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2013年10月03日 (木) | Edit |
ハチマルお薦め盤の第2弾はジョージベンソンさんの作品です。これも高校時代からの愛聴盤。

前記事で紹介したウェスさんのA day in the Lifeと同じくCTIレーベルのイージーリスニング シリーズです。
ウェスさんのシリーズは好評だったみたいで、CTIは大いに期待していたようですが、1968年6月にウェスさんが急逝し、そのピンチヒッターとして起用されたのがジョージベンソンさん。。。というのが僕の頼りない記憶です。

ベンソンさんは前年にマイルス初の電化作品 Miles in the Skyに参加しています。ベンソンさんといえば、あの大ヒット作 Breezin (1976)のソフト&メロー路線のイメージが強いですが、元は真正ジャズ畑のギタリストさんです。

The Other Side of Abbey Road (1969)
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このアルバムは1969年にリリースされたビトルズのAbbey Roadをアルバムごとカバーしています(ただし全曲ではなく曲順も異なる)。ジャケ写真もさりげなくカバーしてますね。

A day in the lifeもサージェントペパーのリリース直後に制作されましたが、このアルバムもオリジナルのリリース後極めて短期間で制作されたようです(なんと1月後のリリースという情報もある)。オリジナルがヒットチャートでホットなうちにカバーしてしまうというA&Mの戦略でしょうかね。。。

内容はA day in the lifeと同様に、とってもハイクオリティで洗練されています。超一流ドコロを集めたゴジャスなバックと、ハイセンスなアレンジ。。。手抜きは一切アリマセヌ。真正プロフェッショナルなオシゴトです。惜しむらくは、全曲でたった32分しかない事。ベンソンさんのギターとボーカルそして最強のバックを夢中になって楽しんでいると、あっという間に終わってしまいます。エ? これでオシマイ?という感じ。とにかくリリースを急いだのかもしれませんが、この点は惜しまれます。オリジナルを完全にカバーして欲しかったナァ。。。とツクヅク思いますよ。

ベンソンさんと言えば、ギターとボーカル(スキャット)のユニゾンが超エー感じなわけですが、このアルバムでは I Want You でしか聴けません(しかもスキャットではない)。元々オリジナルでジョン君がギターとユニゾンで歌っており、それをカバーしたのがきっかけで、後のベンソン スタイルに発展したのではないか?と勝手に想像しています。どでしょうかね? ベンソンさんがボーカルを吹き込んだのもこのアルバムが初めてという情報もあります。その後のベンソンさんに大きく影響した作品と言えるかもしれません。

ボーカル入りのベンソンさんのギターは大好きなのですが、どうも作品に恵まれないように思います。良いプロヂューサに巡り会えなかったのでしょうかね。惜しい。。。結局、このアルバムが僕にとってのベンソンさんベスト作品です。

前記事のA day in the Lifeと同様、ジャズに馴染みがない方にも聴きやすいと思います。特にビトルズファンにはお薦めします。高度に洗練されたジャズの真髄をビトルズ ナンバーでたっぷりとお楽しみくださいませ。

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テーマ:JAZZ
ジャンル:音楽
2012年12月20日 (木) | Edit |
昨日のプロファイラーというTV番組をご覧になりましたか? 僕はついさっき録画で見ました。

以前ブログに、僕の素直なベトベン観を下のように書きました。正にそんな感じですね。ウンウンと頷きながら見ていました。ロッケンロー、イェイ、ですよ。

高校生の頃に、親父のクラシック コレクションを一通り片っ端に聴いてみて、ベトベンだけはカッコイー、ベトベンだけはクラシックぽくない、ベトベンだけは飛び抜けて特別だと感じ、それ以来、クラシックは殆どベトベンしか聴いてこなかったハチマルです。最近になってなんとなくその理由が分かるような気がします。ベトベンは、現代のアーチストに非常に近い意識を持って「表現」に取り組んでいたのではないかと。。この点で、他のクラシック作曲家とは全く異なっているのではないかと。。であるからして、現代のロックやジャズと同様の意識で聴けるのではないかと。。

ベトベンは、「全人類、全宇宙を相手にたった1人で敢然と立ち向かう俺様」として「そんな俺様に見える世界を見てみよ」と、「音楽作品」を「俺様を表現するための手段」として明確に意識した最初の人物、つまり現代的な「芸術家」の始祖と言って良い人物ではないかと僕には思えて仕方ありません。

貴族達の前で堂々と共和主義を称えたりとか、全くロッケンローですよ。まるでジョン君だね。。。貴族達は、ま、ベトさんだけは仕方ないか。。。と黙認していたとか。。。カッコエーなぁ。。ホンマニ。これぞゲージツカですよ。芸術家というものを一切の権威から全く自由で独立した存在として明確に自覚し、何物も恐れずに堂々とそれを主張した、当時としてはブットビ先進的でロッケンローな人物であったと言えましょう。あの時代、それで良く追放されなかったものだと驚かされます。ゲージツは何物にも屈さない無敵の存在だ!という事ですよね。ベトさん?




全てから全く自由で全く独立した個人として
全人類を対象に音楽を強烈な表現手段とした
偉大なる先駆者

後継者達



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僕は音楽の2大BはBeethovenとBeatlesであると強く確信しています(なんかスペルも似てるし)。Bの紋章。人類に大きな福音をもたらした2大Bです。ベトベンはあまりに偉大であり、ビートルズ(の4人+マーチン+エプスタイン)は余りにもできすぎた奇跡としか思えません。人類が銀河帝国を築いて星々に散らばる時代が来ようとも、彼らの曲のいくつかは種としての記憶に残っているでしょう。たとえ彼らの名前は忘れ去られようともね。それに引き替えジャズは不利ですね。曲ではなくパフォーマンスそのものに意味があるから。。遺りようがありません。クソッ、ジャコ。。

タイムマシンがあったらベトベン、マイルス、ジャコ、ジミさんのジャムセッションを聴いてみたい。ジミさんはもう驚いてしまって口をポカン、ジャコさんはもう憧れの偉大な先達を前に目をキラキラ(きっと一番喜ぶのはジャコ、ベトさんに付きっきりで作曲の勉強ですよ、ジャコなら1年で交響曲書くぞ)、マイルスさんはバンドの主導権を握ろうとするが5分でノックアウト、ベトさんのピアノが完璧にバンドを掌握(ふん、千年早いわ。。小僧ども)。ビトルズナンバーも演ってください。すると、マドンナ嬢も飛び入りで(まだ現世の方ですが)。。。ベトさんがマドンナ嬢に瞬殺??即興で「マドンナのために」を演奏。。。次回のステージではベトさん、エルトンジョンばりの恰好ででかいグラサン付けてマドンナ嬢と腕組んで登場(そいうノリの方だと思う。現代(といっても50~70年代)の方がベトさんには過ごしやすいのじゃナイかな?)。セッションはまだまだ続く。。。

と、こんな具合に、僕にとってベトベンはクラシックではありません。ウルトラスーパーカッコイー ヒーローなんですよ。しかし、カッコエーナー!

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テーマ:音楽的ひとりごと
ジャンル:音楽
2012年06月07日 (木) | Edit |
ビートルズのモノラル録音盤を集めたボックスが販売されています(コチラ)。欲しいなぁ。。とは思うのですが、高価だし、すっかり記憶にインプットされてしまったビートルズを今さら聴き直すかどうか甚だ疑問なので、いつもポチ寸前で手が止まってしまいます。

「実際にビートルズが立ち会って、ジョージ・マーティンが時間をかけて作り上げたのはモノラル・ミックスだけ」「当時はステレオの再生装置がさほど普及していなくて、ステレオ・ミックスは重要視しされていなかった」「だから、モノラルミックスこそが、ビートルズの求めていた音」

だとのこと。欲しくなりますねぇ。。。ステレオ盤をモノラル再生したのとは違うのでしょうかねぇ。。ハチマルがビートルズを集中して聴いた中高生の頃は、いずれにせよ装置がモノラルラジカセでしたけどね。

とある方のご感想:
「モノラルだとステレオのような広がりがない、だから迫力がない」と考えるのは間違いです。音が同心円上に広がってきます。左右に分かれていないだけ、オーディオではなく音楽そのものと対峙している感じになります(現実世界の楽器もすべてモノラルの音ですしね)。
ですよねぇ。。。ハチマルもそう思います。モノラルの方がかえって音にリアリティというか実体感があるようにも思えますし。

後期作品と言えるホワイトアルバムまで、彼らはモノラルミックスで作品を完成させていたらしく、その後の工程で(彼らがどの程度関与したのか知りませんが)ステレオミックスが派生的に作られたとか。ホワイトアルバムのリリースが1968年ですから、ステレオ盤が出回り始めてから10年以上たっています。当時音楽界において最大の存在であり、ライブ活動を一切止めてスタジオに籠もり、最先端の録音機材を駆使して再生音楽による表現の可能性を開拓していた、あのビートルズが、モノラルを前提に作品を作っていたという事です。

一般家庭へのステレオ装置の普及がそれほどユックリとしたものであったという事なのでしょうが、「ステレオ」を「バッタモン」的に見る風潮も業界にはあったのではないでしょうか。僕には、未だに「ステレオ」がバッタモンのように感じられます。

ただ、マイルスのKind of Blue (1959)は既にステレオ録音されていますから、このへんはアメリカとイギリスのお国柄(技術力、大衆の消費力、新しい物好き、エンターテイメント性重視、メーカの利益重視等)の違いなのか、あるいはビートルズ(またはジョージマーチン)が強くモノラルに拘っただけなのか、確たる事は調べて見ないと何とも言えません。

最近、家電業界は3D TVを盛んに売り込もうとしていますが、あれだって、どう見ても「バッタモン」ですよね。3Dといったって、昔からあるステレオ写真(位置を少しずらして撮影された2枚の写真を横に並べたやつ)と同じなわけで、所詮は駄菓子のオマケみたいな子供騙しに過ぎません。確かに、遠景から近景(人物等)が浮かび上がるように見えますが、浮き上がった近景自体は平板に見えるため、なんだか舞台の書き割りのように見えてしまいます。そもそもTV画面が立体的に見えたからって、ドナイヤッチューネン?です。へぇーー。飛び出して見えるねぇ。でオシマイ。チャンチャン。でしょう(あ、ポールの声が右から聞こえるねぇ。へぇーーー。でオシマイ。チャンチャン。と同じ)。もっとマシな番組作らんかい!です。ホンマニ。不自然ですから長時間見ていると気分悪くなりそう。。

これはステレオスコープと呼ばれる一種の騙し絵みたいなものですが、ステレオフォニックもこれと似たようなもんです。テーイがドータラ、オンジョーの拡がりがアータラとやたら細かく拘って音楽を聴くのって、3D TVの輪郭がドーダ奥行きがアーダってやたら気にしながらテレビ見るのと大して変わらんでしょう。なんか滑稽にすら思えます。ハチマルにはどちらも全然重要だとは思えませんし、やはり不自然ですから、効果がはっきりし過ぎると「内容」を楽しむのには邪魔にしかならぬような気がします。まぁ、オマケ程度に考えて、邪魔にならない程度になんとなく左右に拡がって聞こえるかな?くらいにしておいた方が宜しいのではないでしょうか。深追いは禁物でしょう。

追記
「バッタもん」とは、正しくは「正規の流通ルートで仕入れたものではない商品のこと。」ですが、ハチマルは「バッタモン」を「大衆の購買意欲を煽る怪しげなモノ」という意味で使っています。オヂオって「バッタモン」がやたら多いような気がするんですけど。

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