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2014年03月03日 (月) | Edit |
ヒヨロンカやマニヤ達が電線やナンヤカンヤをトッカエヒッカエして「ナンタラ感が激変しました!」と自信満々に言う時、そこには必ず思い込みや先入観(プラセボ効果)が含まれます。人間である限り、この影響から逃れる事は絶対にできません。ゼッタイニ。ましてや、様々な変動要因に比べて非常に微小としか考えられないようなチガイに拘泥するオヂオのヒカクシチョーにおいて、この影響は我々の想像を遙かに超えて大きいであろうと考えるのが極めて当然でしょう。

という事で、今回は、社会心理学の分野で開発された「潜在的連合テスト」に関するオハナシです。

このテストに関する詳細はコチラのPDF「潜在的連合テスト(Implicit Association Test)の可能性」を参照してください。
このPDFによると、
「潜在的連合テスト(IAT)」とは、
様々な社会的対象に対する潜在的態度を測定することができる手法
「潜在的態度」とは、
人々が意識することができないが所有している態度であり,人々の日常生活における様々な行動に影響を与えると考えられている。
だそうです。フムフム。興味深いデスネ。本人も気付かない無意識の態度ほど恐ろしいものはアリマセン。さらに集団的無意識はもっと怖くて厄介です。本人達に悪意は全くないのですからメッチャ怖いです。クワバラクワバラ。。。

それはさておき、
僕は以前から、不思議の国のオーディオを取り巻く状況は、人間の集団的行動の不可思議さを研究する上で恰好の材料になるのではないかと考えています。そういう意味で、社会心理学的アプローチは非常に有効かもしれません。

以下では、IAT(潜在的連合テスト)の具体的な事例として、3月2日の毎日新聞朝刊で見付けた興味深い記事をご紹介します。記事のタイトルは「時代の風:女性の社会進出=元世界銀行副総裁・西水美恵子」です。ネットではコチラで読めます(全文を読むには会員登録が必要)。

著者は、世界銀行の管理職研修において、女性職員に対する差別を改革するための一環として実施されたIATの簡易版を受けた事があるそうです。
そのテスト方法とは、
1)絵を掲げた人が被験者の前に現れて退場
2)次に、もう1枚の絵を掲げた別の人が同じように現れて退場
3)被験者は「良い」と感じた方の絵を選ぶ
コレダケ。
このように「2枚1組みの絵を1枚ずつ見て、良いと感じた方を選ぶ」というテストを、あきるほど繰り返すそうです。オヂオと同じ。

で結果はどうであったか。。
結果の発表となり、最初の1組の得点が公表されて2枚の絵が初めて同時に並んだ。その瞬間、うめくようなどよめきが起きた。2枚の絵は同じ絵だった。誰一人それを認知せぬまま1枚の絵を選んでいたのだ。

そして、各組の結果が次々に発表されるたびに、被験者達はますます打ちのめされる事になります。なぜならば、
全員が、絵ではなく、絵を掲げた人を選んでいたのだ。私自身も含めて、研修生の大半が、女性より男性が掲げた絵を選び、アジア・アフリカ系の有色人種より白人が掲げた絵を選んでいた。
被験者達は、さぞかしショックを受けた事でしょう。どしぇーーーーーーーーーーーーー!デスヨ。ホンマニ。無自覚のバイアスは怖い。。オヂオなんかバイアスまみれとチャウ?

例えば「絵」を「音」に置き換えても結果は同じでしょう。これは、2本のデンセンのどちらが良いかをヒカクシチョーするという、マニヤ達の大好きな行為と同じ事です。この場合、絵を掲げた人の人種や性別やルックスはデンセンの価格、ブランド、意匠やナンヤカンヤに相当します。そして、2つの音が全く同じであっても、ヒトは値段やブランドの影響を無自覚に受けて、どちらかの方が「良い」と感じて(選んで)しまうという事です。このように考えると、ブラインドで評価しない限り「ナンタラ変えました!カンタラが激変しました!」が如何にあてにならないかが伺い知れます。自分自身ではブランド等の先入観を完全に排除して真正直に聞いたつもりであっても、それは信用できません。何故ならば、自分の潜在的態度(無自覚のバイアス)を自分自身で認識して抑制する事はできないからです。何人たりとも、この影響から逃れる事はできません。ナンピトタリトモ。。。ですから、際限なくコマケー表層的/微視的オトのチガイの泥沼に意識がどんどん陥ってしまう事(つまりツイキュとやら)の危険性と不毛さについて冷静に考えてみるべきでしょう。ヂャナリズムが警鐘を鳴らさんかい。。。ですが、逆に煽っているので手に負えません。ドシタモノカ。

まぁ、やっている本人達が、ソンナモン百も承知の上で楽しいからやっているというのであれば、それは「趣味」ですから別に構いませんが、それがツイキュとかエラクてジョートな行為であるかのように世間に喧伝される事、また、そもそも効果が曖昧であるが故の異常な値付け等、そのような傾向によって一般の人々にとっての技術と市場の健全な発展が阻害される事はゼッタイニ看過できません。プリプリ。。

著者は以下のように結んでいます。
自分の幽霊を見たような思いに鳥肌が立った。吐き気を覚えた同僚もいた。キューバと北朝鮮を除く全世界の加盟国国民が働く世界銀行。その多民族組織を率いる管理職の心に、おのおのの性別や人種に関わらず女性と有色人種への偏見が潜む。この事実を無視したらリーダー失格、真っ正面から向き合うしかないと、皆で眠れない一夜を語り明かした。管理職が共有したこの恐ろしい体験は、女性問題解消に本腰を入れる原動力のひとつとなった。
吐き気がするほど恐ろしくてショッキングな体験だったと思います。

家族か誰かに手伝ってもらってブラインドテストをやってみましょう。そうしましょう。。。コワイデスネーーー。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年09月24日 (火) | Edit |
オヂオマニア達の言動や行動を観察していると、彼らの多くは「音楽」そのものに強い興味があるわけではなく、ヒヨロンカのようにソーチの音の微妙なチガイをキキワケル事自体や、装置から出てくる「音響現象」で気持ちの良い雰囲気とかフィールド(場)を創出する事(ヨイオトの創出?)にやたらとご執心のように見受けられます。また、「音楽」はそのような「チガイのキキワケ」なり「場」や「雰囲気」の創出のためのあくまでも「ネタ」(音源)として興味の対象となっているようにも見えます。

しかし、これは普通に「音楽」を楽しむという行為とは意識の置き所が大きく異なるでしょうし、「オーディオ主体」ではなく「音楽主体」に考えれば、広く一般に(特に青少年少女に)薦められるような類の音楽との接し方であるとは僕には到底思えません。意識の置き所が180°異なれば、装置に求めるものも180°異なって当然です。何が重要で何が無視可能かという判断基準がグルッと異なるわけですからね。その結果、僕は当ブログで同じような事を繰り返し繰り返し主張するはめになるワケです。ホンマシツコイと思います。スンマセン。

別に、誰がどう音楽を聴こうが、それは全く個人の勝手ですが、業界全体が特に高品位クラスがあまりにソッチ方向に向きすぎてるのとチャウ? もっと真面目なホンマの家庭用音楽再生装置が必要でしょ?適正価格の「音楽を聴くためダケ」の装置がさ。と思うワケですよ。でないと、アーチストさん達が浮かばれない。

マニアの中には、オヂオ(機械)自体への興味が発端で音楽を意識して聴き始めたという方も多かろうと思います。僕も中2の時にその轍を踏みかけた事があるので分かります。そうすると、「自分」なりの音楽との接し方や「自分」が本当に聴きたい音楽の見極めをしっかりと確立する前に、いきなりオヂオ雑誌やヒヨロンカの影響を強く受けて、オヂオ装置を「鳴らす」ために(オヂオ主体的に)音楽を聴いてしまうわけですが、オヂオ雑誌やヒヨロンカは、そのような聴き方がまるで上等な音楽の聴き方であるかのように、読者にとんだ勘違いをさせているように思えます。「音楽を聴くとはそういう事で、オヂオ装置とはそゆうふうに使うものであって、オヂオ道に日々精進してサイテーヒャクマンエン出さないと音楽はマトモに聴けぬぞよ」とね(なんかこうなると新興宗教ですね。あ、それで「鰯の頭」なわけね)。

今までオヂオ雑誌やオヂオヒヨロンカの影響でソレが当然と思わされてオヂオ道に精進されてこられた方も、今一度ヨック考え直して見てください。オヂオメディアの情報は「オヂオ主体側」に余りにも偏っています。自分は一体全体ナニをやっておるのか?一体全体ナニをやりたいのか?一体全体ナニを聴きたいのかと。で、結局自分がやりたいのがやっぱり「ソレ」であれば、「ソレ」を続ければ良いだけのハナシです。考えてみて損はアリマセン。お金もかかりませんしね。

それはさておき、そんなにフンイキとリンヂョカンとかが重要だというのなら、また、そのために付帯的/瑣末的音現象にそれほどまでに多大な意識を消耗し、それほどまでに多額の投資と労力を割くのであれば、いっその事、自分が気持ち良いと感じる「場」の環境音をツイキュするなり、それらを積極的に音楽の再生音に混ぜてみたらドナイヨ? と思うワケです。そっちの方が直接的でテットリバヤクね?

元々ナイモンを無い物ねだりしておるわけで、しかし「何が無いのか」を明確にしないまま、トッカエヒッカエしてタマタマ現出する音(+心理)現象に反応して場当たり的に行動するからグルグルするわけで、よく分からんから価格や物量やメディアに惑わされるわけで、何が無いのかを明確にして、それを直接追加してやればエーントチャウ? という事です。

例えば、話し声や食器の音が入ったジャズクラブの環境音や、コンサートホールの開演前の静まりかえった状態(何百人も居るので、シーンとしていていも無音ではない)の環境音を、音楽ソースにミクスするなり、別の装置で(それこそサラウンドで)再生するなりすれば宜しかろうと思います。あるいは、自然界の音とか、色々な音を混ぜてツイキュしてみてもオモシロイのではないかな?また、LPを好まれる方も多いようですが、であればLPに含まれる典型的な暗騒音をミクスしてみても良いかも知れません。で、そのノイズ成分とか混ぜ具合をイロイロ変更して、LPよりももっと気持ちよくするとかね。。。LPのノイズはタマタマ入っているだけなので、もっと「良い」ノイズだってアルでしょうよ。

「趣味」としてやるなら、またそれだけの「熱心さ」があるのなら、デンセンやデンゲンや高額装置をトッカエヒッカエするだけでなく、もっと自由な発想でもっとイロイロな、もっと直接的な、もっと決定的な、もっと論理的な試行錯誤をしてみた方が、ずっと楽しいしクリエイティブだと思いますよ。きっとね。こんな事を書いていると、僕もなんかやってみたくなってきましたよ。。。え?ソレヂャ物欲が満たせない?やっぱり骨董趣味?

またグダグダ書いてしまいましたが、今回の結論です。
オヂオマニア達の言動や行動を観察するに、彼らが追い求めているのはそのようなソースには含まれない「環境騒音」成分ではないかという気がしてなりません。「場」の音って事です。そして、ソースに欠落した「場」の音をなんとか補おうとしてグルグルしているという事ではないでしょうか。以前の記事に書いたように、これは特に爆音再生時に強く感じられるはずです。なぜならば、自然な暗騒音レベルの生活空間で、それにバランスした快適音量で音楽を聴く限り、ソースにおける暗騒音の欠落はそれほど深刻ではなかろうと思われるからです。

という事で、そういう騒音付加ソースとか付加装置って、新しい商売にならないかな?そいえば、超高域音を人工的に付加するハーモネータって、この類の装置ですよね。このノイズプロファイルを工夫して可聴帯域までノイズを付加するわけよ。気持ち良くなるノイズってあるのじゃないかな。音響心理学の分野ですね。オモシロソ。。。

如何でしょうか?

追記
僕のマンションの閉め切った部屋でも、計測してみると時間帯によって暗騒音は結構変化します。あまりコマケー事をツイキュしても、例えば、昨晩徹底的に追い込んだセッティングが、今朝聴くとイマイチなんていっくらでも有り得るでしょう。暗騒音も明るさも室温も湿度も周囲の街のフンイキも、何よりも自分の身体/精神の状態が、昨晩と今朝では大きく異なって当然だからです。そりゃもう、コマケーセッティングのチガイなんかぶっ飛ぶくらいデカイ変化があるはずです。何事もホドホドにしないと。。。一方、媒体の中の最も肝心要の「音楽の内容」は不変です。こいつは変わりません。コイツをキッチリとお耳まで届けて聴きましょうや。アーチストさんが全責任を負うコイツをさ。。。。でしょ?

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年08月17日 (土) | Edit |
現在主流のオヂオ趣味は骨董趣味的要素が非常に強いように僕には思えます。最新機器を使う場合であっても道具を道具として使うのではなく道具自体を愛でる傾向が強いと言う意味で「骨董趣味的」という表現を使っています。

共通点を挙げてみると
1)「選ぶ」「買う」「所有する」「収集する」という行為に重きが置かれる(従って延々と売り/買いを続ける)
2) それらの品をその品本来の目的で「道具として使う」というのが主目的でない、あるいはその目的意識は希薄
3) それらの品の個性や趣(おもむき)を「愛でる」
4) 同好者の間で品評し合う事、および価値観を共有し合う事を慶ぶ
5) 値付けの基準が曖昧

オヂオに限らず、物自体に拘る趣味は多かれ少なかれこのような傾向を持ちます。例えばクラシックカメラやクラシックカーの収集を趣味にするヒトビトは明らかにこの傾向を示します。しかし、業界全体に対するそのようなマニアック層あるいはマニア的傾向の影響力は、オヂオ分野がダントツに強いと言って良いでしょう(未だに、そのようなオヂオがヒエラルキの頂点であるかのように扱われ、ソレハソレコレハコレが明確に認識されていない)。

このように実用道具(工業製品)に強い趣味性を見出すのは概して「男性的」領域であると言えます。ですから、上記傾向が非常に強いオヂオ趣味が年輩のオヂサンばかりなのは当然でしょう。骨董趣味もそうですよね。

これに対し、女性は概してジュエリーやファッション等、身を飾る装飾品を嗜好する傾向が強いと言えるでしょう。オシャレが大好き。また、最近は美容に結び付いた「健康」が重要キーワードとなりました。ヨガは歴史的には主に男性が行ったものと思われますが、今や圧倒的に女性向けですもんね。男がやるにはちょっと勇気が必要なくらいです。

従来男性主体的であった趣味分野への女性の進出が著しいですが、彼女達にとって「オシャレ」が重要である事に変わりはありません。

例えば、写真分野では、女性作家が大活躍するようになり、一般の女性達もデジタル一眼レフを当たり前に使うようになりました。たまにクラシックな銀塩一眼レフを首からぶら下げている女の子を街で見かけますが、あれはオシャレの小道具(最近は銀塩カメラの中古が安い)か、さもなくば写真学校の生徒さんです(今でも銀塩から始めるのかな?)。僕の姪も欲しがっていました。

また、ランニングや自転車をスポーツとして本格的に楽しむ女性がすっかり定着しました。その大きな要因はファッションと健康(ダイエット)、そして最近目立つ女性アスリート達のオシャレ+カッコ良さにあるのでしょう(現在のランニングブームにはQチャンの活躍が大きく影響したように思います。なんか、それまで「苦しい」イメージだったマラソンがすごく楽しそうに、また可愛く見えました。僕もQチャン後にマラソンを始めた口です。今開催中の世界陸上見ましょう!女性アスリート達には惚れ惚れしますよ)。

ランニングウェアなんか、今や女性用の方が圧倒的に品数が豊富です。街でみかける女性のランナーやサイクリスト達、それに山で見かけるハイカーさん(ヤマジョ?)達、みんなオシャレですもん。女性にとってはオシャレを楽しめる事がとても重要です。オシャレでないと多くの女性は近付かぬでしょう。オヂサン臭いのは駄目。

僕は結婚するまで自転車ロードレース(草レース)を存分に楽しみました。自転車ノリはまずカッコ良さ。レーパンにチームジャージ、ヘルメットにグラサン。ツールのビデオを見てカッコ良さを研究したものです(フォームだけでなくボトルの飲み方とかもね)。レースではみんなすね毛を綺麗に剃っていましたしね(剃っていない方が汚くてハズカシイ)。

その当時、自転車でも女性は少なかったですが、ランニングはもっとオッチャン スポーツ的で、荒川の土手でタオルを鉢巻きにしたオッチャンが、シャツに汗のシミをベッタリ付けて苦悶の形相で前のめりに走っているというイメージがありました。さもなくばイカニモ陸上部風ランパン+ランシャツ。当時、そんなランナー達を横目に見ながら、仲間と集団を組んで荒川の土手をかっ飛ばしていた自分が10年後にマラソンやウルトラマラソンを走る事になるだなんて思いもしませんでしたよ。趣味人口が増えるにはカッコヨサが絶対に重要です。憧れの対象がオヂオヒヨロンカのオッチャンぢゃぁねぇ。。。

また、最近の若い男の子達は、草食系男子と言われるように、女性的傾向が我々オッチャン達よりも強いかもしれません。自動車なんか欲しがりませんもんね。基本的に物欲はオヂサン達よりも希薄でしょう。良い傾向だと僕は思います。反面、未婚のバリバリ キャリアウーマン達のオヂサン化という傾向もありますね。お金も持ってますし。オヂオ業界としては、そのへんを狙いたいのでしょうが、マーケットはまだまだ微小でしょう。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年03月13日 (水) | Edit |
「科学的に考たら、そんなモンで音なんか変わるわけないやろ」
「いんや、音は絶対に変わる。アンタの耳が悪いダケや。変わらんと決めつける態度こそ非科学的やろ」

と、まぁ、相変わらずそのような論争が絶えないようですね。この議論はしっかりと系統立てたブラインドテストを実施しない限り永久に平行線を辿るでしょう。でも、「変わる」と主張するヒトほどブラインドを嫌がるんだよね。。。ドシテ?

僕としては
「ウーーーーーーーーーーーーンと精進とやらしてウーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンと集中とやらすれば、もしかするとウルトラ微小な音の違いを感知できるのかもしれんけど、そんな微小な音の違いがドナイヤッチューネン。気分や環境や体調の変化に埋もれてしまうだろうし、そんなもん追っかけマーしたらグルグル回ってキリが無いし、音楽聴いているどころじゃないだろうし、常識的に考えて全く不当に高額だし、そもそも金額とコノミの問題は本来全く相関しないはずだし(クオリティとは別問題だし)、音楽を鑑賞する上でウルトラ超絶的にもっと基本的で重要なファクターが全く疎かにされていると思うし、ドーデモエーンチャウ?数寄の領域だから、それが楽しいと思うヒトは数寄にやれば良いと思うけど、業界の玄人さん達やジャーナリズムは世の中に対するオーディオ装置の本来の役割をしっかりと認識して、ホンマニ何が重要なのかを明確にして大衆に伝えんとイカンやろ。ホンマのコトをさ。ソレハソレコレハコレをワキマエずに素人さんと一緒になってソンナモンばかりを追いかけマーしとったらアカンと思うなぁ。それはアクマデモ数寄、道楽、趣味、オタクの領域なんやからね。」と考えています。「たとえ変わったとて、それがドナイヤチューネン」派ってとこデスカ。

「変わらない」派は「そんなに変わる言うんやったらブラインドテストで証明してみんかい」と迫り、「変わる」派は「ブラインドテストは意味が無い」と頑として受け付けず、しかし「意味が無い」の論理的な説明は僕が知る限り一切成されず「とにかく意味が無い」の一点張り。しまいには居直って「アンプとかスピーカとかなんとかの手触りとか存在感とかブランドとか(たぶん払ったお金とか)も含めて「オト」を鑑賞しているんだから、ソーユー趣味なんだから、ナンニモ見えないブラインドテストじゃぁ正しく評価できるわけナイヤン」と、結局「諸々のプラセボ効果を含めて音は変わる(ように聞こえる)」と主張しているに過ぎないのだという事を自ら悪びれもせず堂々と暴露する始末。これでは議論にならない。

本人達がそれでエー音やと納得して喜んで金払って楽しんでいるのだからソレデエーヤン。。。というわけには参りません。それでは怪しげな新興宗教の霊感商法と変わらんでしょう。 顧客が向こうから高い餌に食い付いてくれるからといって、そのような商売をしていたら、そのような業界は縮小/衰退するのが必定です(ですよね?)。「鰯の頭も。。。」は信者の間でしか通用しません。何度も言うように、オーディオはマニアック(信者)のためにあるのではアリマセン。表現者の作った音楽が彼らの望むより良い状態ででより多くの人々に伝わるよう、誰にでも簡単に使えるよう(買ってポンと置いたら十分なクオリティで音楽をリスナの耳まで届けられるよう)、より安価でよりコンパクトな装置(家電製品)を真面目に開発せんとアカンと思うのですが。ドデショウカ?

追記
海外では比較的積極的にブラインドテストが実施されたようで、ネット上でそのような結果を見つける事ができますが、僕は未だかつて超高額機器やデンセンの優位性が実証された結果を見た事がアリマセン。クリニング屋の針金ハンガーですら聞き分けられなかったとか。。。自分の実体験と照らし合わせて見てもマーソンナモンヤロというのが実感です。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年01月28日 (月) | Edit |
周波数特性や歪みは音楽再生において全く基本的で非常に重要なのですが、例えばアンプのカタログに記載されているような歪み率レーテン何%とか、周波数特性が100kHzまでフラットだとかは、実用的レベルにおいて果たしてどれほど意味があるのか疑問です。一部に見られる物理特性軽視(蔑視、嫌悪、拒絶反応、恐れとすら見える)の風潮は、技術的発展期の過剰なスペック競争の反動なのかもしれません。これは自動車業界でも同じでした。しかし、日本のモータリゼーションは、黎明期が終わって業界全体が技術的に成熟し、作る側および使う側の意識レベルも随分成熟したように思えます。さて今のオヂオ業界は何十年も前から本当の意味で成熟しているのでしょうか?同じトコロをグルグル回っているだけではないでしょうか?それどころか衰退あるいは後退してはいないでしょうか???

僕が言う物理特性とは、リスニング位置に届く実際の音響波の、主には低音領域における、例えば下記のような極めて基本的な再生品質の事です。
1)出力が十分に低い周波数までフラットに伸びているか?
(これは音楽家が出した低い音が聞こえるか聞こえないかというウルトラ級の基本です)
2)部屋の定在波によって特定周波数の音が出過ぎたり出なかったりしていないか?
3)低音の過渡挙動(立ち上がりの遅れや立ち下がりの収束性とか、つまり時間ドメイン的特性)が十分に良好か?
4)音楽を十分な音量で再生した時に、低周波の波形が感知可能なレベルで歪まないか?
5)特定周波数で感知可能な付帯音(箱定在波、ポート共振等)が生じていないか?

これらはドシロートが机の上で安物のマイクロフォンと単純な正弦波信号を使って簡単に観測できます。そして、これらが十分に正しく再生できていないと、別にショージンとやらして耳を鍛えなくとも、シューチューとやらしなくても、媒体を「表層的な音現象」ではなく「音を媒体とする表現あるいはコミュニケーション」として聴こうとすると、明らかに聴きにくさや違和感や不快感を覚えます。要は、落語家のCDを聞いた時に、あるいはNHK FMのニュースを聞いた時に、一部で落語家やアナウンサが何を言ったのか良く聞こえなくてイラッとするのと同じです。落語家やアナウンサを自分のコノミの美声にしたり、オクチのオーキサが見えたり、アタカモメノマエニイルような臨場感がしたりとかは重要ではないですよね。
なお、最近やっている実験君シリーズは、ネタも尽きたし、今まで開発屋の習性としてテットリバヤク音楽を良く聴ける装置を作る事を最優先にしたために、謎のまま放っておいたよく理解できていない現象を明らかにしたいという知的興味からやっている事であり、あまり実用的意味はありません。ナニカ新しいアイデアが生まれるかもしれませんが。。

単純な正弦波信号を使って評価する事が多いわけですが「オンガクは単純な正弦波ではナイ」と来るのも彼らの典型的反応です。しかし、現象としては極めて低速となる(時間的に長くなる)低周波領域において、最も単純な正弦波信号の大小関係(F特)や時間的関係(時間ドメイン)すらマトモにリスナーの耳に届けられないというのは大きな問題です。低音再生は(特に一般家庭用の小型スピーカにおいて)音楽再生に残された最も困難で、最も重要な課題であると言って良いでしょう。ズシッと重くてビシッと速いアッタリマエの低音をリスナに伝える事。。。何故それを放ったらかしにするか?

ジッタだデンセンだデンゲンだとコマケー事をアーダコーダしたり可聴帯域を超えるハイレゾとか超音波再生がドーダコーダと言う前に(こういうのこそスペック的ブツリトクセーというやつチャウノンかな?)、オンジョーが広がるとか広がらないとかオクチがオーキイとかチーサイとか気にする以前に、ナンチャラカンだカンチャラカンだと表層的オンシツのコノミの問題をツイキューとやらする以前に、100dBの大爆音再生能力がドシタコシタと言う前に、業界のクロートさん達はこのような実用的音楽再生上の極めて重要でウルトラ超基本的ブツリトクセーを何十年もの間放ったらかしにしたらアカンでしょ?音楽重要帯域の下限近くまで(少なくとも50Hzまで、望むらくは40Hzまで)、誰もが、実際のリスニング位置で、簡単に、生活空間を乱さぬ小さな装置で、十分なクオリティでズシッとビシッと再生できる装置を、誰でも買える価格で世の中に提供せんとアカンでしょ?チャイマスカ?

マニアは何かに付け「オンガクがツマラクナル」と言います。しかし、僕に言わせれば彼らの音楽の聴き方は極めて特殊です。僕が思うに、彼らが「オンガクを楽しむ」という時、それは「オーディオ装置から出てくるオンガクを楽しむ」「媒体を再生した時にオーディオ装置から出てくる音や装置の音の個性を楽しむ」という意味であるように思えます。このような態度は、何度か紹介した論文の抄録にある「音楽家の多くは高精度のハイファイ音を楽しむのではなく、音楽の本質を聴く。したがって、彼等は名演奏であれば、SPから再生されたCDでも満足して聴いていることが多い。」(参考記事: 音楽演奏現場における楽音の実態と音楽家のオーディオに対する感覚について)と180°の対極をを成すように僕には見えます。「音楽の本質」と言うとナンダカ難しそうですが、上で書いた落語やニュースの例え話にある意味通じるかもしれません。あるいは「装置から出てくる音楽」ではなく「装置をインターフェイスにして媒体の中の音楽」を聴くという事かもしれません。ある一面として疑似体験的効果を殆ど求めないと言えるかもしれません。僕を含む僕の周囲のオヂオには全く興味のない普通に素直に音楽を日常的に愛聴している人々の聴き方は、前者(オヂオマニア)よりも遙かに後者(音楽家)に近いでしょう。スッテレオ感なんか未だかつて意識に登った事すらナイネーとか、ヘッドフォンで音がゼンポーニテーイしないのがドナイヤチューネンというヒトが殆どです。

趣味的に強く偏向したマニアではなく、そのように普通に音楽を聴く人々により高いクオリティで音楽を伝達する真面目なオーディオ装置を適正な価格で作らんとアカンでしょ?それがオーディオ業界で最も重視されるべき課題でしょ?クロートさんであるべきヂャーナリスト達がマニア達と一緒に(あるいは先頭切って率先すらして)魔境でグルグル遊んでばかりヂャ困るでしょう。日本のオヂオ評論に多大な影響を残したと言われる五味さんは評論家ではありません。ジャーナリストでは断じてありません。あくまでも一個人として数寄を追究した純粋の趣味人であり、彼自身「音楽とは本来このように聴くものではない」的な事をどこかに書いていたように記憶します。マニア的な部分をその特異な一部として捉え、オーディオの全体と本来担うべき役割を広く見据えた、本当の意味のオーディオ評論家あるいはジャーナリスト(高価な装置をシチョーしてポエムを書くだけではないヒト)が居たのかどうか?それとも居たのだが、商売の邪魔と疎まれてきたのでしょうかね?

何度でも言いますが、音楽媒体はオヂオマニアのために作られているわけではなく、オーディオ技術はオヂオマニアのためにあるのではありません。本来アルベキニシテアルモノに対して特殊な愛着を持ち特殊な関わり方をするのがマニアです。最もわかりやすい例は鉄道マニアでしょう。

なんだかブツリトクセーからハナシが広がってしまいました。スミマセン。。。

次回はコノミの問題について書く予定です。

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テーマ:オーディオ
ジャンル:趣味・実用
2013年01月22日 (火) | Edit |
以前の記事に頂いた再生音量に関するコメントへの僕の返答を例によって記事として転載しておきます。多少手を加えています。

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等ラウドネス曲線に見るように、人間の聴覚感度の周波数特性は音量によって変化します。このため、騒音計を購入して実際に計測した結果や、再生時の音量について考えるためにイロイロと調べた事を当ブログで紹介してきました。

さる機関の調査によると、耳元で70~80dBAが最も多くのヒトにとっての快適な音楽再生音量であるようです。実際、これは僕の普段のリスニング位置での音量でもあり、当ブログの数名の読者さんからも、ほぼ同様の音量で聴いているとのコメントを頂いています。普段、快適に音楽を聴いている時の音量を騒音計で測ってみると、やはりそのへんの音量であったという事です。同調査によると、80%以上のヒトが80dBA以下を快適な再生音量であると感じます。

以前の記事「スタジオのモニタリングレベル(音量)てどのくらい? 」にも書いたように、彼らが制作時にスタジオでモニタリングしている時の音量も、我々にとっての快適音量に近い常識的な音量レベルにあるようです。長時間聴くと耳に障害をきたすとされる85dBAを超えるような爆音でモニタリングしながら作品を作っているわけではアリマセン。これは当然です。彼らにとって耳は大切な商売道具であり、また、媒体は一般の多くの人々にとって快適な(健康的にも問題のない)音量で音楽を存分に楽しんで貰えるよう作られるのが当然だからです。なにも酔狂な爆音マニアのために作られているワケではアリマセン。ですから、大概の媒体は多くの人々にとっての常識的な音量で大きくバランスを崩さずに聞く事ができるでしょう。

よくマニアは、オーケストラの指揮者あるいは最前列中央席で計測される例えば瞬間最大105dB(97dBA)とかの大音圧の再現を云々します。しかし、「コンサートホールの音響データから再生音量考察する 」に書いたように、そのような位置では高音成分が減衰しないため、一般的な席での周波数分布とは大きく異なります。一方ホール中央で計測されたベト5の瞬間最大音圧は89dBであり、これを一般的な方法で計測される最大音圧レベル(Aフィルタ/FASTフィルタ)に換算すると、せいぜい82dBA程度に過ぎません。僕の計測によると、そのような音量で再生した場合、80dBAを超えるのはベト5第1楽章中、瞬間的に(ダンとかバンとか)数回だけであり、大部分の音量は80dBA以下しかありません(音が比較的大きいパートでも平均75dBA程度)。このように、ホール内の一般的な席での音量は上記の快適音量レンジによく一致します。つまり、楽曲やホールも、できるだけ多くの人々が快適な音量レンジで聞けるよう自然とそう作られているという事です。また、高音は(従って高音に敏感なdBAレベルは)ステージから後方席に向かって急激に減衰するため、ホールの大部分の座席においける高音成分(とdBAレベル)は、最前列よりも大幅に低下します。ホール全体の中で最前列付近というのは非常に特異な条件を持つ非常に狭い領域であると言えます。そして、当然ですが、媒体の周波数分布は、平均的な座席での聞こえ方に合わせて作られています(5枚のベト5CDを解析したが、全てホール中央席で計測された高音が減衰したスペクトルに驚く程よく一致していた)。つまり、そのように平均的な条件、平均的な感覚を持つ人々のために作られた媒体を、マニアの言うような特殊な条件を想定して(しかも周波数分布が明らかに異なるのに単純に最大dB値だけで合わせるという全く間違った考えでもって)大爆音で再生すれば、それこそバランスは完全に崩れてしまうでしょう。

全く当然ですが、媒体は少数の大音量好きマニア用に作られているワケではありません。また、ホールの最前列中央といった非常に特殊な条件をサイゲンするよう作られているワケでもありません。また、再三申しているように、ソモソモ生演奏を正確にサイゲンする事を目的に作られているワケでもありません。生演奏と同じ音量で聴くのがエラクてジョートーというワケでもありません。ソモソモ、広々とし音響条件の整った音楽用ホールと平行面で囲まれたオウチの限られた部屋空間では、物理的および心理的に全く条件が異なります。媒体は多くの人々にオウチで快適に音楽を楽しんでもらえるよう制作されるのが当然です。生をソノママサイゲンする事が本来の目的では断じてアリマセン。

結局、変な拘りのない一般的な感覚を持った多くのヒトが、自分の大好きな曲やアーチストさんの演奏が良く聞こえるよう快適に楽しめるようフツーに音量を調整すれば(ラジオで大好きな曲がかかると、ボリュームを少し上げますよね)、自然に概ねバランス良く聞こえるはずです。なお、深夜や早朝等、事情により快適音量よりも下げざるを得ない場合は、次善の策としてラウドネス補正やコンプレッション処理が効果的です。

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2012年11月08日 (木) | Edit |
世界中が
同じ音質で聞けるように
シテクレー!


というのが、アーチストさんのオヂオ業界に対する切なる願いであると思います。

ソニー製ヘッドフォン(MDR-1)のサイト(コチラ)から
N'夙川BOYSのインタビュー ビデオのキャプチャです
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してくれー!ですよ。。ホンマニ。。わかります。その気持ち。。

表現者達は、こだわりぬいて決めた音をできるだけソノママ皆に伝えたいでしょう。僕も彼らがスタジオで聴いて最終的に決めた音をできるだけソノママ聴きたいです。もし僕が作品を作って、それを世に問うならば、そこにヘンテコリンで身勝手なジョーカンたらオンガクセーたらをブチ込まれるのは嫌ですし、要らぬ事を考えず要らぬ事をせずに素直に耳を傾けて、僕が伝えたかった僕が垣間見たソレをできるだけタクサン素直に感じて取って欲しい(つまり僕の作品をインターフェイスにしてソレにアクセスして欲しい)と望むでしょう。

しかし、実際には、リスナーが使う装置のクオリティも特性も音色も千差万別であるため(音楽再生装置に一定の基準が定められていないため)、彼らはスタジオでかなりの妥協を強いられています。自分達がスタジオで聴いて決めた音が、そのままリスナーに伝わるのが理想です。でなければ表現者は自分の作品に最後まで責任を持てません。しかし実際には、ミニコンポやラジカセレベルの装置で聴かれる事も想定して最終的な調整をしなければなりません。それは彼らにとって相当なフラストレーションとなるでしょうし、身を切られるような思いでしょう。
皆が同じ音質で聴けるようにシテクレー!というのは、全く切実で全く真っ当な叫びであると思います。それが実現すれば、彼らは彼らの作品のクオリティをもっと上げる事ができるでしょう。

僕がこのブログでしつこく何度も何度も
「オーディオ装置とは元来趣味道楽の道具ではなく表現者から鑑賞者へ音楽作品を伝達するための実用道具」であり「必要十分な基本的音楽再生クオリティを全ての再生装置で達成して万人が安価にアタリマエに真っ当に音楽を聴けるようにし、彼らが望もうが望もまいが彼らの耳に正しいリズム正しい調和の音楽をブチ込む事」が重要であり「それをより良くより多くの人により安価に提供するという民生機器業界として最も基本的で最も重要な目標」を見失い「徒に表層的/微視的/瑣末的/主観的/趣味的なナンチャラカンたらリンジョーカンたらをオイカケマーシて巨大化/高額化/意味不明化/魔境化/高齢化を招いてきたオーディオ界の所業は犯罪行為であり社会的問題である」と主張しているのは、全くそういう事です。

「オーディオ」のために言っているのではなく「音楽」のために言っておるのです。オーディオ界は音楽界に従属し、新しい音楽新しい文化は若者から生まれます。オーディオ装置は、本来、お金持ちのオッチャン達の趣味道楽のためにあるのでは断じて絶対に全くアリマセン。

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野宮真貴(シンガー)のコメント(コチラ)
特にベース部分がしっかりしていて、音全体きちんと鳴らされている印象です。。。。そのそれぞれの曲の、作り手が届けたいと思っている部分が、すごく素敵に聞こえてきているんじゃないかな。スタジオでマスタリングしているときの音が再現されています。“産地直送”みたいな感じですね。音楽を愛する人が作った、音楽を愛する人のためのヘッドホンだな、という気がしました。

しつこく何度でも言いますが、オーディオ界は音楽界(表現者)の意見に真摯に耳を傾け、ジャーナリズムはそれを大衆に繰り返し繰り返し伝える必要があります。ワキマエルべき基本中の基本の事を世の中に浸透させるために。また、オーディオ業界は音楽界の意見に基づいて「真に実用的な音楽再生/伝達装置」としての基準/規格を設ける必要があるでしょう(アイスクリームやお酒にも基準があるでしょ)。。。。。その上で製品の個性として微妙なオンシツのチガイを趣味的に楽しむのはアリでしょう。また、世間がそれらを十分にワキマエタ上でロレックスのような高級装置があっても、それはそれで結構な事でしょう。

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2012年11月07日 (水) | Edit |
ナゼなんでしょうか???????????

「オーディオ ブランドテスト」で検索すると、多くの方々が現在のオヂオのあり方について激しく疑問を感じておられます。しかしマニアやヒヨロンカはブラインドテストに対して総じて頑なです。ナンデヤネン?

オヂオマニア的論理としては、
『全く同じ水でも上等で高級で伝説とかがあって作り手の手の温もりとかが感じられる器を使った方が味わい深く感じるんだもん。味は同じでも安物のコップなんかで飲みたくないもん。アンプのボリュームを回したときの感触や、スイッチをON/OFFする時のタッチや、装置の立派な佇まいや、ブランドの伝説や、なんやかんや(多分、価格も)全部ひっくるめてを楽しんでるんだから、ブラインドテストなんかで評価できるわけないじゃん。無粋なブラインドテストやデータを持ち込んで夢をぶち壊さないでチョーダイ。。。』

といったところでしょうか。

しかし、それはあくまでも「それ自体を趣味とする」特殊な人々の間で通用する論理に過ぎません。

ブラインドテストを拒絶するのであれば、
『「趣味」として「好き」(数奇)をツイキューしているんですヨ。高額な装置はなんかやっぱり「音質」(客観的クオリティ)がドーコーではなく、感触とか見た目やブランドも含めてそれなりに味わいがあって、価格も含めて満足感が得られて、まぁそういう「ブツ」としての魅力やナンダカンダを全部ひっくるめて僕達はオーディオ装置のオンシツ?やナンヤカンヤを評価しているですよ。全く主観の世界なんです。だからブラインドテストやデータなんか持ち込みたくないんです。』
というスタンスを、雑誌なりヒヨロンカは世の中に対して明確にすべきですね。読者や世間に要らぬ誤解を招かぬよう、当誌は「オーディオ」の雑誌ではなく「オーディオ道楽」の雑誌なので、本当の性能や音質を知りたい読者は別の雑誌を読んでください。。。と明確にすべきだという事です。(まぁ、その「別の雑誌」が存在しないわけですが)

そう、「趣味道楽」の分野に徒にブラインドテストや客観的データを持ち込むのはマッタク無粋極まりないですよね。ロレックスの計時精度を今さら云々するヒトは居らぬでしょう。僕は趣味のオーディを否定するつもりは全くありません。それを否定したらロレックスもフェラーリも否定する事になります。それは「文化」として大切な部分でもあります。

しかし、何度でも言いますが、ソレハソレコレハコレをはっきりとワキマエル必要があります。腕時計にしろ自動車にしろカメラにしろ、それらの分野では、作り手も使い手もジャーナリズムもマニアも普通に使う人も、ソレハソレコレハコレを健全にワキマエテいます。

繰り返し何度でも言いますが、オーディオ装置は、それ自体を「趣味」とする、かなり特殊な傾向を持つ、限られた少数の人々(マニア)のためにあるのでは断じて全く絶対にアリマセン。また、そのようなマニア向けの装置や技術を頂点とするものでも全く断じて絶対にアリマセン。

日々、喉が渇いた時に、片手を腰に当ててゴクゴクップハーとオイシクお水を飲める、お気に入りのデザインの、自分の手にも口にもぴったりと馴染む、飲みやすい形状の、水漏れしたり口の横からこぼれたりせずに至極真っ当に機能する、簡単に割れたりせずに気軽に使える、どこにでも売っている、アタリマエの価格の、全く普通のコップが必要でしょう。今のコップでは、水漏れしたり、飲んでいると水が横からこぼれたり、コップから味や臭いが移ったり、やたらデカクて重くて高額だったり、使う時にアレコレ気をつかったり。。ですよね。。。アタリマエですが特別な知識や技能を必要とせずに毎日普通にお水をオイシク頂けるコップが必要でしょ。アタリマエのコップ。。。それを真面目に作らんとアカンでしょ。真っ先に。。。それが「技術」っちゅうもんです。

繰り返しますが、趣味性の高い高級なオーディオ装置を否定するつもりは毛頭ありません。ただしソレハソレである事を世の中全体がワキマエテイル必要があります。

例えば腕時計について考えてみましょう。
ロレックス。。いいですね。僕もロレックスには「物」として特別な魅力を感じます。昔からデートナには見とれてしまいます。エクスプローラをマヂで買おうかな。と思った事もあります。ただ、ある時点からモノを極力所有しない事を心掛けるようになったので(所有すると管理がメンドクサイ、そのように貴重なモノを所有する責任を負いたくない)思いとどまりました。奥さんは生意気にロレックスを使っていますが、僕は998円のデジタルです。。

さて、オヂオと事情が異なるのは、やたら高額なロレックスですが、時計としての基本的性能(計時の精度、精度の持久性、防水性、耐久性)に優れているとは誰ひとり思っていないという事です。ですよね? そういう方居られます? ソーラセルと電波受信器を内蔵したカシオGショックの方が性能面/機能面で圧倒的に優れている事は万人がアタリマエとして理解しています。ロレックスを購入するヒトは、そんな事は百も承知で、全く別の面の魅力(伝説やナンヤカンヤ全部ひっくるめたブツとしての魅力)に惹かれてロレックスを購入します。実用面から考えればアホみたいな金額を「ソコ」に対して支払うという事を明確に認識し納得しているという事です。さて、オヂオではどうでしょうか? そこんところが明確にされているでしょうか?どうもオヂオでは、そこんところが恣意的に全く曖昧にされてきたような気がしてなりません。ホンマのところドナイヤノ?ホンマニそんなにアホみたいに高額なソーチはソレナリに性能(ホントの音楽再生クオリティ)が良いの?その良さは実用的に感知できるレベルなの?そのように超微妙なチガイを敢えてショージンとやらして感知する事は「音楽」を楽しむ上でホンマニ重要なの?というのが明確にされていないという事です。

そこんところを明確にしない限り、市場としても技術としても健全な発展は望めないと思います。そのような意味で、「一流」を自認するジャーナリズムはブラインドテストや客観的評価を積極的に実施する必要があるでしょう。また、音楽再生において何がどの程度重要であるのかを、音楽界(表現者)からの意見を尊重して明確にする必要もあるでしょう。他の分野のように、ソレハソレコレハコレを明確にしない限り、実用オーディオも趣味のオーディオも健全には発展できぬでしょう。

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2012年08月21日 (火) | Edit |
以前の記事では、レビューにおける計測データの必要性について書きましたが、今回はブラインドテストの必要性について考えて見ます。雑誌のレビュー記事については、今回が最終回になると思います。

人間の感覚に頼った評価を感応評価と呼びます。例えば、以前の記事で紹介した自動車の室内音の評価(参考記事)では、バイノーラル方式で多数の室内音サンプルを収録し、多数の評価者がヘッドフォンで再生音を聞きながら感応評価(ブラインドテスト)を行い、得られた膨大なデータから統計的手法に基づいて主観的感応値と客観的物理値の間の相関性を導出しています。

身近な感応評価の例としては「利き酒」やワインのテイスティングが挙げられます。これも、一般的にブラインド方式で行われます。このように、学術的な目的や、結果を公にする事を目的に行われる感応評価では、正確さと公正さを期すために、ブラインドテストを実施するのが常識です。これは、評者の先入観や思い込みによる影響(バイアス)を排除するためと、コンテスト等においては出品者と評価者間の利害関係がからんだ不正を防ぐ必要があるためです。感応評価において、公明正大な結果を得るには、ブラインドテストを実施する以外に方法はありません。オーディオ装置の感応評価においても当然です。

オヂオ分野では、先入観や思い込みによる影響を「プラセボ効果」とか「プラシーボ効果」と呼ぶ事が多いようですが、これは元々医療分野で使われる専門用語であり、「偽薬効果」を意味します。医者が何の薬効もない偽薬を「よく効くから」と偽って患者に投薬すると、患者には自覚症状だけでなく客観的に測定可能な症状の改善が現れる場合があると言われます。人間とは、それほど「思い込み」に左右されやすいという事です。偽薬効果の検証では、二重盲検法と呼ばれるブラインドテストが行われるのが普通です。これは患者だけでなく投薬する医者自身にも、それが偽薬かどうかを知らせないという方法です。現在のオヂオ趣味は、それはそれは、もう常識的にどう考えても超微妙なチガイに拘泥しておるわけですから、常識的にどう考えてもプラセボ効果が相当に影響しているはずです。この効果を排除して評価するには、ブラインドテストを実施するしかありません。

さて今回は、明治時代から開催されている全国新酒鑑評会(独立行政法人酒類総合研究所主催)について、ちょいと調べてみました。酒類総合研究所は国税庁醸造研究所の後進機関だそうです。お酒は貴重な税収源なので、国税庁が関係するんですね! 知りませんでした。
参考:
ウィキペディア「利き酒」
独立行政法人種ル総合研究所のホームページ

気付いた点をいくつか上げて見ます。

この鑑評会は歴史も長く、国の公的機関により全国規模で開催される唯一の日本酒鑑評会であるとの事です。このため、審査員には、地方公設醸造技術指導機関職員、国税庁鑑定企画官、国税局鑑定官室職員、酒類総合研究所職員というそうそうたるプロフェッショナルが名を連ねています。また、酒類総合研究所では、清酒に関する感応評価の専門家(清酒専門評価者)の育成と認定も行っています(コチラ)。清酒専門評価者とは「感覚の感受性が高く、清酒の香りや味の多様な特徴を評価するのに一貫して反復可能な能力を有している評価者で、清酒の官能評価の経験があるとともに、清酒の製造方法や貯蔵・熟成に関する知識を有している専門家」と規定しています。

この種の非常に繊細な感応評価においては、評価者のクオリティが何よりも重要となるのは当然です。上記の自動車室内音の評価でも、本格的な解析に進む前に、評価者の適性を統計的に評価しています。その結果、評価の反復性に問題のある者や、他から全くかけ離れた傾向を見せる者が数名見つかり、そのような評価者の結果はその後の本格的な解析作業から除外しています。。。やるたびに評価結果が異なる気まぐれな人や、他の人達から感覚や嗜好が極端に逸脱した個性的すぎる人は評価者として不適合だという事です。僕も評価に参加したのですが、僕自身の結果の反復性は非常に優秀で、傾向も極めて中庸でした。エヘン!。。。巷の自称オヂオ評論家達はどうなのでしょうか?一体誰によって適性が確認されているのでしょうか?全体どの程度信用して良いのでしょうかねぇ?

この鑑評会では、酸味、香味等、計測可能な客観的データも参考にしているようです。評価はあくまでも感応評価によるようですが、サンプルの並び順を決める(グループ分けする)ための参考にするとともに、製造者へのフィードバックとして活用しているとの事です。また、予備審査では、下のようなテンプレートを使って、評価項目を明確に統一しています。
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さすがに、国が自国の大切な文化である「酒」の振興を図るために開催しているだけあって、結構しっかりと運営されているのではないでしょうか。

さて、オーディオですが、客観的計測データとブラインドテストを異常なまでに忌み嫌う体質は、一体全体どうしてなのでしょうか? 僕には全く理解できません。何か正当な理由でもあるのでしょうか? 少なくともどちらかは真面目にやるべきでしょう。両方ともヤダッ!て、そらアカンでしょう。だだっ子ですか?。。現在の状況は、好き勝手言いたい放題やりたい放題でプラセボまみれの全くの魔境のように見えてしまいます(ナンタラ変えました!カンタラが変わりました!スゴイです!と言うだけ。。やたら高額だし)。これでは技術的にも市場的にも健全な発展を望めるわけがアリマセン。世間一般の人々が近寄らぬのも当然です。

また、今回は利き酒を例として取り上げましたが、玄人さんがオーディオ装置を評価するに際して、決して忘れてはならない、常に「ワキマエル」べき大前提があります。それは、「酒」はオリジナルの創造物であるのに対し、オーディオ装置は「オリジナルの創造物たる媒体に記録された音楽作品」を「再生」または「伝達」するための装置であるという事です。この根本的な相違点は、何時如何なる場合も、決して疎かにしてはならないはずです(玄人さんはね)。

またまた繰り返しますが、個人個人のオヂオマニアは、どう好き勝手してもOKです。それは個人的な「趣味」だからです。しかし、公に情報を発信し、一応権威として世の中の多くの人々に影響を与えるジャーナリズムがそうであっては決してならぬはずです。楽しければ何でも良いとは口が裂けても言えぬのが玄人さんの玄人さんたる所以であり責任ではないでしょうか。巷のオヂオマニアが個人のブログで「ナンタラ変えました!カンタラが変わりました!これはもうスゴイです!」と何の裏付けも何の検証も何の責任もなく発言するのとは立場が全く異なります。玄人さんは世の中に対して責任を負わなければなりません。少なくとも、その責任を認識していなければなりません。僕が小学生の頃、自動車雑誌を読み始めた頃、当然ですが、メーターがずらっと並んだスポーツタイプのモデルが大好きで(ギャランGTOとかセリカ1600GTね!)、それに対して玄人さんってのはツマラナクテ地味な事ばかりを繰り返しシツコク言う人達だと思いましたもん。

以上、ネタ切れたかな?

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2012年07月25日 (水) | Edit |
雑誌ネタが続きます。

例えば写真雑誌では、毎月新型機種を取り上げ、大学かどこかの機関に依頼して計測した非常に正確なデータを含むレポートを、もう何十年も継続して掲載しています。また、そのような計測で見つかった問題点は包み隠さず公表し、それに対してメーカーから得られた回答もレポートに掲載しています。僕の目から見ても、そのようなデータは、多くの一般ユーザにとって最早ほとんど意味が無いようにも思えます。しかし、それは、工業製品を客観的に評価して読者に正確で公正な情報を伝達するという、創刊以来のジャーナリズムとしての責任をしっかりとワキマテイル事の現れとして、僕には非常に好ましく感じられます。そのような何十年にも及ぶ地道なデータの蓄積は、写真工業界にとっても貴重な財産となるでしょう。

さてオーディオ雑誌ですが、やはり工業製品の評価を主たる内容とする雑誌でありながら、何故そのように客観的データを忌み嫌うのか?これは大きな疑問です。

「データでは音は伝わらない」。。。とかなんとか申しますが、ヒヨロンカのその場その時の主観的/感覚的コメントだけで「音」とやらは十分に伝わるのでしょうか??その場その時のヒヨロンカの心理状態、健康状態、その他諸々の拘束条件(シガラミ)を、我々に知る術はありません。

彼らは一体どうのような訓練を積み、どのように優れた聴覚を持ち、どのような音楽的素養を持ち、どのように的確な表現力を持ち、そしてイッタイゼンタイその能力を誰によって認められた者達なのでしょうか?認定された資格でもあるのでしょうか?(コーヒーとかでも鑑定士の資格がある)?権威のあるコンテストで認められたのでしょうか?(ソムリエの田崎さんとかみたいに)?彼らは関連する全ての営利団体から全く自由で独立した全く利害関係を持たない公正な立場にあるのでしょうか??何故、彼らはそれほどまでにブラインドテストを忌み嫌うのでしょうか?????(通常、鑑定(テイスティング等、いわゆる感応評価)はブラインドが常識です。聞き酒でもそうでしょ)。

彼らは一体全体どのような音響特性を持つ環境で試聴してそのコメントを書いたのでしょうか?(音楽再生において部屋の影響は絶大です)?どのようなサイズの部屋なのでしょうか?どのような位置関係で聞いたのでしょうか?どの程度ライブな部屋なのでしょうか?定在波によるディップやピークは無かったのでしょうか??再生音量は毎回揃えているのでしょうか???毎回、どの程度条件を揃えて試聴しているのでしょうか(スピーカの位置が少し変わっても音は随分変わるよね)??彼らが新型機のレビューの中で言及している彼らの記憶に残る旧型機種や他機種の印象は、果たして厳密に同じ環境で試聴されたものなのでしょうか???随分細かい事を言うようですが、技術が成熟して装置間の差(コセイ)が黎明期に比べて微小化した現代において、彼らはそれほど細かいチガイをキキワケテ製品を評価しているのですから、評価環境もそれに合わせて厳密であるべきなのは当然です。そして、その時の試聴環境条件を示す計測データを必ずコメントに添付すべきでしょう。

実際、雑誌には随分散財させられたというユーザの苦言も聞かれます。本当に読者のためを思うのであれば、そのような感覚的/主観的評価を補足するために、出来うる限りの客観的データと、それらの情報を正しく理解するための知識を継続的に読者に提供すべきであると思います。

一例として、ダミーヘッドを使ったバイノーラル録音によるデータをCDで添付するくらい今時造作ないはずです。この方式は、完全ではないにしろ現在最もリアリティのある音響(音場)記録/再生方式として、各種のプロフェッショナルな研究/開発分野で使われています(参考記事:自動車開発分野におけるバイノーラル録音の実施例)。そしてイヤフォン/ヘッドフォン再生は、現在一般ユーザが手に入れられる最もクオリティの高い音響再生方式です。

この方式を使って厳密に一定の条件でホワイトノイズとサンプル楽曲の再生音を録音し、それを継続して蓄積すれば、貴重な音のデータベースにもなるでしょう。数年前の旧モデルとも全く同じ条件で比較試聴できるでしょう。簡単に切り換えて比較試聴できるため、大規模なブラインド評価にも極めて有用です(上の実施例では、そのように多数のブラインドテストを実施しました)。また、試聴室で生演奏をステレオ録音とバイノーラル録音し、それを装置でステレオ再生してバイノーラル録音すれば「原音忠実度」も読者に伝える事ができます。もちろん、そのようなデータは判断材料として完全ではありません。そもそも完全に伝えられる手立てはこの世に存在しません。しかし、どれほど信用して良いのか、極めてあやふやなヒヨロンカの主観的/感覚的コメントや記憶を補完する上で、極めて有用な情報となるでしょう。それらの情報を基にどう判断すべきかは読者に委ねれば良いでしょう。データが嫌いな読者はヒヨロンカのコメントだけ信じれば良いのです。

つづく

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2012年07月08日 (日) | Edit |
シリーズ最終回として、具体的なシステム例を挙げながら、ハチマルが考える、それ自体を趣味とするマニア用では断じて絶対全くない、誰にでも何の知識がなくとも簡単に日常生活の中でより快適により深く音楽を楽しめる、必要十分な音楽再生クオリティを備えた、妥当な価格の真の実用オーディオ装置について書いてみます。

そのキーワードとなるのが System Integration です。システム統合というやつです。

簡単に言うと、個々のコンポーネントを個別に最適化するのではなく、1つのシステムとして総合的に最適化するという意味です。一般的に、個々の要素技術が十分に成熟すると、システムの統合へと技術は向かいます。多くの場合、システムの統合によって性能、コスト、サイズを飛躍的に向上させる事ができるからです。一般家電では、さらにインテリジェント化(内蔵マイコンによる自動制御)が進んでいます。オヂオ分野は、そのような面で、かなり遅れているように見受けられます。

下は現在の一般的なオヂオシステムの実施例を示しています。
Legacy Concept
ハチマルは、どのようなオヂオシステムであれ、何らかのイコライザ機能は必須であると考えるため、この図にはイコライザも含めています。DAC、イコライザ、アンプ、スピーカは別々に設計され(スピーカ屋はスピーカの事しか考えず、アンプ屋はアンプの事しか考えない)、別々の筐体を持ち、電気装置は別々の電源回路を備えます。そして、それらの装置間は電線で接続されています。冷静に考えれば、コスト、スペース、資源を激しく無駄使いしており、電線類も生活空間においては鬱陶しい限りです。

現在でも、一体化した廉価でコンパクトな装置が売られていますが、それらは単純に1つの箱に各種装置を詰め込んだだけであり、機能的にシステム統合されているとは言えません。

下図は、ハチマルの考えるシステム統合のほんの一例です(クリックで拡大)。
New Concept
全ての電気装置をスピーカ筐体に内蔵しています。図には1系統だけを示しており、ステレオ方式の場合は同じ物を2個使います。このような方式は、電子回路が飛躍的に低コスト/コンパクト/低消費電力化したからこそ可能となります。今や、業務用モニタスピーカではアンプ内蔵が常識です。加えて、このシステムは、無線LANを前提とした無線式システムとしています。無線化が今後の大きなトレンドである事に疑いの余地は無いでしょう。

基本的考え方としては、システムの出力端に位置し、電気-機械-音響変換という最も困難な役割を担い、音質に支配的影響力を持ち、コンポーネントとしては最も不完全な「スピーカ」において最良の結果が得られるように、システム全体を最適化するという事です。さらに、実際の使用状態においてシステム全体をキャリブレートするための機構(自動音場補正機能)を内蔵します。このような校正機構により、はじめてオーディオシステムは真っ当な音楽再生装置と呼べるようになります。

各コンポーネントについて、出力側(スピーカ側)から見て行きます。

1) スピーカ
システムにおける最重要コンポーネントです。他の全てのコンポーネントには、御大スピーカ様の不完全さを補うためのシモベとなって甲斐甲斐しく働いて頂きます。そのようなシモベ達のサポートを大前提として、御大スピーカ様を最初から設計する必要があります。

フルレンジ1本を基本とし、必要に応じて超高域(10kHz以上)を受け持つ同軸スーパツイータを追加しても良いでしょう。この場合、単純にコンデンサをかませるだけで良いかもしれません。コスト増が許される高級システムであれば、デジタルチャンデバとバイアンプを内蔵した2Way型でも良いかもしれません。また、低音補強用にパワードサブウーハをオプションとして用意します。ドライバのサイズとしては、リスニング距離と部屋の大きさに応じて、8cm~13cmから選べれば、一般家庭向けには十分でしょう。普通の人はアホみたいな大音量で鳴らしたりしません。エンクロージャは当然密閉型とし、スピーカ本体にデジタルイコライザを内蔵するため、最初からデジタル低音ブーストと特性補正を前提としてドライバを最適設計します。

これらを前提とした場合、スピーカには、低音ブーストに対応する十分な許容振幅(Xmax)と、大振幅時の挙動最適化が求められます。一方、デジイコで特性補正するため、ドライバの素の状態の特性は多少凸凹していても構わず、設計に自由度が得られます。例えば、敢えて分割振動を起こして高域のレスポンスを半ば無理矢理稼いだりする必要がなくなるかもしれません。なお、密閉型システムでは、再三申しているように、ドライバ自体の気密性が重要です。現存するドライバでは、マークオーディオのAlpairシリーズが良い線行っていると思います。

大音量を必要とするユーザ、あるいは低域限界をさらに延ばしたい(例えば30Hzまでフラット)と望むユーザに対応するために、同じコンセプトで作られた無線式のDSP内蔵パワードサブウーハをオプションとして用意します(後述)。

エンクロージャには、低コストで設計自由度の高い樹脂製が最適だと思います。特性が異なる複数の材料を組み合わせたコンポジット構造が有力でしょう。最新の材料技術と設計技術を駆使すれば、低コストで堅牢な、また、形状が自由であるため音響特性にも優れた密閉型エンクロージャを実現できるはずです。筐体はコストのしわ寄せが最も及びやすい領域ですが、ドライバと同様に音質に決定的影響を与える領域でもあるため、決して手抜きは成りませぬ。。。なお、筐体を変に響かせたりする必要は全く無いと思います。

2) アンプ
アンプ自体には特に新しい技術は必要ないかもしれません。Tripath社製等の安価な量産ICを使った低発熱でコンパクトなデジタルアンプが適するでしょう。性能的には現状ので十分なような気がします。

3) ボリュームコントローラ
リモコンによる音量調整を行います。ステレオ方式の場合、左右の同調が必要です。ドライバ保護のために、低音ブーストの設定に応じて最大ボリュームを制限できると良いでしょう。例えば、+6dB程度の標準設定ブーストではフルボリューム可能とし、バス拡張モード(例えばmax+12dB)の場合は最大ボリュームを制限する等が考えられます。または、ボリュームに応じて、最大ブースト量を連続的に変化させる事も可能でしょう。DSPと連動したマイコン制御が良いでしょう。

4) DAC
これも、機械屋のハチマルには、特に新しい技術は思い浮かびません。アンプと同様、量産チップで十分ではないでしょうか。デジタルブーストを前提とするため、24ビット分解能は欲しいですね。レートは96kHzもあれば十分だと思います。

5) デジタルイコライザ(DSP)
スピーカお助け隊の隊長です。標準イコライザ設定として、スピーカの特性(無響室での特性)がフラットになるようなイコライザ設定を固定プログラミングしておきます。この設定は消去/変更不能です。この標準設定には、ドライバの安全性と音質を保証できる程度のブースト(例えば6dB程度、50Hzまでフラットとか)を最初から含めておけば良いでしょう。この特性が、システムのカタログ値となります。面倒臭いユーザはこの特性のまま使っても良いでしょう(従来のシステムと同じ事)。位相遅れ補正は標準設定のまま固定で十分です(自動補正までは不要)。これにより極めて正確な低音再生が実現します。

なお、イコライザのタップ数は、FrieveAudioのように数百にも及ぶ必要はなく、対数的に配置すれば10数バンドもあれば十分ではないでしょうか。

オプションモードとして、バス拡張モード(例えばmax+10dB、40Hzまでフラットとか)を選択できるようにします。この場合、上記したボリュームコントローラで上限音量を制限してドライバを保護する必要があります。これは最も単純な方法ですが、マイコン制御のボリュームと連動させ、DSP内でダイナミックかつインテリジェントにブースト量を調整する事も可能でしょう。そのようなインテリジェントな方式を採用すれば、ドライバ保護と音質を保証できる範囲内で常に最大限のブーストが可能となります。例えば、以前の記事で紹介したように、春の祭典の超絶バスドラにだけコンプレッションを効かせる等が可能です。このへんはソフトウェアでどうとでもなります。

もう一つの重要な機能が、自動音場補正です。一般ユーザを前提とした場合、あのビックリするようなノイズ信号は使いたくないので、理想としては、通常の音楽を再生しているうちに自動的に最適イコライジングできると良いナァと思います。つまり、使い始めの数時間だけ、リスニング位置にマイクを置いておき、普通に音楽を再生すると、装置がソース信号とマイク信号を比較して自動的に補正特性を算出して設定する。。。といった具合です。十分なデータが得られた時点でインジケータが点灯し、以降マイクロフォンは不要です。あるいはテスト専用の音楽データを同梱しても良いでしょう。複数の特性を記憶できれば、リスニング位置に合わせて補正特性を選択できます。最近のエアコンみたく、リスナの位置を認識して自動的に切り換えるとかも可能でしょう(まぁ、不要だとは思いますが)。マイクをリモコンに組み込めると素晴らしいですね。

あとは、ユーザがお好みでイコライザをイヂレルようにしておけば良いでしょう(iTuneにも付いてるよね)。内蔵DSPにリバーブやシンクーカン風味なんかのエフェクタ機能を持たせても良いでしょう。やり過ぎない程度に。。。このへんは全てリモコンから設定できること。

6) 受信機
もはや無線式が標準となるでしょう。これで鬱陶しい電線類から解放されます。あとは電源ケーブルだけ。。受信機のスイッチで、L/Rどちらの信号を受信するのかを選ぶようにしておきます。両Chを受信してMONOで出力できるようにすれば、装置を1個だけ購入してモノラルで楽しめます。ハチマルなら絶対モノラルにしますね。また、3個買えば、フロント3ch方式も可能でしょう。なんならサラウンドにも対応しますか。

7) リモコン
こいつは重要です。ソース装置の選曲、音量調整、イコライザ/DSPの操作等を行います。携帯型プレーヤ(iPod Touch、iPhone、iPad等)にアプリをインストールすれば、ソースとリモコンを一体化できます。そのような使い方が標準となるかもしれません。というか普通そうだよね。きっと。

8) オプション
お部屋が広くて音量が必要な場合や、拡張ブーストモードでは音量が足りない場合に、同様のコンセプトの無線式パワードサブウーハがあると良いですね。サブウーハの使用を前提とする場合、部屋が広くてもメインスピーカは小径(8cm)で十分かもしれません。ドライバの必要サイズは、ほぼ低音の音量で決まりますから。もちろん、自動音場補正で誰でも簡単にベストな状態に設定できる事は言うまでもありません。

システムとして、機能性とデザイン性に優れたスタンドも同時に設計すべきでしょう。なんなら標準で同梱して欲しいくらいです。ハチマルが今使っている壁/天井取り付け用のブラケットは1個 5~6千円もします。高価すぎでしょう。天井/壁取り付け用と、デスクトップで耳の高さまで持ち上げられるヤツ(Zライト(古!)みたいな可動アーム式なんかもね)があると良いナァと思います。お安くしてね!でもデザインはクールにね!

9) デザイン
システム全体のデザインは、もしかしたら音質よりも重要です。あと色もね。ハチマルなんか、クルマでもなんでもまず色で選びますモン。音楽は、アートは、クールでないといけません。全くです。なんか恥ずかしげもなく「ジョーカン」とか言いそうなオヂサン臭いのはNG。電源コードひとつてっても、デザインを疎かにしてはなりませぬぞ(黒いコードは止めてね)。優秀なデザイナさんを起用してください。市場で成功するかどうかは、ほぼここにかかっていると言っても過言ではないでしょう。日本人は、基本的に建築や工業デザインに優れたセンスを持っていると思います。なのに、製品は洋物に比べると明らかにダサイ。何故にあのようにダサイのか???Apple製はクールですよね。もうそれだけでハチマルは日本製を買う気が全く失せてしまいます。

せっかくデザイナさんがクールな絵を描いても、複雑な会社の審査過程で上の方のオヂ様達が偉そうに口出しして、最終製品はどうしても無難でダサクなる傾向があります。デザインの分からぬオヂ様は黙りましょう。もう、オヂオ=癒しと温もりの木目調のヂダイではありませぬ。

10) 価格
例えば、Alpair 10クラス(13cm)の最高品位のフルレンジドライバを搭載したシステムで、実売1台5万YENでどうよ(ステレオで10万YEN)。デスクトップ用の8cm L/R一体型(ZAP風)も5万YENくらいだな。電気関係は驚くほど低コストで済むはずだし、可能でしょう?ねぇ?

実はJBLが上記のハチマル提唱システムに近いDAC/DSP(自動音場補正)内蔵2wayバイアンプ式業務用パワードモニタを既に発売しています。価格は16cmウーハータイプ(内蔵アンプはウーハ150W/ツイータ70W、マイク付き)がペアでなんと159,800YEN (サウンドハウス調べ)です。1本8万YEN弱。。ハチマル提唱システムは、JBLの背面バスレフ式(ナンデヤネン?)を密閉型にして低音ブーストを追加し、2Wayをフルレンジ1本にし、信号伝送を無線接続にしただけ。。。と言えなくもない。。このJBLシステムが1本8万YENですから、13cmフルレンジ1本のハチマルシステムが1本5万YENというのは、そう非現実的ではないと思いますよ。まぁ。。百歩譲って無線はオプションにするか?いやいや、甘やかしてはいけませぬ。。
JBL.jpg
JBL/LSR4326P 159,800YEN
20cmウーハ搭載の4328Pはペアで229,800YEN
サウンドハウスさんの商品ページ

電子回路が極端に低コスト化した現代において、価格はどう考えてもそんなモンでしょう。

以上、ハチマルが考える、これからの「音楽」を楽しむためのオーディオ装置について書いてみました。まぁ、マニアさんにとっては、とんでもなくツマラナイ装置ですが、そもそも根本的な目的が違いますので、そこのところはご理解くださいませ。

上記の実施例は、ほんの一例に過ぎません。たとえばL/Rを一体化したZAPのようなステレオラジカセ風も考えられますし、パワードウーハーをL/Rに組み込んだ大型システムも考えられます。ケロのようなウルトラミニマムな可搬型2.1chシステムも素敵でしょう。こいつは充電式にしていつも身近に置けると良いですね。無線式だと家中何処でも聴けるので便利です。欲しいなぁ。。このタイプが一番売れそう。また、FrieveAudioのようなソフトウェアをバンドルし、PC側でDSP処理を済ませた後の信号を無線で飛ばす事もできます。いろいろ考えてみてください。ハチマルに電子回路の知識があれば、自分で組めるのですが、機械屋のハチマルには到底無理です。そのへんの知識をお持ちの方は自作に挑戦してみるのも面白いかもしれません。なにも、高価なデンセンやアクセサリのオンシツとかナンタラカンとかの微小なチガイを追いかけマースだけがオヂオ趣味ではないでしょう。もっと自由な発想で、もっと知的に楽しんでみても良いのではないかな? ホンマニ

追記1
という事で、TONO君の開発に関連して最近の記事を書いてきましたが、それも一段落した感があり、更新はまた疏らになると思います。今後の予定としては、最近使わなくなったケロ君を大阪の姪(黒くてアンダーグラウンドな音楽業界のヒト)にプレゼントする事にしたので、メインアンプを組み込む改造を考えています。外装も彼女の趣味に合わせて、黒革/ドクロのどメタル調にする予定。。黒くてバイオレンスな悪ケロに変身です。モヒカンにするか? ユザワヤに行けば、ドクロも鋲も鎖も黒革も手に入るので、ちょっと凝ってみようかなぁ。。。なんてね。出来たらご紹介しますね。ま。年内一杯はかかるでしょう。クリスマスプレゼントが目標です。

追記2
この記事を書いている時点で、ランキングはまだ1位に留まっているみたいです。もう10日は過ぎたでしょうか。。。ちょっと驚き。。。応援ありがとうございます。更新しないとテキメンに順位は落ちますが、10位より落ちそうになったら、お情けでポチしてやってくだせぇ。。。10位以内はキープしたいですね。。なんとなく。。。

ではでは。。。。。

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2012年07月04日 (水) | Edit |
昨日、本当に久しぶりに、家内と一緒に生演奏を楽しんできました。

マリオ ブルネロさんによる無伴奏チェロ リサイタルです。会場はウチから歩いて行ける三鷹市芸術文化センターの「風のホール」(コチラ)。

演奏には二人とも大満足で、楽しい家路となりました。家内は会場でCDを買って、ブルネロさんにサインを頂いて、いたくご満悦でした。

ハチマルは大好きなバッハの無伴奏を楽しみにしていたのですが、実際にはチェロの多彩な音色を堪能できた他の2つの演目の方が楽しめました。特にカサドの組曲には、えらく感動して、ジャズのライブのように演奏が終わった瞬間に思わず声を上げそうになったほどです。クラシックでイェィ!はアキマセンよね。この曲が入ったブルネロさんのCDは持っているのですが、今までそれほど好きではなく、やはり生で聴いてみないとアカンねぇ。。。。

近所に住んでいながら「風のホール」は今回が初めてです。このホール、響きの良さで定評があるようなのですが、ハチマルにとっては、特にバッハの無伴奏を聴くには、ちょっと響き過ぎに感じました。最初の演目(バッハの1番)が始まった瞬間、音と視覚が一致しない、つまりステージのチェロから音が出てるという実感が希薄で、映像を見ながら別の所に置かれたスピーカで聴いているような奇妙な感覚を覚え、この違和感は最後まで消えませんでした。正直、え!? PAなの?と一瞬馬鹿な考えが頭をよぎった程です。

オヂオ的に言うならば、テーイ感が希薄だという事です。これは直接音に対して反射音の割合が大きいからだと思われますが、特にバッハはもっと質素な響きで聴いてみたかったですね。繊細なパートで音が混じってしまって聴き取りにくく、もどかしく感じる事もありました。家内も、演奏が始まった瞬間に驚いたと、全く同じ事を言っていました。

下は座席表です。H列の左側の席でした。
wind_seat.gif
今度機会があれば、ステージ横の2階席で聴いてみたいと思いました。

ハチマルの場合、「音」そのものにはあまり拘りが無いせいか、生演奏の「音」が格別に「良い」と感じた事は余りなく、ホールの音響や座席位置によっては、「純粋に聴覚的な部分だけで言えば」、再生の方が楽しめるなぁと感じる事も度々あります。しかし、再生のように聴覚情報だけではなく、今この瞬間に、目の前で僕達のために演奏に没頭している奏者の気迫や立ち居振る舞いやお人柄を肌身で感じる事ができる点で、やはり生演奏は格別だと思います。それを、聴覚情報しか含まぬ再生音楽ソースからオウチに「再現」しようとて、端から無理なのは明白でしょう。そもそも全く異なる体験であり、そもそも異なって全くアタリ前だと思うので、その違いに徒に拘って無い物ねだりするのではなく、それぞれの良さを素直に存分に楽しめば良いのではないかと、ハチマルはいつもそう思います。

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2012年07月01日 (日) | Edit |
本題の前に、前の記事の追記。。。

アーチストさんは往々にして破滅します。既に書いたように、追い込み過ぎて限界を超えたがために精神的に持ちこたえられなくなるというのも1つのパターンだと思いますが、恐らく、彼らが最も恐怖するのは「テンゴクトツナガラナクナル」という事でしょう。ミューズが降りてこなくなるという奴です。ある日突然、もしかしたら今この瞬間にも、降りてこなくなるんじゃないか。。。という恐怖。。。怖いですねぇ。。成功するまでは怖いものなしですが、大きな成功を収めた後は、それはそれは恐怖でしょう。。。オシマイですもん。他にできる事はナニモナイシ。ヤリタクモナイシ。死んだ方がマシだし。。。。ジャコもマイルスもたぶんジミさんも、そんな恐怖と戦って、ボロボロになったのでしょうねぇ。で、アルコールかドラッグによる束の間のテンゴクに逃げる。。。キッツイですよねぇ。。。アーチストさんという職業は。。。でも、カッコエーなぁ。。。ゆめゆめおろそかには聴けませぬよ。彼らが遺した命懸けの行為の結果を。。。

さて本題です。

今回は、普通に音楽を楽しむための装置が備えるべき基本中の基本性能について書きます。今まで散々書いてきた事の繰り返しになりますが、まぁ、一通り読んでやってください。

LEANAUDIOでアレコレやってみた結論は、

最も聴きやすく、最も楽に、最も自然に、最も飽きることなく、最も深く、全体も細部もバランス良く最もオイシク「音楽」の「内容」を楽しもうとした場合、結局「全く普通に再生」するのが基本である

という事です。

「全く普通に再生する」とは「記録されている音の波形をそのままに近いカタチで耳に届ける」という事です。これは「音楽再生装置」たるオーディオ装置にとって、今さら言うまでも無い、全くアタリ前の基本機能であると言え、ある時代までのオーディオ技術は、専らこれを目指して進んできたはずです。ある時代までは。。。。どこかの時点で再生音楽本来の目的を忘れ、あるいはソモソモ出来もしない事をツイキューとやらし始め、「趣味道楽」の機械として進化の袋小路に彷徨い込んだと思われ、これについては、その経緯を考察してみる価値は十分にあると思います。

逆に、ウォークマンに始まり、音源のデジタル化とPCおよびインターネットの普及/進化の結果としてiPodに代表される携帯型デジタルプレーヤが爆発的に普及し、既に極めて高い音楽再生クオリティを達成している(すなわち既に「全く普通に再生」できる)イヤフォン/ヘッドフォンが、もはや一般民生用オーディオの主流になった感があるのも、極めて妥当な成り行きのように思えます。巨大化/肥大化/趣味化/目的不明化/高額化/高齢化?し、進化の袋小路(根本的再生クオリティは全く進化せず、小型化せず、低価格化しない)にはまり込んだ恐竜に対して、新たな時代の担い手として登場した哺乳類というふうに見えなくもありません。

かくいうLEANAUDIOデスクトップシステムも、元々カナル型イヤフォンでの衝撃的体験から始まり、それを目標として開発を進めてきたわけですが、これからのスピーカ式オーディオというのは、そのように非常に高音質なイヤフォン/ヘッドフォンの音を聴き慣れた人々をターゲットにして開発されるべきでしょう。アチラの進化の方向を修正するのではなく、コチラから改めて進化の枝分かれをした方がもはや現実的であろうかと思えます。既にコチラがオーディオの基準であるという気がします。

「全く普通に再生する」とは、早い話が、「リスナの耳に、音楽帯域のほぼ全域でフラットな周波数を持ち、位相遅れのない音を届ける」という事です。そうする事により、ソースの波形を正確に再現できます。これについては、FrieveAudioで周波数特性と位相特性の両方を補正する事によって、ソース波形にほとんどドンピシャの音を届ける事ができる事を実証済みです(参考記事)。また、ヘッドフォンでは、何も補正せずとも、いとも簡単にそのような再生が可能である事も、同じ記事で実証しています。ハチマルの実感では、密閉型を使うかぎり、位相についてはそれほど神経質になる必要はなかろうと思います。従って、周波数特性が最重要特性であると言って良いのではないでしょうか。

なぜ、それが重要なのか。。。について、シツコイですが、もう一度おさらいします。

再三述べたように、西洋音楽というのは、楽聖ベトベンだろうが帝王マイルスだろうがポップスの女王マドンナ嬢だろうが、ジャンルに関係なく、ほぼ可聴帯域の全域(主要帯域としては40Hz~10kHz)で、人間が耳で感知できる音のスペクトル(ラウドネス補正済みのスペクトル)が、高い方にも低い方にも極端に偏ることなく、ほぼ左右対称またはほぼ均等に分布しています(参考記事)。これが、教会音楽に始まり、いわゆる我々がクラシックと呼んでいる時代に飛躍的に高度化し、その後、より大衆化マスプロダクト化された現代にも引き継がれている西洋音楽の基本構造、あるいは基本の調和だという事です。

ベト5第1楽章の周波数スペクトルの事例についてもう一度振り返ります。ハチマルが所有する、指揮者も楽団もホールも録音年代も全く異なる5枚のCDのスペクトルは非常によく一致しており、さらに、鎌倉のさるホールのほぼ中央席で計測された生演奏のスペクトルも、これらに驚くほどよく一致しています(参考記事)。おそらく、ベトベンが作曲した時点で(彼の頭の中で)既にこれに近いバランスにできており、最終的にはリハで指揮者さんがコンナモンヤネと具合良く調整したら、このようなスペクトルになってしまう。。という事ではなかろうかと思われます。そして、レコーディングのコンソールでの調整においても、スペクトルを計測しながら調整しているとは思えないため、生演奏を何度も聴いたであろう、繊細な専門的感覚を持つレコーディング技術者/アーチストさん達音楽のプロフェッショナルが、耳を頼りにコントロールルームで最終的にコンナモンヤネと調整した結果も、やはりこのようなスペクトルになってしまうという事なのでしょう。

そして、マドンナであれマイルスであれ、やはりスタジオでモニタして、耳で確認して具合エーントチャウ?と最終的に承認した結果も、やはり40Hzと10kHzがほぼ同等の大きさに聞こえ、その間がほぼ均等に分布したスペクトルになっています(参考記事)。音楽の専門家達が「具合エーントチャウ?」という調和を求めると、どのようなジャンルであれ、やはり自然とそのようになってしまう。。という事のようです。

これ以上グダグダ言う必要はないですよね。

「周波数特性なんかジューヨーではない」とか「周波数をフラットにするとオンガクがツマラナクナル」。。。。。なんて、もし、音楽を本当に楽しもうと思ったら(オトじゃないですよ、オトじゃぁ。。音楽ね)、口が裂けても出てくる発言ではありませぬ。そりゃアンタがツマランというだけヤロ!。ドシロートが自分勝手にイヂクリマースのは、それは個人の勝手です。「趣味」ですから。しかし、少なくとも世間に対してそれなりの影響力を持つ業界の玄人さん達が、堂々とそのような発言をしている事には、重大な問題があるとハチマルは激しくそう思います。プリプリ。

さて、ハチマルが以上のような事を書くと、理屈でそんな事を言っているだけだと思われるかもしれませんので、補足しておきます。

以前のハチマルはトランジスタラジオで聴こうがJBLパラゴンで聴こうが「ベトベンはベトベン、ピ○ミGOはピ○ミGO」をモットーとし、再生機械にはゼンゼン拘りませんでした。上等のラジカセ級のやつで十分だと。。。しかし、携帯電話にフルトベングラさんのベトベン交響曲全集とジャコさんの全コレクションをコピーして、そこそこ上等のカナル型イヤフォンで聴いた時にショックを受け(電車の席でトリハダが。。。)。。。そして、DENONコンポのブワブワ スピーカを激怒のあまり破壊し、イヤフォン付けっぱなしで1日中仕事するわけにゆかぬため、また、いろいろ試聴した結果市販品でハチマルの要求を満たせそうな装置が存在せぬため、デスクトップシステムの開発に着手し、試行錯誤の結果ほぼイヤフォン並に聴きやすい現在のZAPの基本ができ上がった時点で、波形計測やスペクトルの解析をして後追いで理論的裏付けを取ったに過ぎません。まぁ、開発屋さんの典型です。

結局、その道の専門家さん達が、具合エーヤロと調整してくれたのを素直に聴くと、概ねどんな楽曲でもバランス良く調和がとれて聴きやすいという事です。アーチストさんの表現の全体と細部を感じ取りやすいという事です(シロートの身勝手なジョーカンとやらではナイヨ)。ウチラのために、そのように作ってくれてはるという事です。アタリ前の事です。そこにドシロートくさいオンガクセーたらナンタラを追加する必要性は感じませんし、あまり露骨にやられると、元々の音楽が聴きにくくって、そのうち激怒してハンマーで破壊したくなります。

以上が、ハチマルが「音楽」を普通に聴くためのスピーカ式オーディオ装置がまず目標とすべきと考える基本中の基本中の基本中の基本の考え方です。

次回から、もう少し具体的なオハナシに入りたいと思います。次回のキーワードは「インテグレイション」の予定です。

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2012年06月25日 (月) | Edit |
こんな装置が欲しいなぁ。。。という具体案を提示する前に、そのコンセプトを明確にするために、どのような使われ方、音楽の聴き方を想定するのか? という事について明確にしておきたいと思います。

まず、第一に明確にしなければならないのは、ハチマルがこれから想定するのは、オヂオマニアのような音楽の聴き方(使い方?)をするための装置では断じてゼンゼン全く無いという事です。つまり、オンシツやナンチャラカンやオンジョー等を細かくキキワケルための装置では無いし、それらをツイキューするための装置でもありません。オヂオ自体に全く興味の無い人々に、日常生活の中で快適により善い状態で音楽を楽しんでもらうための実用道具だと言う事です。

例えば鉄道マニアには、モータの音をこよなく愛し、モータの音を聞いただけで機種を言い当てたり、そのモータの音を録音したくて、はるばる旅したりする方も居られます。また、通勤型車両の補助灯の配置の微妙なチガイを見分けたりする事を楽しむ方も居られます。しかし鉄道を日々の通勤通学や旅行のための移動手段として使う大部分の人々にとって、そのようなディティールは全く重要ではありません。最近のオヂオマニア達がオヂオ装置を使ってやっている事も基本的にこれらの鉄道マニア達がやっている事と同じです。オヂオマニア達は超微細なオンシツやナンチャラカンに強く拘りますが、普通に音楽を聴く上でそのように過剰なディティールを「ワザワザ」「シューチュー」して「キキワケル」事は全く重要ではありませんし、そのような「音」や「音の付帯的現象」への過剰な意識の消耗や過剰な人為的ツクリコミは、本来の音楽を楽しむという目的を阻害さえするでしょう。どのような分野においても、多かれ少なかれマニアとはそのような傾向を示します。すなわち大雑把に言えば、手段そのものが興味の対象となる、手段の目的化という傾向を持つという事です。それがマニア、それが趣味というものです。ハチマルはその事自体に対してトヤカク申すつもりは毛頭ゴザイマセン。それは個人個人の趣味嗜好ですからね。それらを含めて豊かで多様な文化が形成されるわけですから。しかし。。。

多くの場合、マニア達は、趣味と実用をはっきりと区別して認識しています。鉄道マニアも鉄道を全くの実用機関として認識し普通に使います。フェラーリを所有するエンスーも普段はごく普通のコンパクトカーを日常の移動手段として愛用します。クラシック カメラ マニアもお仕事では最新のデジカメをブリブリ振り回します。彼らは皆ソレハソレコレハコレを明確にわきまえ、「心の余裕」として趣味の部分を楽しんでいるという事です。「いやはやお恥ずかしい。。とんだ道楽ですが、楽しいから、好きだから、やっているんですよ。。ポリポリ」という事を素直にわきまえているという事です。そのへんが、どうもオヂオでは明確に認識されていないため、それを趣味とせぬ一般人に対して「オンガクマトモニキクナラサイテーヒャクマンエン」とさも偉そうにぬかす、さも自分達が特別ジョートーな事をやっているかのように勘違いする輩(魑魅魍魎)が横行する事になります。なぜオヂオだけがこうなんでしょうか?????他の「趣味」ではこんな事はアリマセン。そもそも彼らが言う「マトモニオンガクヲキク」の「マトモ」は、一般人にとってもはや「マトモ」とは到底思えませんし。。。。。

どのような分野にも、そのように極端な嗜好を持つ一群の趣味の人々(マニア)が存在しますが、業界自体は基本的にごく普通にそれらを「使用」する大多数の人々に向けて使いやすく実用的な機械をできるだけ安価に提供する事を本業とわきまえ、それに努めます。マニア達は、そのような普通の機械に対して特殊な愛着や価値観を持ち、彼ら独特の関わり方をしますが、業界自体は基本的にそれに積極的には関与しません(典型は公共機関である鉄道)。個人消費向け機器の分野(例えば自動車やカメラ)では、広報的な目的(ファンサービス、ブランドイメージの強化)としてイメージリーダー的なモデルを用意したり(ホンダNSXとか)、たまにマニア向けのスペシャル バージョン(ニコンSPの復刻とか)を提供する事もありますが、多くの場合これらは利益を上げる事を目的とせず、損失を覚悟で提供されます(NSXは売れば売るほど損する)。これらは企業としてコレハコレソレハソレをわきまえた文化的事業であると言えます。

これに対し、オヂオ分野では、特に高品質製品において、製品そのものが端からマニアを指向する度合が異常に強く、本当の意味で音楽を高品位な状態で鑑賞したいと願う人々向けの必要十分な性能を備えた適正価格の実用的な製品が欠落してしまっているように思えてなりません。フェラーリやランボルギーニのような趣味性を追い求めたスーパーカーを頂点としてヒエラルキが形成され、廉価な製品は基本的にそれらを縮小したものに過ぎず、本当に真面目に作られたアコードやシビックがほとんど存在しないという事です。だいたい、廉価な製品が「エントリー機」とか「入門機」と呼ばれる事が如実にそれを現しています。つまりそれらは、スーパーカーを頂点とする趣味的ヒエラルキへと誘う「入口」という意味であり、本当の意味で「実用的な装置」という意味では全くありません。

そのようにして、単に音楽を聴きたかっただけのユーザも、この魔境に一歩を踏み入れ、さらにザッシやヒヨウロンカや店員による極端に偏向した情報(とさえ言えるかどうか? 魔法の呪文?)に操られ、「趣味的」上昇指向を植え付けられてしまうという具合です。これに近い状況は、我々が子供の頃のまだ未成熟であった日本のモータリゼーションにも見られました(隣のクルマが小さく見えマース。。というCMが有名)。しかし現在は人々の意識も技術も成熟し、そのような状況はとっくに脱しています。これには、常に民意の向上に努めてきたジャーナリズムの貢献があった事も付け加えておきます(ハチマルは小学生の頃から自動車雑誌を定期購読していたのでよく知っている)。これに対しオヂオでは、そのような技術的/文化的に未熟であった黎明期の状態を無理矢理維持し続けようとしているかのように見えます。製造者と消費者に対して第三者的立場を取り、時代の変化を真っ先に読み取って啓蒙を促すべきジャーナリズムの貧困さが、今日のオヂオの奇態な状況を招いた悲劇の一因である事は確かでしょう。

ハチマルがオヂオに対してやたらシツコク問題提起しているのは、それが大衆の音楽文化に大きく関わるからです。手段である「オーディオ」のために言っているのではありません。目的である「音楽」のために言っているのです。せっかくスンゲー音楽作品がタクサン遺されているのですから、誰もが「何も意識しなくとも」アタリ前のように、そのスンゲーところを存分に(例えば交響曲の低音の唸りを、ジャズのビートの絶妙のノリを)感じ取れるようにせんとイカンノントチャウと言いたいのです。「無意識に感じ取れる」事が重要です。誤解を恐れず極端な事を言えば、彼らがそれを望もうが望もまいが関係なく、優れた音楽作品が本来持つ正しい調和、正しいリズムを彼らの耳にそして意識にブチ込むという事です。どんな安物の装置でもそれがアタリマエにできるようになり、それがアタリ前の「音楽」なんだと無意識に受け入れられるようにする事が理想です。それをかなりのレベルで実現できる技術はとっくに揃っているのですから。。

という事で、ハチマルがこれから考えようとしているのは、日々の通勤や通学あるいは旅行を目的に鉄道を使う人々に相当する音楽を真っ当に再生して普通に楽しみたいだけの人々向けの実用オーディオ装置です。家電製品として真っ当なオーディオ装置と言えるかもしれません。

次回は、そのような装置が備えるべき、音楽を楽しむために必要十分な性能について考えてみたいと思います。

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2012年06月22日 (金) | Edit |
今回は、世の中の技術の進化によって、製品の価格と性能がどのように変化するのかについて考えてみます。

curve2_20120621060841.jpg
青の曲線が現在の状態とするならば、過去の状態は茶色の曲線で表せます。一般的に、世の中の技術の進歩に伴い、イエローゾーンは左上に移動します(A → B)。つまり、より安価により高性能/高機能になるという事です。また、性能が同等であれば、価格は大幅に減少します(A → C)。最近の主に電子技術と材料技術の飛躍的な進化により、どのような工業製品も、概ねこの傾向に従うはずです。

なお、M曲線の縦軸/横軸のスケールは単なる目安です。目盛りの値にも意味はありませんので、そのように見てください。横軸(価格)は対数的に捉えた方が良いかもしれません。

例えば35mm版銀塩カメラについて考えてみます(デジタルはちょっとブットビ過ぎなため)。我々にとって最も身近であった(既に過去形ですね) 35mmフォーマット(ライカ版)を採用した市販カメラは、1925年にドイツのライツ社が発表したライカA型に始まります。偉大なるライカのそして最も広く一般に普及した35mm版カメラの歴史の始まりです。当時のA型では、レンズは固定式で交換できず、レンジファインダーも内蔵されていませんでした。もちろん測光もなし。ロレットを刻んだ金属ノブを指でつまんでグリグリ回してフィルムを巻き上げます。価格は知りませんが、今の価値に換算すると、非常に高額であった事は確かでしょう。その昔、日本ではライカ1台家1軒と言われたそうです。このライカA型を仮に上図のA点とします。

B点は、例えば、銀塩フラグシップ最終型のキャノンEOS-1vやニコンF-6という事になります。これらはナンタラ点にも及ぶ自動測距点/測光点と高度な電子制御を備え、秒間カンタラ駒で連続撮影でき、コンピュータ設計を駆使した非球面の可変焦点距離(ズーム)レンズを内蔵超音波モータで高速駆動して動体を追尾しながら瞬時に自動合焦し、おまけに手振れまで補正します。いゃぁ、凄まじい。報道カメラマンやスポーツカメラマンにはアリガタイ機能ばかりですが、一般人には過剰性能です。。。。。 そんなのが、えーーといくらだっけ?まだ売ってるんですね。。ヨドバシで20数万円(ボディのみ)で購入できます。もちろん新品です。そして、このような機能の多くが、今では安価なコンパクトデジカメにも搭載されています。ちなみに、カメラはオーディオ機器に比べて、圧倒的に開発費と開発リソース(要員、設備)が嵩みます。もはや昔のような零細ガレージメーカにできる代物ではありません。

C点としては、なんといっても、富士の使い切りカメラ「写るんです」でしょう。これが銀塩カメラの最終形態と言っても良いかもしれません。ホンダのスーパーカブ、ソニーのウォークマン等に肩を並べる画期的工業製品と言って良いと思います。富士のエンジニアはエライ! これも未だ売っているのですね。ヨドバシでストロボ付きが420エンでした。いやはや。。。写りも馬鹿にしちゃぁいけませんぜ。ダンナ。。。フィルムの飛躍的な進化と、最新設計の非球面レンズの採用で、その名のごとく、「よく写る」という点ではライカA型を遙かに凌ぐでしょう(レンズの味とか操作感とかは、ここでは関係なしね)。

オーディオの場合、音楽再生レベルの電気信号の増幅技術に関しては、既に飽和した感があり、今後大きな進化は望めそうにありません(というか、クオリティ的に必要十分に達している)。既にあのように安くてチッコイIC 1個でも音響アンプとして十分な性能が得られてしまうのが現状です。というと、手の温もりがアータラ、音楽はゲージツだからコータラと始まるのでしょうが、それは安易なノスタルジーに過ぎぬでしょう。そもそも、このような技術の進化は、過去から現代に到る数多の人間エンジニア達の懸命の努力の積み重ねによって成し遂げられたものです。そこに人間の手の温もりがないなぞと、安易に言えるものではありません。最新の技術は過去の技術の積み重ねの上に成り立っています。技術とは連続です。魔法のようにポンと表れるものではありません。その温もりの有るとやらのビンテージドライバやビンテージレンズを作ったエンジニアを、タイムマシンで今の時代に連れてくれば、喜んで最新の技術をブチ込む事でしょう。一部の技術には、クソっ、こんな手があったんか!なんであの時気付かんかったんや!と地団駄踏んで悔しがる事でしょう。重要なのは、そのように築き上げられた技術を、どのように人々の幸福のために最大限に役立てるか? という点にあります。そこに技術者としての人間性が問われるという事です。技術自体に正も悪もありません。コーヤッタラアーナルというだけです。それを良い方向に使うも悪い方向に使うも人間次第だという事です。

さてオヂオ業界は、このような世の中の技術レベルの進化の下に、イエローゾーンを上(ホントの音楽再生クオリティ)と左(万人のための低価格化、小型化)にシフトする事に十分に取り組んでいるのでしょうか????

茶色の曲線を見ると分かるように、技術の黎明期においては、イエローゾーンが横に広く、お金をつぎ込めばつぎ込むほど性能が向上する事がわかります。ある意味ロマンチックな時代であります。我ら50代以上のオヂサン達が夢多き青少年(オトコノコ)の頃のオーディオでは、このような傾向が多分に残っていたでしょう。高性能な装置は全く手が届かない高嶺の花であり、また別に聞きたい音楽があったわけでもないのに、いつかは手に入れたい! と強い憧憬に胸焦がした方も多い事でしょう(ソモソモここの点が、ヘンテコリンなオヂオの原点であるような気もするけどね)。もちろんハチマルもその類でした。製品カタログだけで1日すごせましたもん。どうも、現在のオヂオは、特に年配のマニアは、その頃のロマンを未だにズルズルと引きずっているように見えます。また、狂気じみた高度成長期/大消費時代をたっぷりと体験した我々オヂサン世代は、「物」に対する執着が異常に強い事も確かです。なんかジョートーでオーキクてデンセツとかあるやつとか、たいして必要なくても、ついつい物欲がそそられます。最近の週間ナントカ(毎週パーツが配布されて、なんかデカイのができあがるやつ)なんて露骨にそれ狙ってますよね。できあがると邪魔でしようがなかろうに。最後まで買っちゃうヒト居るんでしょうか?物欲世代は恰好のターゲットと言えるでしょう。生きてるうちに煽るだけ煽って精々搾り取れ!ってやつですかね。。。。もしかしてオヂオも?

それに比べ、我が息子(高1)を見てると物欲が無くて清々しいもんです。経済なんか縮小すりゃぁ良いのです。そうすればゲンシリョクも要らぬでしょう。地球も住みよくなるでしょう。

と。。。オヂサンマニアはいくら引きずっても良いのです。それは個人的趣味ですから。個人的ノスタルジーですから。しかし、業界のクロートさんがそれに引きずられては困ります。ソレハソレコレハコレっちゅうやつです。

以下余談です。

M曲線のピンクゾーンは、性能や品質だけでなくブランドイメージによって価格が大きく変動する領域でもあります。例えば、ファッション界がその好例でしょう。全く同じ品でも、マークが付いているかいないかで価値が大きく変わります。高級腕時計もそうですね。自動車でもフェラーリとかの領域はそうです。それらは、人類の文化であり、ハチマルは決して否定するわけではありません。かくいうハチマル自身、防湿庫に大切にしまったライカM2をたまに取り出して、その感触を楽しんだりしていますし、子供を撮ってズミクロンのクーキカンがドータラなんて悦にいってましたしね。しかし、真剣な作品撮りには専らSIGMAのデジタル一眼レフを使っていました。腕時計だって、街の時計屋さんのショーウィンドウでロレックスのデートナにしばし見とれて足を止めたりもします。でも、腕時計は普段ほとんどしないので、998エンの吊るしのソーラ付きデジタルをもう何年も愛用しています(デザインが好きなのよ)。オヂオだって、JBL4311のグレーのが1個だけ欲しいと思いますしね。音はドーデモ良いけど。。。

ソレハソレコレハコレっちゅうやつです。業界の玄人さんには、まずコレをしっかりやってもらわにゃ。。。コレを。。ソレの方はあくまでも「道楽」であって何の責任もないシロートさんがテキトーにご託並べて遊んでおれば良いわけで、放っておけば良いでしょう。基本的に業界のクロートさんが率先してやっちゃぁアカンですよ。チガウ?

次回は、こんなのが欲しいなぁ。。。という具体的なシステムについて書いてみたいと思います。

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2012年06月20日 (水) | Edit |
もうお分かりかと思いますが、M曲線は、製品の価格と性能の関係にも概ね当てはまります。

さて、アンプですが、例のチッコイICのアンプでも、ナンチャラカンたらオンガクセーたらの微細なチガイをキキワケル気など毛頭なく専ら普通に「音楽」を聴く分には、なんら問題を感じません(このIC、マニアさんによると、そのへんのナンタラも結構良いそうです)。「いったいアンプの値段てナンヤネンと」と考えさせられたとブログでコメントされている方も何名か見かけましたが、現在の進んだ電子/電気技術において、たかが音楽帯域の電気信号を、「音楽」を普通に聴くに足る低歪み/低ノイズで正確に増幅する事なんぞ、極めて容易だという事でしょう。

以前にも書きましたが、音の聞こえ方は、周囲の物理的条件(部屋の状態、聴く位置、気温、気圧、環境騒音、送電線の電源の状態も影響するとか)のみならず、心理的肉体的条件(体調、気分、血圧、その時の好み、直前の出来事等々、そしてプラセボ効果)によってフラフラと変動します。また、人それぞれ好みの音の傾向も異なるでしょうし、耳の周波数特性にも個人差があるでしょう。そのような変動をM曲線に当てはめてみました。この場合、横軸は製品の価格、縦軸は主観的評価(オンシツ)となります。
curve3_20120619072802.jpg
オレンジのラインが、そのような変動要因、不確定要因、個人差等を全て含めた主観的評価の変動幅を模式的に表しています。グラフの左下の低品質の領域であれば、誰もが善し悪しを同じように判定できるでしょうが、品質が上がるにつれて、主観的評価の変動幅は大きくなります。

以前の記事にも書きましたが、さるオーディオ雑誌が実施したブラインドテストにおいて、1万円を切るデジタルアンプが300万円の超高級アンプよりも高い評点を得たというような事は、いくらでも起こりえます(参考記事)。図の左の丸が1万円、右の丸が300万円のアンプに相当します。精密な測定をすれば、300万円の方が当然性能は良いのでしょうが、ピンクゾーンに深く突入しているため、または1万円でも既にイエローゾーンを十分に達成しているため、巨大な価格差にもかかわらず両者の性能差は微小となり、条件次第で主観的評価は如何様にも反転し得るという事です。評価方法(スピーカ、サンプル楽曲、評価者)が変われば、また結果も異なるでしょうが、いずれにせよ、巨大な価格差にもかかわらず、チョイとした条件の変化で逆転してしまうほどチガイは微小だというのは動かしがたい事実です。

ハチマルも以前、業務用の超低価格パワーアンプ(15,800YEN)、小さなIconAMP、ハイエンドに属するNuforce IA7E(ニジューマンエン超え)を比べてみましたが、価格にみあったメリットは何も感じられなかったどころか、IA7Eでは音に微妙な癖(高級風オンガクセー?)を感じ、また頭が締め付けられるような変な気分がしたため、価格の面を無視したとしても、絶対に採用はあり得ないと判断しました。

これがデンセンになると、その差は当然、アンプよりも遙かに小さいでしょうから、諸々の条件による相対的な変動幅は、さらに巨大なものとなるでしょう。それこそ海外で行われたブラインドテストのように、クリーニング屋の針金ハンガーと10万円のデンセンでもチガイがはっきりしなかったり、チガイが分かっても針金の方が「好き」な人がいたりしても、なんら不思議ではありません。シューチューしてキキワケル努力をすれば、デンセンによって音は微妙に「カワル」のでしょうが、それは「カワッタ」または「カワッタヨウニキコエル」というだけであって、もはや「良く」なったあるいは「こちらの方が好き」とはっきり言えるのかどうかすらアヤフヤな変化だと思われます。彼らにとっては、「良い」とか「好き」よりも、「カワッタ」と言う事自体が重要なのではないかというふうに見えなくもありません。ましてや、音楽を聴く上で、総合的な音楽再生クオリティという面で、そのようなチガイが果たしてどの程度ジューヨーなのか、ハチマルに甚だ疑問です。

また、ブログ村にも参加しておられるさるブログに象徴的な事が書かれていました。凄い装置が置かれているジャズ喫茶かどこかで、定期的にマニア達が集まる会があるようで、そこでハイレゾ、CD相当、圧縮音源をブラインドで比較したそうです。で、評価は三分されたとか。おそらく、手練れのマニア達でしょうから、チガイは聞き分けているのでしょうが、どれが良い(好き)と感じるかは、人それぞれであった模様です。圧縮データがどの程度のクオリティのものであったのか知りませんが、そこそこ高いビットレートであったのでしょう。例えば64kbpsのMP3であれば、誰もそれが「良い」とは感じなかったはずです(ハチマルでも分かるもん)。データのクオリティや情報量はハイレゾが最も高く、圧縮が最も低いというのは客観的に動かしようのない事実ですが、ある程度のクオリティに達してしまえば、それ以上のクオリティの違いは、人の好みやちょっとした周辺条件の変動幅に埋もれてしまうという好例ではないでしょうか。

このように、クオリティがある程度(イエローゾーン)まで達成されると、あとは「好みの問題」に近くなります。つまり、たとえシューチューして微小なチガイを聞き分けられたとしても、装置の価格(上等な材料や構造)と主観的「ヨイオト」の相関性は極めてあやふやであり、反転しても何ら不思議はないという事です。

オンシツやナンチャラカンとかオンガクセーあるいはオンジョーたらクーキカン等の付帯的現象の微小な「チガイノキキワケ」なんぞに意識をわざわざ消耗する気など毛頭なく、とにかく「音楽」を必要十分なクオリティで楽しみたい人々にとって、魔境ピンクゾーンに突入した徒に高価なソーチは無用の長物以外の何物でもなかろうと思います。逆にそのような装置では、コーキューカン(オンガクセー???)とかを演出するためにヘンテコリンな事をしいている危険性すらあります。最新のデジタルアンプであれば、2万円も出せば十分以上にイエローゾーンを達成しているのではないでしょうか。高出力が必要であれば、業務用アンプもお薦めです。

マニアというのは、魔境ピンクゾーンを彷徨う事、あるいはピンクゾーンの超微妙な「チガイ」をキキワケル事に無上の喜びやロマン?を感じるヒト達というふうにハチマルには見えます。装置のナニカを変えた時の微妙な「変化自体」、あるいはそれを「キキワケル事自体」に強い執着を示し、「変わる事自体」を非常に珍重する傾向にあるように見えるという事です。実際、「オーディオ趣味とは装置による音の変化を楽しむ趣味である」とはっきりと明言するマニアさんも居られます。彼らは、確たる目標を置いたクオリティに向かって装置を「改良」するというよりは、ずっと同じ状態で装置を使っていると「飽きる」ので、「変化」を求めて、あるいはナンカ買いたくて、ピンクゾーンに深く突入した高額な装置やアクセサリを無限にトッカエヒッカエし続ける(購入し続ける)という、業界にとっては極めてアリガタイ人々と言えるかもしれません。

そのために、業界がソチラに引きずられてしまうのでしょうか? あるいは業界がそのような傾向を戦略的に助長(洗脳?)しているのでしょうか?、それとも業界のヒトビト自体が同じ穴の狢(マニア)なのでしょうか? どちらにしろ、マニアではない一般音楽愛聴者には迷惑千万な話ではあります。

次回は、M曲線を使って技術の進化について考えてみたいと思います。

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2012年06月19日 (火) | Edit |
前の記事で紹介したTA2024を使った各種の超小型デジタルアンプは、非常に安価で小さいのに音質が良いため、内外でかなり話題になったようです。消費電力が非常に低いため電池駆動が可能である点も、電源に拘るマニアごころをくすぐるようでもあります。「Sonic T-Amp」「TA2024」「Dayton DTA-1」等で検索すると、ユーザのレビュー等が多数ヒットします。「アンプの価格について再考を迫られた」ってな方も少なからず居られるようです。最近、雑誌のオマケのアンプが話題になったりもしましたね。まあ、音響アンプなんぞはローテクの部類に属するのでしょうが、根っからの機械屋であるハチマルは電子技術の留まるところを知らぬ進歩に驚嘆するばかりです。

またまた、熟々と考えた事を、何回かに分けて書いて見たいと思います。今回は、その序章です。

まず、最も基本となる概念として、ハチマルがエンジン開発業務を遂行する上で常に念頭に置いていた曲線をご紹介します。仮にこれをM曲線と呼びます。
curve1.jpg
横軸は開発にかかる労力、時間、費用等に相当し、縦軸はその成果を現します。ハチマルの知る限り、技術開発に限らず、特定の目的を持った人間の行動(プロジェクト)は、大概、このような傾向を示します。つまり、ある程度のレベルまでは、問題のホンシツを見抜いてズバッと切り込めば、さほど苦労せずとも短期間で大きな成果をあげる事ができます(黄色の領域: イエローゾーン)。しかしそこから先は、いくら頑張っても、費用と時間がかさむばかりで、成果は遅遅としてあがりません(ピンクの領域: ピンクゾーン)。これをブレークスルーするには、周辺技術(例えば材料技術、例えばCPU計算能力)の革新的進歩が必要であり、今現在の技術レベルでは飛躍的に改善するのは困難という行き詰まり状態です。従って、イエローゾーンは世の中の総合的技術水準の進化にともなって拡大します。また、ZAP君の開発終結は、システムとしてイエローゾーンをほぼ達成したという判断によるものです。

システム(例えばエンジン、例えばオーディオシステム)は、多数の技術要素から成り立っており、当然、各技術要素ごとに、M曲線に従います。開発屋さんはサイエンティストとは異なり、如何に時間と費用をかけずに、より良い物を世の中に提供するかが勝負です。そうすれば会社が儲かるという事ではなく、世の中に対するひとりひとりの技術者の基本的責務であると言って良いと思います。端的に言えば、より良いものをより安価に世の中に提供する事により、世の人々の幸福により貢献するために日々精進するのが技術屋さんだと言う事です。にもかかわらず、身勝手で偏狭な理想をツイキューして、1つの狭い技術領域のピンクゾーンにいつまでも拘泥し、システム内でイエローゾーンがぜんぜん未達の技術要素があるのに目もくれないために、本来容易に達成可能であるはずのシステム全体の性能向上(すなわち世の中への貢献)を妨げるだけでなく、徒にコストを増加させてしまう(すなわち、その代価をユーザに負わせる)事は、世の中に対して犯罪に近い行為であると言え、技術屋として最も忌み嫌うべき行為であると言えます。

つまり、下図の左の丸の状態で製品を世の中にリリースできるはずであるのに、アホなエンジニアのために右側の状態でユーザに製品を押しつけるのは犯罪に近い行為だと言う事です。業界の中の1社だけがアホな事をやっても、その会社が潰れるだけで問題ないのですが、業界こぞってこれをやられると悲劇です。
curve4_20120619063648.jpg
さて、オヂオ業界はどうでしょうか? より高い(本当の意味での)音楽再生クオリティを、より安価に、よりコンパクトに、誰にでも、何も知らなくても容易に最善の結果が得られるように提供する事にマヂメに取り組んでいるでしょうか? やたら趣味的/微視的/表層的なナンチャラカンばかりを追いかけ回し、未だにマトモナ低音をリスナの耳に届けるには巨大で高額な装置を強要し、それとて現実的な実用状態ではどの程度正しく機能するのやら甚だ怪しく、あるいはまともに機能させるにはユーザに多大な投資と知識と経験と努力を要求するのが現状です。そんな家電製品今時アリマセン。

ただ音楽を真っ当に聴きたいだけの一般音楽愛聴者に「マトモニオンガクキクナラヒャクマンエン」? アホカ! コロスゾ! とハチマルが激怒するのは、そういう事です。よくまぁ、ぬけぬけと。。。この時代に。。

次回から本題に入る予定です。

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2012年05月25日 (金) | Edit |
ファーフィールド モノラルシステムの構成がほぼ固まりました。名付けてTONO君でっす!

そこで突然読者クイズ!
TONO の由来はなんでしょうか? 正解者には。。。何もあげません。

システムはこんな感じ↓ クリックで拡大します
TONO.jpg

基本的に、ベッドに寝転んだ状態で、iPadを使ってネットラジオを受信?(実際なんて言うの?)し、無線(AirPlay)でAirMac Expressに音声信号を飛ばしてデスクトップのアンプで増幅します。ですからZAP君で再生する事も可能です。iPadには各ラジオ局(CalmRadioとJazzRadio)が無償配布している専用チューナアプリをインストールしました。共に操作性も良く安定して受信できます。有料サービスの最高bitrateでも音が途切れる事はありません。ベッドからスコブル快適にネットラジオを楽しめるので、もう手放せませんよ。これは。

デスクトップPCのiTuneでラジオを受信して、ベッドのiPadからリモートで操作する事もできます。こちらの方が音質が少し良いような気もしないではないような気もするけど。。。まぁ気にしない事にしましょう。AirMac Expressにはコアキシャルのデジタル出力が付いているので、高性能なDACを使えば少しは改善されるかもしれませんが、ハチマルは気にしない事にします。USBポートも付いていますが、こちらはプリンタ専用なので音声信号は出力されません。残念。

TONO君への信号は、ヘッドフォンアンプのスルー出力から取り出しました。パッシブプリに追加したトグルスイッチで瞬時にTONO君とZAP君を切り換える事ができます。仕事しながら聴いている時は、ラジオで今かかっている楽曲に合わせて、どちらかお好みのシステムに音が途切れる事なく切り換える事ができます。これまた便利。

専らiPadをチューナーとして使うわけですが、この場合、イコライザを使えない事が問題となります。ファーフィールドの場合、部屋の影響をモロに被るため、特に低音領域のイコライジングは必須です。各種のiPad用イコライザ アプリが配布されていますが、それらをラジオ局専用のチューナーと組み合わせて使う事はできません。そこで、例によって業務用の安価なイコライザを購入しました。ベリンガー製の9バンド グラフィック イコライザーFBQ800 MINIFBQです。例によってサウンドハウスさんで購入しました(製品ページはコチラ)。例によって激安ですが、例によって全く問題を感じません。

今まで、チャンデバとパワーアンプもサウンドハウスさんで購入しましたが、今回のイコライザも含めて、いずれも「価格の安い順」に並べ換えた時に一番上に表示される製品ばかりです。それらを実際に使ってみた感想として、業務用は性能および価格的に極めてリーズナブルであると感じます。こんなもんでしょう。どう考えても。

という事で、LEANAUDIOの新しい仲間 TONO君の概要をまずはご紹介しました。以後よろしくお見知りおきを。。。。

これからスピーカの微調整に入ります。今のところ背面ポートのバスレフ型に吸音材を大量にブチ込んでバスレフ効果を最小限に効かせた状態です。それでも、例によって、ごくたまに、ナニカの拍子に、あの大嫌いな、ハチマルとしてはどうしても許せない、ボーという音が聞こえるので結局穴を塞いでしまうかもしれません。次回はそのへんをデータを交えてご紹介する予定です。

追記
来週には50万ヒットに達しそうです。ご愛読ありがとうございます!

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2011年11月05日 (土) | Edit |
ぼくは「音楽再生クオリティ」と「音楽の聴きやすさ」を強調します。要は、ソースの波形をある程度正確に「耳」に届ける事ができれば、「音楽」の内容(アーチストさんがやらはった事、言わはった事)を聞き取りやすくなるという事です。最終目的は「音」ではなく「音」で表現された「音楽」をより良いクオリティでリスナーの「耳」に伝達する事にあります。

オーディオ分野で一般的に言われる狂信的「原音再生」とは下記の点で異なります。

1) あくまでも「耳」に届く(すなわちリスニング位置)での音を基準とし、いたずらに微細なあるいは近視眼的な「音」そのもの(オンシツ)にこだわるよりも、まずは総合的な「音楽」の聞こえ方としての再生クオリティを求める
要は、可聴帯域(少なくとも40Hz~10kHz)の耳に実際に届く音が「概ね」ソースの波形およびスペクトルに一致すれば(すなわち周波数ドメインと時間ドメインで「概ね」正しく再生されていれば) OKチャウ?という事。これがある程度十分に達成されていれば、後の細かいオンシツはお好み次第。例として、好みの「オンシツ」に合わせてスピーカや真空管アンプを選べば良い。

2) 「原音」すなわち楽器から直接発せられた「生」の音を求めず、あくまでも「ソース」に記録された信号の正確な再生を求める
「原音」を求めても詮ないこと。マイクロフォンで電気信号に変換された時点で既に異なり、さらに様々な処理が加えられて最終的な媒体として我々の手元に届くわけですから、そこから「生」の音を求めるのは、幻影を追いかけるのに近い行為となるでしょう(我々にそれを正しく遡る手立てはありません)。というか、Alpairのような良質な最新ドライバを使用してソースを正確に再生すれば「必要十分に」生の音に近い自然な音を聞けるように思います(録音が悪けりゃしようがないけど、それは受け入れて聴くしかない)。輝かしい記憶音をたよりに、苦労して装置をアレコレしても、録音時に使用したマイクも、その後の信号加工プロセスもソースごとに異なるため、結局は富士の樹海を彷徨う事になるでしょう。これは以前の記事でさんざん書いたステレオによる「音場再現」の追究と同じ事です。そんな事に意識と労力を消耗するよりは、媒体そのものを一個の作品ととらえ(実際アーチストさんはそれを自分の作品として承認した上でリリースしている)、ソースに記録されている音楽を素直に受け入れて聴いた方が、せっかくソースに含まれているイチバン美味しいところ(アーチストさんがやらはった事)を楽しめると思います。

僕の求める「音楽再生クオリティ」とは、音楽再生における基本中の基本です。大きかろうが小さかろうが、高価だろうが安価だろうが、少なくとも「音楽再生装置」と称する装置が最低限満たすべき条件であると言えます。例えばアイスクリームの場合、乳脂肪が8%以上ないと「アイスクリーム」と呼べないのと同様に、トータルシステムまたはスピーカシステムにも、業界として一定の「音楽再生用装置」としての基準(例えばX0Hz~X0kHzのレスポンスが±XXdB以内、位相遅れがXX°以内等)を設けても良いのではないかとすら思います。あるいは、いくつかのグレードを設けても良いかもしれません。

この条件を満たすのに、なにもアホみたいに高額/巨大なハイエンド装置を狭いお部屋にブチ込む必要はありません。当ブログで紹介してきた方法を適用すれば、ミニコンポレベルの価格とサイズでも最低限の目標を達成可能です。ケロがその良い例と言えるでしょう。十分な低音クオリティを確保しながら部屋のサイズ/リスニング距離/音量に見合った最適なサイズを選択できるため、部屋の影響を含めた実用状態での総合的な音楽再生クオリティを飛躍的に高める事ができます。装置を身近に置けば、大層なリスニングルームを必要とせずに、極めて高いクオリティで音楽を楽しめます。

やたら感覚的な言句を並べるだけでなく、正確な情報をユーザに提供する事が重要です。この業界ではスペックは重要ではないと声高に言われますが、少なくともスピーカを選ぶ上で基本的スペックは極めて重要です(アンプ等は十分なレベルに達しているので大して重要ではないが)。スピーカ製品の周波数特性グラフと性能値の表記方法を統一し、表記を義務付けるべきでしょう。

業界が発展するには、ユーザに正しい情報と基礎知識を提供する事が重要です。他の業界では、雑誌等がそれに努めているおかげで、一般ユーザの基礎知識のレベルは十分に正しく高いように見受けられます(ジャーナリズムはそれなりに役目を果たしている)。しかしこの業界では、本当に重要な基本的な知識や情報がユーザに行き渡っているのか、極めて疑問に感じます。やたら感覚的な言句でユーザを惑わしていないでしょうか?本懐を忘れ宣伝媒体になってはいないでしょうか? 僕が記憶する限り、昔(30~40年前?中高生の頃)のオーディオ雑誌では、そのあたりも極めて真っ当であったように思うのですが。。。

一般的常識を持つ人間から見て魑魅魍魎が跋扈する魔界のように感じられるようでは発展は望めません。

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2011年03月09日 (水) | Edit |
最近音量についてイロイロ調べているうちに見つけた貴重なデータをご紹介します。

名古屋にある「愛知県芸術劇場」(ホームページはこちら)のかなり詳細な音響解析の報告書です。この施設はなかなか立派なコンサートホールを備えているようです。
報告書全文のPDFはコチラからダウンロードできます。
座席表のPDFはコチラからダウンロードできます。

最近の記事では音楽を聴く時の音圧について書いてきましたので、今回も報告書の中から客席の音圧分布のデータを取り上げてみました。残響特性等、かなり詳しいデータが掲載されていますので、ご興味のある方はPDFをダウンロードしてご覧ください。

下は当該コンサートホール客席の音圧分布測定結果の抜粋です。
701.jpg
ステージ中央に12面体スピーカ(音響パワー100dB)を置いて、ホール中心線上の各位置で音圧を測定した結果です。画像の質が悪かったので、プロットに色を付けました。緑が125Hz、青が500Hz、赤が2KHzです。測定点⑤が最前列席あたり、測定点⑧がホールのほぼ中心に位置します。④がスピーカ位置です。

結果を見ると、周波数の高い2kHzは⑤から⑧に向けて急激に低下し(約-8dB)、周波数の低い125Hzは比較的緩やかに低下しています。低音は壁面等の反射で吸収されにくいのに対し、高音は比較的吸収されやすためにこのような傾向が出るのだと思われます。この傾向は周波数が高くなればもっと顕著に表れると考えられます(後述のベト5データ参照)。

以上の結果から、最前列では後方の席に比べて高音(2kHz)のレベルが極端に高くなる傾向にあり、これが最大音圧レベルの値に強く影響していると言えます。また、高音レベルはステージに近い領域(上図では測定点⑤から⑧にかけて)で急激に低下し、それより後方では他の周波数(125Hz、500Hz)と同程度の傾きで緩やかに減衰する事が分かります。上図では測定点⑥~⑦近辺で3つの周波数のレベルが同等になります。これはコメントで頂いた5列目あたりに相当するのではないでしょうか。

高音(2kHz)の減衰が収まる測定点⑧より後の席(全席の8割くらい?)では、後に行くほど徐々に音圧レベルが低下するものの、ほぼ一定した周波数特性(つまり2kHzが他に比べて低い特性)が得られている事が分かります。

さらに、以前の記事で紹介した鎌倉芸術館でのベト5音圧測定データから興味深い知見が得られました。

ちょっと見にくいですが、最前列席のスペクトル(赤)とホール中央席のスペクトル(緑)を重ね合わせてみました。クリックで拡大してご覧ください。
702.jpg
500Hz近辺の音圧差は6dB程度に過ぎませんが、後方の席では2kHzより上で急激に音圧が低下する事が分かります。このデータでは4kHz以上で20dBも低下しています。やはり、周波数が高いほど減衰は顕著に表れるようです。このため全周波数の音圧ピーク値は、最前列席(106.7dB)に対して中央席(89.9dB)で15dB以上も低下するという結果になっています。すなわち、中域音の減衰量は6dB程度に過ぎないわけですから、全周波数で15dBを超える大きな差は高域音の減衰に強く影響されていると言えます。先のコンサートホールの音圧分布に4kHzのデータをプロットしたら、ステージ近くの領域で2kHzよりも大幅に急激な減衰が見られるはずです。A特性は約800Hz~8kHzに強い感度を持つため、高域レベルの低下はdBAレベルにもモロに影響します(つまり人間が感じる音の大きさにもモロに影響する)。従って、最前列席とその他大部分の席との間に10dBAかそれ以上の音圧レベル差が生じる事は十分に考えられます。

さらに、この2つのベト5実測スペクトルをCDの信号スペクトルと比較してみたところ、興味深い結果が得られました。CDはいつものブロさん指揮ベト5第一楽章(全部)です。もちろん縦横のスケールを合わせて重ねています。

まずは最前列の測定データと比較してみます(クリックすると拡大します)
703.jpg
最前列の実測値だと、約2kHz以上の高域がCDに比べて随分高くなっています。また、50Hz以下の低域も実測の方が随分高いですね。40Hz付近にホールの定在波かなにかが影響しているのかも知れません。

ではホール中央部の測定データではどうでしょうか。
704.jpg
なんと高域も低域も非常に良く一致しています。嘘みたい。。。。

ブロムシュテット、フルトベングラ、カラヤン、チェリビダッケ指揮の4つのベト5第1楽章のスペクトルを重ね合わせてみました。
705.jpg
どれも同じようなもので、やはり高域はかなり減衰しています。そんなに遠くのマイクロフォンで収録しているとは思えませんので、ホール中ほどで聴く状態に合わせてイコライジングしているのかなぁ?

まぁとにかく、フルオーケストラを最前列席で聴くと、ホール中ほどの大部分の席で聴くよりも、あるいはCDやLPで聴くよりも約2kHz以上の高音がかなり強く聞こえてしまう事だけは確かなようです。CDやLPの高域が減衰した信号をピーク105dBとか110dBを目指して再生したら、実際の最前列で聴く音よりもやたら中低音のでかい音を聴くことになっちゃうですね。。。そりゃたいへんだ!家揺れるぞ。

まとめ
交響曲における最前列席または指揮者位置の最大音圧レベルが95dBA(ピークで110dB近く)であるという定説は、いろいろ調べたところほぼ信頼できるもののようです。しかしこれはホール全体の中でも極めて特異な周波数分布を持つ極狭い範囲での極端なデータに過ぎず、その他の座席での一般的な最大音圧はホールにもよりますが概ね85~80dBAあるいはそれ以下のレベルに分布すると考えられます。従ってホール全席の音圧分布は前記事の快適音量分布にかなり近いものになると思われます。また、CDやLPに記録されている信号のスペクトルも、ホール内の平均的な座席で聴くのに近い特性を持つ事が分かりました。

追記
「生演奏の再現」というのに拘るのであれば、交響曲の場合、音量を上げたとしても耳元の音圧でせいぜい85dBA(ピークで100dB未満、95dBくらい)もあれば十分であり、どうしても最前列席あるいは指揮者位置での音を「再現」したいというのであれば、CDなりLPなりのソース信号の高域をイコライザで相当量ブーストした上でピーク110dBなり95dBAなりの最大音量に合わせて再生する必要があると思われます。再三申しているように、僕は再生音楽を「生演奏の再現」とは考えませんし、自分にとって快適な音量で聴けば良いと思いますが、一般的な快適音量レベルとホール中ほどの音量レベルはそれほど違わないようです(当然と言えば当然かもしれませんけど)。

追記2
上記の快適音量は、マンションの小部屋(6畳程度)であれば、8cmフルレンジドライバと20WそこそこのIcon AMPでも十分に達成できる音量であると言えます(2mくらいの距離でも大丈夫、馬鹿ブーしないサブウーハー使用ならばさらに余裕あり)。

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2011年03月05日 (土) | Edit |
以前から一度測ってみたかった普段聞いている再生音の音圧レベルを測定してみました。

騒音計はコチラを使用。
699.jpg
ちょっともったいないかな?とも思いましたが、5K円を切る値段をみてポチしてしまいました。日本国内の公式な騒音計としての仕様は満たしていませんが、米国の規格には合格しており個人的に使用する分には全く問題ないでしょう。iPhoneまたはiPod Touchをお持ちの方なら、こんな大層なモノを購入しなくても騒音計アプリを利用できますよ(精度は?ですが目安にはなると思う)。

で、問題となるのが、実際のフルオーケストラの音圧レベルが一体どの程度あるのか?という点です。今までに見つけた情報では、大音量時に85~95dB(瞬間最大では100dBを超える事もあるらしい)という程度の情報しかなく、どの位置で測定したのか(大概は指揮者位置、ステージ上、ステージ直前の近距離での測定値らしい)も、正確な測定条件も全く明記されていませんでした。そこでネットでいろいろ検索したところ、この記事を見つけました。詳細はそちらをご覧ください。

この記事では、ベトベン5番第1楽章の生演奏を最前列中央席と後方のホール中央席の2箇所で測定しています。これは非常に貴重なデータだと思います。しかし、残念な事に重み付けなし(FLAT)で測定したピーク値しか掲載されていません。これらの値は、他のどのような測定を行ってもこれより大きな値は絶対に測定されないと言える値であると考えるべきです。

測定値を見ると、全周波数のピーク最大値(すなわち生(FLAT)音圧波形の瞬時実効値の最大値)が最前列で106.7dB、ホール中央で89.9dBとなっています。後の席では音圧レベルが15dB以上も低下しているのには驚きました。

通常の騒音計では、125ms(FAST)の時間重みとA特性またはC特性の周波数重みを適用した「時間重み付きサウンドレベル」を計測します。つまり上記の単純な全周波数の音圧波形ピーク値よりは必ず低くなります。最前列席で測定された106.7dBというピーク値は、上で言っている「瞬間最大では100dBを超える」という意味に対応すると思われます。スペクトルを見ると、当然ですが低周波数に強い音圧を持つ左上がりの特性になっており、特に低周波数の重み付が小さくなるA特性では大幅に騒音レベル値が低下します。従って、このスペクトルデータと照らし合わせても一般に言われるステージに近い位置(指揮者位置、ステージ直前)で85~95dBAというのは、ほぼ妥当な線であると思われます。また、ホールのサイズや反響特性にもよりますが、後方の席では音圧レベルが相応に低下すると考えられます(上の-15dBが真だとすると70~80dB?、さすがに-15dBは大きすぎるように思われるが、スペクトルを見てもA特性に大きく影響する1kHz以上での低下が大きいので、dBA換算でも10dBかそれ以上は確実に低下していると思われる)。

下に周波数重み付け特性を示します。上記の参考データはFLATで計測されたものです。
698.jpg

ではでは、ということで僕のデスクトップシステムで再生音の騒音レベルを測定してみました。
音源はブロムシュテッド指揮のベトベン交響曲第5番第一楽章のうち、音圧が最大になるエンディング部です。
バイノーラル録音をご試聴ください(30Hzフラットの馬鹿ブー、ボリューム位置は12時、距離50cm):
bet5 end

アンプ(Icon AMP、定格24W)のボリューム位置ですが、デジタルオーバーフローを避けるためにFrieve Audioでベースレベルを-12dBした状態で、時間帯と気分に応じて10時~1時で聞いています。録音レベルの低いソースでも1時以上に上げる事は絶対にありません。
測定結果は以下の通りです。5回程度繰り返し再生した時の最大値(ホールド機能あり、ピーク値ではない)です。アンプのボリューム位置は全て12時です(交響曲を気合いを入れて聴く時の標準位置)。

距離50cm A特性: 79.7 dBA
距離50cm C特性: 84.6 dBC
距離200cm A特性: 77.0 dBA
距離200cm C特性: 81.6 dBC

信号が正弦波の場合、ピークレベル値と最大騒音値では3dB異なるとされます。バースト信号の場合はもっと差が大きくなります。ホール中央部で計測されたピーク値が89.9dBですから、その最大騒音レベルは少なくとも86.9dBよりも低いと考えられ、さらにFLATからC特性への換算によって多少値が低下するはずです。この事から考えても、上記の50cm位置で84.6dBCという結果はホール中央部での音量に非常に近いと思われます。

以上から、僕の日頃のリスニング条件の範囲でも、ホール中央席で聴くフルオーケストラの音圧とさしてかけ離れていない音量が得られていると推測されます。これはチョット意外でした。さすがにカブリ付きでの音圧は無理ですが、爆音派ではないので僕には十分です。というかこれ以上の音量で聴くのは苦痛です。なお、僕の部屋ではリスニング位置が50cmから2mに離れると音圧は約3dB低下しています(無響室や広いリビングならもっと激しく低下する)。これも部屋の音響特性によりますが、一般的に音圧一定とした場合、距離が離れればそれだけパワーをかける必要があります。小さなパワーでも耳元で十分な音圧を確保できるのがニアフィールドリスニングの強みです(僕の小さな部屋でも、50cmから2mに離れるだけで、同等音量を得るには2倍のアンプ出力が必要です)。

追記1
今回ご紹介したデータはもう1つ貴重な点を示しています。すなわち、ステージから離れると2kHz以上の高域音のレベルが顕著に低下するという事です。通常、レコーディングは近接マイクで録音されるので、ステージかぶりつきで聞く状態に近いと言えます。しかしこれだと高域がきつく聞こえる場合があるため、特にフルオーケストラ曲では高域を多少落とした方が聴きやすくなる場合があります。

追記2
今回驚いたのは、後方の席ではフルオーケストラでも最大音量で80dBAをちょっと超えるか超えないかといったレベルにしか聞こえないという点です。何も指揮者の気分になる必要はないので、最大ピークが100dBを超えるような爆音で再生する必要は全く無かろうと思いました。だいたい最前列というのは音楽を鑑賞する際にベストな位置だとは思えませんし、ホールも中央を中心にできるだけ多くの人が最適に聴けるように設計されているはずですよね。大音量嫌いの僕はコンサートでも映画でもやや後ろよりの席を選びます。それでも映画館の音は必要以上にデカイと感じますけど。

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2010年11月27日 (土) | Edit |
Alpair6 Mの馬鹿ブーストは相変わらず絶好調です。音量を上げても低音が破綻しないので、つい必要以上にボリュームを上げてしまいます。

で、音量を上げるとデスクの微妙な振動が手に伝わって気色悪く感じる事があります。音も微妙に濁り始めます。デスクに伝わる振動の原因には、スピーカー箱の振動による機械的起振と低周波音による音響的起振が考えられます。

音量を上げて音楽を聴いている時に箱に触ってみると、はっきりと振動している事が分かります。ケロの時にも経験したのですが、箱表面の振動が大きくなると明らかに低音が濁って違和感を覚えます。特にケロはスピーカーまでの距離が近いので敏感に感じたため、制振にいくつかの対策を施しました(参考記事)。ポチも何かやった方が良いかもしれません。イロイロ考え中。。。

箱の振動の原因には2つ考えられます。1つは内圧の変化(特に小容積密閉型では内圧の変動は大きくなる)、もう1つは振動板の反動です(質量を持つ振動板が前後に動くので、その反動が箱に伝わる)。前者に対しては箱の剛性を上げる(板厚を上げる、補強を入れる)、後者に対しては箱の質量を上げるか、アンカーシステムのようにドライバー自体にマスを付けてフロートする事が効果的であると考えられます。ポチもケロも容積の割には厚めの15mm合板を使用していますが、多少音量を上げたとてたかが知れたニアフィールド用の音量と小っちゃな箱でも結構振動します。振動するという事は音を出すという事です。しかも表面積は振動板より圧倒的に大きいし。。

もちろんインシュレータも床やスタンドへの振動の伝達を遮断する上では有効ですが、箱表面の振動そのものを取り除いてくれるわけではありません。ちなみにハチマルはAudioTechnica AT6099という結構しっかりと振動伝達を遮断してくれるタイプをデスクとウーハーBOX間、ウーハーとメインSP BOX間に3個ずつ、計12個使用しています。アホみたいに高価ではないし(6個入り4,200円、普通そんなもんでしょう。どう考えても)、理屈もしっかりしているし、測定データで効果を実証しているので超オススメです(実際に効果大)。

僕の場合は、音量を上げると言っても所詮はニアフィールドなので、小っちゃな箱とせいぜいデスク板(ディスプレイも?)の対策だけで済みますが、一般的家屋の部屋に大型システムを置いて「ライブと同等の音量」での再生を行う場合にはタイヘンだと思います。音響的起振と大型/大出力SPボックスの振動による機械的起振によって部屋中のあらゆる物体(壁、床、天井、ドア、建具、家具、額縁、等々)が振動して出すそれぞれに固有の振動数(周波数)の音が無視できなくなるのではないかと考えられます(ましてや微細な音質を追求する方々には。。)。通常の部屋のサイズだと50Hz以下(僕の小さな部屋だと60Hz以下)で定在波によるゲインが発生します(参考記事)。この領域までしっかりとしたレスポンスを持つ大径ウーハーを大音量で鳴らすと、この定在波はかなりのエネルギーを持つと思われ、それこそ部屋を揺るがしかねません。部屋が揺らぐという事は、その中のあらゆるモノも揺らぐワケですから、それらもそれぞれに固有のテンデ勝手な周波数の音を放出します。(締めきった部屋のスピーカーから出された音響エネルギーは部屋の壁や調度類の微小な振動によって熱に変換されて吸収されます。音響エネルギーが大きくなると、それらの振動も当然大きくなり耳に聞こえる程の音を発し始めます。例えば窓硝子がビリビリとか)。

従って音響的な対策が何も施されていない通常の部屋で大音量を出すというのはかなりのリスクを伴う行為であると思われます。そもそも普通の部屋では、内部でそのような大振幅・低周波の空気振動が発生する事なぞ全く配慮されていないはずですからね。大型の機器を入れてそれなりに大音量で再生したい場合には、吸音だけでなく壁面や床/天井およびドア等の建具の強度(制振)にもそれなりの配慮が必要なはずです。ホールとか映画館のドアってゴツイですよね。そんな場所とオンナヂくらいのデカイ音をチッチャナお部屋で出そうってんですから、尋常な事ではありません。いくら高級な装置を使用しても、部屋が何も対策されていないとイッタイ何をやっているのかワケがわからなくなります。音響波をナメタラアカンゼヨ。ってやつです。

と前置きが長くなりましたが、常々僕が不思議に思うのが「そもそも、それほど大音量で再生音楽を聴く必要があるのか?」という事です。

「ライブと同等の音量(耳での音圧)で聴くのが理想」というオーディオマニアの意見をよく聞くのですが、果たしてどうなのでしょうか? その根拠は恐らく「等ラウドネス曲線」(人間の耳は、音量が低いと低音と高音が聞こえにくくなるという特性)と「ダイナミックレンジ」(音量が小さいと記録されている微小な音が聞こえなくなる)あたりにあると思われます。

例えば2本のマイクだけでオーケストラの音を収録し、一切のイコライザー処理を施さずに録音されたソースであれば、この考え方にも納得できます。しかし実際の録音では、楽器に近接設置した多数のマイクロフォンで収録し、スタジオでモニターしながら慎重に各チャンネル(楽器)のレベル調整とイコライジングが行われます。何故このような手間のかかる方法で録音するのでしょうか? この際エンジニア/アーティストはどの程度の音量でモニタリングしながら調整するのでしょうか? さらに言えば、大切な顧客の平均的なオーディオ環境をどの程度に見積もっているのでしょうか?

例のごとくネットでいろいろと調べたのですが、確たる情報は得られませんでした。
断片的な情報ですが。。。。
● スタジオによってモニタ音量は異なるが、それほど大音量ではないらしい(ヨーロッパのスタジオはアメリカのスタジオに比べて音量が低いらしいという情報もあり)。
● ラジカセレベルでどのように聞こえるかも確認するらしい(そういえばSONYのSP一体型CDプレーヤーが多数のスタジオで愛用されていた(いる)という情報もある - 参考記事)

あまり正確な情報が得られませんでしたが、僕が思うに、そんなに高級な装置でなくても、そんなに大音量でなくても十分に音楽が楽しめるようにとのアリガタイ配慮の下に調整されているのではないかと思います。だって、凄いリスニングルームを持っていて「ライブと同等の音量」で再生する人なんか、世の中にそんなに居るわけないですもんね。。どう考えても。

で、そのように調整されたソースを「ライブと同等の音量」で聴くと、もの凄くよく聞こえすぎてキツク感じるのではないでしょうか。また、限られた空間内で聴くので精神的圧迫感も凄まじいと思います(僕にとっては拷問に近いかも)。オーディオマニアの多くが僕から見れば異常なまでに「響き」とか「音場感」に拘るのは、このヘンに原因があるのではないかと推測されます。

以前に、オーディオマニアと音楽家のオーディオ装置に対する嗜好の違いについて議論している板をご紹介しました(参考記事)。そこでは、音楽家は総じて「音場感」に頓着しないという点と、音楽家の装置の音は総じて「キツイ」という点が指摘されています。しかしこれは「音楽家 VS オーディオマニア」というよりは「オーディオマニアではない一般リスナー(ハチマル含む) VS オーディオマニア」の違いと言っても良いのではないかと思います。そして、このような嗜好の違いの主な原因の1つとして「再生音量」があるのではないかと僕は推測しています。

さらに、この「ライブと同等の音量」という考え方の大元には「再生音楽とは生演奏の再現である」という根強い考え方が見て取れます。しかし、多くの一般リスナーは(ハチマルも含めて)「再生音楽とはスピーカー(またはイヤフォン/ヘッドフォン)で好きな時に好きな場所で好きな音楽を聴くためのモノ」としか考えていないと思います(そのような態度が「音楽」を鑑賞する上で「低レベル」だとは全く思いませんし、ましてやマニアのように微細な事に拘る事が「音楽」を鑑賞する上で高レベルな行為だとも全く思いません)。また、上記したように、製作側も正確な「再現」というよりは「オウチで聴きやすく」にかなり配慮していると考えられます。

音量を上げれば上げるほど、装置側の機械的および電気的な面に加えて再生場の音響的な面でも音質低下のリスクが増加します(健康上のリスクもね)。録音されている「内容」がストレスや圧迫感を感じずに快適かつ必要十分に聞き取れるだけの適度な音量があれば、それで十分ではないでしょうか。また、媒体自体もそのように聴かれる事を意図して製作されているのではないでしょうか。

追記
スタジオのモニターシステムや、エンジニア/アーティストの嗜好によっても録音の傾向は結構異なります。ライブ盤(特にジャコの海賊盤)なんかは酷いのもあります。このため、快適音量に調整した上で、デジタルイコライザによる微調整が非常に有効です。

例:
- 60年代のマイルスとハンコックのリーダーアルバムでは、ハンコックの方が低音寄り、マイルスの方がシャープに聞こえるので、僕はイコライザでチョコッと補正する。
- クラシックではジャズに比べて高域をチョコッと落とす。

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2010年08月14日 (土) | Edit |
今日は「音楽を聴くためのオーディオ装置」について少し考えてみたいと思います。

まずは、以前「一流音楽家のオーディオ装置」という記事で紹介した板の内容をピックアップしてみました。この板では、オーディオ趣味と思われる方々が主に「音場の再現性を求めるかどうか」という観点から、「音楽家が求めるオーディオ」 と自分達が求めるオーディオに乖離があると概ね結論付けています。ここで彼らは、この傾向を「音楽家」に特有のものであるかのように解釈しているようですが、僕はそう思いません。趣味道楽としてのオーディオには全く興味はなく、僕を含め音楽をマトモに聴くために道具としてオーディオ装置を求める「音楽リスナー」も傾向は同じだと思います。

以下、板からの抜粋です。この板での主な興味の対象は「パースペクティブ」(音場再現性)のようです。

<音楽家の傾向>
●先日あるクラシック演奏家のお宅でオーディオを聴かせて頂きました。正直きつい音だと感じました。こういうことは演奏系のお宅で何回か経験しています。それとまずパースペクティブというのは関心をお持ちでありません。

●仰せのとおりかと思います。したがって演奏家の選ぶオーディオと我々聴衆の求める再生音とは乖離があるのだと思います。

●クラシック音楽の録音を趣味にしていますが、演奏家よりホールの残響音のない録音をしてほしいの要望が多いですね。

●音楽家のお宅できちんとしたフリースタンディングでパースペクティブの豊かな再生をされているケースにこれまで出会ったこともありません。

●もちろんオーディオに深く傾倒されている演奏家もたくさんいらっしゃるでしょうが、私の知る限りでは(クラシックの演奏家ばかりですが)そういう方々はやはり音場感・空間表現にはほとんど関心を持っていないようです。

●ある演奏家の方は、空間表現の追求など不可能を無理して求めているだけであって失うものの方がはるかに大きい、そもそも現代のオーディオは完全に間違った方向に走っていると発言されています。それが正しいかどうかは別として(個人的にはこの発言自体には演奏家としての傲慢な思い上がりを感じていますが)、現在のオーディオの方向性と演奏家がオーディオに求めるものとが食い違ってきているということは無視できない要素かもしれません。
ハチマル>> 正に我が意を得たり。ゼンゼン傲慢ぢゃないと思いますよ。オーヂオマニヤの方が音楽に対してゴーマンなんじゃないのかな?

●以前にあるオーディオ開発者の方と一献させていただいたときに、その方から「音場感なんて言われているけどそんなもの必要なの?」と言われました。


<投稿者側の傾向>
○私のようにうさぎ小屋+でも自宅でコンサートを堪能している気分になるためにはオーディオは切実な問題で、部屋の響きやスケール、音場感(音の包まれ感等)は切実な問題です。演奏音のチェックなどは必要でなく、コンサート(ライブ)の疑似体験こそが我々リスナーが最重視する観点なのかと思います。演奏家とは例えば、低域の分解能が高く、音階がはっきり聞き取れるとかといった表現ではコミュニケーションしにくいです。音場感というものは皆目眼中にないようです。

○オーディオの面白さって、自分の考えではミニチュア模型の面白さなのですよ。音楽を聞くという行為とは違う部分もあります。


さて、以上を踏まえ、「再生音楽を聴く」という行為について考えてみます。

例えば、非常に興味深い内容のパネルディスカッションの録音を聴く場合を想定してみます。この場合、最も重要なのは、各パネラーの発言を明確に聴き取って内容を理解する事ですよね。パネラーには低い声の人もいれば、高い声の人もおり、声が大きい人もいれば、小さい人もいます。リスナーはそれらパネラー全員の声を明確に聴き取って討論の内容を追いかける事に努めます。この際に「あたかも目の前にパネラーがいるような」とか「パネラーの口の大きさと形まで目に浮かぶような」といった臨場感やリアリティは重要じゃないですよね。そんなのが過剰に演出されたら内容に集注できなくて鬱陶しいだけですから。

で、再生音楽を聴く場合も同じではないのかな。饒舌な語り口で聴衆を魅了するピアノ、絶妙のタイミングでツッコミや間の手を入れるドラムス、口数少なくて論調も地味だけど結局終始セッションをコントロールしていたベース。。。これらを楽しむのに臨場感とか音場の再現性って本当に重要なのかな? せっかく慎重に調整された音響環境で明瞭に録音されているのに、再生装置で過剰な臨場感とかライブ感とか演出されたら、楽器の音(声)が聴きづらくなってしまいます。媒体に録音された音をできるだけ余すことなく明確/正確に聴き取る方がどれだけ「音楽」に集注して楽しめるか。。音自体も結局これが一番自然で聴きやすいと思うんですけどねぇ。

上の板を見ていてもオーディオ趣味の方々には「再生音楽」を「ライブの疑似体験」として考える傾向が根強いですね。ヒョウーロンカとかザッシの影響?「口の大きさ/形がアータラコータラ」ってきっと誰かヒョーロンカが言い始めたんでしょ?「音場の縦の広がり」って左右にSPを配置するステレオ式で再現できるの?これもヒョウーロンカ? 「オーディオ装置とはそのようにタシナムモノ」というふうに画一的に思い込まされていませんか?僕にはザッシとかヒョーロンカに誘導されているように見えて仕方有りません。僕が中高生の頃に読んだオーディオ入門書では、ステレオ方式は正確に音場を再現できるものではなく、あくまでもモノラルより少し雰囲気を味わえる程度のものですよ、と易しく原理図入りで説明してましたけど。。専門雑誌ではステレオ化による弊害とかもクソ真面目に討論していたようにも記憶しています。

最後に。。「音楽聴くだけならトランジスタラジオで聴け」とか言うのは止めようね。コマケー音質は必要十分で良いけれど、可聴帯域のほぼ全域を正確に再生できるマトモな「音楽再生装置」が必要です。しつこいけれど。。

なんでオーヂオってこんな方向に進んじまったんでしょうか?「ステレオ方式」なんて中途半端なもん出さなきゃ良かったのに。

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2010年08月10日 (火) | Edit |
ここ最近、僕はオーディオ装置に関してやたらと「適正価格の」「健全な」という言葉を使いますが、今日はそのへんについて。。。

相変わらずオーディオ雑誌等を見ても高価なケーブル類が大きく取り上げられているみたいですが、僕にはどうしても腑に落ちません。そこで例によってネットサーフしてみました。数年前には「ケーブルで音が変わる/変わらない」で欧米でも大論争があった模様ですね(コチラ)。大手新聞も交えて真面目に議論されています。コンナ論争もあったりとか。。この勝負、結局電線メーカーは辞退(勝負しろよ)。多数が挑戦したらしいのですが賞金を勝ち取った者はいなかった模様。

その当時、海外ではブラインドテストが盛んにで行われたようです。黙ってクリーニング屋の針金ハンガーと高級ケーブルを比較試聴させたとか(コチラ)、内緒で実際には全テストで同じ安物ケーブルをつないだまま、さもケーブルを高級品に交換したかのように見せかけてテストしたとか、あの手この手でテストが行われたようですが、日本でもそのような評価は行われたのでしょうか?
もしかして日本は海外電線メーカーにとってオイシイ市場になってはいないでしょうか? 同じ電線でも本国と日本では価格が馬鹿みたいに違うそうです(コチラ)。カモにされてない?

こんなハナシも。。。笑っちゃうけど。。アナガチ。。。
台湾のある男、Audioquest社の一番安いSPケーブルの上に太い被覆をかぶせて両端にいかついプラグを取り付け、ペア5万円で売り出した。さらなるグレードアップを望むオーディオマニアの声にオーディオ卸からは、“もっと高級なケーブルはないか”との打診。男は速攻電器金属街に出向き、フレキシブルチューブを買って来て前と同じケーブルにかぶせ、今度は10万円で売り出した。まさかそんなもので音は変わらないだろうと知人に問われてその男、オーディオマニアはもちろん違いが分かる、10万円のケーブルのほうが格段に音がいいと連中は言っている”と涙を流して大笑い。その後ケーブルはいっそう勇猛な外見となり、豪華木箱に納めて数十万円の価格で販売されることに…。

人間が物事に集注すると、時として信じられないような能力を発揮するので、ケーブルの違いを実際に聞き分けられるというのを完全に否定するつもりはありません。しかしたとえ聞き分けられたとしても、工学的に考えればその差は極めて微小なはずです。そもそも「変わるか/変わらないか」で論争になると言う事自体、その差が極めて微小である事を如実に示しているとも言えます。例えば、湿度/温度/気圧、体調、気分、環境騒音、室内の調度類の位置、スピーカーとリスナーの数センチレベルの位置変化等による音の変化に対して、ケーブルによる音の変化量がどれほど有意なレベルにあるのか甚だ疑問です。

同様の事は、いわゆるハイエンドと言われる機器にも言えます。これもネットサーフで見付けたのですが、ヒャクマンエンを超える値段で売られている超高級DVDプレーヤーのメカと電子基板(という事は機能部品の大部分)が、そっくりそのままパイオニア製のニマンエン!の製品から流用されているそうです(コチラ)。果たして普及機とハイエンド機に、ヒョーロンカやオーヂオザッシが美辞麗句の形容詞並べ立てて言う程の差があるのか、これまた極めて疑問です。しかしオイシー商売してるよね。参考に日本で行われたローエンドからハイエンドのアンプに関するブラインドテストの結果もご覧ください(コチラ)。

ハイエンドオーヂオ業界というのは「濡れ手に粟」の超オイシイ業界と見られても仕方ないのではないでしょうかねぇ。2年前にオーヂオに首を突っ込んで以来、どうもイカガワシイ臭いがプンプンとするので、このブログではついつい批判的な発言をしてしまいます。別にアタシャ自分の好きなように音楽を聴くので一向構わないのですが、何度も言うようにオーディオ装置は「音楽」という我々にとって非常に大切な文化に大きく関わる装置なので真っ当であって欲しいと思います。

当然、まず消費者が賢くあらねばなりません。そして日本のメーカーと技術者は、本来の作り手としての使命と誇りを忘れずに、人々のために健全で適正価格のオーディオ装置作りを目指して欲しいと思います。それとジャーナリスト(ザッシ、ヒョーロンカ)も使命を忘れないでね。ホンマニ。

以下蛇足ですが、
僕が不思議でならないのは、そのような微小な差を聞き分けられるような敏感な耳をお持ちで、そのような微小な差を重要とお考えの方々が、部屋の定在波/バスレフポート/アナログフィルタ等によって生じている問題 - 音質なんかソコソコでエーンチャウンと考えているような僕でも違和感を覚えるような、しかも極めて雑な測定波形で明らかに確認できるような - ケーブルの影響に比べれば天変地異と言っても良いレベルの問題をたいして気にしていないという事です。大っきい問題からまず解決しようというのが普通だと思うのですが。。

それと「音楽聴くだけならトランジスタラジオで十分」とマニヤさんはよく言われるのですが、これも不思議(随分音楽を馬鹿にしたハナシですが)。ラジオなんか5千円も出せば高級品を買えますが、ではですね、ヒャクマンエンの立派なオーヂオ装置をお持ちの方は、99万5千円分を投資して「音楽を聴くだけ」以外に一体ナニをあのような大音量で聞いておられるのか?

オーヂオには不思議な事を挙げればいくらでもあります。

一体「自分は」オーディオ装置で「何を」やりたいのか、そもそも自分にはオーディオ装置が必要なのか、そもそもそれをやっていて自分は本当に楽しいのか、そもそも自分は音楽を聴きたいのか、そもそもオーヂオについてヒョーロンカとかザッシが言っている事は本当に信用できるのか、そもそもヒョーロンカとは何者なのか、そもそも彼らのクライアント(収入源)は誰なのか、もう一度白紙に戻してよく考えて見ても良いのではないのかな?特に若い方々はヒョウーロンカや周りのオヤヂマニヤの言う事は(ここでハチマルが言ってる事も含めて)全て疑ってみても良いと思いますよ。「自分は」を大切に。

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2010年07月09日 (金) | Edit |
僕はステレオ再生をモノラル再生に対する「グリコのオマケ」程度にしか考えていません。この方式は原理的に「オウチで多少それっぽく音楽が楽しめるように」というレベルのものに過ぎないからです。もともと「音空間(音場)の再現」を目的としたものではありません。モノラル方式よりなんかちょっとエーンチャウ?という程度のものだと考えて良いと思います。僕なんか「ステレオ方式の最大のメリットは真正面にスピーカーを置かなくても良いというレイアウト上の利点にある」とすら考えています。

ところが、オーヂオ趣味に首を突っ込んでみて「コンサートホールを自分の部屋に再現」「ライブと同じ音圧で聴くのが理想」「あたかも目の前に奏者が浮かび上がるような」という音場の「再現」による「リアル感」「ライブ感」をこのステレオシステムに求めて拘泥している方々が多いという事に驚きました。まあ、このようなユーザのニーズに応えるためにメーカーはマルチチャンネル方式を開発したのだと思います。当然こちらの方が「音場の再現」という面ではステレオ方式より数段優れていると思いますが、再生場(部屋)の影響を受ける事に変わりはありません。恐らく最も現実的なのはバイノーラル方式だと思います。

それはさておき、
僕が常々不思議に思うのは『再生音楽を鑑賞する上で「臨場感」や「ライブ感」がそれほど重要なのか?』という事です。例えばマイルスの古い録音やフルトベングラはモノラルですが全く問題を感じません。別にモノラルでもエーンチャウ?というのが僕の率直な感想です。

たとえば映画を例にして考えてみましょうか。映画というのはリアル役者の演技をフィルムに記録して編集して2次元スクリーンに映し出される再生可能/複製可能な全くの虚構ですよね。人々はそれを虚構と受け入れた上で鑑賞する訳ですが、優れた映画は人々に大きな感動を与えてくれます。最近「臨場感」を出すために3Dなんてのが出てきましたが、これって「マァスゴイ!」ってちょっとしたエンターテインメント性が付け加わるだけで、映画本来の持つ本質的な表現内容にはゼンゼン重要じゃないですよね。しょせんは2次元の虚構なんだし、鑑賞者もそれを承知で見ているわけですから。。。映画=再生音楽、役者=奏者、演技=演奏、フィルム=CD、スクリーン=スピーカー、3D=ステレオ に置き換えてみてください。3D画像は「ステレオ」スコープと呼ばれ、ホログラムのように完全な3次元再生ではなく目の視差を利用した擬似的なものである点で、オーディオの「ステレオ」フォニックと原理的に似たようなものです。

現在主流のオーディオ装置は「録音した音を、再生場所の状態がどうであれ、そこに置かれたスピーカーで再生する」というだけの極めてシンプルなものです。ですから聴く側も「記録された音を自分のスピーカーで「余す事なくきっちり」と耳に届かせて素直に聴く」以外に何も求めようはありません。僕は音楽という芸術をオウチで鑑賞するにはそれで十分だと思います。「無い物」は求めずに「有る物」をできるだけ「余す事なくソノママ」受け止めれば良いのではないかと。もともとそのような意図で製作された媒体なのですから。

再生された音楽はリアル(現実)ではなくバーチャル(虚構)ですが、目の前のスピーカーから流れる音楽を聴いて感動しているその瞬間の体験そのものは、まごう事なき「現実」な訳ですから。その「現実」を大切にすれば良いわけで、端っからの「虚構」を無理矢理「本物っぽく」しなくても良いのでは無いのかなぁ。。。ヘンな事すると余計にヘンな事になると思うのですよね。ハチマルは。どでしょうか?

どうも「生演奏至上主義」的なあるいは「再生音楽を聴くという行為にまつわるコンプレックス」的な根深い信仰みたいなのが未だにあるのでしょうかねぇ。

ま、iPod世代にはそんな拘泥は全く無いでしょうから心配は無用だと思いますが。

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2010年07月07日 (水) | Edit |
まあ散々デジタルの肩を持つような意見ばかり書いてきましたが、これは余りにも根拠の無い、多分に問題を含むアナログ処理された音に単に「耳慣れている」という事だけに依拠したとしか思えないような発言がアチコチで散見されるので、ちょっと見かねたものでね。これヂャ デジタルが余りにも可哀想。。。

アナログもデジタルも手段に過ぎません。早い話ドーデモ良いのよ。アナログでもデジタルでも。ドッチデモ。重要なのは「目的」すなわち「アーティストによって記録された媒体上の音をどのようにリスナーに伝えるべきなのか」という事です。重要なのはね。で、その目的を達成するのに最も効率の良い手段を選べば良いのです。単純に。

で、オーディオ装置の「目的」は何度も言うように記録されている可聴帯域の音を(位相の乱れも無く)できるだけそのまま(と言っても狂信的ではなく必要十分なクオリティで)リスナーの「耳」に届ける事にあります。何故ならば「音楽という芸術は可聴帯域をフルに使って表現された芸術」だからです。ですから僕は「実際に体験した上で」フラットな周波数特性を基本中の基本として強調している訳ですが、これを「そんなもん、どうでも良い」と言った瞬間に音楽再生装置に関する全ての議論は吹き飛んでしまいます。正に「お好きなように」の無法地帯となりますので。

ただ、これをシツコク言うと「データ」ではなく「感性」が重要とかワケの分からない事言って嫌うオーヂオおマニヤさん多いんですよね。あのですね、我々凡人にとってマズは天与の才をを授かった音楽家達が世に出した「作品」をできるだけ「素直」に「聴き取る」事が先決であって、「感性」というのはそうやって「素直」に聴いた「音楽」をどう受け止めるかという部分において重要になるわけで、それ以前の再生「音」の部分に身勝手な「ドシロート」の「感性」(というのもおこがましい)を持ち込んで「音」を自分の好きなようにイヂリ過ぎてしまうってのは如何なものでしょうか。いや、いや、個人的に楽しむのは全然問題ないんですよ。全くお好きにどうぞ。それは趣味道楽ですから。ただそれがあたかもオーヂオの主流のように扱われている事には極めて違和感を覚えます。コマケー事をアーダコーダ言う前に「音楽を素直に聴け」と言いたいのよ。千秋君も言ってるヂャないですか「俺様の音を聴け!」と。それが表現者というものです。それをまずは尊重するのが鑑賞者としての礼儀です。

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2010年07月03日 (土) | Edit |
今回は信号入力部つまりプレーヤー部とデジタル信号処理部について書いてみたいと思います。最後にアンプについても書きます。

その前に、
きっと「デジタルでイコライジングなんかしたら音の「鮮度」が落ちるのでそんな方法は駄目」とお思いの方がいらっしゃるでしょうね。果たしてそうでしょうか?
このブログの以前の記事をお読みの方ならお分かりでしょうが、バスレフポートには明らかに位相上の問題があります。マルチウェイのネットワーク回路やトーンコントロールも同様に位相の問題を避けられません。これらの問題は簡単な波形測定でも露呈してしまう程の大きなものです。もちろん聴感上も明らかに違和感があります。結局方法は異なりますが従来のアナログ方式でもスピーカーの特性を改善するために音に劣化を招いているのは同じなのですよ。で、冷静に考えなければならないのは「果たしてどっちの方が被害が少ないか」という事です。今まで聴き慣れたアナログ処理の音が必ずしも(えてして多くの場合)「ソースの信号に正確に対応する」音だとは限らないという事を肝に銘じる必要があります。「ただ聴き慣れているから」というだけで安易に判断されている傾向が度々見受けられます。ただし「好きか嫌いか」は全く各個人の自由ですので。お好きに。

さて音源はPCを前提とします。iPod等を使用するユーザーは当然PCを所有し、そこに音楽データを保存しているからです。従ってシステムコストにプレーヤーは含まれません。ちなみに超高機能のFrieveAudioはAtomプロセッサ搭載のネットブック レベルで十分に機能します。ですから現在出回っているPCであれば、ほぼ何でもOKのはずです。

もちろんメーカーはユーザーに対してできるだけ非圧縮WAVデータの使用を推奨すべきですが、圧縮データの再生も念頭に置く必要があります。VictorのK2テクノロジ等も必要でしょう。オプションで装置とデザインを統一した音楽用PCを用意しても良いかもしれません(HD内蔵のEeePCみたいなので十分。ソニーさんのチッコイVaioなんか素敵だと思う)。無線接続できればなお宜しい。

DSP(デジタル信号処理部)に関しては2つの方法が考えられます。

1)1つはFrieveAudioのように全てPC上で処理を行う方法です。この場合PC以外からのソース(例えばCDプレーヤー、iPodのドック システム)に対して処理を行う事はできません。ただし装置側にはDACとアンプだけが必要なのでコストを抑える事ができます。欠点としてはPC側の状態(他のソフトウェアの動作等)に影響される点が挙げられます。ノイズ的にも不利でしょうが、僕自身はマニヤがとやかく言うほどには問題を感じません。

2)もう1つの方法は、装置側にDSP演算回路を内蔵してPCを単なるユーザインターフェイスと音源として使用する方法です。この場合はCDプレーヤー等のデジタル出力も接続できます。PC側の動作環境にも影響を受けにくくなります。その反面コストが増加します。高級タイプ用ですね。

いずれもソフトウェアは接続されているアンプのタイプと現在のボリューム位置およびスピーカーのタイプとそのイコライザ特性を正しく認識する必要があります(1つ前の記事参照)。まあこれは問題無く出来るでしょう。DSPソフトウェアはこれらの情報に基づいてスピーカーの周波数特性をフラットに補正すると共に、スピーカーに過大な信号が入力されないように低域信号のピークを制限する必要があります。

その他のDSP処理の内容はFrieveAudioと基本的に変わりません。すなわち;
1)選曲機能 (iTune、MediaPlayerに準ずる。これらのデータベース フォーマットに対応すること)
2)基本イコライジング機能 (スピーカーの出力周波数特性をフラットにする。ユーザによるOFFは不可)
3)自動音場補正機能(部屋の特性を補正する。マイクロフォン同梱のこと。任意に使用)
4)ユーザ用イコライジング機能(好みに合わせた微調整用。任意に使用)

これだけあれば十分です。これらのイコライザを全て掛け合わせた1つの総合イコライザ特性がDSPに適用されます。従って何度もイコライザ処理を行って信号を改変する訳ではありません。3)と4)は必要に応じて使用すれば宜しい。ニアフィールドで聴くユーザーは面倒臭ければデフォルトでもOKでしょう。もちろんデジタル信号の飽和を避けるAVC機能も必要です。メーカーは適正なスピーカーサイズを選ぶガイドラインと正しくスピーカーを配置する方法を懇切丁寧に説明しなければなりません。音量が許すのであればスピーカーは小さい程宜しい。正しい情報をユーザーに伝えてください。

オマケ的な機能として欲しいもの
1)ダイナミックレンジ圧縮
例えば交響曲を小音量で聴きたい場合、大音量のところでボリュームを合わせると小音量部の音が聴き取り辛いので、ダイナミックレンジを多少圧縮する機能。僕はこれが非常に欲しい。

2)真空管風味
パナソニックが既に実用化済み。きっと特許の問題があると思います。要は高調波歪みを人工的に発生させるのだと思う。

3)曲の自動レベル調整(iTuneには装備済み)
様々な曲をランダムに聴く場合に、録音レベルに合わせてボリュームを調整しなくて済むので便利。これも是非欲しい。

DSPの出力ビット数には最低24bit必要です(イコライジングするので16ビットでは明らかに不足)。

ソフトウェアはそのメーカーの全機種に共通で使用できるはずですからコスト的に有利です。DSPソフトウェアの性能もさる事ながら、ユーザインターフェイスの使いやすさが何よりも重要です。ちなみにONKYOのHDC-1L(オーディオPC)に付属のプレーヤー ソフトウェアは最悪です。あのようなレベルでは使い物になりません。このコンセプトが市場で受け入れられるかどうかの最大の鍵はユーザーインターフェイスにあります。オーディオメーカーはこのへんの経験が全く無いでしょうから、優秀なソフトウェア開発者(FrieveAudioの作者みたいな優秀な方)をヘッドハンティングするか、アウトソースする必要があるでしょう。プロジェクトの正否の半分(もしかしたらそれ以上)はソフトウェア(特にユーザインターフェイス)にかかっていると思います。努々良い加減に考えてはなりません。

最後にアンプについて。。

アンプのボリューム位置をソフトウェアに知らせるためのセンサが必要になります。また、スピーカーのイコライザ情報を取得するために4線接続が必要です(Nuforceの特許かな?)。ユーザが勝手に非対応のスピーカーを接続できないようにするために、コネクタは特殊な形状にする必要があるでしょう。スピーカー情報はCD-ROMでソフトウェアに設定しても良いのですが、例えばスピーカーを別の機種につなぎ換えた時に設定を変更し忘れたりする可能性があるため、接続によって自動認識させた方が安全です。

その他の基本的なアンプ性能に関しては極普通で良いのではないでしょうか。僕は馬鹿ブースト用にIcon AMP (2万7千円くらい)を使用していますが何ら問題を感じません。こんなに小さくても十分な音質で鳴らしてくれます。DACは24bit/96kHzとして、例えばONKYO WAVIOが1万円弱で販売しています。このクラスで十分でしょう。

真空管アンプを使いたいところですがサイズ、コスト、耐久性的になかなか難しそうです。例えばDAC出力とアナログ入力の間に挿入する1ゲインのバッファアンプなんかをオプションで用意しても良いかもしれません。2万円以下で作ってね。

まあ、アンプはそんなもんでしょう。

まずはパイロット製品としてオールインワンの一体型が無難でしょう。PC抜きで4~5万円くらい(ちと厳しい?)。

これで独断シリーズはオシマイ。
勝手な事を随分書き殴りましたがお付き合い有り難うございました。

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2010年07月03日 (土) | Edit |
オーディオ装置の最も基本的な機能は、媒体に記録されている可聴帯域(一般的に20Hz~20kHzとされる)をリスナーの耳に確実に届ける事です。何故ならば音楽は可聴帯域のほぼ全域を使用して表現される芸術だからです。この最もアタリマエの要件を満足に満たす実用装置は未だに存在しません。驚き桃の木山椒の木です。ホンマニ。これはスピーカーの低域性能の限界によるものですが、これをほったらかしにして、聞こえるか聞こえないかも未だに議論の的にまっているような20kHz以上の再現性や電線にウツツを抜かしておるこの業界は一体全体どうなっておるのでしょうか????理解に苦しみます。

僕は全域再生の重要性を理屈の上からだけで観念論的に言っているのではありません。実際に自分のデスクトップでそれを実現して毎日10時間程度実用使用した上で、その重要性を説いているのです。しかも、それはオーヂヲをイヂリ始めて2年もたたないド素人が3年前から存在するシェアウェアソフトウェア(3800円)を利用してできてしまう程度のものに過ぎないのです(実際には1年もかかっていません。スピーカーで音楽をマトモに聴きたい→バスレフさんざんやって駄目→どうしよう→密閉→低音聞こえない→デジタル馬鹿ブースト)。音源がデジタルであるという事を素直に受け止めれば誰でも思い付きます。

アナログ時代にはスピーカーの低域限界を延ばすのは非常に困難でした。このため大径ウーハーの使用、バスレフ/共鳴/ホーン等の音響効果の利用、低域用ユニットが大型になるため高域性能を確保するためのマルチウェイ化等々の数々の手法が必要とされました。長年それらが使われてきたため意外と認識されていないようですが、これらは何らかのネガティブな面を持つ一種の「必要悪」であるという事を忘れてはなりません。すなわち、サイズ/コスト的問題、バスレフポート等による位相上の問題(データによる検証済み)、マルチウェイ ネットワーク(アナログフィルタ)による位相上の問題(データで検証済み)と多点音源の問題。。。。。アナログ時代では、十分な低域を確保するために、これらの手法を多少の欠点に目を瞑ってでも使用せざるを得なかったという事です。

さて、

音源がデジタル化されたのは何十年前でしたっけ。
デジタル化によって失われた面もあるでしょうが(センチメンタルな面が大部分だと思いますけどぉ。。)、得られるメリットもまた莫大です。プロフェッショナルな製作現場ではとっくのとおにそのメリットを使い倒しているのに、そのように製作された音源を再生するリスニング オーディオの分野が何故このような状態なのか、僕の理解の範疇を全く超えています。おそらく前の記事で書いたこの業界とユーザーの奇妙な体質がその主な原因なんだと思いますが。。。

別に良いのですよ。アナログに拘りたい方は徹底的に拘ってください。電線に拘りたい方も徹底的に拘ってください。100kHzが必要だと言う方はどうぞお聞き下さい。ヒャクマンエン以下の音は駄目という方はせいぜい散財してください。それらはスーパーカーやクラシックカーを愛でるのと同じ趣味道楽だから好き勝手やってください。誰も文句を言う筋合いは御座いません。

しかし「アナログでもデジタルでもなんでもえーから、手軽に適正価格でちゃんとマトモニ音楽聴かせてよ」という一般リスナー向けの良質なシビックが存在しないのは全くの大問題です。

と、いつもの事ですが前置きが長くなりました。

デジタル時代の新しい(と今更言うのも恥ずかしいくらいですが。。)オーディオ装置では、デジタル信号処理(DSP)ソフトウェアと、それに合わせて最適化されたスピーカーが重要となります。アンプに関しては、DSPソフトウェアとの連動を必要とする以外は今のままで全く十分です。

という事で、今回はスピーカーについて。。とやっと本題です。

僕が考えるに、スピーカーはフルレンジ1本(もちろん密閉箱)で十分です。容積も今の一般的なバスレフ型よりも小さくできます。ただしドライバーにはAlpairシリーズ並の最新技術のクオリティが必須です。安物の2ウェイなんぞ全く不要。
もちろんドライバーには低域ブーストを考慮した最適化設計が必要です。すなわち、大振幅に対応できる磁気回路とサスペンション システム、および、限界振幅時の急激な破綻を回避するためのダンピング特性(A5はこのへんに問題あり。。なにせダンパレスですから)等の対策が必要であろうという事です。
このようなシステムではスピーカーが命です。システムコストの1/2以上はスピーカーにかけても良いのではないかと思います(残りはフツーのアンプとDACとソフトウェア)。箱を絶対に疎かにしてはならないのも当然です。別に木でなくてもこれだけ材料技術とCAE設計技術が発達した世の中ですから、最低コストで最適な箱が作れるはずです。美しく造形されたプラスチック シェルの内側に内部損失の高いパテ材を塗ったくっても良いと思います。下手に響かせる必要なんぞ全くありません。ややこしいアンカーシステムも不要です。ガッチリと響かないように作ってください。

デジタルイコライジングを前提とするならば、低域以外の面でもスピーカー設計に自由度がもたらされます。すなわち、裸の周波数特性は多少凸凹でも構わないという事です。たとえば、高域の特性をフラットにするために泣く泣くサブコーンを付ける等の妥協は不要になります。多少高域出力が落ちてでも音色(振動モード)を最適に設計して、レベルの不足分はイコライザで修正すれば良い訳ですから。従ってツイーターの必要性もますます薄れます。このように、デジタルイコライジングを前提とするならば、スピーカー設計には大きな変革がもたらされます。

ただーーし。
このようなシステムでは、スピーカーと本体(またはソフトウェア)間で情報の伝達が必要となります。すなわち正しくイコライジングを行うためにスピーカーの裸の周波数特性を本体(またはソフトウェア)に入力する必要があるという事です。最近のカメラではボディとレンズの間で情報を交換する必要があるのと同じです(最近はレンズ収差まで補正します)。ちなみにNufroceのIconでは専用スピーカーにこの情報を埋め込んで、4線のラインを用いてアンプ側で何らかのイコライジングを行うようになっているようですが、それと同じです。従ってメーカー間で共通の規格を制定しない限り、装置の組み合わせに制約が生じるという問題をはらみます(カメラ業界と同じ。最近はフォーサーズという共通規格が普及しつつある)。音場測定を前提とするならば、そのような制約はある程度回避可能ですが、一般リスナーを対象とする製品では正常動作を保証する上で難しいと思います。何故ならばスピーカーに限界以上の低域大信号が入力されないように制御する必要があるからです。

僕のAlpair5を馬鹿ブーストした場合、極たまに低域の大振幅信号によって音が破綻します。上記の新しいスピーカー設計手法が成功すれば実用音量レベルでは問題を回避できるでしょうが、一般消費者向け工業製品である以上、フルボリュームでも30Hzの最大入力レベル(すなわちCD上の16ビットの全てが1。現実には恐らくありえない)でスピーカーが破綻しないようにするための保護措置が必要です。このため、アンプのボリューム位置に応じて各周波数における最大信号レベルまたはブースト係数(すなわちスピーカーの最大振幅)を制限する手法等が必要となります。

このようなレベル制限を単純に行うと、波形の頭が平にカットされて不自然に聞こえるため、なだらかに波形をなます手法が必要ですが、ソフトウェア(DSP)で処理を行うため、それほど難しくはないでしょう。いずれにせよ、低域でそのような大振幅の信号が入るのは稀であり瞬間的であるため、ほとんどリスナーに違和感を与えずに修正できるはずです。プロセスが複雑なように思われるかもしれませんが、このようなアルゴリズムを含む総合的なイコライザ特性が1度だけ信号処理に適用されます。何度も信号に改変を加える訳ではありません。また、アナログイコライザのように位相に乱れが生じる事もありません。

デジタルイコライジングはアナログ式に比べて「音が痩せる」と言われる事がありますが、果たしてそうでしょうか。実はアナログ式では位相が遅れるために多少音が膨らむのに対して、デジタルではそのような現象が出ないために相対的に「痩せる」と感じられるのではないかと考えられます。というのは僕の測定した波形を見る限り、デジタルイコライジングでは正確に原信号波形を追従するのに対して、アナログフィルタでは明らかに波形が崩れます。これに似た「デジタル」への批判はアチコチで散見されますが、それは従来のアナログ式の問題をはらんだ音に慣れ親しんだ方の好みの問題であって、デジタルが音質的に劣るとは言えない(多分にその逆の)場合が多いような気がします。

恐らくダンピングを効かせた密閉箱の音に対しても同様の批判が出ると思います。しかし媒体に記録されている音楽作品を素直に聴き取るにはこの方式が最良です。オーディオには興味がなくて音楽を聴くために始めてオーディオセットを購入されるリスナーにはどのように聞こえるのでしょうか(特に日頃イヤフォンで音楽を聴いておられる方々には)。ちなみに僕は量販店の試聴室でも何度か試聴させてもらいましたが、いかにも「ステレオ臭い」オーヂオの音には馴染めません。この趣味の世界で長年「良い音」とされてきた特定傾向の音が、再生音楽を聴く上で本当に「良い」音(自然な聴きやすい音)なのかどうか、僕には甚だ疑問です。

スピーカーのサイズはリスナーの望む音量(リスニング距離)に応じて8~16cmクラス(すなわちAlpairラインナップ程度)を揃えておけば十分でしょう。一般的日本の家屋を考慮すれば、それ以上のサイズは必要ないと思います。ライブと同等の音圧での再生を望む一般リスナーも稀ではないでしょうか。そのような大音量で再生すると、一般的なサイズの部屋では音楽を聴くのが苦痛になるはずですから。例えば4面囲まれた四角い六畳間でクインテットにライブと同音量でブンチャカやられたらたまった物ではありません。部屋中ワンワン鳴りまくって僕なら5分と耐えられないでしょう。

それはさておき、このようなシステムによって非常にコンパクトなスピーカーでも実用的音量において30Hzから20kHzをフラットに再生する事が可能になります。何度も言いますが、これが音楽再生装置の原始的アタリマエの状態です(こういうのを「ピュアオーディオ」と言うんぢゃないすか?)。デジタル技術を最大限に活用する事によって、そのアタリマエが実用レベルで実現します。何よりの証拠に、僕のデスクトップではそのような状態で毎日一日中音楽が鳴っています。

次回はDSPおよび信号入力部について書いてみたいと思います。

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2010年07月01日 (木) | Edit |
さて、久しぶりに独断シリーズを再開したいと思います。またまた勝手な事を書きたい放題に書かせて頂きます。ご容赦を。

僕がここで取り上げるオーディオ装置は、自動車で言えばフェラーリではなくシビックやアコードに相当する実用オーディオ装置です。と言っても僕はフェラーリを否定するつもりは毛頭ありません。逆にフェラーリ信者と言っても良いかもしれません。フェラーリは人間のポジティブな面(人生は、人間は、素晴らしい!という事)を自動車という工業製品を媒体として表現した芸術だとすら思っています。355以降はちょっと「ジドーシャ」に成り下がってしまって信仰心は薄れましたが348以前のフェラーリは「ジドーシャ」以外のナニカ(?)でした。348は150km/h以上出すと平気で一車線くらい突然横っ飛びするとか、逆火で吸気チャンバーが爆発してリアカウルが吹っ飛ぶとか。。それでもリコールにはならずオーナーは自費で修理するとか(それをツベコベ言うヤツにはフェラーリ様を所有する資格は無いのよ)。実は348は箱根ターンパイクで1往復だけ運転した事があって、あたしゃ一生忘れませんよ。あの日の事は。NSXと乗り比べましたがこちらは完全にフツーの「工業製品」です。

同様にパラゴンやオートグラフあるいはノーチラス等のハイエンドを否定する気も毛頭御座いません。自動車を趣味とする方々にはスーパーカーをコレクションする羨ましい方も居ますし、クラシックカーのリビルトに熱心な方、はてはF1のようにキチガイ沙汰のレーシングの世界もあります。オーディオの世界でも当然ですが、ナンビャクマンエンもするフェラーリ級の装置を愛でたり、電線等の違いによる微少な音の違いを探求したり、音源を素材として自分の理想とする音を創出したり(つまり半ば楽器のようにオーディオ装置を扱う)、いろんな楽しみ方があって良いと思います。それぞれ結構な趣味だと思います(F1は趣味ではないけどね)。こういうのを一種の「数奇者」と言います(数寄者(すきしゃ、すきもの)は芸道に執心な人物の俗称。「数奇者」と書く場合もある。)。

しかし、

僕が最近オーヂオイヂリに手を染めてこの業界を覗いた時に非常な違和感を覚えたのは、そのような数奇者的なオーディオがあたかもオーディオ技術の本流であるかのように扱われている点です。ちょっとましな音で音楽が聴きたくなってオーディオ専門店へ行くと「まともな音で聴くには最低ヒャクマンエンは必要です」なんぞとと言われるなんて話はアチコチで聞きますが、ただ良い音で音楽を聴きたいと思っている一般的リスナーの感覚からすれば全く常軌を逸しているとしか思えません。雑誌を見てもそれを煽るような記事ばかり。ほんとにヒャクマンエン出さないとまともに音楽が聴けないのであれば、それは全くのメーカーの怠慢としか言いようがありません。シビック買いに行ってNSXじゃないとまともなクルマではありませんと言われるようなものですね。蛇足ですが、スーパーカーを買えるレベルの方のオウチならまだしも、標準的な日本のオウチにあんまりご立派な物をぶち込んでも、まともな音で聴けるとは思えません。

これに対し、安全快適に移動するための道具としての普通の乗用車に相当するオーディオ装置、すなわち本来最も充実していなければならないセグメント(価格的には10万円以下、千歩譲って20万円以下で一式揃うレベルが)が余りにも貧弱過ぎます。数奇者用ハイエンドの縮小廉価版をテキトーに作ったようにしか見えません。これはオーディオ装置を「音楽を聴くための実用工業製品」と考えた場合、極めて不健全で異常な状態のように僕には思えるのです。NSXをテキトーにお安く作ったのがシビックではありません。逆にシビックの開発にかけるリソースの方がNSXよりも圧倒的に大きいのです。またユーザーはNSXが買えないからシビックに乗る訳でもありません(まあ実際には買えないんだけど)。

フェラーリやクラシックカーは爆発しても横っ飛びしても文句を言う人はいません(かな?)。パラゴンがどのようなf特を持っていようが伏して拝聴するのみです(ははぁーー)。
しかし一般的な大量生産の製品がそれでは困ります。実用自動車に求められる最も基本的な性能は、安全に走って曲がって止まれる事ですが、オーディオ装置に求められる最も基本的な性能とは何でしょうか。それは「媒体に記録されている可聴帯域(一般に20Hz~20kHz)のほぼ全域の音をリスナーの耳に明確に届ける事」です。もちろん音色的な魅力や商品的魅力も重要です。自動車でも快適性や洒落たデザインが求められるのと同じですよね。しかし、まず最も根源的な基本性能が必要十分なレベルで満たされていなければならないのは当然です。いくら格好良くて乗り心地が良くても安全に止まれない車じゃ困りますし、いくら高域のストリングが美しく響いても怒濤のティンパニーがスカスカでフラフラでも困るのです。メーカーは、このような「音楽再生装置」として至極アタリマエの最低限の性能を備えた一般リスナー向けのリーズナブルな装置を最優先で開発しなければなりません。

その一方でオーディオ装置を趣味とされる数奇者の方々向けの「ハイエンド」な製品ももちろん必要ですし、小規模なビルダーさん達が趣味性の高い個性的な製品を提供する事ももちろん必要です。ただしそれらは「音楽を聴くための装置」としてのオーディオ技術の本流では決してありません。スーパーカーやクラシックカーやF1が自動車技術の本流でも頂点でもないのと同じです。そんな事は自動車メーカーもユーザーもアタリマエとして認知しています。そのあたりの認識がこのオーヂオ業界(とユーザー)の間であまりにアヤフヤなので僕としては非常に違和感を覚えるのです。はっきり言って健全な状態には見えません。

別にこの業界がどうなろうがアタシャ一向構わないのですが、健全なオーディオ装置がアタリマエの価格で一般リスナーに提供されないと、それは人類にとって大きな損失になると思うのでイライラするのです。優れた音楽(のみならず芸術)は我々にとって計り知れないほど大切なものです。オーディオ装置はその一般大衆に向けての伝達装置として非常に重要な役目を担っている事を開発者は肝に銘じて欲しいのです。あの、、、、また繰り返しますが、狂信的なコマケー事じゃないのよ。一般リスナーにとっての「必要十分」を見極めてお安く作ってね。それがホントの技術者のお仕事ですから。かといってセットコンポみたいに吸音材も入って無くてペラペラのパーチクルボードで見栄えだけ立派な3ウェイとか作っちゃ駄目よ。ホンマニ。最低だから。技術者として恥ずかしい事だけは止めようね。

という事で次回から具体的に「こういうの作ってよ」というのを書いてみたいと思います。

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