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2010年08月14日 (土) | Edit |
今日は「音楽を聴くためのオーディオ装置」について少し考えてみたいと思います。

まずは、以前「一流音楽家のオーディオ装置」という記事で紹介した板の内容をピックアップしてみました。この板では、オーディオ趣味と思われる方々が主に「音場の再現性を求めるかどうか」という観点から、「音楽家が求めるオーディオ」 と自分達が求めるオーディオに乖離があると概ね結論付けています。ここで彼らは、この傾向を「音楽家」に特有のものであるかのように解釈しているようですが、僕はそう思いません。趣味道楽としてのオーディオには全く興味はなく、僕を含め音楽をマトモに聴くために道具としてオーディオ装置を求める「音楽リスナー」も傾向は同じだと思います。

以下、板からの抜粋です。この板での主な興味の対象は「パースペクティブ」(音場再現性)のようです。

<音楽家の傾向>
●先日あるクラシック演奏家のお宅でオーディオを聴かせて頂きました。正直きつい音だと感じました。こういうことは演奏系のお宅で何回か経験しています。それとまずパースペクティブというのは関心をお持ちでありません。

●仰せのとおりかと思います。したがって演奏家の選ぶオーディオと我々聴衆の求める再生音とは乖離があるのだと思います。

●クラシック音楽の録音を趣味にしていますが、演奏家よりホールの残響音のない録音をしてほしいの要望が多いですね。

●音楽家のお宅できちんとしたフリースタンディングでパースペクティブの豊かな再生をされているケースにこれまで出会ったこともありません。

●もちろんオーディオに深く傾倒されている演奏家もたくさんいらっしゃるでしょうが、私の知る限りでは(クラシックの演奏家ばかりですが)そういう方々はやはり音場感・空間表現にはほとんど関心を持っていないようです。

●ある演奏家の方は、空間表現の追求など不可能を無理して求めているだけであって失うものの方がはるかに大きい、そもそも現代のオーディオは完全に間違った方向に走っていると発言されています。それが正しいかどうかは別として(個人的にはこの発言自体には演奏家としての傲慢な思い上がりを感じていますが)、現在のオーディオの方向性と演奏家がオーディオに求めるものとが食い違ってきているということは無視できない要素かもしれません。
ハチマル>> 正に我が意を得たり。ゼンゼン傲慢ぢゃないと思いますよ。オーヂオマニヤの方が音楽に対してゴーマンなんじゃないのかな?

●以前にあるオーディオ開発者の方と一献させていただいたときに、その方から「音場感なんて言われているけどそんなもの必要なの?」と言われました。


<投稿者側の傾向>
○私のようにうさぎ小屋+でも自宅でコンサートを堪能している気分になるためにはオーディオは切実な問題で、部屋の響きやスケール、音場感(音の包まれ感等)は切実な問題です。演奏音のチェックなどは必要でなく、コンサート(ライブ)の疑似体験こそが我々リスナーが最重視する観点なのかと思います。演奏家とは例えば、低域の分解能が高く、音階がはっきり聞き取れるとかといった表現ではコミュニケーションしにくいです。音場感というものは皆目眼中にないようです。

○オーディオの面白さって、自分の考えではミニチュア模型の面白さなのですよ。音楽を聞くという行為とは違う部分もあります。


さて、以上を踏まえ、「再生音楽を聴く」という行為について考えてみます。

例えば、非常に興味深い内容のパネルディスカッションの録音を聴く場合を想定してみます。この場合、最も重要なのは、各パネラーの発言を明確に聴き取って内容を理解する事ですよね。パネラーには低い声の人もいれば、高い声の人もおり、声が大きい人もいれば、小さい人もいます。リスナーはそれらパネラー全員の声を明確に聴き取って討論の内容を追いかける事に努めます。この際に「あたかも目の前にパネラーがいるような」とか「パネラーの口の大きさと形まで目に浮かぶような」といった臨場感やリアリティは重要じゃないですよね。そんなのが過剰に演出されたら内容に集注できなくて鬱陶しいだけですから。

で、再生音楽を聴く場合も同じではないのかな。饒舌な語り口で聴衆を魅了するピアノ、絶妙のタイミングでツッコミや間の手を入れるドラムス、口数少なくて論調も地味だけど結局終始セッションをコントロールしていたベース。。。これらを楽しむのに臨場感とか音場の再現性って本当に重要なのかな? せっかく慎重に調整された音響環境で明瞭に録音されているのに、再生装置で過剰な臨場感とかライブ感とか演出されたら、楽器の音(声)が聴きづらくなってしまいます。媒体に録音された音をできるだけ余すことなく明確/正確に聴き取る方がどれだけ「音楽」に集注して楽しめるか。。音自体も結局これが一番自然で聴きやすいと思うんですけどねぇ。

上の板を見ていてもオーディオ趣味の方々には「再生音楽」を「ライブの疑似体験」として考える傾向が根強いですね。ヒョウーロンカとかザッシの影響?「口の大きさ/形がアータラコータラ」ってきっと誰かヒョーロンカが言い始めたんでしょ?「音場の縦の広がり」って左右にSPを配置するステレオ式で再現できるの?これもヒョウーロンカ? 「オーディオ装置とはそのようにタシナムモノ」というふうに画一的に思い込まされていませんか?僕にはザッシとかヒョーロンカに誘導されているように見えて仕方有りません。僕が中高生の頃に読んだオーディオ入門書では、ステレオ方式は正確に音場を再現できるものではなく、あくまでもモノラルより少し雰囲気を味わえる程度のものですよ、と易しく原理図入りで説明してましたけど。。専門雑誌ではステレオ化による弊害とかもクソ真面目に討論していたようにも記憶しています。

最後に。。「音楽聴くだけならトランジスタラジオで聴け」とか言うのは止めようね。コマケー音質は必要十分で良いけれど、可聴帯域のほぼ全域を正確に再生できるマトモな「音楽再生装置」が必要です。しつこいけれど。。

なんでオーヂオってこんな方向に進んじまったんでしょうか?「ステレオ方式」なんて中途半端なもん出さなきゃ良かったのに。

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