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2014年03月03日 (月) | Edit |
ヒヨロンカやマニヤ達が電線やナンヤカンヤをトッカエヒッカエして「ナンタラ感が激変しました!」と自信満々に言う時、そこには必ず思い込みや先入観(プラセボ効果)が含まれます。人間である限り、この影響から逃れる事は絶対にできません。ゼッタイニ。ましてや、様々な変動要因に比べて非常に微小としか考えられないようなチガイに拘泥するオヂオのヒカクシチョーにおいて、この影響は我々の想像を遙かに超えて大きいであろうと考えるのが極めて当然でしょう。

という事で、今回は、社会心理学の分野で開発された「潜在的連合テスト」に関するオハナシです。

このテストに関する詳細はコチラのPDF「潜在的連合テスト(Implicit Association Test)の可能性」を参照してください。
このPDFによると、
「潜在的連合テスト(IAT)」とは、
様々な社会的対象に対する潜在的態度を測定することができる手法
「潜在的態度」とは、
人々が意識することができないが所有している態度であり,人々の日常生活における様々な行動に影響を与えると考えられている。
だそうです。フムフム。興味深いデスネ。本人も気付かない無意識の態度ほど恐ろしいものはアリマセン。さらに集団的無意識はもっと怖くて厄介です。本人達に悪意は全くないのですからメッチャ怖いです。クワバラクワバラ。。。

それはさておき、
僕は以前から、不思議の国のオーディオを取り巻く状況は、人間の集団的行動の不可思議さを研究する上で恰好の材料になるのではないかと考えています。そういう意味で、社会心理学的アプローチは非常に有効かもしれません。

以下では、IAT(潜在的連合テスト)の具体的な事例として、3月2日の毎日新聞朝刊で見付けた興味深い記事をご紹介します。記事のタイトルは「時代の風:女性の社会進出=元世界銀行副総裁・西水美恵子」です。ネットではコチラで読めます(全文を読むには会員登録が必要)。

著者は、世界銀行の管理職研修において、女性職員に対する差別を改革するための一環として実施されたIATの簡易版を受けた事があるそうです。
そのテスト方法とは、
1)絵を掲げた人が被験者の前に現れて退場
2)次に、もう1枚の絵を掲げた別の人が同じように現れて退場
3)被験者は「良い」と感じた方の絵を選ぶ
コレダケ。
このように「2枚1組みの絵を1枚ずつ見て、良いと感じた方を選ぶ」というテストを、あきるほど繰り返すそうです。オヂオと同じ。

で結果はどうであったか。。
結果の発表となり、最初の1組の得点が公表されて2枚の絵が初めて同時に並んだ。その瞬間、うめくようなどよめきが起きた。2枚の絵は同じ絵だった。誰一人それを認知せぬまま1枚の絵を選んでいたのだ。

そして、各組の結果が次々に発表されるたびに、被験者達はますます打ちのめされる事になります。なぜならば、
全員が、絵ではなく、絵を掲げた人を選んでいたのだ。私自身も含めて、研修生の大半が、女性より男性が掲げた絵を選び、アジア・アフリカ系の有色人種より白人が掲げた絵を選んでいた。
被験者達は、さぞかしショックを受けた事でしょう。どしぇーーーーーーーーーーーーー!デスヨ。ホンマニ。無自覚のバイアスは怖い。。オヂオなんかバイアスまみれとチャウ?

例えば「絵」を「音」に置き換えても結果は同じでしょう。これは、2本のデンセンのどちらが良いかをヒカクシチョーするという、マニヤ達の大好きな行為と同じ事です。この場合、絵を掲げた人の人種や性別やルックスはデンセンの価格、ブランド、意匠やナンヤカンヤに相当します。そして、2つの音が全く同じであっても、ヒトは値段やブランドの影響を無自覚に受けて、どちらかの方が「良い」と感じて(選んで)しまうという事です。このように考えると、ブラインドで評価しない限り「ナンタラ変えました!カンタラが激変しました!」が如何にあてにならないかが伺い知れます。自分自身ではブランド等の先入観を完全に排除して真正直に聞いたつもりであっても、それは信用できません。何故ならば、自分の潜在的態度(無自覚のバイアス)を自分自身で認識して抑制する事はできないからです。何人たりとも、この影響から逃れる事はできません。ナンピトタリトモ。。。ですから、際限なくコマケー表層的/微視的オトのチガイの泥沼に意識がどんどん陥ってしまう事(つまりツイキュとやら)の危険性と不毛さについて冷静に考えてみるべきでしょう。ヂャナリズムが警鐘を鳴らさんかい。。。ですが、逆に煽っているので手に負えません。ドシタモノカ。

まぁ、やっている本人達が、ソンナモン百も承知の上で楽しいからやっているというのであれば、それは「趣味」ですから別に構いませんが、それがツイキュとかエラクてジョートな行為であるかのように世間に喧伝される事、また、そもそも効果が曖昧であるが故の異常な値付け等、そのような傾向によって一般の人々にとっての技術と市場の健全な発展が阻害される事はゼッタイニ看過できません。プリプリ。。

著者は以下のように結んでいます。
自分の幽霊を見たような思いに鳥肌が立った。吐き気を覚えた同僚もいた。キューバと北朝鮮を除く全世界の加盟国国民が働く世界銀行。その多民族組織を率いる管理職の心に、おのおのの性別や人種に関わらず女性と有色人種への偏見が潜む。この事実を無視したらリーダー失格、真っ正面から向き合うしかないと、皆で眠れない一夜を語り明かした。管理職が共有したこの恐ろしい体験は、女性問題解消に本腰を入れる原動力のひとつとなった。
吐き気がするほど恐ろしくてショッキングな体験だったと思います。

家族か誰かに手伝ってもらってブラインドテストをやってみましょう。そうしましょう。。。コワイデスネーーー。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年08月31日 (土) | Edit |
前の記事の続きです。

前記事では、「ハイレゾリューションオーディオの研究 -西口敏行、電気通信大 情報システム研究科 博士(工学)の学位申請論文」という論文の実験結果についてご紹介しました。

そこでは、192kHz/24bitで生録音されたさまざまな音源を使って、21kHz以上の帯域の再生をON/OFFする事で、被験者が超高域の音を弁別できるかどうかをブラインドテストによって評価していました。その結果、特殊な条件(特殊なマイクで録音、琵琶音源のみ、長時間提示、36名中2名のみ弁別)を除いて、被験者が超高域を弁別している(聞き分けている)という有意な結果は得られませんでした。

この結果を見る限り、一般的に可聴帯域の上限と言われる20kHz以上の音成分が再生されても、リスナが(本実験では被験者に演奏家や音源制作者が含まれていたにも関わらず)それを弁別できるケースは非常に稀であろうと思われます。

しかし、音源のハイレゾ化は、可聴帯域の再生音にも影響するはずです。特にビット分解能は周波数には関係アリマセン。また、例えば40kHzでサンプリングした場合、10kHzの波形はたったの4サンプル点で表現されるのに対し、200kHzでサンプリングした場合は20サンプル点で表現されます。つまり、可聴帯域の音でも、より細かく記録されるという事です。前記事の実験では、全て192kHz/24bitの音源を使用し、超高域(21kHz以上)を受け持つ再生装置をON/OFFしていただけなので、このような効果を評価する事はできません。

実は、この論文では、前記事で紹介した実験1と実験2の後で、音源のフォーマットの影響についても実験しており、僕は見落としていました。今回は、その実験結果についてご紹介します。この実験結果は第4章「標本化フォーマットと可聴帯域内の音質」に書かれています。

標本化フォーマットと可聴帯域内の音質

実験条件
- 音源収録では、アナログ出力を3並列にして、48kHz/24bit192kHz/24bitDSDの三種のフォーマットで動作する3台のADCに接続
- ADCには機種とファームウェアが同一のものを使用
- 再生環境は実験1、2と同じだが、21kHz以上を受け持つスーパーツイータをOFFにしている
- 可聴帯域における3種のフォーマットのF特には全く差は見られない

被験者
- 音大生4名(30代男性1名、20代女性3名)、、音源の演奏に加わったバイオリニスト1名(30代女性)、録音技術者1名(30代男性)の計6名

音源
- 邦楽(箏、尺八)、ボサノバ(ギター、女性ボーカル)、「ピアノトリオ」(ピアノ、チェロ、バイオリン)の3種(ステレオ生録)
- マイクは通常の音楽録音用を使用(実験2に使った特殊マイクではない)
- 提示時間は約20~30秒

実験方法
- 微小な差の検出に適したペアテスト法を採用(フォーマットが異なるサンプルAとBから、AA、BB、AB、BAの4種の対をつくり、ランダムに提示し、被験者は音が同じか違うかを判定)
- 30分を1セッションとし、1セッションで24試行、セッション間に10~15分の休憩をはさみ、1日に3セッションを実施
- 各被験者は3日で計9セッションの実験に参加し、全ての比較条件(3フォーマット × 3音源)について24回繰り返し評価を行った

実験結果
- 最も高い正答率は66.7%であった
- 24試行の場合、有意水準5%で有意と判定されるには75%以上の正答率が必要
- 従って、今回の結果からは被験者別に見ても、音源別に見ても、フォーマットの違いは有意に弁別されなかった(聞き分けられたとは言えない)

今回の結果からは「録音現場で標準的に使われる48kHz/24bitあれば十分ちゃう?」という事が伺えます。

しかし、今回の音源にCDフォーマット(44.1kHz/16bit)が含まれていない事は非常に残念です。16bitと24bitの違いは果たして有意に弁別できるのか?については、今回の実験からは何も言えません。現在の民生向け標準フォーマットであるCDフォーマットを改良する価値があるのかどうか?という肝心のところが不明です。

学会におけるこのようなハイレゾの研究では、超高域音を感知できるかどうか(あり/なしを弁別できるかどうか)に焦点が置かれます。また結論も、否定的なものもあれば肯定的なものもあります。言い換えれば、それくらい違いは微小で微妙あるという事です。これらはあくまでも学術的見地による研究です。

しかし、現場現実現物主義の血みどろの民生向け開発者的観点からは、「それによって世のヒトビトがより豊かに音楽を楽しめるようになるのか?」「リソースやコストのの増加に対して、その効果は釣り合うのか?」「総合的に見てそれはヒトビトに真に恩恵をもたらすのか?」という観点からの評価が最終的に最重要であると思います。ScienceとEngineeringでは最終的観点が異なるという事です。

一方、商業的観点からは「高音質!」と謳ってビジネスチャンスを拡げたいのも理解できます(実際、ソースの情報量が多い事に偽りはないですからね)。しかし、そのへんのバランスを適正に保つには、真っ当なヂャナリズムの働きが必要です。イヤホンマニ。ゼッタイニ。例えば写真業界では、一時期の行き過ぎた高画素数化競争(これもハイレゾ化ですね)に対して、各誌がこぞって否定的な見解を述べ、実際にそのような動向は抑制されました。最近は知らんけど。。。

また、現在配布されているハイレゾ媒体がどのように制作されているのかについても注意が必要です。例えば、CD盤の元になった48kHz/24bitのデジタルマスタを単純に変換したものなのか、テープから最新機器を使ってリマスタリングして最先端のADCプロセスを適用したものなのかによって、CD盤との音質差は当然違ってくるでしょう。要は、「CD盤よりもハイレゾ盤の方が音質が良い」と実際に聞こえた場合でも、それが純粋にフォーマットのハイレゾ化によるものなのか、それともリマスタリング等の別の要因によるものなのかは分かりません。そのへんが曖昧にされていると言えるでしょう。

この影響を排除するため、この論文では市販の媒体を用いずに自ら生録した音源を使っていました。これは極めて正しい判断であると言えます。この結果を見る限り、ハイレゾ自体の主観的音楽再生音質に及ぼす影響は、超高域音の有無を含めて、極めて微小である(または殆ど無い)と言えるでしょう。

恐らく、僕が思うに、フォーマット自体よりも、録音エンジニアの技能やセンスおよび現場の録音機器/プロセスの技術的レベルの方が、リスナが感じる音質に対して遙かに大きな影響を持つでしょう。センスのない録音のハイレゾよりも、ハイセンスな録音の圧縮音源の方がずっと音楽を楽しめるはずです。

いずれにせよ、正しい本当の情報が消費者に行き渡る事と、消費者が賢く判断する事が重要です。それを助けるのがヂャナリズムです。短期的には商売の妨げになる事もあるでしょうが、長い目で見れば、業界が発展するには消費者に対して健全である事が何よりも重要です。これは衰退/縮小し続けていると言われる現状を見れば明らかでしょう。

最後に、著者の本研究全体に関する総合的な結論(第5章 結論)の結びの部分を掲載します。
ハイレゾ結論
学会(超高域は弁別できると主張するセンセも居る)および業界をおもんばかった結論のように見えます。

追記
原文には、実験結果以外にも貴重な技術的背景が記載されています。ゼヒゼヒご一読くださいませ。
ハイレゾリューションオーディオの研究 -西口敏行、電気通信大 情報システム研究科 博士(工学)の学位申請論文

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年08月29日 (木) | Edit |
前の記事で、オーディオ用圧縮コーデックに関しては、ITU-R (国際電気通信連合 無線通信部門)が定める主観品質評価法(ブラインド評価)に則った方法で音質が評価されている事を紹介しました。

では、巷を賑わすハイレゾ音源についてはどうなのでしょうか?

例によってネットでサーチしてみましたが、確たる情報は得られませんでした。「高音質」が喧伝されているわけですが、その根拠はイッタイゼンタイ何処にあるのでしょうか? JAROさんに叱られないのでしょうか?

サーチ中に非常に興味深い論文を見付けましたので、要約をご紹介します。
PDFで113ページに及ぶ博士号申請論文です。

PDFへのリンク
ハイレゾリューションオーディオの研究 -西口敏行、電気通信大 情報システム研究科 博士(工学)の学位申請論文

以下、実験の内容と結果を要約しますが、原文に目を通される事を強くお勧めします。

実験1
実験システム
-信号は192kHz/24bitでデジタル化
-1024タップの直線FIRフィルタを使って21kHzで可聴帯域と超高域を分割
-再生システムは21kHz以下と以上で独立した系統を持つ
-実験はITU-R BS1116に完全準拠した音響評価質で実施
-2チャンネル ステレオ再生(スピカとリスナ間の距離は3m)
-可聴帯域用スピカにはB&Wの800シリーズ(Diamond)を使ったと思われる(図から推測)
-超高域用には別体のスーパーツイータ(上限70kHz)を使用(歪みを計測して機種選定している)

被験者
-男性30名、女性6名の計36名
-音響関係の研究者と音声制作技術者が33名、学生2名、評価音源の演奏家自身1名
-年齢は10代が3名、20代が12名、30代が16名、40代が3名、50代が2名

音源
-様々な音楽ジャンル、楽器からなる全20種を用意
-そのうち16種は独自録音(演奏家による生演奏を録音)
-生録楽器には琵琶、ジャズピアノトリオ、バイオリン、フルート、ピッコロ、サックス、ボーカル、フルオーケストラ!、ギター等が含まれる
-マイクロフォンには音楽録音用を使用してステレオ録音(40~50kHzまでフラットな特性を持つ、全指向性)
-音源のうち2種類は市販のSACD
-超高域を含むホワイトノイズも音源の1つとして用意
-音量は音源の主要なピークが80dBA(FAST)前後となるレベルを標準とする(僕の標準音量と同じだね)
-被験者は上記標準レベルに対し-3~+5dBの範囲で音量を調整してもよい(36名中26名は標準音量で試聴)

実験方法
-3つのサンプル(リファレンスとA、B)を比較試聴
-リファレンスは必ず超高音域を含み、AとBのどちらかは超高音域をカットした可聴帯域のみの音源
-被験者はAとBのどちらがリファレンスと同じに聞こえるかを答える
-被験者はリモコンを使ってサンプルを自由に切り換えながら音源の任意の位置を繰り返し聞くことができる

結果
-音源ごとの正答率を見ると、特に有意な音源はない(被験者が超高域の有無を弁別していると言える音源は1つもない)。敢えて言えば、超高域のレベルが高く、かつ、超高域成分が非定常(変化する)音源の正答率は比較的高いと言えるかもしれない。
-被験者ごとの正答率を見ると、1名だけ(17才の女性)が有意(聞き分けている)とみなせる結果を出したが、追試の結果では有意とみなせる結果は得られなかった。
-結局、実験1では20種の音源を用い、36名の被験者で評価を行ったが、音源別および被験者別どちらで見ても、有意な弁別結果(確かに聞き分けているという結果)は得られなかった。


実験2
実験1の結果で超高域成分が高い音源の正答率が比較的高いように見える事、また音源の提示時間が影響する(ある程度長い時間聞くと超高域を関知できる)とする学説がある事から、追加の実験が行われた。

実験1との相違点
-100kHzまで高い感度を持つ音楽録音用の広帯域マイクロフォンを新たに開発して音源の録音に使用
-このマイクの感度は、10kHz以下よりも超高域感度が10dBも高いやや極端な特性を持つ
-被験者にある程度長い時間聞かせるために試聴方法を変更(音源の提示時間を85~120秒と長くした)
-音源には弦楽四重奏、筑前琵琶、ハープシコードの3種類を用意
-特に琵琶では21kHz以上の超高域が常時40~50dB出ており、70dBに達する箇所もある(帯域も70kHzまでと広い)
-被験者は男性5名、女性8名の計13名
-音楽大学学生7名、音大教員3名、作曲家2名、演奏家1名
-年齢は19~51才

結果
-13名中2名の被験者(20才女性と30才男性、ともに音大学生)が、「琵琶の音源でのみ」超高域の有無を有意に弁別できた(有意水準5%の二項検定)
-音源の提示時間を20秒程度に縮めた場合、上記2名+琵琶音源でも超高域を有意に弁別できなかった
-上記2名に対して純音の閾値測定を行ったところ、22kHzの閾値は90dBを超えており、直接的に琵琶音源の超高域を聴取できたとは考えがたい(単純に耳で聞こえたとは思えない)
-従って、上記2名が超高域の有無を聞き分けたメカニズムは不明である

以上です。

僕の感想としては、
非常に信憑性の高い実験であると思います。リスニング位置での測定で実際に超高域成分が再生されている事も確認されており、再生装置としては申し分ないでしょう。また、被験者の選択も適切だと思いますが、ハイレゾの音質が良いと喧伝するオヂオヒヨロンカ達にもゼヒ参加して頂きたかったと思います。

結局、特殊なマイクを使って録音した特殊な楽器(琵琶)の音源を長時間提示した場合のみ、2名の被験者が辛うじて超高域を弁別できた(正答率70数%)というのが結論です(半ば無理矢理感が漂っている)。そして、その弁別は単純に耳で聞き分けたとは言えないという事です。この実験結果を見る限り、一般的な人が、一般的に市販されているハイエンド装置を買って、一般的に配布されているハイレゾ音源を再生しても、まずその違いは弁別不能であろう。。と言えそうです(プラセボ効果を排除すれば。。。という前提でね)。

共に音大生という事ですから、「あなたは、この音楽を愛聴するにおいて、この超高域が聞こえる事をどの程度重要だと考えますか?聞こえる事が好ましいと思われますか?」という質問も是非投げかけて欲しかったと思います。最終的に重要なのは、聞こえるか聞こえないかではなく、聞こえる事によって何か得る物があるのか、それが音楽を愛聴するにおいて果たして如何ほど重要なのか?という事ですからね。アッタリマエですが。

徒なハイレゾ化は計算処理負荷、通信負荷、ストレージ等のリソースを浪費します。すなわちエネルギや資源を浪費するという事です。また、末端ユーザの経済的負担も増加します。世界的に見て裕福なヒトビトはほんの一部に過ぎません。音楽は全人類の貴重な財産です。世の中に対する真の有用性が明らかにならぬママ、商業的思惑によって、このような媒体がなし崩しに標準的な規格として普及してしまう事は非常に危険です。これからの時代、そいう考え方が必要です。ゼッタイニ!

ソレハソレのソレと明確に位置付けて(つまり、上記のような評価をキチント実施して、一般大衆を徒に煽るのではなく、正しい客観的情報を公開した上で)、「ソレでも、敢えて、、」と言うマニアック層向けに限定的に配布される事を僕は望みます。

また、これは「ハイレゾ」に限った事ではなく、常識的に考えて異常に高額で怪しげな製品や根拠不明の論が横行するオヂオ界全般に言える事でもあると思います。これらの動向をプロフェッショナルな(クロートさんの)観点から監視して警鐘を鳴らすのがヂャナリズムの重要な役割であると思うのですが。。。。。。逆に煽ってね?

追記
ハイレゾに関しては、もう1つの観点からの評価が必要です。すなわち、超高域まで再生できる装置を使ってサンプリングレートとビット分解能の異なるソースを比較する必要があります。例えば24bit/192kHzと24および16bit/44.1kHzの比較です。そのような評価結果もネットで見つかったら、またご紹介したいと思います。

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2010年06月02日 (水) | Edit |
「原音再生」はオーヂオの世界では金科玉条のように使われる言葉ですが、「原音」をレコーディング時の「生の音」という意味で使うならば、それは「幻影」に過ぎないと思います。何故ならば、レコーディング時の諸条件が大きく影響するため、タイムマシンで録音現場へ行って「生の音」を聴いてみる以外には「原音」を知るよしがないためです。レコーディングされ最終的に世の中にリリースされた作品(LP、CD)には、録音機材、スタジオの状態、エンジニアの調整、そして何よりもアーティストの表現意思が反映されています。

例えば、60年代のマイルスデイビスのリーダーアルバムとハービーハンコック(当時のマイルス クインテットの一員)のリーダーアルバムを聞き比べると、録音の傾向が明らかに異なります(ベースのロンさんととドラムスのトニさんは両方に出演、ラッパ屋だけ異なる。つまりリズムセクションの3人は共通)。前者の方が高域寄りでシャープ、後者は前者に比べると低域寄りでマイルドです。ロンさんのベースの聞こえ方も異なります。後者の場合は少し高域を持ち上げて聴かないと僕には「dull」(鈍く)聞こえてしまいます。

ここで言いたいのは、世に出される作品の信号には録音ハードウェアの影響とアーティストなりエンジニアなりの「主観」が反映されているという事です。このため、普通にCDなりレコードを聴くためのオーディオ装置において「絶対的な生音」は記憶音(従って主観)に頼らざるを得ない「幻影」に過ぎません。また、生演奏を録音して、その場でステレオ再生しても厳密に耳に届く音を生演奏と同じにする事は理論的に不可能です。そのような「原音再生」を求めるのであればバイノーラル録音の方が原理的には向いていると言えます。

再生音について客観的に評価する場合、我々は「耳に届く音波」とソースに記録されている「信号」を比較するしか方法はありません(信号忠実性)。注: 重要なのは無響室で測ったスピーカー前方1mのカタログデータではなく、あなたが音楽を聴いているその部屋のあなたの耳の位置での音波と信号の比較が重要だという事です。ただし「信号に忠実に再生された音波」が「良いと感じる」あるいは「好ましいと感じる」音かどうかというと、これは人それぞれではないでしょうか。さらには、そのよう音を誰もが「主観的にリアルと感じる」かどうかすら確かではありません。「200万円のアンプと1万円のアンプをブラインドで比較したら1万円の方が勝った」とか「生演奏とブラインド比較したら小さなフルレンジが立派なマルチウェイに勝った」とかも、このあたりに関係しているのではないでしょうか。

多くの場合オーヂオイヂリは信号忠実性とは別の「好み」または「記憶音」に基づく主観的なチューニングに頼る事になります。例として、部屋を適度に反響するようにチューニングしたり、倍音(響き、歪み)の豊かな真空管アンプを使用したり、スピーカーボックスをわざと箱鳴りさせたり等々は、元々ソースには含まれない「響き」や「雑味」あるいは「癖」を追加している訳ですから、「信号忠実性」とは全く別の(多くの場合真逆の)行為だとも言えます。

僕も全くの「主観的好み」に従ってAlpair5を最終的に選択し(音場補正でフラットな特性にして、同一の箱で5種類の8cmドライバーを比較)、特性的にはかなり見劣りするが響き感の心地よい小型の真空管アンプ(TU-870改)をメインに使用しています。これらは各自の「主観」「好み」「感性」が完全に支配する領域であり、他人がとやかく言う筋合いの物ではないのは当然です。

では客観的な「忠実再生」はどうでも良いのでしょうか?

僕は「忠実再生」の目的を「録音されている音楽の全体像と細部ががそのままハッキリと耳の位置で聴き取れるようにする事」と解釈します。アーティストが世に出した作品をしっかりと聴き取る上で非常に重要であると考えます。僕の言う「忠実」とは、何百万円もするアンプが追求しているような「コマケー」信号忠実度とは違います。コマケー音質の差も大事でしょうが、それ以前にとにかく「音楽」の全体像を正確に聴けるようにするという、もっと大ざっぱで基本的な話ですので。。。

僕がオーヂオイヂリに手を染めるきっかけになった3年程前のお話をします。
新しく買った携帯電話が1GBのメモリを内蔵していたので、ジャコの全コレクションとフルトベングラーのベトベン交響曲全集をコピーして(凄い組み合わせ!)、そこそこのカナル型イヤフォン(6千円くらい)で暫く聴いていました。驚いたのは、スピーカーで聴くよりも細部までハッキリと聞こえる事です。特に交響曲の低音(楽器音+ホールの響き)まで聴き取れて、指揮者がそれを意識しながら音を伸ばしたり止めたりしている様子が分かりました。響きの美しい所では鳥肌が立ちそうになったくらいです(50年代のモノラル録音+携帯電話で。しかも電車の座席で。)。それまで使っていたメーカー製の4万円程度で全部そろうセットのコンポでは、そんな風には全然聞こえませんでした。(なんがモゴモゴ、モワモワしか聞こえない。アタマに来たのでスピーカーボックスを破壊したところから、オーヂオイヂリが始まった訳です。その箱は今は補強してウーハー用に使ってます)

で、その後まともなMP3プレーヤーとイヤフォン(1万円くらい)のを買ってコレクションを片っ端に聴き直した結果、それまでは音楽の一部しか聴き取れて(感じ取れて)いなかった事に気付きました。ショック!。正直言って、ホントに真剣に音楽聴くならイヤフォン再生の方が向いていると思います(ヘッドフォンでしか聴かないオーディオ種族が居るのも納得できます)。でも一日中イヤフォンしてる訳にも行かないし、邪魔だし、なんとかスピーカーでも同じように聴けるようにしよう!!!!!でLEANAUDIOを始めた訳ですね。

それでは何が(ハチマル定義の)「忠実再生」を邪魔しているのか?とイロイロ作って聴いて測定した結果、

1) スピーカーから耳までの距離(つまり部屋の音響特性)
2) スピーカーの低音再生限界(30Hzくらいまでしっかり信号が入っているのに全部が聞こえない)

の2項目が最大の問題であるという結論に達した訳です。敢えてもう1項目追加するならば;
3) バスレフポートの音(周波数ドメインではなくタイムドメイン的問題だと思う)
パルシブな音(ピチカートベース)が妙に聞こえるので僕には気色悪く感じます。なんか酔いそうな感じというか。。いわゆる「タイムドメイン」と称して売られているスピーカーにはバスレフポートが付いていたような気がするけど、なんか矛盾するような気がしないでもないような。。。。

他の影響はこれらに比べると「屁」みたいなものです(まあでも「屁」をイヂルのがオーヂオイヂリの楽しい部分でもある訳ですが)。こいつをなんとかやっつけない限り「好み」だ「感性」だ、どのこのと言って「屁」をイヂッテいる場合ではない。全部ちゃんと聴かんとアーティストに対して申し訳ないじゃないか。。と。そいうのが「ぴゅあ」オーヂオというやつではないのかと(この「ピュア」というのはども胡散臭くて好かんけどね)。。。

で、その経緯を綴ったのがこのブログでありますが。。。と長々と書いて来たのですが、今回は何を言いたかったんだけ。。。。アレレ??

これだっけ?
1) そこそこ上等のカナル型イヤフォンで音楽を聴いた事がない人は一度聴いてみてください。原音(ソースの音)をできるだけそのまま聞き取るためのある種のリファレンスとして便利です(部屋の影響なし、超低音まで聞こえる、バスレフポートの音もなし、クロスオーバーもなし(マルチのイヤフォンもあるみたいですが))。

あ、それとこれかな?
2) 測定も是非やってみてください。今時パソコンとパソコン用マイクがあればフリーソフトで簡単に測定できます。測定では表れないような微妙な感覚や感性の問題を云々する以前に、簡単な測定で明らかに分かってしまう程度の問題は優先して解消しておくのが物事の進め方という物だと思います。なんか「データ」って「感性」に相反するもののように思われがちなのが非常に残念ですね(特に文系の方にその傾向が強いかな?)。データは単なるツールに過ぎず、目的ではありません(プロのエンジニアや医者でもここのところが血肉として分かって無い人が多いのも事実です。特に日本人にはその傾向が強い)。このデータというツールを最小限にうまく使うと、目的へより効率良くアプローチできる(つまり時間もお金も節約してより良い結果が得られる)というだけの事です。

逆に音楽を聴く時には無用なデータや知識(ライナノーツ、特にセンセ方のご意見、蘊蓄等々)は一切不要。作品のみが全てを語るはずです。

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