリが無いし、音楽聴いているどころじゃないだろうし、常識的に考えて全く不当に高額だし、そもそも金額とコノミの問題は本来全く相関しないはずだし(クオリティとは別問題だし)、音楽を鑑賞する上でウルトラ超絶的にもっと基本的で重要なファクターが全く疎かにされていると思うし、ドーデモエーンチャウ?数寄の領域だから、それが楽しいと思うヒトは数寄にやれば良いと思うけど、業界の玄人さん達やジャーナリズムは世の中に対するオーディオ装置の本来の役割をしっかりと認識して、ホンマニ何が重要なのかを明確にして大衆に伝えんとイカンやろ。ホンマのコトをさ。ソレハソレコレハコレをワキマエずに素人さんと一緒になってソンナモンばかりを追いかけマーしとったらアカンと思うなぁ。それはアクマデモ数寄、道楽、趣味、オタクの領域なんやからね。」と考えています。「たとえ変わったとて、それがドナイヤチューネン」派ってとこデスカ。

「変わらない」派は「そんなに変わる言うんやったらブラインドテストで証明してみんかい」と迫り、「変わる」派は「ブラインドテストは意味が無い」と頑として受け付けず、しかし「意味が無い」の論理的な説明は僕が知る限り一切成されず「とにかく意味が無い」の一点張り。しまいには居直って「アンプとかスピーカとかなんとかの手触りとか存在感とかブランドとか(たぶん払ったお金とか)も含めて「オト」を鑑賞しているんだから、ソーユー趣味なんだから、ナンニモ見えないブラインドテストじゃぁ正しく評価できるわけナイヤン」と、結局「諸々のプラセボ効果を含めて音は変わる(ように聞こえる)」と主張しているに過ぎないのだという事を自ら悪びれもせず堂々と暴露する始末。これでは議論にならない。

本人達がそれでエー音やと納得して喜んで金払って楽しんでいるのだからソレデエーヤン。。。というわけには参りません。それでは怪しげな新興宗教の霊感商法と変わらんでしょう。 顧客が向こうから高い餌に食い付いてくれるからといって、そのような商売をしていたら、そのような業界は縮小/衰退するのが必定です(ですよね?)。「鰯の頭も。。。」は信者の間でしか通用しません。何度も言うように、オーディオはマニアック(信者)のためにあるのではアリマセン。表現者の作った音楽が彼らの望むより良い状態ででより多くの人々に伝わるよう、誰にでも簡単に使えるよう(買ってポンと置いたら十分なクオリティで音楽をリスナの耳まで届けられるよう)、より安価でよりコンパクトな装置(家電製品)を真面目に開発せんとアカンと思うのですが。ドデショウカ?

追記
海外では比較的積極的にブラインドテストが実施されたようで、ネット上でそのような結果を見つける事ができますが、僕は未だかつて超高額機器やデンセンの優位性が実証された結果を見た事がアリマセン。クリニング屋の針金ハンガーですら聞き分けられなかったとか。。。自分の実体験と照らし合わせて見てもマーソンナモンヤロというのが実感です。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2012年11月07日 (水) | Edit |
ナゼなんでしょうか???????????

「オーディオ ブランドテスト」で検索すると、多くの方々が現在のオヂオのあり方について激しく疑問を感じておられます。しかしマニアやヒヨロンカはブラインドテストに対して総じて頑なです。ナンデヤネン?

オヂオマニア的論理としては、
『全く同じ水でも上等で高級で伝説とかがあって作り手の手の温もりとかが感じられる器を使った方が味わい深く感じるんだもん。味は同じでも安物のコップなんかで飲みたくないもん。アンプのボリュームを回したときの感触や、スイッチをON/OFFする時のタッチや、装置の立派な佇まいや、ブランドの伝説や、なんやかんや(多分、価格も)全部ひっくるめてを楽しんでるんだから、ブラインドテストなんかで評価できるわけないじゃん。無粋なブラインドテストやデータを持ち込んで夢をぶち壊さないでチョーダイ。。。』

といったところでしょうか。

しかし、それはあくまでも「それ自体を趣味とする」特殊な人々の間で通用する論理に過ぎません。

ブラインドテストを拒絶するのであれば、
『「趣味」として「好き」(数奇)をツイキューしているんですヨ。高額な装置はなんかやっぱり「音質」(客観的クオリティ)がドーコーではなく、感触とか見た目やブランドも含めてそれなりに味わいがあって、価格も含めて満足感が得られて、まぁそういう「ブツ」としての魅力やナンダカンダを全部ひっくるめて僕達はオーディオ装置のオンシツ?やナンヤカンヤを評価しているですよ。全く主観の世界なんです。だからブラインドテストやデータなんか持ち込みたくないんです。』
というスタンスを、雑誌なりヒヨロンカは世の中に対して明確にすべきですね。読者や世間に要らぬ誤解を招かぬよう、当誌は「オーディオ」の雑誌ではなく「オーディオ道楽」の雑誌なので、本当の性能や音質を知りたい読者は別の雑誌を読んでください。。。と明確にすべきだという事です。(まぁ、その「別の雑誌」が存在しないわけですが)

そう、「趣味道楽」の分野に徒にブラインドテストや客観的データを持ち込むのはマッタク無粋極まりないですよね。ロレックスの計時精度を今さら云々するヒトは居らぬでしょう。僕は趣味のオーディを否定するつもりは全くありません。それを否定したらロレックスもフェラーリも否定する事になります。それは「文化」として大切な部分でもあります。

しかし、何度でも言いますが、ソレハソレコレハコレをはっきりとワキマエル必要があります。腕時計にしろ自動車にしろカメラにしろ、それらの分野では、作り手も使い手もジャーナリズムもマニアも普通に使う人も、ソレハソレコレハコレを健全にワキマエテいます。

繰り返し何度でも言いますが、オーディオ装置は、それ自体を「趣味」とする、かなり特殊な傾向を持つ、限られた少数の人々(マニア)のためにあるのでは断じて全く絶対にアリマセン。また、そのようなマニア向けの装置や技術を頂点とするものでも全く断じて絶対にアリマセン。

日々、喉が渇いた時に、片手を腰に当ててゴクゴクップハーとオイシクお水を飲める、お気に入りのデザインの、自分の手にも口にもぴったりと馴染む、飲みやすい形状の、水漏れしたり口の横からこぼれたりせずに至極真っ当に機能する、簡単に割れたりせずに気軽に使える、どこにでも売っている、アタリマエの価格の、全く普通のコップが必要でしょう。今のコップでは、水漏れしたり、飲んでいると水が横からこぼれたり、コップから味や臭いが移ったり、やたらデカクて重くて高額だったり、使う時にアレコレ気をつかったり。。ですよね。。。アタリマエですが特別な知識や技能を必要とせずに毎日普通にお水をオイシク頂けるコップが必要でしょ。アタリマエのコップ。。。それを真面目に作らんとアカンでしょ。真っ先に。。。それが「技術」っちゅうもんです。

繰り返しますが、趣味性の高い高級なオーディオ装置を否定するつもりは毛頭ありません。ただしソレハソレである事を世の中全体がワキマエテイル必要があります。

例えば腕時計について考えてみましょう。
ロレックス。。いいですね。僕もロレックスには「物」として特別な魅力を感じます。昔からデートナには見とれてしまいます。エクスプローラをマヂで買おうかな。と思った事もあります。ただ、ある時点からモノを極力所有しない事を心掛けるようになったので(所有すると管理がメンドクサイ、そのように貴重なモノを所有する責任を負いたくない)思いとどまりました。奥さんは生意気にロレックスを使っていますが、僕は998円のデジタルです。。

さて、オヂオと事情が異なるのは、やたら高額なロレックスですが、時計としての基本的性能(計時の精度、精度の持久性、防水性、耐久性)に優れているとは誰ひとり思っていないという事です。ですよね? そういう方居られます? ソーラセルと電波受信器を内蔵したカシオGショックの方が性能面/機能面で圧倒的に優れている事は万人がアタリマエとして理解しています。ロレックスを購入するヒトは、そんな事は百も承知で、全く別の面の魅力(伝説やナンヤカンヤ全部ひっくるめたブツとしての魅力)に惹かれてロレックスを購入します。実用面から考えればアホみたいな金額を「ソコ」に対して支払うという事を明確に認識し納得しているという事です。さて、オヂオではどうでしょうか? そこんところが明確にされているでしょうか?どうもオヂオでは、そこんところが恣意的に全く曖昧にされてきたような気がしてなりません。ホンマのところドナイヤノ?ホンマニそんなにアホみたいに高額なソーチはソレナリに性能(ホントの音楽再生クオリティ)が良いの?その良さは実用的に感知できるレベルなの?そのように超微妙なチガイを敢えてショージンとやらして感知する事は「音楽」を楽しむ上でホンマニ重要なの?というのが明確にされていないという事です。

そこんところを明確にしない限り、市場としても技術としても健全な発展は望めないと思います。そのような意味で、「一流」を自認するジャーナリズムはブラインドテストや客観的評価を積極的に実施する必要があるでしょう。また、音楽再生において何がどの程度重要であるのかを、音楽界(表現者)からの意見を尊重して明確にする必要もあるでしょう。他の分野のように、ソレハソレコレハコレを明確にしない限り、実用オーディオも趣味のオーディオも健全には発展できぬでしょう。

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2012年08月21日 (火) | Edit |
以前の記事では、レビューにおける計測データの必要性について書きましたが、今回はブラインドテストの必要性について考えて見ます。雑誌のレビュー記事については、今回が最終回になると思います。

人間の感覚に頼った評価を感応評価と呼びます。例えば、以前の記事で紹介した自動車の室内音の評価(参考記事)では、バイノーラル方式で多数の室内音サンプルを収録し、多数の評価者がヘッドフォンで再生音を聞きながら感応評価(ブラインドテスト)を行い、得られた膨大なデータから統計的手法に基づいて主観的感応値と客観的物理値の間の相関性を導出しています。

身近な感応評価の例としては「利き酒」やワインのテイスティングが挙げられます。これも、一般的にブラインド方式で行われます。このように、学術的な目的や、結果を公にする事を目的に行われる感応評価では、正確さと公正さを期すために、ブラインドテストを実施するのが常識です。これは、評者の先入観や思い込みによる影響(バイアス)を排除するためと、コンテスト等においては出品者と評価者間の利害関係がからんだ不正を防ぐ必要があるためです。感応評価において、公明正大な結果を得るには、ブラインドテストを実施する以外に方法はありません。オーディオ装置の感応評価においても当然です。

オヂオ分野では、先入観や思い込みによる影響を「プラセボ効果」とか「プラシーボ効果」と呼ぶ事が多いようですが、これは元々医療分野で使われる専門用語であり、「偽薬効果」を意味します。医者が何の薬効もない偽薬を「よく効くから」と偽って患者に投薬すると、患者には自覚症状だけでなく客観的に測定可能な症状の改善が現れる場合があると言われます。人間とは、それほど「思い込み」に左右されやすいという事です。偽薬効果の検証では、二重盲検法と呼ばれるブラインドテストが行われるのが普通です。これは患者だけでなく投薬する医者自身にも、それが偽薬かどうかを知らせないという方法です。現在のオヂオ趣味は、それはそれは、もう常識的にどう考えても超微妙なチガイに拘泥しておるわけですから、常識的にどう考えてもプラセボ効果が相当に影響しているはずです。この効果を排除して評価するには、ブラインドテストを実施するしかありません。

さて今回は、明治時代から開催されている全国新酒鑑評会(独立行政法人酒類総合研究所主催)について、ちょいと調べてみました。酒類総合研究所は国税庁醸造研究所の後進機関だそうです。お酒は貴重な税収源なので、国税庁が関係するんですね! 知りませんでした。
参考:
ウィキペディア「利き酒」
独立行政法人種ル総合研究所のホームページ

気付いた点をいくつか上げて見ます。

この鑑評会は歴史も長く、国の公的機関により全国規模で開催される唯一の日本酒鑑評会であるとの事です。このため、審査員には、地方公設醸造技術指導機関職員、国税庁鑑定企画官、国税局鑑定官室職員、酒類総合研究所職員というそうそうたるプロフェッショナルが名を連ねています。また、酒類総合研究所では、清酒に関する感応評価の専門家(清酒専門評価者)の育成と認定も行っています(コチラ)。清酒専門評価者とは「感覚の感受性が高く、清酒の香りや味の多様な特徴を評価するのに一貫して反復可能な能力を有している評価者で、清酒の官能評価の経験があるとともに、清酒の製造方法や貯蔵・熟成に関する知識を有している専門家」と規定しています。

この種の非常に繊細な感応評価においては、評価者のクオリティが何よりも重要となるのは当然です。上記の自動車室内音の評価でも、本格的な解析に進む前に、評価者の適性を統計的に評価しています。その結果、評価の反復性に問題のある者や、他から全くかけ離れた傾向を見せる者が数名見つかり、そのような評価者の結果はその後の本格的な解析作業から除外しています。。。やるたびに評価結果が異なる気まぐれな人や、他の人達から感覚や嗜好が極端に逸脱した個性的すぎる人は評価者として不適合だという事です。僕も評価に参加したのですが、僕自身の結果の反復性は非常に優秀で、傾向も極めて中庸でした。エヘン!。。。巷の自称オヂオ評論家達はどうなのでしょうか?一体誰によって適性が確認されているのでしょうか?全体どの程度信用して良いのでしょうかねぇ?

この鑑評会では、酸味、香味等、計測可能な客観的データも参考にしているようです。評価はあくまでも感応評価によるようですが、サンプルの並び順を決める(グループ分けする)ための参考にするとともに、製造者へのフィードバックとして活用しているとの事です。また、予備審査では、下のようなテンプレートを使って、評価項目を明確に統一しています。
sake.jpg
さすがに、国が自国の大切な文化である「酒」の振興を図るために開催しているだけあって、結構しっかりと運営されているのではないでしょうか。

さて、オーディオですが、客観的計測データとブラインドテストを異常なまでに忌み嫌う体質は、一体全体どうしてなのでしょうか? 僕には全く理解できません。何か正当な理由でもあるのでしょうか? 少なくともどちらかは真面目にやるべきでしょう。両方ともヤダッ!て、そらアカンでしょう。だだっ子ですか?。。現在の状況は、好き勝手言いたい放題やりたい放題でプラセボまみれの全くの魔境のように見えてしまいます(ナンタラ変えました!カンタラが変わりました!スゴイです!と言うだけ。。やたら高額だし)。これでは技術的にも市場的にも健全な発展を望めるわけがアリマセン。世間一般の人々が近寄らぬのも当然です。

また、今回は利き酒を例として取り上げましたが、玄人さんがオーディオ装置を評価するに際して、決して忘れてはならない、常に「ワキマエル」べき大前提があります。それは、「酒」はオリジナルの創造物であるのに対し、オーディオ装置は「オリジナルの創造物たる媒体に記録された音楽作品」を「再生」または「伝達」するための装置であるという事です。この根本的な相違点は、何時如何なる場合も、決して疎かにしてはならないはずです(玄人さんはね)。

またまた繰り返しますが、個人個人のオヂオマニアは、どう好き勝手してもOKです。それは個人的な「趣味」だからです。しかし、公に情報を発信し、一応権威として世の中の多くの人々に影響を与えるジャーナリズムがそうであっては決してならぬはずです。楽しければ何でも良いとは口が裂けても言えぬのが玄人さんの玄人さんたる所以であり責任ではないでしょうか。巷のオヂオマニアが個人のブログで「ナンタラ変えました!カンタラが変わりました!これはもうスゴイです!」と何の裏付けも何の検証も何の責任もなく発言するのとは立場が全く異なります。玄人さんは世の中に対して責任を負わなければなりません。少なくとも、その責任を認識していなければなりません。僕が小学生の頃、自動車雑誌を読み始めた頃、当然ですが、メーターがずらっと並んだスポーツタイプのモデルが大好きで(ギャランGTOとかセリカ1600GTね!)、それに対して玄人さんってのはツマラナクテ地味な事ばかりを繰り返しシツコク言う人達だと思いましたもん。

以上、ネタ切れたかな?

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2012年06月20日 (水) | Edit |
もうお分かりかと思いますが、M曲線は、製品の価格と性能の関係にも概ね当てはまります。

さて、アンプですが、例のチッコイICのアンプでも、ナンチャラカンたらオンガクセーたらの微細なチガイをキキワケル気など毛頭なく専ら普通に「音楽」を聴く分には、なんら問題を感じません(このIC、マニアさんによると、そのへんのナンタラも結構良いそうです)。「いったいアンプの値段てナンヤネンと」と考えさせられたとブログでコメントされている方も何名か見かけましたが、現在の進んだ電子/電気技術において、たかが音楽帯域の電気信号を、「音楽」を普通に聴くに足る低歪み/低ノイズで正確に増幅する事なんぞ、極めて容易だという事でしょう。

以前にも書きましたが、音の聞こえ方は、周囲の物理的条件(部屋の状態、聴く位置、気温、気圧、環境騒音、送電線の電源の状態も影響するとか)のみならず、心理的肉体的条件(体調、気分、血圧、その時の好み、直前の出来事等々、そしてプラセボ効果)によってフラフラと変動します。また、人それぞれ好みの音の傾向も異なるでしょうし、耳の周波数特性にも個人差があるでしょう。そのような変動をM曲線に当てはめてみました。この場合、横軸は製品の価格、縦軸は主観的評価(オンシツ)となります。
curve3_20120619072802.jpg
オレンジのラインが、そのような変動要因、不確定要因、個人差等を全て含めた主観的評価の変動幅を模式的に表しています。グラフの左下の低品質の領域であれば、誰もが善し悪しを同じように判定できるでしょうが、品質が上がるにつれて、主観的評価の変動幅は大きくなります。

以前の記事にも書きましたが、さるオーディオ雑誌が実施したブラインドテストにおいて、1万円を切るデジタルアンプが300万円の超高級アンプよりも高い評点を得たというような事は、いくらでも起こりえます(参考記事)。図の左の丸が1万円、右の丸が300万円のアンプに相当します。精密な測定をすれば、300万円の方が当然性能は良いのでしょうが、ピンクゾーンに深く突入しているため、または1万円でも既にイエローゾーンを十分に達成しているため、巨大な価格差にもかかわらず両者の性能差は微小となり、条件次第で主観的評価は如何様にも反転し得るという事です。評価方法(スピーカ、サンプル楽曲、評価者)が変われば、また結果も異なるでしょうが、いずれにせよ、巨大な価格差にもかかわらず、チョイとした条件の変化で逆転してしまうほどチガイは微小だというのは動かしがたい事実です。

ハチマルも以前、業務用の超低価格パワーアンプ(15,800YEN)、小さなIconAMP、ハイエンドに属するNuforce IA7E(ニジューマンエン超え)を比べてみましたが、価格にみあったメリットは何も感じられなかったどころか、IA7Eでは音に微妙な癖(高級風オンガクセー?)を感じ、また頭が締め付けられるような変な気分がしたため、価格の面を無視したとしても、絶対に採用はあり得ないと判断しました。

これがデンセンになると、その差は当然、アンプよりも遙かに小さいでしょうから、諸々の条件による相対的な変動幅は、さらに巨大なものとなるでしょう。それこそ海外で行われたブラインドテストのように、クリーニング屋の針金ハンガーと10万円のデンセンでもチガイがはっきりしなかったり、チガイが分かっても針金の方が「好き」な人がいたりしても、なんら不思議ではありません。シューチューしてキキワケル努力をすれば、デンセンによって音は微妙に「カワル」のでしょうが、それは「カワッタ」または「カワッタヨウニキコエル」というだけであって、もはや「良く」なったあるいは「こちらの方が好き」とはっきり言えるのかどうかすらアヤフヤな変化だと思われます。彼らにとっては、「良い」とか「好き」よりも、「カワッタ」と言う事自体が重要なのではないかというふうに見えなくもありません。ましてや、音楽を聴く上で、総合的な音楽再生クオリティという面で、そのようなチガイが果たしてどの程度ジューヨーなのか、ハチマルに甚だ疑問です。

また、ブログ村にも参加しておられるさるブログに象徴的な事が書かれていました。凄い装置が置かれているジャズ喫茶かどこかで、定期的にマニア達が集まる会があるようで、そこでハイレゾ、CD相当、圧縮音源をブラインドで比較したそうです。で、評価は三分されたとか。おそらく、手練れのマニア達でしょうから、チガイは聞き分けているのでしょうが、どれが良い(好き)と感じるかは、人それぞれであった模様です。圧縮データがどの程度のクオリティのものであったのか知りませんが、そこそこ高いビットレートであったのでしょう。例えば64kbpsのMP3であれば、誰もそれが「良い」とは感じなかったはずです(ハチマルでも分かるもん)。データのクオリティや情報量はハイレゾが最も高く、圧縮が最も低いというのは客観的に動かしようのない事実ですが、ある程度のクオリティに達してしまえば、それ以上のクオリティの違いは、人の好みやちょっとした周辺条件の変動幅に埋もれてしまうという好例ではないでしょうか。

このように、クオリティがある程度(イエローゾーン)まで達成されると、あとは「好みの問題」に近くなります。つまり、たとえシューチューして微小なチガイを聞き分けられたとしても、装置の価格(上等な材料や構造)と主観的「ヨイオト」の相関性は極めてあやふやであり、反転しても何ら不思議はないという事です。

オンシツやナンチャラカンとかオンガクセーあるいはオンジョーたらクーキカン等の付帯的現象の微小な「チガイノキキワケ」なんぞに意識をわざわざ消耗する気など毛頭なく、とにかく「音楽」を必要十分なクオリティで楽しみたい人々にとって、魔境ピンクゾーンに突入した徒に高価なソーチは無用の長物以外の何物でもなかろうと思います。逆にそのような装置では、コーキューカン(オンガクセー???)とかを演出するためにヘンテコリンな事をしいている危険性すらあります。最新のデジタルアンプであれば、2万円も出せば十分以上にイエローゾーンを達成しているのではないでしょうか。高出力が必要であれば、業務用アンプもお薦めです。

マニアというのは、魔境ピンクゾーンを彷徨う事、あるいはピンクゾーンの超微妙な「チガイ」をキキワケル事に無上の喜びやロマン?を感じるヒト達というふうにハチマルには見えます。装置のナニカを変えた時の微妙な「変化自体」、あるいはそれを「キキワケル事自体」に強い執着を示し、「変わる事自体」を非常に珍重する傾向にあるように見えるという事です。実際、「オーディオ趣味とは装置による音の変化を楽しむ趣味である」とはっきりと明言するマニアさんも居られます。彼らは、確たる目標を置いたクオリティに向かって装置を「改良」するというよりは、ずっと同じ状態で装置を使っていると「飽きる」ので、「変化」を求めて、あるいはナンカ買いたくて、ピンクゾーンに深く突入した高額な装置やアクセサリを無限にトッカエヒッカエし続ける(購入し続ける)という、業界にとっては極めてアリガタイ人々と言えるかもしれません。

そのために、業界がソチラに引きずられてしまうのでしょうか? あるいは業界がそのような傾向を戦略的に助長(洗脳?)しているのでしょうか?、それとも業界のヒトビト自体が同じ穴の狢(マニア)なのでしょうか? どちらにしろ、マニアではない一般音楽愛聴者には迷惑千万な話ではあります。

次回は、M曲線を使って技術の進化について考えてみたいと思います。

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テーマ:オーディオ
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2010年08月10日 (火) | Edit |
ここ最近、僕はオーディオ装置に関してやたらと「適正価格の」「健全な」という言葉を使いますが、今日はそのへんについて。。。

相変わらずオーディオ雑誌等を見ても高価なケーブル類が大きく取り上げられているみたいですが、僕にはどうしても腑に落ちません。そこで例によってネットサーフしてみました。数年前には「ケーブルで音が変わる/変わらない」で欧米でも大論争があった模様ですね(コチラ)。大手新聞も交えて真面目に議論されています。コンナ論争もあったりとか。。この勝負、結局電線メーカーは辞退(勝負しろよ)。多数が挑戦したらしいのですが賞金を勝ち取った者はいなかった模様。

その当時、海外ではブラインドテストが盛んにで行われたようです。黙ってクリーニング屋の針金ハンガーと高級ケーブルを比較試聴させたとか(コチラ)、内緒で実際には全テストで同じ安物ケーブルをつないだまま、さもケーブルを高級品に交換したかのように見せかけてテストしたとか、あの手この手でテストが行われたようですが、日本でもそのような評価は行われたのでしょうか?
もしかして日本は海外電線メーカーにとってオイシイ市場になってはいないでしょうか? 同じ電線でも本国と日本では価格が馬鹿みたいに違うそうです(コチラ)。カモにされてない?

こんなハナシも。。。笑っちゃうけど。。アナガチ。。。
台湾のある男、Audioquest社の一番安いSPケーブルの上に太い被覆をかぶせて両端にいかついプラグを取り付け、ペア5万円で売り出した。さらなるグレードアップを望むオーディオマニアの声にオーディオ卸からは、“もっと高級なケーブルはないか”との打診。男は速攻電器金属街に出向き、フレキシブルチューブを買って来て前と同じケーブルにかぶせ、今度は10万円で売り出した。まさかそんなもので音は変わらないだろうと知人に問われてその男、オーディオマニアはもちろん違いが分かる、10万円のケーブルのほうが格段に音がいいと連中は言っている”と涙を流して大笑い。その後ケーブルはいっそう勇猛な外見となり、豪華木箱に納めて数十万円の価格で販売されることに…。

人間が物事に集注すると、時として信じられないような能力を発揮するので、ケーブルの違いを実際に聞き分けられるというのを完全に否定するつもりはありません。しかしたとえ聞き分けられたとしても、工学的に考えればその差は極めて微小なはずです。そもそも「変わるか/変わらないか」で論争になると言う事自体、その差が極めて微小である事を如実に示しているとも言えます。例えば、湿度/温度/気圧、体調、気分、環境騒音、室内の調度類の位置、スピーカーとリスナーの数センチレベルの位置変化等による音の変化に対して、ケーブルによる音の変化量がどれほど有意なレベルにあるのか甚だ疑問です。

同様の事は、いわゆるハイエンドと言われる機器にも言えます。これもネットサーフで見付けたのですが、ヒャクマンエンを超える値段で売られている超高級DVDプレーヤーのメカと電子基板(という事は機能部品の大部分)が、そっくりそのままパイオニア製のニマンエン!の製品から流用されているそうです(コチラ)。果たして普及機とハイエンド機に、ヒョーロンカやオーヂオザッシが美辞麗句の形容詞並べ立てて言う程の差があるのか、これまた極めて疑問です。しかしオイシー商売してるよね。参考に日本で行われたローエンドからハイエンドのアンプに関するブラインドテストの結果もご覧ください(コチラ)。

ハイエンドオーヂオ業界というのは「濡れ手に粟」の超オイシイ業界と見られても仕方ないのではないでしょうかねぇ。2年前にオーヂオに首を突っ込んで以来、どうもイカガワシイ臭いがプンプンとするので、このブログではついつい批判的な発言をしてしまいます。別にアタシャ自分の好きなように音楽を聴くので一向構わないのですが、何度も言うようにオーディオ装置は「音楽」という我々にとって非常に大切な文化に大きく関わる装置なので真っ当であって欲しいと思います。

当然、まず消費者が賢くあらねばなりません。そして日本のメーカーと技術者は、本来の作り手としての使命と誇りを忘れずに、人々のために健全で適正価格のオーディオ装置作りを目指して欲しいと思います。それとジャーナリスト(ザッシ、ヒョーロンカ)も使命を忘れないでね。ホンマニ。

以下蛇足ですが、
僕が不思議でならないのは、そのような微小な差を聞き分けられるような敏感な耳をお持ちで、そのような微小な差を重要とお考えの方々が、部屋の定在波/バスレフポート/アナログフィルタ等によって生じている問題 - 音質なんかソコソコでエーンチャウンと考えているような僕でも違和感を覚えるような、しかも極めて雑な測定波形で明らかに確認できるような - ケーブルの影響に比べれば天変地異と言っても良いレベルの問題をたいして気にしていないという事です。大っきい問題からまず解決しようというのが普通だと思うのですが。。

それと「音楽聴くだけならトランジスタラジオで十分」とマニヤさんはよく言われるのですが、これも不思議(随分音楽を馬鹿にしたハナシですが)。ラジオなんか5千円も出せば高級品を買えますが、ではですね、ヒャクマンエンの立派なオーヂオ装置をお持ちの方は、99万5千円分を投資して「音楽を聴くだけ」以外に一体ナニをあのような大音量で聞いておられるのか?

オーヂオには不思議な事を挙げればいくらでもあります。

一体「自分は」オーディオ装置で「何を」やりたいのか、そもそも自分にはオーディオ装置が必要なのか、そもそもそれをやっていて自分は本当に楽しいのか、そもそも自分は音楽を聴きたいのか、そもそもオーヂオについてヒョーロンカとかザッシが言っている事は本当に信用できるのか、そもそもヒョーロンカとは何者なのか、そもそも彼らのクライアント(収入源)は誰なのか、もう一度白紙に戻してよく考えて見ても良いのではないのかな?特に若い方々はヒョウーロンカや周りのオヤヂマニヤの言う事は(ここでハチマルが言ってる事も含めて)全て疑ってみても良いと思いますよ。「自分は」を大切に。

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2009年02月26日 (木) | Edit |
前回までデスクトップ用スピーカについて書いたので、次回からはデスクトップ用のアンプについて書いてみたいと思います。

今回はその前置きとして、2004年のステレオ誌に掲載されたアンプのブラインド テストの結果を紹介したいと思います(というか結果を紹介しているサイトを紹介します)。このテストでは価格が9,800円~3,000,000円 (300倍!)の範囲のアナログ/デジタル アンプ計8台を4人の被験者がブラインドで試聴して「音の好み」に基づいて評価を行っています。ついでに、そのアンプがアナログかデジタルかの当てっこもしています。

まずはコチラ → アンプのブラインドテスト

評価基準が「音質が良い」とか「原音に忠実」とかではなくて「音の好み」である事を念頭に置いて解釈する必要があります。

あくまでも「この試験においては」の前提付きでの結論としては
○「音の好み」と価格に明確な相関は見られない
○デジタル アンプとアナログ アンプを正確に聞き分ける事はできない
といったあたりに落ち着くのでしょうが、注目すべき点がいくつかあります。
 
1) 最高価格のアンプ(アキュフェーズ製)が全員一致で最下位に評価され、2番目に高価なアンプ(ソニー製、1,000,000円)がほぼ全員一致に近い状態で1位に選ばれている。 
 →やはり超高級アンプは、良かれ悪しかれその他のアンプとはっきりとした違いがあるらしい

2) 順位付けの傾向は被験者間で大きな差がみられない( 2番目の人はチョットばらつき気味)。
 →巷の評判はそこそこ参考にしてもよいかもしれない

3) 2位~7位のアンプでは「価格」と「音の好みに」全く相関性がみられない(相関係数0.0115)。
 →ノーコメント

出力が20Wから1000Wまで幅があるし、AV用のマルチ チャンネルアンプも入っているし、値段の割に馬鹿みたいに高出力なのもあるし、、と極端なのを除外して見てみると結局値段相応に高いのが良いという事になりそうな気がしてきました。

参考データ
クリックで拡大
122.jpg121.jpg

まあ、被験者も4名しかいないし、大パワーのアンプと小パワーのアンプを同じ条件で比較する事にも疑問が残るし、完全に鵜呑みにするのは危険ですが、ブラインドテストが異常にタブー視されている不思議の国のオーディオの世界では数少ない貴重な資料だと思います。
なんか軽自動車とフェラーリを街中で走らせて比較しているのに近い感もなきにしもあらずですが。

おそらく最高価格のアキュフェーズは原信号の忠実再生を徹底的に追求し、その結果として他のアンプとははっきりと異なる「音」が出てくるのでしょうが、それが必ずしも被験者の「音の好み」に合わなかったという事なんだと思います。たとえば生演奏と再生音をブラインドで比較して「どれだけ原音に近いか」という評価を行えば結果は違っていたかもしれません。ちなみに被験者は編集者であって、専門家(どんな?)ではなかった -従ってこの結果は信頼に足るものではない- という意見もありますが、そうであれば逆に我々一般のオーディオ ユーザにより近い感覚で評価した結果であると捉える事もできます。
まあ、どちらにしても意味深長な結果ではあります。

話は変わりますが、「音が好みではないアンプ = デジタル アンプ」という被験者の先入観がありありと見て取れるところは面白いです。全員が最下位のアキュフェーズ(アナログ)をデジタルとして判定し、一位のソニー製(デジタル)では4人中3人がアナログと判定しています。真空管アンプが入っていたらどう評価されたか興味ありますね。「音の好み」という評価であれば真空管アンプって結構いい線いくんじゃないかと興味があります(実は僕も小さな真空管アンプを狙ってます)。

こういったブラインド評価がもっと公に行われるようになると良いなと思いますが、それにはメーカーとは関係のないユーザー側の自主的な行動が必要だと思います。

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テーマ:オーディオ
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